インフィニット・ストラトス ─Castaway─
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第002話 ─Inn tavern─ 宿屋にて
まどろみのなか、ゆっくりと意識が浮上する。
揺れる前髪が、額をくすぐる。
目を開くと、見知らぬ木の天井が目に入った。
俺は、見覚えの無い木目模様をしばらくぼんやりと眺めていたが、ハッと我に返ると、上体を起こし周囲を見回した。ISスーツは着たままだった。
「千冬姉やセシリアたちは、どうなったんだ……」
そこはとても殺風景な、木造の建物のなかだった。広さは6畳ほどで漆喰の壁、クローゼットが一つ、小さなテーブルに椅子が一つ、自分が寝ているベッド、サイドテーブル、ドアのそばには木桶。すべてが木製。
窓に目をやるとガラスは嵌っておらず、鎧戸の隙間からは昼の陽光が差し込み、入ってくる微風が気持ちよかった。
外の喧噪に気がついた。どうやら、町中らしい。音の感じからすると、ここは2階らしかった。
「と、こんなことしてる場合じゃない!」
一通り部屋を見回したあと、慌ててオープン・チャネルを起動する。
「千冬姉、セシリア、箒、鈴、みんな! ……誰か、応答してくれ! ……くっ、ダメか」
焦ってベッドから降りようとしたとき、ドアが開いた。
「あっ、起きた!」
両手でお盆を持った、背が小さめの少女が、嬉しそうに声を上げた。うん、見た目通り幼い、甘い声だな。でも凛としていて「このバカ犬!」とか言いいそうな感じだ。
「ど〜れどれ」「ああ、本当だわ」「うむ」「よかったっス」
少女の背後から、男女の一団が部屋を覗き込む。
お盆を持った少女は、レースの襟飾りのブラウスに腰丈の皮の上着、足首までの襞のついたスカート、ブーツという格好だった。細面の顔にスッキリと高く伸びた鼻筋、小さな唇は喜びにほころび、切れ長の碧眼はいたずらっぽく輝いている。
なにより特徴的なのは、腰まで真っすぐに伸びた奇麗な金髪に、頭からピンと立った狐耳…………狐耳!?
よく見れば、スカートのお尻が盛り上がり、フリフリと揺れている、まるで尻尾でもあるように……。
随分と精巧なつくりだな。それはさておき、お見舞いに来たような雰囲気だ。するとここは、コスプレ会場の医務室とかかな? この木の部屋も、ファンタジーの雰囲気づくりの一環か。金かかってそうなイベントだ。
狐耳さんは、コップが乗ったお盆をサイドテーブルに置き、ベッドの端に腰掛けた。他の人は、女性が椅子にかけて、男3人は立っている。
「どう? どこか身体に不具合はない?」
「あ、ああ、大丈夫。っていうか、なんで俺、ここに寝てるんだ?」
「貴方がアントニオ・ベイ近くの砂浜で気を失っていたのを、私たちでここまで運んできたのよ」
「主に、儂がな」と、2m超えの樽のような巨漢が笑って言った。儂って、番長キャラか? 彼も、というか、この部屋の全員、同じくらいの歳のようだ。仲良しグループでイベント参加ってヤツか。
「私の名は、リリサ・マンエルハイム。この『アーレトン・タイヴァス』のリーダーよ。ジョブは魔術師。みんな同い歳よ」
「儂はギャスパール・ガットマン。重戦士、盾役だな」あの耳は……熊かな?
「フランク・マクラウド。軽戦士だ」うわ、なんかサムライって感じ、狼だな。
「アタシはノーラ・テンプル。治癒術と付与術担当さ。一応、アンタにヒールかけといたから大丈夫だと思うけど、なんかあったらまた、かけたげるよ」クールなお姉さん系か。猫っていうより豹っぽいね。うん、役に入りきってる。
「オ、オイラはラズロ・ローエンシュタインさ。スカウト(斥候)だよ」リス系だな。ちょっと自信なさげなトコが庇護欲をそそるかも。いや、俺はその気はないぞ!
「それで、貴方の名は? あの浜には、流れ着いたような感じだったの。良ければ、なんでそうなったか、話してくれない?」
うん、今は現状を把握した方がよさそうだ。
「あ、初めまして。俺は織斑一夏っていうんだ。ああ、イチカ・オリムラだな」
「……お・りむー?」リリサは首を、こてんと傾げた。
やっぱりだ、『のほほんさん』の友達決定。いつも着ぐるみを着てるのは、コスプレだったんだ。このリリサって娘も『のほほんさん』の仲間なんだろうな。リアル嗜好の。
俺は守秘義務ってのをすっかり忘れてて、それでも火山の上空で戦って特異点を処理したことだけを話した。でも、彼女たちの反応は、予想とは違った。
「あいえす……って、何?」
リリサは、仲間を振り返る。仲間たちはブンブンと、顔を横に振った。
え、ISを知らない? どんな奥地の民族でも、今ではISを知らない者はいないはずだ。どういうことだ?
俺は、背筋を冷や汗が流れるのを感じた。弾から借りた小説で、こんな状況を読んだことがあるような……。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽
私は、イッチカー・オリムーと名乗るこの少年の話に感嘆した。『あいえす』とか言う、多分、飛行用の魔法具なんだろうけど、それを使って惨事を防いだ行動力と気高い自己犠牲の精神は、まるで騎士のようだと思った。
着ている青い上下の肌着は、上に防具を装備することを示唆していた。
ということは、全身を覆うプレートアーマーが通常の装備みたいね。細身なのに、力があるのかな? ますます騎士みたい。
「私たちは、ギルドに加盟している学生冒険者なの。貴方、もしかして騎士なの?」
ちょっと、期待を込めて聞いてみる。
彼は、ビックリした顔で否定した。
「騎士? 違う違う、俺は『IS学園』の学生だよ。……なあ、もしかして、その耳って本物?」
「? 勿論。私は[ヴルペシア(狐人)]よ。これでも由緒正しい、『フェンニゴルド王国』のマンエルハイム辺境伯家の者よ」ちょっと気取って言ってみた。
「庶民派で、あんまり貴族っぽくないけどな……」とギャスが呟くのに、キッと睨んでおく。むう、笑っていなされた。まったく、この『ファットマン』め!
しかし、騎士じゃなくて、学生なのね。『あいえす学園』って、騎士学校かな?
「フェンニ……って、聞いたことがないな。日本とかアメリカ、イギリスって国の名前、聞いたことないか?」
なんだか焦って、イッチカーが聞いてきた。
「聞いた事がないわね。みんなは?」
「聞かぬな」「知らないワ」「うむ」「知らないっス」誰も知らないらしい。
「冒険者に、聞いたことのない国、ケモミミって……まさか、まさか」と、イッチカーが呟いている。顔色が悪い。もう一度、横になるように言おうとしたとき、彼が爆弾を投下した。
「俺って、異世界に来たみたい?」
「おーーーーっ、スッゲーーーーっ!」
もう大丈夫だというイッチカーを伴って、私たちは宿屋から外に出た。街を見てみたいと、イッチカーが言い出したから。彼は今、子どもみたいに、周りの口径に目を奪われている。
イッチカーには、フランクの服を貸してるわ。さすがに、あの肌着姿じゃねぇ。
「まさしく、中世の街並って感じだな。……おっ、あそこは武器屋かな。こっちは何屋だろう?」
「ホラホラ、イッチカー。貴方、ちょっと落ち着きなさいよ」
「これが興奮せずにいられるかっての! すっげえ、ファンタジーの世界だ……」
子どもみたいにはしゃいでいるイッチカーに、私たちは苦笑した。
彼の「異世界発言」を初めは信じなかった私たちだけど、彼の言う魔法の無い世界の科学技術の説明、ISの事、その他の兵器の概要を聞いて、単なる妄言とは思えなくなったわ。いつの間にか私たちは、すっかり彼の言うことを信じていたの。
揺るがない彼の瞳の所為なのかしら……。
ハッ、違うからね! 全然、彼なんか私の理想の殿方像とは、違うんだからねっ! 私の理想は……って、今は関係ないでしょっ!!!
それは置いておいて、『IS』を見られなかったのは残念ね。今は自己修復中で、眠っているんだって。しかも、高度な古代魔法文明の魔具のように固有意識を持っていて、成長したらお話しもできるなんて、信じられないくらいよ。
今は共有意識体(で解釈はいいのよね?)から切り離されているそうで、目が覚めたら寂しいんじゃないかしら。
ぜひとも、お友だちにならなくっちゃ。
その後も、中央市場や行政地区、歓楽街なんかを見て回ったけど、それほどたくさん見るものがある訳でもなく、私たちは宿屋にもどったわ。
道々、少し説明したけど、腰を落ち着けて本格的にこの世界の事情を教示する。
そう言えばイッチカーは、「言いにくそうだから、名前は呼び易いようでいいぜ」と言ってくれた。その言葉に甘えて「イ・チ、イッチ……イーチ……」と試したみたけど、呼びにくい名前だわ。
それで結局、呼び方は『オリムー』になったの。なんだか本人は「異世界でも……」とガックリしてたけど、なんだろ?
そして、ここがヘイルラン大陸南端に位置するルーンタイン魔法学園自治領で、私たちが学園の生徒であること。在学中に登録できる学生冒険者であること。それから、この世界の通念を説明したんだけど、ビックリするくらいに事情に通じてたわ。
ギルドの概念、ランクアップの仕組み、魔法社会に魔法学校 etc……。なんでそんなに異世界事情に詳しいのか聞いてみたら、『ラノーベ』とかいう庶民向け戯曲でよく題材にされてるんだって。
それよりも、こっちがビックリしたのは、印刷技術に流通機構。うまく説明できないみたいだけど、その技術力や規模に信じられない思いよ。
それから、王制に関しては思うところがありそうだけど、この国を含む大抵の王族は善政を敷いてるっていうのは、納得してくれた。奴隷制度には、ハッキリと嫌悪感を表してたけど……。そうそう、彼の世界の司法制度って、驚異的に整ってるのね。
後は、通貨の感覚は自分で使って覚えるしかないわね。
それから、『IS』の待機状態だというガントレットを盗まれないようにしなくちゃいけないのと、生身で身を守れるようにするのが、今の一番の目標ね。
元の世界に帰る方法を調べるにしろ、まずは生活しなくちゃいけないし。
こうして知り合ったの何かの縁だし、異世界のことももっと知りたいわ。
武器や防具を揃えるのは、私たちパーティの共有預金から貸し出して、皆で鍛えようと思うの。そして彼を臨時メンバーとして、一緒に依頼を受ければ生活も成り立つわね。
みんなも賛成してるし。
「それでね、オリムーも私たちの学園に編入して、いろいろ学んだ方がいいと思うの。とりあえず学生という身分は手に入るわ」
「おっ、俺、学校に行けるのか!? 魔法とか習ってみたいなぁ」
「フフフッ。紹介状が必要だから、お父様にはある程度事情を知らせないといけないんだけど、平気?」
「そうだな、リリサの父さんって、俺や白式を利用しようとはしない?」
「その辺りは信用してもらって、大丈夫よ。現在のウチの騎士団の実力は充分だし、宮廷でのドロドロになんて近づかないようにしてるから、お客様って感じてくれるはず」
「なんか、悪いな。お世話になるよ……てか、自前で騎士団って!」
「あら、私の家の辺境伯領は、自然は厳しいけど猟でも漁でも収穫は豊かだし、作物も家畜も豊富だしで、魔物や害獣から民を守る騎士団の実力は、フェンニゴルド王国近衛騎士団とも肩を並べる双璧と言われているのよ」
「儂たちもお嬢とパーティを組んで実力をつけて、マンエルハイム騎士団の入団試験を目標にしとるんだ。皆、お嬢にスカウトされたのだ」
「見事受かれば、リッちゃんの専属騎士よ」
「うむ」
「姫さまがご結婚されたら、僕たちを中心にして新たに部隊が発足するんすスね」
「こら、ラズ。『姫さま』はヤメてって言ったでしょ! 在学中は、ただのリリサなんかだから。それに、結婚なんてまだ、ズーッと先なんだからねーっだ」
「ご、ごめんなさいっスー」
「と、いう訳で、儂らはお前さんを歓迎するぞい」
「フフッ、よろしくだよ」
「うむ」
「よ、よろしくお願いしますっス」
「ようこそ、学生冒険者チーム『アーレトン・タイヴァス』へ」
「なあ、そのチーム名って、どんな意味だ?」
「心はいつも自由に『無限の空』へ、という意味よ」
「そうか…………フッ、あらためて、よろしくなっ!」
「「「「「よろしくっ!」」」」」
後書き
守れる範囲とか覚悟とか、朴念仁の理由とかいろいろメモはあるのですが、学園の導入部がどうしてありきたりになってしまうので悩んだ結果、「あとはご想像に・・・」という感じで終りました。
今でもほとんど見かけないけど、当時は全く無かったんですよ、一夏が異世界に行くのって……。
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