泣きぼくろ
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第二章
第二章
「けれどそれはできないですよね」
「職員と会員さんの恋愛は禁止されていますから」
「そうですよね。ですから」
「ですからすいません」
こう答えるのが常であった。
「そういうことですから」
「本当に残念です」
こうした会員も多かった。彼女は多くの恋愛を成就させてきた。そうした意味では恋の天使であると言えた。そうして周りからこう言われるようになっていた。
「椎葉さんが取り持ったら絶対に上手くいくよな」
「ああ、まさに恋の天使だよな」
「あのほくろって人を幸せにするんだな」
「そうしたほくろなんだな」
こうだ。彼等も話すのだった。
「幸せを呼ぶ泣きぼくろなんだな」
「恋愛成就の」
そうしたことを話す。このことは実際に律子に耳に入る。それを聞いてだ。
彼女はだ。優しい笑顔でこうその同僚達に話した。
「私子供の頃に言われたんですよ」
「言われたって?」
「誰に?」
「お母さんにです」
話すのはこのことだった。幼い頃に言われたことだ。
「このほくろは幸せのほくろだって」
「幸せのほくろ?」
「そう言われたんだ」
「はい、私のお祖母ちゃんはこのほくろのお陰で幸せになれたって言ったんです」
その話は今も覚えている。だからこその言葉だった。
「それでなんです」
「幸せにね」
「そうなれるんだ」
「そのほくろのお陰で」
「はい、ただ」
ここでだ。律子は残念がる笑みになった。奇麗だが何処か寂しい、そうした笑みだった。
その笑みでだ。言うことは。
「私はまだ」
「まだって?」
「まだっていうと?」
「そうしたことはないです」
こう言うのだった。
「御相手がいなくて」
「いないって。そんな馬鹿な」
「椎葉さんってそんなに奇麗なのに?」
「顔立ちもいいしスタイルもいいし」
見れば整っているのは顔立ちだけではない。すらりとしたスタイルである。膝までの黒いタイトスカートの制服が実によく似合っている。
そのスタイルも見られてだ。同僚達に言われるのだった。
「それで彼氏がいないの?」
「そうなの」
「はい。他の人を幸せにしています」
それが実際のところだというのだ。そしてだ。
律子はだ。こうも言った。
「けれど。他の人を幸せにするほくろならいいですよね」
「そうだね。自分だけ幸せにするなんてね」
「正直最悪なことだから」
「他の人を幸せにしてくれるって」
「とてもいいよね」
「はい、そう思います」
実際にだ。律子もこう言うのだった。
「ですからこれでいいって思います」
「他の人が幸せになれるんなら」
「それだよ」
ここでだ。恵比寿の様な顔の初老の男が律子に言ってきた。
「そこなんだよね」
「そことは?」
「いや、椎葉さんは他の人が幸せになればって言ったよね」
「はい、そうです」
「そういうことが言える人はね」
どうかというのだ。
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