一人のカタナ使い
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SAO編 ―アインクラッド―
第一章―剣の世界―
第5話 森の秘薬Ⅲ
◆◇
最初に集まっていた場所には誰もいなかった。
きっとどこかで二人とも頑張って倒しているんだろう。
『あまり離れないこと』と言われていたのに飛び出した僕だけが二人と離れているのならばいいけど、二人ともバラバラに別行動をしているのならば事態はさらに深刻なものになる。最悪のパターンだ。
「マジで……やばい………」
まだそう決まったわけではないのに、一気に心臓の鼓動が早くなり、呼吸が荒く小刻みになっていく。全力でここまで走って来たから、という理由だけではないはずだ。
焦って考えがまとまらない。頭が真っ白になっていく。
どうしたら―――
「……何泣いてんの?」
不意に背中から聞きなれている声が聞こえた。
「こ、コウ……?」
相変わらずの無表情で後ろに僕の幼馴染みがいた。
「……もっかい聞くけどさ、何で泣いてるの?」
「えっ?」
コウの言葉を聞いて自分が泣いてることに気付いた。急に恥ずかしくなり、強引に服の袖で涙をぬぐう。くそっ、十四にもなって恥ずかしい!
「め、目にゴミが入ったんだよ!」
「……何その漫画とかでよくある言い訳。生まれて初めて生で聞いたわ」
「う、うるせーやい!」
よしっ、ごまかし成功!
僕は内心ガッツポーズをぐっと取る。
そんな僕を見て、「はぁ……」と呆れたようにため息をつき、コウが口を開いた。
「……まぁ、いーけどさ。お前がここにいるってことは《実付き》を割ったのはカイだな」
「そうみたいだね。ていうか、僕はコウはカイと一緒に行動してると思ってたよ」
自分であまり離れすぎないことって言ってたし、と付け加えると、コウは後味が悪そうな顔をした。
「……いや、何かユウが一人で行ったあとどーでもいいやみたいな雰囲気になって解散した」
「………何か……ゴメン……」
そして、少しの間僕たちの間に沈黙が流れた。だいたい五秒くらい。
それはともかく、僕とコウが合流した今、カイは一人でこの森の中にいることになる。つまりカイは一人で《リトルネペント》の大群と戦っているわけだ。
「急いでカイのとこに行かないと……」
「……そうだな。カイ以外の人という可能性もあることを願いたいけど今の時間帯にここに来ている人はほぼゼロだろうからな」
まぁ、カイじゃなかったとしても助けるけど、とコウがメインウインドウを開きながら言う。
……こいつ、カッケーなー。お前の方が漫画みたいな台詞言ってんじゃん。ていうか、カイにしてもコウにしてもサラッとカッコいいこと言えるからすごいな。本当に僕じゃなくて女子に言ったらモテそうなのに……もったいない。なんで今言うんだよ。
「じゃっ、早速カイのとこに行こう……と言いたいとこだけどコウ、場所わかる?」
僕の問いにコウは首を横に振ることで答えた。
「……フレンド登録していてもどの街にいるとかがわかるだけで正確な位置は判らない」
「そっか……」
「……メッセージは送れるが、襲われているのならば返信はできないだろうな」
そう言ってコウはウインドウを閉じた。
位置がわからないとなるとすぐに駆けつけることはできなさそうだ。うーむ、どうすれば………
「……とりあえず二人で一緒にこの森を探し回るしかないだろうな。幸い、この森はそんなに広くないし、あいつの周りにネペントが沢山いるだろうから案外すぐ見つかるかもしれない」
「わかった、なら急ごうか」
そう言って、僕とコウは再び森の奥へと突入した。
探し続けること約五分。
案外早く見つけることができた。まるで何かの集まりのように群がっている《リトルネペント》、そして今まで嗅いだことのないような異臭。ネペントの集団の中心でダメージエフェクトが発生しているのが微かに見えるのであそこにコウがいるのは間違いないだろう。
ていうか………
「あんなにいたらカイのとこまで近付けなくない?」
今、僕たちはネペントたちに感知されないとこの茂みに隠れている。別に突っ込んでいってもよかったんだけど、あそこまで多いと……、とつい隠れてしまった。 流石にネペントとの戦闘に慣れてきたとは言っても、あの数をこなすとなると身が引いてしまう。それに、ただでさえ気持ち悪い外見なのにあそこまでいると……ねぇ?
コウの方を見ると、顎に手をあてて考え込んでいる様だった。何かブツブツ言ってるし。
「……とりあえず、あの植物たちをどうにかしないとカイに近づけん」
「そうだね、でもどうやるの?一匹ずつ倒していく?」
「……二人でネペントを外側から狩っていくしかないだろうな」
「《リーバー》みたいな突進系のソードスキルでカイの元まで無理矢理行くのは?」
「……いや、それだとソードスキルでカイにダメージを与えてしまうかもしれない」
仲間を殺すなんて洒落にならんからな、とコウは平坦な口調でサラッと言いのける。僕は聞いただけで背筋が震えそうになっているのだが。
しかし、かなりのハイペースで倒していかないと間に合わないかもしれない。……まぁ、こうしてる間にもやばいかもしれないけど。
「じゃあ、早速やろう」
「……あぁ、ネペントとの戦いは慣れてるかもしれないけど気を付けろよ」
「お前もな」
そう言って僕たちは各々の武器を手にし、集まっているネペントに向かって駆ける。
「――一体目!」
今更ながら歩く植物に対して『体』という単位が正しいかどうかは分からないが、とりあえずそうしておこう。
一気にネペント集団の元に到着し、近くにいた一体の弱点に向かって思いっきり上段から斜めに斬りつける。悲鳴のような声を上げるが、スルーし(華麗にかどうかはわからないが)再度同じ位置を今度は下から斬り上げた。レベルが上がっていることもあり、この二撃で勝負はついた。ネペントの体が青く染まり、砕け散る。
コウの方を見ると、相変わらずの的確な攻撃を繰り出して敵を圧倒していた。ていうか、二体同時に倒していた。それを見て少しだけ驚く。……僕にもできるかな?
「僕も頑張らないと……っ!」
二体目も同じ要領で倒したところで、ようやくこの集団の中心で襲われている人が見えた――やっぱり予想通りカイだった。
「カイ!!」
目の前にいるいつも(良い笑いかどうかは別として)笑っている幼馴染みは、今は少し困ったような顔をしていた。
僕の声が聞こえたらしく、こっちを振り向く。
「おぉう、ユウお久し振り〜」
少し引きつった笑みをしているが、ブレない口調だった。……お前、もう少し慌てろよ。
「……久しぶりって言っても別れてから一時間程度しか経ってないぞ」
カイの言葉にツッコミをしながら僕とは別の方向からカイの元にコウが現れた。ちなみに僕はまだ二人の元へたどり着いてない。
「……全く、めんどくさいことしやがって」
「わりぃな、こうすればすぐに《花付き》が出ると思ったんだよ」
カイらしい大雑把で大胆なアイデアだった。まぁ、それのせいで今こんな状況になってるんだけど。この状況に対する僕の意見は全くもってコウの意見と同じだ。
ていうか、ネペントと戦いながらこんな会話をしているんだから流石と言わざるを得ない。コウはともかく、カイも戦闘に慣れている。
「それより、カイ、HP大丈夫なのか?」
そう言いながら僕も二人の元へ遅まきながら到着する。
僕たちはパーティーを組んでいないのでお互いのHP残量を確認することができない。僕はまだ八割残っていてまだグリーンで余裕があるが、ここでずっと一人でネペントの大群を相手にしていたカイはどうだろうか?
でも、あれだけ余裕っぽそうな感じなら案外大丈夫なのかも。
なんて思っていたら―――
「あっはっは、全然大丈夫じゃない」
大丈夫っぽく笑いながら、大丈夫じゃないことを知らされた。コウもため息ついてるぞ。
「お前ぇ! 笑い事じゃないだろ!」
「そだね」
「そだね、じゃねぇ! 今どれぐらいだ?」
僕にそう言われて、カイはネペントと戦いながらちらっと斜め上を見た。
「うーんとね、三割ぐらいかな」
「今すぐ回復しろ!」
「……俺たちがこいつらの相手しとくから……って言いたいがここじゃあ回復できないな」
そう、周りがネペントだらけで回復しようとする間に攻撃をされてしまう。僕とコウ二人で五体ぐらい倒してはいるが、すぐに新たなネペントがやって来て囲まれた状況に変わりはない。
――一体どうすれば……。
方法を考えていると、カイが珍しく真剣な表情でコウに向かって口を開いた。口を開きながらも普通にネペントたちを倒していくからすごい。
「なぁ、コウ。ネペントは今俺たちの周りにいる奴らの外側にもいるのか?」
「……多分いないと思うが」
「そ〜かい、ならオーケー」
何か考えているようで、ニヤニヤと笑っている。うわぁ、悪そうな笑み……。
「ねぇ、何考えて――」
僕は絶句した。言葉が途中で止まるほどに。コウも目を見開いている。何故ならカイがとんでもないアクションをしたからだ。
少し下がって走ったかと思うと、両手槍を使ってまるで棒高跳びのようにネペントたちの集団を飛び越えた。
「……マジかよ」
どんな運動神経してんだ、普通はできないぞ。
ポカーンとしてる僕たちを余所にカイは、
「じゃっ、ある程度回復したら戻ってくるわ!」
と言ってどこかへ行ってしまった。
驚きからまだ回復できないままカイの後ろ姿を見たまま呆然とする。すると、僕とは違い既に驚きから回復しているコウが僕の肩を叩きながら、
「……そろそろ戦ってくれないと流石に辛い」
「えっ!? あっ、あぁーゴメン!」
「……まぁ、そうなるのは解るが」
注意されてようやく驚きから回復し、戦闘を再開する。
いかんいかん、ネペントがカイの方へ行かないように頑張らなくては。
……というか、短い間だけど僕がぼーっとしてるときコウが僕がダメージ受けないようにしてくれたんだな。なんか申し訳ない。
「……なぁ、ユウ」
「何?」
僕はネペント二体をまとめて横薙ぎしながら、答える。狙い通り二体とも弱点の部分にヒットし、二体ともHPゲージがゼロになった。
「……やっぱりカイが回復してる間に攻撃されないように守るやつが必要だ」
「んっと、そうだね」
「……だから、少しここ任せてもいいか?」
「……コウがやったらダメなの?」
正直すごく嫌だったので、やんわりと断る。一向に減る気がしない襲ってくるモンスターを一人で相手にする自信は流石に僕にはなかった。
「……まぁ、俺がやってもいいんだが、俺の方がこの森の道とか色々知ってるからカイとは出会いやすい」
「なるほど……ねッ!」
語尾が強くなってしまったのはソードスキルを発動して力んだせいだ。
曲刀ソードスキル《ツインカッター》。
その名の通り、二連撃のソードスキルだ。前方に向かって左右に連続で横薙ぎする。攻撃範囲もなかなか広いのでかなり便利だ。この森でずっと戦闘を繰り返して習得した新しい剣技。まぁ、便利な分同じ曲刀ソードスキルの《リーバー》より技後硬直が長いけどね。
《ツインカッター》で僕の前にいたネペント三匹がまとめて消滅し、囲まれた状態から解放される。それも少ししか持たないだろうけど。
「なら、ここは僕に任せて先に行け!」
おぉっ、一度は言ってみたかったんだよねこの台詞。バッチリ決まったぜ!
僕の言葉を聞いたコウが呆れたような表情をする。……あれっ、何その反応。
「……いや、固まってるやつに言われても任せられねぇよ」
「これは仕方ないだろ!」
ソードスキル使った後は誰でもこうなんの!
すると、若干口の端を上げながら、
「……冗談だ、じゃあ任せたぞ」
「………うん」
硬直が解けてようやく自由になったアバターを確認しながら、返事をする。それと同時に隣にいる幼馴染みがもう一人の幼馴染みのもとへ駆けた。
「――さて、早く帰ってきてくれよ……」
任せろって言っておいてなんだけど、と言いながら、少し顔を引きつらせながら、自分の周りにいるネペントの集団を見回した。
「………ッ!」
右の脇腹にネペントの攻撃が命中した。僕のHPゲージが一割ほど減る。そろそろ集中力の限界かな?
コウたちがいなくなって結構な時間が過ぎていた。ネペントたちの相手をしていたので時間を見ていないが、体内時計的に十分は経っているだろう。
……このままだと、僕が先にくたばってしまう。
「うおぉぉぉ!!」
滲み出した不安を消し去るように咆哮しながら、僕はソードスキルを使い、ネペントをまとめて二匹倒す。だが、次から次に新たなネペントが後ろから出てくるので意味のない行動に思えてしまう。
――キリがない。
もうかなりの数倒しているはず。なのに全く減る様子がない。……これはマジでピンチかも。カッコつけるんじゃなかったなあ。
なんて考えながら周りからの攻撃を弾いたり、身体を反らしたりして回避したり、隙があれば反撃したりする――流れ作業のように。まぁ、簡単に言ってるけど全方位から攻撃が飛んでくるので、結構すごいことしてるなぁと我ながら思ってしまう。限界に近いんけど。
なんてことを考えていると、
「おーい、待たせたな」
という全く緊張感のない声が聞こえた。
その声が聞こえたときの感情は安堵と歓喜と呆れが少し含まれたものだった。でもやっぱり単純に嬉しいかも。
「遅いよ! このまま来ないかと思ったよ!」
そう返すと、カイは僕の前に来ていたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「いや〜、何かコウに『任せろ!』って言ったらしいからゆっくりしててもいいかなぁ……と」
「こいつら全部任せろって意味じゃないよ!」
死ぬっつーの!
僕は心の中で絶叫した。
「……すまんなユウ、まぁ、カイの回復に時間がかかったっていうのが本当の理由だから」
そう言いながらいつの間にかコウも僕と同じで集団の真ん中に来ていた。……何か、二人が近くにいるってだけですげー安心する。仲間の大切さっていうのを改めて学んだ気がした。
「……まぁ、それならいいけどさ〜」
二人が来たことへの嬉しさの照れ隠しを隠すために敢えてふてくされた様に言う。カイがそんな僕に対し、ニヤニヤとひとしきり笑った後、
「――じゃあ、三人でサクっと終わらせるか」
と言った。
……これは僕の勝手でワガママな意見なのだが、こういう風にいいとこ取りというか、主人公っぽさというか、そういうのはズルいと思う。
◇◆
あれから更に数十分かかり、ようやくネペントたちとの戦闘は終わった。その時にあれだけの数を倒していたら当然というべきか、二体も《花付き》が出現したので僕たちは飛びつくように倒し、《リトルネペントの胚珠》を二つゲットした。
流石のカイもこの戦闘が終わったときには疲れていたようで、若干顔に疲れの色が浮かんでいた。それでも笑ってはいたけど。
そして疲れた三人で一緒にクエストをクリアして僕とコウはクエストクリアでの経験値が加算され、レベルが4に上がった。
クエストを受注していないカイは経験値が貰えなかったが、森で相当な数のネペントを狩っていたようで、既にレベルが4だったらしい。
それでも経験値は欲しかったようで、
『経験値もらえんなら俺も受けときゃよかった〜』
と今更ながら後悔していた。
僕が知らんがな、と思ったのは言うまでもない。……多分コウも思っただろう。
補足というか余談だが、コウは既にカイを救出する前に《リトルネペントの胚珠》をゲットしていたらしく、合計三個になったことを告げられたときは今までに感じたことがないほどの時間を無駄にした感を味わった。
「じゃあ、さっきまで頑張ったのは何だったんだよ!」
「……いや、ユウの分も要るかなぁっと思って」
「いらないよ! 僕的にはお前だけ手に入れればオールオーケーだったよ!」
「……そりゃ悪かったな、でも剣も貰えたし経験値も貰えたから良かっただろ」
「………俺も受けりゃよかった」
「お前はもういいよ!」
なんて会話を一通りしてから、次の話題へ。
「……で、余った一個はどうする?」
「……カイがクエストを受けて回収してもらうか?」
「そうだね、あんなに受けときゃよかったって後悔してたもん」
「えっ、いいのか?」
「まぁ、手伝ってくれたお礼ってことで」
「そっか、何かわりぃな」
「……はぁ、悪いと思うのならもうさっきみたいな危ないことはしないでくれよ」
「へいへい、反省してますよ」
というわけでカイもクエストを受注して開始五秒で終了した。多分、βテストの時も含めてこのクエストの最速タイムだろう。
剣は要らないってことでコウに渡していた。少しもったいない気がするのは気のせいだろうか。
今回のクエストで色々なことを学んだ気がする。実際、カイは今回死にそうになった。もう少し僕とコウが来るのが遅かったら間に合わなかったかもしれないと思うと今でも鳥肌がたつ。
『これはゲームであっても、遊びではない』とはよく言ったものだと思う。
確かに遊びではなかった。ゲームをこんなに真剣に取り組んだのは生まれて初めてかもしれない。これからも今日のようなことが起こるのかと思うと、背筋に何か冷たいものが走るような感覚がする。
だけど、三人ずっと一緒ならば、これから似たようなことが起こっても、どんなことが起こっても、大丈夫だと思った。
そう、あの日が来るまでは―――
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