泣きぼくろ
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第一章
第一章
泣きぼくろ
左目の付け根のところにだ。それがあった。
椎葉律子はこのことが気になりだ。母に尋ねた。
「ねえお母さん」
「どうしたの?」
母はまだ幼い、しかも自分にそっくりな娘に応えた。腰を落として娘の目線になってだ。そのうえで優しい声で応えたのである。
「何かあったの?」
「お母さんの目のところにはないけれど」
こう言ってからの言葉だった。
「何で私にはあるの?」
「そのほくろのこと?」
「うん、これ」
その左目の奥を自分で指し示しての言葉だった。
「これって何であるの?」
「それはね。お祖母ちゃんにあったものなのよ」
「お祖母ちゃん?」
「お母さんのお母さんよ」
娘にわかりやすく話した。
「お祖母ちゃんにあったのよ」
「そうだったの」
「お母さんにはなかったけれどね」
「私にはあるの」
「そう。お祖母ちゃんよく言っていたわ」
笑顔で娘に話していく。
「それがあったから幸せになれたって」
「幸せに」
「それはほくろっていってね」
「ほくろ?」
「人の顔とかにある黒い点よ」
ここでも娘に噛み砕いて話す。
「それなのよ」
「これほくろっていうの」
「そう、それもね」
そしてそのほくろがどういったものなのかもだ。娘に話した。
「そのほくろは特別なほくろなのよ」
「特別なの」
「泣きぼくろっていうの」
この呼び名をだ。娘にはじめて話したのだった。
「そうしたほくろなのよ」
「泣きぼくろっていうの」
「そう、そういうのよ」
「泣きほくろって」
「とてもいいほくろなの。そのほくろがあったから」
母は律子に。またこのことを話した。
「お祖母ちゃんは幸せになれたのよ」
「そうなの。お祖母ちゃんは幸せになれたの」
「りっちゃんが生まれてすぐに亡くなったけれど」
その祖母はもういないとだ。娘に愛称を呼びながら話した。
「それでもね。ずっと幸せだったって言ってたわ」
「お祖母ちゃんが幸せになれたほくろ」
「そう。だからりっちゃんもね」
「私も幸せになれるの?」
「なれるわ。だから絶対に幸せになってね」
「うん、なる」
まだ何もわからないがそれでもこう答えたのだった。
「私幸せになる。お祖母ちゃんみたいに」
「絶対になってね」
最初にこうした話をしたのだった。そしてだ。
彼女は成長した。子供から大人になった。北海道の地元の大学を卒業して札幌の結婚相談所に就職した。彼女は札幌生まれの札幌育ちなのだ。黒い髪を波立たせほっそりとした顔に高い鼻、やや彫の深い日本人離れした顔立ちをしている。そして切れ長の目の左の付け根にだ。
泣きぼくろがある。その彼女を見てだ。相談所に入った会員ですらこう言う程だった。
「残念です」
「残念とは?」
「貴方とお付き合いしたかったですね」
こうだ。苦笑いと共に言うのである。
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