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アッシュビーの再来?

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第3話、昇進

 第三次ティアマト会戦から三ヵ月。自由惑星同盟は未だ歴史的な大勝利の余韻に浸っていた。

 この間、第十一艦隊司令長官ホーランドは、勝利の立て役者として各テレビ局に引っ張りだことなり時代の寵児となった。テレビ局は彼のことを 「ティアマトの英雄」、「あるいはティアマトの猛将」と持ち上げ大いにもてはやした。

 軍人になり常に人々の称賛を渇望してきたホーランドは、初めてその底なし沼のような虚栄心を満たしたのである。

「なるほど、確かにミャンとかリャンとかいうエルファシルの英雄は敵からエルファシルの市民を守りました。これは立派な行為です。しかしながら、ティアマトのように勝てさえすれば、そもそも市民は逃げ出さなくて良いのです」

 このような、エルファシルの英雄を見下したような発言を連発したホーランドは、エルファシルの市民を中心に多くの不興を買ったが、それ以上に熱狂的な支持者を獲得する。敗戦から生まれたエルファシルの英雄より、大勝利から生まれたティアマトの英雄の方が、停滞感閉塞感で逼塞する同盟の人々の心を捉えたのであった。

 その一方、彼の参謀長であるラデツキーは、損耗した第十一艦隊の立て直しをしながら、上官のお供をする日々を過ごしている。もちろん毎回ホーランドのお供をするわけではない。だが、一部有力者の開く祝勝パーティーに出たり、第十一艦隊の旗艦で来訪者をおもてなしするだけでも、本来の業務に支障が出るほど振り回されていたのである。

 それでも少しずつ状況は落ちついてきたのだが、本日ホーランドの大将昇進が発表され、ラデツキーは再びてんてこ舞いの日常を過ごす羽目になった。

 それからニ週間。昇進したホーランド大将を祝う行事は減っていなかった。今宵もハイネセン最大のターミナルにある高級軍人御用達のホテルで、ホーランドの昇進を祝うパーティーが開かれていた。

「やれやれ、内輪のシークレットパーティーで済ますつもりだったのだがな……」

 五百人を越すであろうパーティーの招待客の群れを見渡し、主催者のラデツキーは思わず愚痴をこぼした。そして、恨めしい気持ちで会場の中央に陣取る各テレビ局のカメラ達を見つめる。

 英雄を監視するマスコミに昇進パーティーの情報が漏れた瞬間、各界の著名人が参加する一大セレモニーになることは決まってしまった。

 情報を嗅ぎつけた国防委員長の秘書に「招待状を一枚回して下さい」と頼まれ、シークレットパーティーだから駄目ですと言える軍人はエルファシルの方の英雄ぐらいだろう。

 少なくともラデツキーは「喜んで」と返事をしてから、国防委員長の世慣れた感じの秘書を脇に呼び、政財界から来たたくさんのギブ・ミイ・招待状の手紙を見せながら事情を説明する分別はあった。

「素晴らしいスピーチだったぞ、ラデツキー君」

 背後から国防委員長に声をかけられてラデツキーは舌打ちしたくなるのをこらえた。振り返ると国防委員長はラデツキーに握手を求めた。いつの間にかカメラの砲列が、ラデツキーと国防委員長を狙っている。

 ラデツキーは慌てて国防委員長と固い握手を交わす。

「国防委員長閣下。お褒めに預かり光栄です」

「実に素晴らしいパーティーだ。招待してくれて感謝しているよ」
「招待状くらいおやすいご用です。実は閣下の秘書がこのパーティーの開催に協力して下さいました」

「気にしなくて構わんよラデツキー君。あれは才気あるから何かあれば気軽に相談してくれたまえ」
「はっ、ありがとうございます」

「少し、これから話をできないかね」 
「小官で良ければお付き合いします」

「まあ、そう警戒しないで楽にしてくれたまえ。なに話というのは我々の今後についてだ。実はホーランド提督から君の話をよく聞かされてね。一度ゆっくりと話をしたいと思っていたのだよ」

 ラデツキーと国防委員長は連れ出って、パーティー会場にある個室に向かう。国防委員長は護衛や秘書などを従えていたが彼らは外で立ち番となった。

「まずはめでたい話をしよう。ホーランド大将の強い推薦と私のちょっとした手伝いで君の昇進が決まった。少し早いがおめでとうラデツキー中将」

「ありがとうございます。国防委員長閣下のご高配に感謝いたします」

 自分が昇進出来ると思っていなかったラデツキーは、内心驚きつつも笑顔でお礼を言った。

 当然だが階級は上にいくほど狭き門が立ちはだかる。しかも中将といえば艦隊司令官になれる階級だ。ラデツキーは素直に昇進を喜んだ。

「中将に昇進する君を統合作戦本部勤務にする案もあったのだが、ホーランド提督がどうしても首を縦にふらなくてね。英雄の希望だ。君にはもうしばらくの間、第十一艦隊の参謀長をやって貰うことになるだろう」
「はっ」

「ところで、第三次ティアマト会戦についての君の報告書を読ませて貰ったが、まさにホーランド提督英雄叙事詩で素晴らしいものだった」
「ホーランド提督の活躍に相応しい報告書と自負しております」

 国防委員長の発言に皮肉を感じとったラデツキーは、警戒心を抱きながら慎重に答えた。

「誤解しないで欲しいが、私は英雄に相応しい報告書に感謝しているのだ。しかし、これでも私には情報を教えてくれる軍の知り合いが多くてね。国防を預かる身としては報告書に載っていない、会戦の率直な感想を聞いておかねばならないのだよ」

「それはオフレコの私見ということでよろしいのでしょうか」
「もちろん誰かにここでの話を漏らす気はない」

「分かりました。正直申し上げますと、第三次ティアマト会戦は敗北と紙一重の勝利だったと考えています」
「……ほう。是非その理由を拝聴したい」

「指揮命令系統の混乱、各艦隊の連携不足など、問題点は枚挙にいとまがないですが、やはり第十一艦隊の攻勢限界点で反撃を受けたことは致命的でしょう」

「ふむ。ホーランド提督と国民には聞かせられない分析だ」
「申し訳ありません」

「いや。君の考えはよくわかった。だがそこで、別の疑問が生じてしまった。ホーランド提督の軍人としての資質について、統合作戦本部から疑問の声があがった際、ラデツキー君はホーランド提督を擁護したと聞いた。その理由を聞いても良いかね?」
「国防委員長閣下。小官はホーランド提督の部下です。それが理由です」

「それだけなら、何もホーランド提督のために、ビュコック提督やシトレ元帥に頭を下げる必要はないと思うが?」

 ラデツキーは苦労したお詫び行脚を思い出してげんなりした。

「言い直しましょう。私はホーランド提督の可能性を信じる部下なのです。提督に欠点があることは重々承知していますが、先のイゼルローンの戦いで帝国に一矢を報いたのはホーランド提督だけです。そしてティアマトで勝利を得たのも他ならぬホーランド提督のおかげです。欠点をあげつらうならば、せめて同盟軍がホーランド提督抜きで勝てるようになってからやるべきでしょう」

「なるほど。最後に一つだけ聞こう。もしホーランド提督と私が対立したら君はどうするかね?」

「小官は民主主義の信奉者であります。国民の皆様に選ばれた方に従います」
「それを聞いて安心した。私は君のことを悪いようにしないつもりだ。是非、これからも自由惑星同盟のため、私に協力して欲しい」
「もちろん全力で協力することをお約束します」

 国防委員長は満足そうに頷いてから秘書に呼びかけた。それからラデツキーに手を差し出して満面の笑顔で握手をする写真や動画を撮り、パーティー会場に戻った。

「いかがでしたか、国防委員長閣下」
「有意義な時間だった。ラデツキー君には昇進の内定を知らせた。私はこれから慈善団体で講演をしなければならない。これで失礼するよ提督」

 ラデツキーとホーランドは国防委員長を見送った。

「ホーランド閣下の推薦で小官の昇進が決まったと聞きました。この場で御礼を申し上げます」

「気にするな。ビュコック閣下は第十一艦隊の後方で遊んでいて、私より先に大将に昇進出来たのだ。貴官が昇進出世できない理由などなかろう」

 ホーランドはビュコックの昇進を思いだして不機嫌そうに吐き捨てた。今回のホーランドの大将昇進は政治的妥協と大衆迎合の産物だった。当初、統合作戦本部はホーランドの大将昇進を時期尚早と反対に回った。だが政府、世論の後押しに抵抗できるはずもなく、ビュコック提督の大将昇進と引き換えに引き下がったのである。

 もちろんホーランドには裏事情など関係ない。彼にとって重要なことはビュコックが再び先任となったことだけだ。

「いや、ビュコック閣下のことなどどうでも良い。肝心なことは貴官の功績が中将に値するということだ」

 ぶっちょうづらのままのホーランドに誉められ、ラデツキーは一瞬困惑したが、どうにか「光栄です」と答えた。

 その後、パーティーはおひらきになり、客のお見送りに忙しいラデツキーを残して、ホーランドは数人の政治家や軍人と二次会に向かった。
 
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