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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン13 正義の闇と運命の光

 
前書き
前回のあらすじ:なんか暴走しだした清明と相打ちになった三沢。ずっと三沢のターン! 

 
「はー………今日も結局三沢には勝てなかったか」

 もはや誰もいなくなったレッド寮で、聞く人がいないことはわかっているけれどひとり呟く。もっとも、別に翔が光の結社に入ったわけではない。危険が及ぶ前にと数日前からラーイエローに避難させたのだ。なにしろ、この我ながら異様なまでの敵意がいつ何時無関係の翔の方に向くかわかったものじゃない。誰か人がいると見境なく怒りが込み上げてくるけど、こうして自分以外誰もいないところにいるうちは、ある程度落ち着いていられる。
 ………今の僕は明らかに何かがおかしい。誰かこういうことが相談できそうな人に相談したいけれど、稲石さんとは喧嘩したまま気まずくて連絡が取れない。というか、多分今あの人の声を聞こうものならまたあのわけがわからない敵意が湧いてくることは容易に予想できる。ユーノだって今はいない、あの裏切り者が…………ああ、まただ。心の中にたまって来たどす黒い怒りを無理やり締め出し、平常心を保つ。他に頼りになりそうなのはチャクチャルさんだけど、あの神様もどうも最近どこかに行っているらしく、いくら探っても全然見つからない。思えば最後にチャクチャルさんの声を聞いたのも、稲石さんと喧嘩したあの日だ。元気にしてるんだろうか。あるいは、まるで言うことを聞かない僕に愛想を尽かしたのかもしれない。

「いや、だとしたらまずはこっちから、かな」

 誰もいない部屋に、また僕の声だけが響く。僕のデッキの精霊たち。エクトプラズマーやデストラクト・ポーションなんて恐ろしいカードはデッキに入れたくないし使いたいとも思わないので、こうして我に返る時間のたびにデッキから抜こうとはしている。しているのだけど、そのたびに心の中で何かが抵抗してどうしても抜けない。モンスターを犠牲にするようなスタイルは嫌だって僕は言ってるのに、その声は少しでも相手にダメージを与えるためならモンスターごときに一々かまうなって言ってくる。どれほど抵抗しても、僕一人しかいないこの状況だとどうしてもその声に勝つことができない。
 かといって、他の人を呼ぼうものなら本末転倒なのだ。

「はー………ごめんね」

 誰に向けての謝罪なのか。実は自分でもよくわからない。ただ、何かに対して謝らなければいけない気がしたから謝った。それだけのことだ。すると、まるでそれを待っていたかのようなタイミングで学生服のポケットにねじ込んでおいたPDLが鳴る。取り出そうとすると、何か別のものに手が当たった。一瞬なんだろう、と思ったがすぐに思い出した。そういえばあのノース校とのデュエルの時、天田からなにか預かってたんだっけ。あの時の彼の予感は最悪の形で的中しちゃったけど、だとするとこれは一体なんだろう。いや、まずはメールか。
 えー、なになに?ふむふむ。メールの送り主は夢想からで、女子寮に今届いた情報によると明日の午前11時にエド・フェニックスによる特別座談会『それはどうかな?と言えるデュエル教室~アカデミア特別編~』なるものが開催される、と。

「エド、かぁ」

 大人しい転校生の仮面をかぶったプロデュエリスト。思えば、僕がちょうど倒れてた間にあの男のせいで十代がいなくなり、そこからどんどん事態がおかしくなっていったんだ。そう考えると、何か引っかかるものがある。エドと光の結社、思ったよりも深いところで繋がりがあるんじゃないのかな。これは、行ってみるしかないだろう。人前に出たら十中八九喧嘩を売ることにはなるだろうけど、

『それならそれで構わない。そこはもうどうしようもない。僕はおかしくなったんだもの。………だろ?』

 そう、僕はもうおかしく………って、ちょっと待てや。危なかった、もう少し気を抜いてたら今の声、ここ最近毎日のように僕だけに聞こえてくるこの声のペースに乗せられるところだった。でも実際、こんなものが聞こえるってことはおかしくなったというのもあながち間違いではないのかもしれない。
 難しいことはよくわからないので、とりあえず風呂に入って布団かぶって寝ることにした。天田の渡した荷物のことは、なぜだかきれいさっぱり頭から消し飛んでいた。





 その頃の話。とうに消灯時間も過ぎて寝静まったホワイト寮の廊下を、音をたてないように注意しながら歩く人影が1人。誰あろう、三沢大地である。夜更けにもなって、なぜ彼は痛む体を無理に動かしてまでこんなところをこそこそと歩いているのか。
 そのわけは、彼の目的地にあった。そこは、光の結社の中でも万丈目や明日香、鎧田と三沢ぐらいにしか正確な場所を知られていない位置の部屋。ホワイト寮の最上階。そこに、斎王の普段寝泊りする部屋があるのだ。
 誰にも見とがめられずにその部屋の前までたどり着いた彼は、ポケットから前もって準備していた針金をドアの鍵穴に入れ………ようとしたところで、ふと思い直してドアノブをひねってみる。案の定そのドアはあっさりと開き、中には机の上でタロットを広げる斎王の後姿が見えた。
 こちらの侵入には気づいていないと判断し、一瞬ためらった後するりと部屋の中に入り込む三沢。わざわざ万丈目が買ってきた分厚い絨毯のおかげで足音は完全に殺されている、と思ってのことだ。
 そのまま一歩を踏み出そうとしたところで、振り返りすらもせずに斎王が口を開く。

「教皇の逆位置。これがあなたの過去の暗示」
「魔術師の逆位置。これがあなたの現在の暗示」

 とっさのことに言葉に詰まる三沢を意に介さず、そのままもう1枚のカードを確認する斎王。

「そして最後の1枚、吊された男の逆位置。これがあなたの未来の暗示ですよ、三沢大地。この意味が分かりますか?」
「何?」

 さすがの三沢も、タロットにはそこまで詳しくない。名前ぐらいは一通り覚えているが、正位置逆位置の意味など一々覚えてはいないのだ。

「まず、教皇の逆位置は嘘を示します。つまりあなたは過去、私に対して嘘をついた。そして魔術師の逆位置、これはあなたが私に対しての裏切りを行おうとしていることを示しています。ですが、そんなあなたの未来は吊された男の逆位置。つまり、その試みは徒労に終わるでしょう」
「………っ!」
「あなたが最初から光の結社(われわれ)の仲間になる気などなく、ずっとスパイ活動を続けていたことに気が付いていないとでも思っていましたか?むしろいつ私のところに直接来るかと思っていましたよ。しかし、麗しい友情ですねえ。友人である遊野清明を心労から救うため、無理を押して強行してくるとは」

 ここまで斎王の話したことは、全て当たっている。ウリアの力のおかげで辛うじて洗脳を免れた三沢はとっさの判断で光の結社内部に入り込むことを選択したが、その日のうちに闇の波動がどうたらこうたらともっともらしいことを言われてウリアのカードは没収されてしまっていた。つまり闇の力が抜けた今、あくまで一般人である彼が次に光の結社相手に負けた場合は問答無用で洗脳されることとなる。できればそれを避けるための保険として、まずはウリアを取り返しに行く予定だった。
 だが、それができない理由ができた。誰あろう、遊野清明の暴走である。今日行ったデュエルによりかなり彼の精神が追い込まれていると判断した三沢は、いつまでもゆっくりしている場合ではないとまだ準備ができていないことは百も承知で斎王のもとへ乗り込んだのだ。

「そこまでわかっているなら話は早い。俺とデュエルしろ、斎王!俺が勝ったらこの馬鹿げた話をすべてなくし、二度とこのアカデミアの土を踏まないと約束してもらう!」
「ふぅむ………いいでしょう、あなたのように優秀な手駒は、いくらいても足りることはない。ですがお忘れなきよう。あなたの運命は、このデュエルが始まる前から既に決まっているのです」
「能書きはいい、始めるぞ」
「いいでしょう。少しばかり、遊んであげますよ」

「「デュエル!!」」

「先行は私ですね。私が召喚するのはアルカナフォースⅢ-THE(ジ・) EMPRESS(エンプレス)。そして召喚成功時、このモンスターの効果が発動します。さあ、回転を止めるのはあなたですよ、三沢大地」

 アルカナフォースⅢ-THE EMPRESS 攻1300

 女帝を意味する大アルカナ3番目のカード、エンプレス。そのレースのようなマントを身に着けた頭上で、1枚のカードがゆっくりと回転を始める。不気味に回転するエンプレスのカードを注意深く見ながら、適当なタイミングで声をかける。

「ストップだ」

 ぴたりと止まったその位置は、ちょうど頭が上になる形。

「素晴らしい。では、この瞬間よりエンプレスは正位置の効果が適用されます。もっとも、今発動するものではありませんがね。私はこれで、ターンエンドです」
「俺のターン、ドローだ」

 どうしようか、と手札を見て思案する三沢。エンプレスの効果で正位置、つまり表が出た以上、下手に残しておくのは危険だと結論付ける。だが、まだ心配はしていない。なぜならこのデッキは、光の結社のメンバーの目を盗んでずっとこの日のために隠し持っていた6つのデッキの1つ、闇属性のものだからだ。

「モンスターを1体セットし、さらにカードを………」
「待ちなさい。ならばここで、エンプレスの効果を発動。正位置が出たこのカードが存在する限り、相手がモンスターを通常召喚するたびに手札のアルカナフォースを呼び出すことができます。本来ならば高レベルモンスターを出したいところなのですが………多少は運があるようですね、私の手札にいるアルカナは全て下級モンスター。アルカナフォースIV(フォー)THE(ジ・) EMPEROR(エンペラー)を特殊召喚。無論、このカードもエンプレスと同じくあなたの手で効果を決めてもらいます」

 アルカナフォースIV-THE EMPEROR 攻1400

 女帝の隣に降り立つ皇帝。その頭上でまたも回転したカードをじっくりと見る。そして三沢は考える。実を言うとこの場面では、別に正位置だろうと逆位置だろうと別に困りはしない。その理由があるのだ。だが、万一この手が失敗した時でもエンペラーの逆位置、つまり仲間のアルカナフォースの弱体化さえ引けばいくらでもリカバリーは効く。
 つまり、狙うはただ一つ。逆位置の効果だ。

「ストップだ」

 そんな願いもかなわず、静止した位置はまたも正位置。残念がる三沢を愉快そうに見つめ、正位置の効果を説明する斎王。

「正位置のエンペラーは、場のアルカナフォースの攻撃力を500ポイント永続的にアップさせます」

 アルカナフォースⅢ-THE EMPRESS 攻1300→1800
 アルカナフォースIV-THE EMPEROR 攻1400→1900

「くっ……」
「さあ、今はまだあなたのターンですよ。これ以上私のすることはありません、どうぞ続けてください」
「カードをセットして、ターンエンドだ」

 斎王 LP4000 手札:3
モンスター:アルカナフォースⅢ-THE EMPRESS(攻)
      アルカナフォースIV-THE EMPEROR(攻)
魔法・罠:なし

 三沢 LP4000 手札:4
モンスター:???(セット)
魔法・罠:1(セット)

「では、私のターンです。ドロー。ふぅむ、なるほど。1つ、このターンでのあなたの運命を教えてあげましょう。あなたはこのターン、狙っていたことが一度はうまく行ったかに見えるもののその直後に絶望を見ることになるでしょう」
「なんだと?」
「今にわかることです。エンプレスでその伏せモンスターに攻撃、EMPRESS ブレッシング!」

 アルカナフォースⅢ-THE EMPRESS 攻1800→??? 守300(破壊)

「むっ………ええい、破壊されたモンスター、(アーリー)・ボムの効果発動!このカードが光属性モンスターに戦闘破壊された時、フィールドのカード2枚を破壊する!俺が破壊するのは、エンプレスとエンペラーだ」

 先ほどの斎王の言葉から何か嫌な予感はしたが、ここであの2体を破壊しなければエンペラーの攻撃が彼のライフを直撃することとなり、そうすることは避けておきたかった。ゆえに彼は、斎王の予想通りの行動をとらざるを得ない。

「おやおや、私のモンスターが全滅してしまいましたねぇ。ならばメイン2に移行、魔法カード、フォトン・サンクチュアリを発動します。このカードの効果により、フォトントークンを2体守備表示で特殊召喚します」

 フォトントークン 守0
 フォトントークン 守0

 斎王の場に現れた2つの球体、そしていまだ残っている召喚権。この2つのことからこれから何が起きるのかがぴんときた三沢だが、彼の伏せカードは相手がもしアドバンス召喚をターンの初めに行った場合でも問題なくA・ボムの発動ができるようにとセットしただけのものなのでそれを止めるような効果はない。

「フォトントークン2体をリリースし、現れなさい………アルカナフォースXVIII(エイティーン)THE(ザ・) MOON(ムーン)!」

 アルカナフォースXVIII-THE MOON 攻2800

 これまでの人型だったアルカナフォースとはまた一味違う、まるで宇宙服を着ている宇宙人のようなデザインの化け物が、つぶらな瞳を光らせながら無数の触手をうねらせる。その頭上では、例のごとく回転するカード。

「ストップだ」
「正位置ですね、素晴らしい。カードをセットして、ターンエンドです」
「ならばエンドフェイズに速攻魔法、終焉の焔を発動。攻守0の黒焔トークンを2体、特殊召喚する」
「なるほど。終焉の焔のデメリット効果である発動ターンに召喚及び特殊召喚ができない制約も、私のターンの内に使ってしまえば問題はない、ということですか。さすがにアカデミアの秀才と呼ばれるだけのことはある、冷静な判断です」

 黒焔トークン 守0
 黒焔トークン 守0

「そして俺のターン。トークンのうち1体をリリースしてレベル5、A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) ルドラをアドバンス召喚!」

 A・O・J ルドラ 攻1900

「そして装備魔法、重力砲(グラヴィティ・ブラスター)を発動してルドラに装備する。このカードは1ターンに1度、装備モンスターの攻撃力を永続的に400ポイントアップできる。俺は、早速この効果を使用させてもらう」

 ルドラの背面からにょっきりと砲台がせりあがってきて、ルドラが足を踏ん張って力を込めるとその先端に光がチャージされていった。

 A・O・J ルドラ 攻1900→2300

「ほう。ですが、たかだか400程度の攻撃力アップでは………」
「これだけあれば十分だ!ルドラでムーンに攻撃、その瞬間ルドラの効果発動!このモンスターが光属性とバトルを行う時、その攻撃力は700ポイントアップする!」

 砲台から放たれた一筋のビーム。それは触手で迎え撃とうとするムーンの目の前で急に勢いを増し、ガードをとる前にその胸のど真ん中に風穴を開けた。触手が力なく垂れ、目の光も暗くなってゆく。

 A・O・J ルドラ 攻2300→3000→
 アルカナフォースXVIII-THE MOON 攻2800(破壊)
 斎王 LP4000→3800

 先手を打ったのは三沢。だが、その表情は晴れない。確かにダメージは与えたが、まるで勝っている気がしないのだ。有利なのは自分のはずなのに、まるでここまでの動きがすべて読まれているような。すべてが運命であり、その通りに動いているだけのような………そこまで考えて、バカバカしい、と首を振る。デュエルモンスターズは理論と運のゲーム、運命なんてまやかしの介入する余地はない。それが彼なりのデュエル感である。

「カードを1枚セット。ターンエンドだ」

 斎王 LP3800 手札:1
モンスター:なし
魔法・罠:1(伏せ)

 三沢 LP4000 手札:2
モンスター:A・O・J ルドラ(攻・重)
      黒焔トークン(守)
魔法・罠:重力砲(ルドラ)
     1(セット)

「私のターン。アルカナフォース(ゼロ)THE FOOL(ザ・フール)を守備表示で召喚。さあ、この愚者の回転を止めるのもまたあなたです」

 アルカナフォース0-THE FOOL 守0

「戦闘破壊耐性か、だがそんなものは無意味だな。ストップだ」
「確かに。ああ、このカードで正位置が出ましたか。私にとってはなかなか珍しいことですが、まあどうでもいいですね。ターンエンドです」
「俺のターン、まずは重力砲の効果を再び発動し、ルドラの攻撃力をさらに上げる!」

 A・O・J ルドラ 攻2300→2700

「そして魔法カード、アームズ・ホールを発動。このターンの通常召喚権を失う代わりにデッキトップを墓地に送り、その後デッキか墓地の装備魔法を1枚手札に加える。俺の墓地に装備魔法はない、よってデッキからブレイク・ドローを手札に加えてそのままルドラに装備する」

 やはりビックバン・シュートかメテオ・ストライクを1枚入れておくべきだったか、とやや後悔するが、今更言ってもしょうがない話なのでさっさと気持ちを切り替える。
 背中のビーム砲がもう1度光り輝きさらなる力を蓄えたルドラの全身が、青いオーラに包まれる。だが、その攻撃力に変化はない。

「ルドラでフールに攻撃、そしてこの瞬間にルドラと重力砲の効果が適用される!」

 A・O・J ルドラ 攻2700→3400→アルカナフォース0-THE FOOL 守0(破壊)

「重力砲の効果………それは、装備モンスターが戦闘を行う場合、その相手モンスターの効果を無効化する。これにより、フールの戦闘破壊耐性は無効だ。そしてブレイク・ドローを装備したモンスターが戦闘でモンスターを破壊したことにより、デッキからカードをドローする。これで、俺はターンエンドだ」

 斎王 LP3800 手札:1
モンスター:なし
魔法・罠:1(伏せ)

 三沢 LP4000 手札:3
モンスター:A・O・J ルドラ(攻・重&ブレ)
      黒焔トークン(守)
魔法・罠:重力砲(ルドラ)
     ブレイク・ドロー(ルドラ)
     1(セット)

「私のターン。ふふふ、ふふふふふ」
「な、何がおかしい!」

 いきなり堪えきれないように笑いだす斎王を問い詰める三沢。だが、その声はどこか固い。すでにこの場の異様な空気に呑まれかかっているのだ。それが分かっているからこそ、より一層自分に気合を入れようとする。

「これは失礼。ですがね、三沢大地。あなたには見えないでしょうが、すでにあなたが私の前に倒れることになる運命のビジョンが私には見えているのですよ。そうとも知らず、あなたはその未来に向かってひたすら進み続けている。それを見ることは、私にとってはたまらない楽しみなのですよ」
「本性を現したな、斎王………!」

 普段光の結社の構成員たちに見せる紳士っぷりからは予想もできないほどに歪んだ発言に、三沢もまさかここまでとは、と驚愕を隠せない。彼は気づいていない。先ほどよりもさらに、斎王のペースに乗せられつつあることに。

「それでは、この無意味なデュエルを続けましょう。改めて私のターン、ドロー。魔法カード、『攻撃』封じを発動。この効果により、あなたのルドラは守備表示に変更されます」

 A・O・J ルドラ 攻2700→守1200

「そして通常召喚………アルカナフォースVII(セブン)THE(ザ・) CHARIOT(チャリオット)。このカードの効果もまた、」
「ス、ストップだ!」

 この局面でのチャリオットはまずい。なにがなんでも逆位置の効果を出さねば、と祈りを込めて宣言するも、またしてもカードは三沢の思いを嘲笑う。

「しまった!」
「当然、正位置。正位置を得たチャリオットで、守備表示となったルドラを攻撃!フィーラー・キャノン!」

 戦車を意味する言葉、チャリオット。だがそのフォルムは実在する戦車と呼ぶにはあまりにも異形な、触手を無数に生やして浮遊する、目玉がいくつもついた2階建てのユーフォーとでもいうべき代物である。その触手から連続して放たれた光線がルドラの装甲を貫き、その体を蝕んでいく。ルドラの能力はあくまでも戦闘特価であり、己の効果も重力砲の効果もすべて攻撃力を上げる役にしかたたない。2つの効果が同時に使われたことでレベル5モンスターとしては破格のステータスを手に入れたルドラだったが、その守備力は召喚された時と何も変わってはいない。

 アルカナフォースVII-THE CHARIOT 攻1700→
 A・O・J ルドラ 守1200(破壊)
 A・O・J ルドラ 攻1900

 チャリオットの効果が発動され、先ほど怪光線を浴びて鉄くずになったはずのルドラが操り人形のようにぎこちない動きで斎王の場に特殊召喚される。これこそが正位置を得たチャリオットの特殊能力、戦闘破壊した相手のコントロールを得る力である。

「行きなさい、ルドラ。黒焔トークンに攻撃!」

 A・O・J ルドラ 攻1900→黒焔トークン 守0(破壊)

「私は、これでターンを終了します」
「俺のターン………ドロー!よし、来たか!」

 このカードが引きたい、と思ったカードがデッキトップに来ていた。ただそれだけのことだが、三沢の気持ちを奮い立たせて希望を持ち直すにはそれで十分だった。

「相手フィールド上に光属性を含むモンスターが2体以上存在するとき、このカードは特殊召喚できる!A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) コズミック・クローザーを特殊召喚!」

 効果こそ凶悪だが素の攻撃力は下級モンスターとしてもやや低めなチャリオットに、光属性相手でないと力を発揮しないルドラ。コズミック・クローザーも別段特筆すべきほどの攻撃力は備えていないとはいえ、それでも上級モンスター程度の2400は持ち合わせている。だが………

「リバーストラップ、神の宣告を発動。ライフを半分払い、その特殊召喚を無効」

 斎王 LP3800→1900

 あっさりと無効にされる特殊召喚。ここで三沢も、何かがおかしいと気がついた。今の特殊召喚を無効にしなかった場合、チャリオットを戦闘破壊することで与えるダメージは700。わざわざ1900ものライフを払って止めたということは、何か他にやりたいことがあるのだろう。デビルやハングドマンといった最上級モンスターのアドバンス召喚か、あるいはアルカナ21番目のカード、ザ・ワールドを何らかの方法で展開しての効果の発動だろうか。

「いずれにせよ、だいぶ手は読めてきた………逆に考えれば、この場さえ凌げばどうにでもなる!2体目のA・ボムを召喚し、チャリオットに自爆特攻!」

 小型の爆弾が空を駆け抜け、迎撃のビームをすべてかわしてチャリオットの体に密着、そして自爆。その衝撃にルドラが巻き込まれ、全てのモンスターがその爆発ののちに消えさった。

 A・ボム 攻400(破壊)→アルカナフォースVII-THE CHARIOT 攻1700
 三沢 LP4000→2700
 A・ボム 守300

「自爆特攻によるダメージ、そしてチャリオットの効果によるA・ボムのこちら側への蘇生。2つの条件もいとわずにこちらのモンスターを減らそうとした、その状況判断力には敬意を示しますよ。ですが、少しばかり別方向への配慮が足りなかったようですね」
「ぐふっ……!!」

 斎王の言葉も、三沢の耳には届かない。彼は今、突然全身を走った痛みの前に立っているのもやっとな状態である。

「デュエルでダメージが俺に?ま、まさか!」
「その通り、これは闇のゲーム………いえ、むしろ光のゲームと呼びべきでしょうか。もう少しよく考えてからデュエルを挑むべきでしたね。あなたにはまだ昼のダメージが残っているはずです」
「光の、デュエルだと?ふざ、けるな!」

 何とか最初のショックからは立ち直り、多少ふらつきながらもしっかりと前を向く三沢。今の彼にとってはA・ボムの攻撃力400によるダイレクトアタックすらかなりの大ダメージになるが、それを抑えることのできるカードは既にない。

「ターン、エンドだ」

 斎王 LP1900 手札:0
モンスター:A・ボム(守)
魔法・罠:なし

 三沢 LP2700 手札:2
モンスター:なし
魔法・罠:1(セット)

「私のターン。あなたの考えていることはわかっていますよ、三沢。あなたは私が最上級モンスターの召喚、あるいはザ・ワールドの効果のためにモンスターを残すべく先ほど神の宣告を使ったものだと思っている………そして、それは正しいです。ですが、あなたはこうも考えているはずだ。私のフィールドにはさっきあなたからプレゼントされたA・ボム1体しか存在せず、手札も今ドローした1枚のみと。このターンに大きな動きはないと安心していませんか?魔法カード、カップ・オブ・エースを発動。このカードはアルカナフォースではありませんが、まあ似たようなものです。さあ、これもまた回転を止めてください」
「ストップ、だ」
「そして、これも当然正位置。よって、私がカードを2枚ドローします。魔法カード、フォトン・サンクチュアリを発動。効果はもう説明しなくてもいいですよね?」

 フォトントークン 守0
 フォトントークン 守0

「そしてフォトントークン2体をリリース。これぞ大アルカナの頂点にしてラストナンバー、21番目のカード!アルカナフォースXXI(トゥエンティーワン)THE(ザ・) WORLD(ワールド)ッ!!」

 世界を暗示するそのカードは、これまでのアルカナフォースよりもさらに大きく、より強く。その威圧感は空間を歪ませ、彼の前では時間ですらもその意のままに従うほかはないという。

 アルカナフォースXXI-THE WORLD 攻3100

「ザ・ワールド………」

 ある程度予想はしていたが、まだこのターンは無事だろうと高をくくっていた三沢。だが、まだ終わったわけではない。ザ・ワールドは当たりと外れの落差が極端に激しいアルカナ、この局面だけでも逆位置を引くことができれば勝負は一気にわからなくなる。

「ストップだ!」

 その声に合わせ、ゆっくりと頭上の回転スピードが落ちていく。一度逆位置になり、しかしそのまま回転を続けて正位置になり………いや、まだ動いている!そして、そして…………。

「当然、正位置。もっとも、さすがにこの効果を使うことはこのターンではできませんがね。ですが、攻撃は可能。運命に抗わないことです、オーバー・カタストロフ!」

 ゆっくりと。少しずつ、世界がその体の前に光の力をためてゆく。そして、それが解き放たれた。

 アルカナフォースXXI-THE WORLD 攻3100→三沢(直接攻撃)

 その攻撃が引き起こした爆発に、斎王は薄く笑みを浮かべる。これで、自分の周りをかぎまわる目障りなネズミを始末できた。彼は有能な人材だ、これからは光の結社のためにその頭脳を生かしてもらおう―――――――そして、その笑みが凍りつく。

「トラップ発動、閃光弾………相手の直接攻撃時、そのターンのエンドフェイズになる」

 このターンをしのいだ三沢を見て、いささか認識を改める斎王。斎王の見ていたこのデュエルのラストターンでのビジョンは『三沢が床に倒れていて、その正面に自分が立っている』というもの。てっきり今の攻撃がそれだと思っていたのだが、まだ運命はその時ではないようだ。
 斎王は運命を見通す力を持つ。だが、それはあくまでも『何がどのタイミングで起きるか』を見ることができるというものであり、今の場合でもデュエルのラストターンでのビジョンであることはわかってもそれが具体的に何ターン目なのかまではわからない。そういう時、彼はまだ自分が光の意思を使いこなせていないことを実感するのだった。

「いいでしょう、エンドフェイズです」
「俺の、ターン……ドローっ!」

 ちらりとカードを見る。このターンで何とかA・ボムだけでも除去しない限り、かなり高い確率で斎王はザ・ワールドの効果を使うだろう、ということは三沢にも予想できた。彼は運命の存在を信じないタイプではあるが、少なくとも斎王が何らかの能力を持っていることはわかる。幸いにもA・ボムのステータスは低く、返しの戦闘ダメージさえどうにかできるならばモンスターをうまく引ければ救いはある。
 モンスターを引ければ、だが。

「カードを3枚セット………これで、ターン終了だ」

 そして、それは叶わない話だった。たった守備力300しかないA・ボムですら、モンスターの存在しない彼の手札にとっては十分な脅威となる。そして、斎王はその隙を見逃さない。

 斎王 LP1900 手札:0
モンスター:アルカナフォースXXI-THE WORLD(攻)
      A・ボム(守)
魔法・罠:なし

 三沢 LP2700 手札:0
モンスター:なし
魔法・罠:3(セット)

「私のターン。モンスターを召喚するのは得策ではないでしょう、もう一度ザ・ワールドによるダイレクトアタック!オーバー・カタストロフ!」

 再び光を充填した世界が、今度こそ目の前の敵を排除せんと破壊を解き放つ。そのパワーを前に、三沢は………

「やはり激流葬やミラーフォースを警戒してきたか!俺らしくもなく縁起を担いで入れただけのカードだったんだが、まさか本当に役に立つとはな。トラップ発動、チェンジ・デステニー!このカードは相手の攻撃を無効にしてそのモンスターを守備表示に変え、さらに相手は2つの効果から1つを選択する!」

 世界の攻撃は空中で力を失い、三沢と斎王の間には2枚の扉………それぞれ赤と青に塗られた、何の変哲もない簡素な造りの扉が出現する。

「私に選択を、ですか?」
「その通りだ。まず1つは、俺に今攻撃が無効になったモンスター、つまりザ・ワールドの攻撃力の半分のダメージを与える効果。そしてもう1つは、それと同じ数値だけお前のライフを回復する効果。さあ、どちらを選ぶ?」
「では、ザ・ワールドの半分で1550のダメージを受けてもらいますよ」

 特に斎王に迷いはなかった。それはそうだろう、彼にとって自分の勝利は確実なもの。ならば、無駄な戦いは少しでも早く切り上げるのが得策だと考えても不思議な点はどこにもない。
 そして斎王の選択によりダメージを与える側、赤の扉が開いてその奥に広がる無限の宇宙のようなサムウェアからビームが飛んできて三沢を直撃する。

「うおおおおおっ!!」

 三沢 LP2700→1150

「そしてメイン2に移行。魔法カード簡易融合(インスタントフュージョン)を発動。1000のライフポイントを払うことでエクストラデッキから融合モンスター、魔道騎士ギルティアを特殊召喚。そしてA・ボム及びシャインエンジェルをリリースしてザ・ワールド正位置の効果を発動、相手ターンをスキップする!ザ・ワールド………時よ止まれ!」

 斎王 LP1900→900

 斎王のライフが減り、その命を糧に生まれた光を操る魔法戦士と光を倒すためだけに開発された小型兵器の2体がフィールドからかき消える。瞬間、ザ・ワールド以外のあらゆるものが動きを止めた。世界から色が失われ、モノクロなフィールドの中でただ1人、ザ・ワールドのみが動くことが可能となる。
 そして、再び世界に色が戻った。

「そして時は動き出す………私のターン、ドロー。天輪の葬送士を召喚し、その召喚時効果を使用。墓地のレベル1光属性モンスター、フールを蘇生させます」

 天輪の葬送士 攻0
 アルカナフォース0-THE FOOL 攻0

 2体のモンスターの攻撃力は、ともに0。幸いにもチェンジ・デステニーの効果を受けたモンスターは場に存在する限り戦闘に参加できなくなるため、このターンのダイレクトアタックは防げたといってよい。ただ、それもいつまで続くかはわからないが。

「この2体のモンスターをコストに、再びザ・ワールドの効果を使いましょう。ザ・ワールド、時よ止まれ…………そして時は動き出す。私のターン、ドロー」
「ちっ、まさか今のターンでもザ・ワールドの効果が使えたとはな」

 悔しそうに歯噛みする三沢だが、彼にザ・ワールドの効果を防ぐ手立てはない。残り2枚の伏せカードのみで、デッキからカードをドローするチャンスすら与えられずにこのターン、あるいは下手すると次のターンを凌がねばならないことになる。

「ふふふ、精々足掻いてみなさい。私の次なるカードはアルカナフォース(ワン)THE(ザ・) MAGICIAN(マジシャン)。さあ、回転を止めなさい」
「こんなにも正位置ばかり出るなど、確率的に低すぎる!今度こそ、今度こそ逆位置を引いてみせる!ストップだ!」

 アルカナフォースI-THE MAGICIAN 攻1100

 このデュエルで三沢が止めたアルカナの回転は、計7回。そのうち全てで正位置が出る確率は、たったの128分の1である。もしここでまた正位置を出すならば、その確率はさらに半分の256分の1、とても現実的な数字ではない。
 だが、回転をやめたカードはまたしても表を向く。それを見た時の三沢の表情には教学とともに、本人もそれと気づかない程度の納得が含まれていた。理性は確率論からそれを否定していたが、心のどこかではこうなることを予感していたのだ。

「正位置を得たマジシャンで攻撃!アルカナ・マジック!」

 ゆらゆらと不気味なステップを踏む道化師の一撃。それに対し、反射的に三沢は残り2枚となった伏せカードの1つを発動させようとして、ギリギリのところで思いとどまる。なぜならそれは、正位置の効果を得たマジシャンの特殊能力である。
 通常だろうと速攻だろうと装備だろうと儀式だろうと、とにかく分類が魔法カードである者が発動されたターンに自らの攻撃力を元の攻撃力、つまり1100の倍にするというもの。効果の仕様上、収縮などで半減させることもできないすこぶる厄介なこの効果は、三沢が発動させかけた伏せカードは速攻魔法、禁じられた聖槍に対しても当然働く。ちなみにこの超有名カードは、モンスター1体の攻撃力を800ダウンさせる代わりに、このターンあらゆる魔法及び罠カードに対する完全無効化能力を得させるものである。

 アルカナフォースI-THE MAGICIAN 攻1100→三沢(直接攻撃)
 三沢 LP1150→50

「ぐふうっ!!」

 一撃でライフを50まで持っていかれた三沢。すでにその体はボロボロだったが、それでも彼はまだ諦めていなかった。ひとえに、自らの友人たちを助けるために。絶対にここで引くわけにはいかないのだと。

「さて、ここまでやればもういいでしょう。このターンでさらにザ・ワールドの効果を使用してザ・ワールド自身とマジシャンを墓地に送ればもう1度あなたのターンはスキップされますが、私も今日は少し運命を操りすぎて疲れてしまいました。おそらく、いまカードをドローしたとしてもあなたのライフを奪うモンスターを引くことはできないでしょう。これで私はターンエンドです」

 3回連続で訪れた斎王のターンをなんとかしのぎ切ったものの、その代償は大きい。3枚あった伏せカードは1枚がマジシャンの効果のため発動する意味がほぼない状態にあるため残るは1枚のみとなり、ライフも既に50しか残っていない。おまけに手札も0でモンスターもない。このターンでモンスター、それもマジシャンを倒すかせめてその攻撃を防げるようなものを引かない限り、今までの苦労は全て水の泡である。

「お、俺に………俺にターンを渡したことを後悔するんだな、斎王…………まずはトラップカード、リミット・リバースを使用。これにより、俺の、墓地から、攻撃力1000以下のモンスターを、表側攻撃表示で………特殊、召喚する」

 カタパルト・タートル 攻1000

 4本の太い足で大地を踏みしめ、背中から伸びたルドラの重力砲とは比べ物にならないほど大きなカタパルトの重みを支える機械亀。

「ばかな!そんなモンスターはあなたの墓地に………いや、あの時か!」

 斎王の脳裏によみがえる、デュエル序盤での1シーン。あの時確かに三沢は、こう言っていた。

『そして魔法カード、アームズ・ホールを発動。このターンの通常召喚権を失う代わりにデッキトップを墓地に送り、その後デッキか墓地の装備魔法を1枚手札に加える』

「あそこでデッキトップのそのカードを墓地に落としていたのですか。ですがそのモンスターも、射出する対象が自身しかいないのならば500ダメージ程度。1ターンに1度しか効果が使えない以上、そのドローカードが攻撃力1800以上のモンスターでなければなりませんね。もっとも、そのカードがそうではないことは既に分かっていますが」
「お得意の、運命……か………確かにこのカードは、ただの、魔法カードだが………魔法カード、モンスター・スロット………発動!」

 巨大な顔を模したスロットの口が開き、3つのリールが回転を始める。そのうち左端がカタパルト・タートル、真ん中がルドラのイラストが移った面で止まった。

「モンスター、スロット………このカードは発動時に、自分の場のモンスターを選択し、それと同じ………レベルのモンスターを1体、俺の、墓地から除外する………そしてその後、カードを1枚………ドローしてそのレベルが…………2体の、モンスターと、同じならば………そのモンスターを、特殊……召喚する………」

 これまで受けたダメージのせいで少しずつ意識が途切れてきて、もはや立っているのもやっとといった有様の三沢の横でぐるぐるとまわり続ける、3つ目のリール。それを不敵な目で見る斎王は、むしろ三沢に対する憐みが込み上げてきた。この若者はこれだけ運命を見せられていて、まだモンスター・スロットなどというはかない希望にすがろうとしているのか、どれだけ願おうと自分の勝利はゆるぎなく、都合よくレベル5のモンスターをドローできるはずがないのに、と。

「まあいいでしょう、どうせならたっぷりと絶望しなさい。そして運命に従うのです」

「ドロー…………ッ!」

 ふらつく腕。ぼやける視界。そんな状態の中で引いたカードを確かめようとしたところで、彼の足に限界が訪れる。受け身すら取ることもできなかった彼の体がどさり、と絨毯の上に崩れ落ちる。それでも最後の力でそのカードを改めて確認しようと腕をわずかに動かし―――――

「三沢!」
「あき……ら………?」

 うまく焦点の合わない目で彼が声の方へ顔を向けると、そこにはちょうど入り口のドアを蹴破って入ってきた人影が1つ。顔を見ることはできなかったが、その聞き覚えのある声は清明、遊野清明のものだ。その状態で、人影は声を張り上げる。

「もういいよ、三沢。僕のせいでそんなボロボロになって………でも、大丈夫。あとは、僕が全部始末をつけるから。今までありがとう、あとはゆっくり寝ててよ」
「俺……は………」

 ポン、と背中をたたき、その人影は三沢を気遣うように声をかけていく。その言葉を聞き、三沢の中で張りつめていた糸が切れた。最後の力を振り絞るのをやめ、心地よい眠りの中に引き込まれていく。

「そう、か………よか、った………」

 最後にそれだけ言い残し、完全に意識を失う三沢。斎王の見たビジョン通り、最後に倒れているのは三沢であった。
 だが、あのビジョンにはその横に座るあの人物はいなかったはずだ。声を掛けようとした斎王だが、その前にその人影が斎王の方を不敵な顔で向き直った。

「ほらよ、斎王様。間に合ってよかったぜ、俺の助け」
「あなたがなぜここに来ているのです?」

 その質問に肩をすくめる人影の正体は、ユーノ。ある意味では、去年から続く一連の流れの全ての始まりともいえる幽霊である。そんな彼の介入に一瞬自分の洗脳が解けたことも疑ったが、すっかり光の結社に洗脳されきった彼が自発的にそうなることはあり得ない。

「別に。ちょっとした情報が手に入ったんで、気になってきてみただけですよ。そしたら案の定、斎王様が負けかかってるときたもんだ」
「何を言っているのです。私の勝利は既に運命で…………」

 そう言った斎王の言葉が、床に落ちた三沢の最後の手札を見て止まる。最後の最後に三沢がモンスター・スロットの効果でドローしたカードには、こう書かれていた。

 A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) リーサル・ウェポン
効果モンスター
星5/闇属性/機械族/攻2200/守 800
このカードが戦闘によって光属性モンスターを破壊し墓地へ送った時、
デッキからカードを1枚ドローする。
さらに、この効果でドローしたカードがレベル4以下の闇属性モンスターだった場合、
そのカードを相手に見せて特殊召喚できる。

「馬鹿な!?攻撃力2200のレベル5モンスターだと!?そんなことあるはずが………」
「そんなことあるはずがったって、引いてるんだからどうしようもないさね。清明の声にはまんまと引っかかってくれたけどな」

 斎王はしばし考える。まさか三沢は、自分の見た運命を打ち破ったとでもいうのだろうか。馬鹿な話だ、最終的に自分が立っていて三沢が倒れ伏している状態でデュエルが終わっているのは確かだったではないかと自分に言い聞かせるが、それだとビジョンにはいなかった第三の存在、ユーノのことが説明できない。もしユーノがタイミングよく割り込んでくれなければ、あるいは自分は負けていたのかもしれない。
 だがそれも所詮はもしもの話であり、考えても詮無いことである。
 しばし黙っている斎王をよそに、なにやら自分の懐から1枚のカードを取りだすユーノ。それを空中に向かって無造作に投げつけると、彼の影から腕のようなものが伸びてそのカードを掴みとる。すると、どこからともかく感情を押し殺したかのような声が響いた。

『………すまない、三沢大地。高潔なる戦士よ。恨むならただ一人、私のみを恨むがいい………』
「おいおいチャクチャル、それじゃあまるでこっちが悪者みたいじゃないかよ。違うだろ?俺たち光の結社に逆らう奴こそが悪で、斎王様がそいつを粛清なさったんだよ」
『黙るがいい。もっとも、今の貴様には何を言っても無駄だろうがな。では、約束の品は確かに貰い受けた。2度と協力はしない』

 その気配は最後にそう言い捨てて、部屋の中から去っていった。

「今のがこの島に存在する闇のカードの1枚ですね。エドに調査させた頃が懐かしいものです」
「ええ。地縛神………厄介な奴ではありますが、我々正義は必ず勝ちますよ。もっとも、今回はちょっとした取引で協力してもらいましたがね。さっきの清明の声、あれもあいつが喋ってたんですよ。なかなか上手いもんでしょう」

 取引、という単語が少し気にかかったものの、何か考えているならばあえて聞くこともあるまいと思い口をつぐむ斎王。それだけ、ユーノの能力については信頼を置いているのだ。
 それをよそに、今はただ眠り続ける三沢。その眠りが覚めた時には今度こそ、彼の精神は光の結社のものとなっているだろう。そんな不吉な近い未来を暗示するかのように、先ほどまで晴れていた夜空にはいつの間にか雲がかかっていた。 
 

 
後書き
約束の品の伏線はさすがにさっさと回収します。天田からもらったものの伏線は回収するは無しこそ決まっているものの、なかなかその時にならないのです。
それと今回、深夜のノリで書いてた時にわけわかんない文章がふと気づいたらできていたのでせっかくだから抜粋という名の晒し者に。場所は三沢がマジシャンのダイレクトを受けたあたり。

 残りライフ、50………誰が言い出したかは知られていないが、デュエルにおいてライフポイントのセーフティーラインは800である。その法則は万国共通でいつの時代も変わらない。残りライフが初期の5分の1になったらセーフティーラインを切っちまったのだ。この通説がやがて遠い未来において溜まったカウンターを消費することで手札の特殊な魔法カードの枚数1枚につきダメージを与える破壊不可能な某カードへと変化していくことになるのだが、なぜその時にダメージを決定するカードの種類がモンスターでも罠でもなく特殊な魔法カードなのかは一説によるとこのデュエルで三沢が敗北を免れるため魔法カードを発動できなかったためにライフポイントを一気にセーフティーライン以下まで叩き落されたことを教訓にするためだとも言われている。なんてことは一切ない。

削除理由はあまりにも雰囲気が合わなかったため。やっぱ深夜に書くのは危険ですねー(他人事っぽく)。 
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