インフィニット・ストラトス ─Castaway─
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第001話 ─Castaway─ 遭難
噴火したばかりの火口は上空500mまで噴煙をあげ、大量の火山破砕物をバラまいている。空は雲で覆われ、薄暗い。
フィリピンのマハニ火山では小規模な水蒸気爆発が1分以上続き、周囲6キロが危険区域に指定された。フィリピン政府の災害対策局は、二次爆発がいつ起きてもおかしくないとして、付近で作戦行動中のIS学園所属の代表候補生チームに、災害空域への立ち入り禁止を勧告してきた。
地上でも災害救助や避難誘導が行われており、他のすべては後回しとなっていた。
シールドエネルギーも最低限で、傷だらけのISを纏ったセシリア・オルコットたちは、侵入禁止空域の境界線のすぐ外で心配そうに待機していた。
「織斑先生、何とかなりませんですの!? このままでは一夏さんがっ!」
セシリアは、作戦指揮官である織斑千冬教諭に通信を送った。周囲ではシャルロット・デュノアや篠ノ之箒、凰鈴音、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識簪、ヨセフィン・ヤーネフェルトらが、セシリアを見守っている。
災害指定海域の境界を遊弋する、IS学園の所有する高速指揮艇[タケミカヅチ]のCICから、すぐに返事があった。
『勧告は国家非常事態命令であり、我々はこの命令を最優先に遵守しなければならん。一旦、帰艇して補給を行え。フィリピン災害局から災害支援要請がきている』
「待ってください、それでは!」
『……これは、命令だ』
冷静さが崩れ、絞り出すようなその声に、セシリアは唇を噛んで了承した。
彼女たちは、噴煙をあげ続ける火山を名残惜しそうに見て、身を翻した。
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織斑一夏は、敵ISの猛攻に圧倒され、追い詰められていた。
ファントムタスク(亡国機業)に対して罠を仕掛け、マドカとオータムの攻撃要員を誘き出して一網打尽にする作戦も、新たに戦線に加わった敵ISによって、こちらに傾いていた天秤を一気にひっくり返された。
学園の代表候補生たちは機体に甚大な被害を受け後退し、殿を受け持った一夏のIS[白式・雪羅]は仲間たちと分断された。
戦域は太平洋の海上からどんどんと押しやられ、いつの間にかフィリピン領海内に侵入してしまっていた。比海軍からの誰何の最中、突如として火山が噴火したのだった。
噴煙が巨大な柱として聳え立つそのすぐ側で、一夏は孤独な戦いを繰り広げていた。
敵のサイレント・ゼフィルスとアラクネーは、戦闘空域から離脱していた。
目の前には敵IS[バズヴ・カタ]が迫る。鴉を模した三体の自律型ビットが[白式・雪羅]を取り囲む。高速移動しながらのパルス状の光学兵器の攻撃を、一夏は必死で避け続ける。
エネルギーも残り少なく、反撃も容易にはできなかった。回避しようとする軌道を先回りされ、直撃はなんとか避けているが、機体はもうボロボロだった。
『私の自慢の子どもたち、モリガン、ヴァハ、バズヴの歓迎は楽しんでもらえたかい?』
そんな時、敵パイロットからの通信が入った。
「お前も、ファントムタスクのパイロットなのか!? 初めましてだな!」
一夏は虚勢を張り、死の天使といった印象の、漆黒の敵ISの隙を伺う。声の感じからして、20代初めくらいの女性のようだ。
『あら、礼儀正しい子は好きよ。私って、スカウトされて2週間の新米なの。知り合いが少ないから嬉しいわ、ふふふ。それまでISなんて、触ったこともなかったんだけどね』
その言葉に、一夏は驚愕した。
初めてISに乗って、たった2週間でこれほど乗りこなせているとは、どんな天才だよ。いや、これじゃあ、もう天災じゃねぇか!
『そろそろ、お開きにしようか。お眠りな!』
言葉と同時に、[バズヴ・カタ]の胴体部の大口径の砲門と、三体のビットからMTHEL(レーザー)が降り注ぐ。直撃されればシールドエネルギーは底を尽き、捕虜になるしかない。
一夏は破れかぶれで死中に活を求め、噴煙の中に突入した。密集する火山灰に遮られ、レーザーは中まで届かなかった。
だが、噴煙内部は火山灰や火山岩などが渦を巻きこすれあい、摩擦電気がもたらす火山雷が乱舞している、地獄のような光景だった。視界もセンサーも利かず、感じないはずの猛烈な熱でクラクラする。感覚も失われ、上だと見当をつけた方向に、突進した。
何度か雷の触手に捕まりそうになるが、なんとか避けた。
噴煙の上縁部、もうすぐ突破しようかという位置で、一夏は危険を感じて急制動をかけた。解消しきれない衝撃が、身を襲った。
眼前の逆巻く火山灰が、真球状に抉られたように、中心点に向けて凝縮してゆく。
露になった視界に、[バズヴ・カタ]のバックパックから展開した巨大なレンズ状の武器が映る。空間を歪め圧縮し、直径10mの範囲が抉り取られていた。
『どうだい、試作兵器だけど、なかなかイケてるんじゃないかい!』
そう言いながらも、アイリーン・ブリジット・ダナハーは焦っていた。一定の空間を圧縮し対象を捕捉・破壊する兵器[スパスベイン]。[白式・雪羅]を閉じ込め、高圧下で捕縛しようとしたのだが、直前で白式が停止したため照準を外した。
再度捕捉し直そうとしたが、システムエラーの表示とともにスパスベインは稼働状態のままフリーズしてしまった。照準空間の位置固定のため、機体を移動させることができない。再起動をかけようにも、この状況ではそれも無理だ。
アイリーンはビットたちを呼び寄せようとした。
圧縮された噴煙は密度を高め、直径10cmほどの球体となって、さらに縮小されていく。火山灰の纏った磁界と空間エネルギーがともに急激に高圧をかけられ、位相エネルギーを蓄える。火山雷が瞬き、何度も直撃すると、漆黒の球体は回転を始めた。
呆然と見守る一夏は、警告音に我にかえった。機体が微細な震動を起こしている。
〈位相エネルギー増大、異常重力波ニヨリ空間震発生。危険、危険、危険。当空域カラ退避セヨ〉
HMDに映し出されるナビからの警告に、一夏は脱出を決める。その視界に、空に貼り付く[バズヴ・カタ]が入る。
「おい、あんた。この空間がヤバいらしいぞ。その攻撃をやめて、逃げるんだ!」
『坊やの指図を受けないよ! ……とは言ったものの、この兵器、フリーズしちまって、どうにもならないのさ』
「なら、俺が壊してやろうか」
『あきれた坊やだよ、敵を助けてどうするんだい。坊やの世話にはならないよ』
「そんな事を言ってる場合かよ。俺は、みんなを守るって決めるてんだ! それには、あんただって含まれてるんだ! あんたが気に入らなくても、助けるぜ!」
放電しながら回転する黒球は直径5cmほどまで圧縮され、周囲の空間は捻れ始める。
徐々に波打つ重力波がさざ波のように広がり、二機のISを翻弄しだす。
〈危険。空間ノ捻レ現象増大。特異点の臨界ニヨリ空間断裂ノ可能性大。周囲7kmノ範囲ノ消滅ガ予想サレル〉
一夏は瞬時に仲間の位置を確認する。エネルギー乱流に干渉され、ノイズが走る画面には、セシリアたちのIS、姉の乗る指揮艇の光点が浮かび上がる。
まずい、皆、被害エリアの中だ。なんとかしないと!
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作戦指揮官である織斑千冬は、上甲板で噴煙をあげる火山島を見据えていた。
太い柱のような噴煙は、頂点部分が暴風に引きずり回されるように渦巻き、引きちぎられて乱れ飛んでている。
はやぶさⅡ型ミサイル艇を改装した高速指揮艇[タケミカヅチ]は、マハニ火山からの災害指定海域の境界を遊弋し、事態の急変に備えていた。
ステルス性に優れ、主兵装はオート・メラーラ62口径76mm単装砲、サブウェポンとして12.7mm単装機銃M2を2基装備している。99式SSMミサイル連装発射筒は取り払われてC4Iシステムを拡張、NOLR-10ESM、OLR-10Sの他、OLT-6R、NOLQ-4Fの電子戦装置が装備されている。
クルーはCICの能力をフルに使い、ISによる状況の確認、救難・救助の指揮を行っていた。千冬は右耳に着けた端末で、CICで解析した空間異常の状況をモニターしていた。だが、分かるのは刻々と推移する現状のみだった。
「何が起こっているんだ……一夏」
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セシリア・オルコットは、[ブルー・ティアーズ]で避難民を空から誘導しながら、安心させるように、常に人々に励ましの声をかけていた。
一夏のいるであろう、遥かな場所を振り返った。
(一夏さん、ご無事で)
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シャルロット・デュノアは人の絶えた住宅地を、[ラファール・リヴァイヴ・カスタムII]のセンサーで走査しながら飛び回っていた。生体反応を二つ認めると、そこへと急ぐ。
民家の裏庭、小さな女の子が子犬を抱いてうずくまっていた。
「大丈夫? 怪我はない? 可愛いワンちゃんだね、君のワンちゃんかな?」
頬を濡らし首を横に振る幼女に微笑んで、子犬と一緒に抱き上げる。
「そう。じゃあ、一緒に安全な所に行こうね。パパやママも、きっとそこだよ」
ようやく笑みを見せる子どもに、安心させるように言うと、飛び上がる。
(一夏、君も早く安全な場所に来て)
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篠ノ之箒は火山とは反対側の港で、[紅椿]で空中から、脱出する人々の治安監視を行っていた。混乱に乗じての犯罪や騒乱を防ぐためだ。
小競り合いが起きそうになると急行し、一喝する。その迫力に、騒ぎはすぐ静まった。
(……一夏)
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凰鈴音は[甲龍]を駆り、溶岩が噴き出した場合に備えて町の外縁に沿って堀を築いていた。
「このこのこのこのこのぉぉぉぉぉっ!」
[崩山]を連射、爆撃によって地面を抉り[双天牙月]を車輪に回して掘っていく。
「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
(一夏、無事に帰ってきなさいよ!)
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ラウラ・ボーデヴィッヒは、[シュヴァルツェア・レーゲン]の出力を最大に、機関トラブルを起こした貨物船を曳航していた。少人数ごとにボートで脱出するよりは、よほど効率が良いためだった。
貨物船はゆっくりとだが、確実に移動している。
(嫁よ、戻ってこなかったら、私が許さん)
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更識簪は[打鉄弐式]の[春雷]と[山嵐]を駆使して、避難民や退避施設、脱出船などに降り注ぐ火山弾を迎撃していた。火山を中心とした全方位のうち、70度ほどを防衛すれば良いため、任務は彼女一人に任された。そんな自分に、誇りを感じていた。
(織斑君……一夏、帰って来て)
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ヨセフィン・ヤーネフェルトは[ヘイムダル]の索敵・電子戦特化機としての全センサーを総動員し、火山の観測、周辺の空中警戒管制、[タケミカヅチ]への全情報のリンクを行っていた。
火口上空の空間・重力異常を刻々とモニターしながら、脳裏にはまだまだ頼りない熱血漢の後輩の顔を思い浮かべていた。
(イチカ、早く帰って来て、ワタシに和菓子食べ放題をゴチソウするですヨ〜!)
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空間が歪み、捻れ、逆巻く奔流が渦となってシールドで守られた機体を翻弄する。周りを稲妻が乱れ走り、暴走する余剰エネルギーが時間の流れにも干渉しだす。
「あ……んた、ビットで……その……武器を攻撃し……て壊すん……だ。こ……の球は、俺が……抑……える!」
話す間にも時空連続体が歪み、時間がところどころ遅延する。
「わ……分か……った!」
一夏は、咄嗟に思いついた策を、愛機へ頼むように脳裏に思い浮かべる。それを元にシールドエネルギーの波長を修正、位相を反転させるべくコアが演算を行う。HMDには、両手を球に向けて伸ばしたその先に、荒れ狂う空間を包み込むエネルギーフィールドのシミュレート画像が映し出された。
(頼む、白式。俺に力を貸してくれっ!)
[白式・雪羅]の両の前腕部に、光とともにデフレクタースクリーン発生装置が生成される。サブウィンドウの情報によれば、前方に防御スクリーンを投射する装置で、スクリーンの形状はある程度変更することが可能のようだ。
両腕を特異点へ向けると、防御スクリーンを展開する。シールドエネルギーが減少し、管制・制御機能以外は低下した。
一方、[バズヴ・カタ]は三基のビットを呼び寄せていた。
『坊……や、こっ……ちはい……つでも……いい……よ』
一夏は必死で乱流に抗いながら、防御スクリーンを変化させて特異点を包む込む。
「い……いぞ、や……れっ!」
瞬間、ビットからの砲撃が[スパスベイン]を捉える。爆発を起こし機能を停止した[スパスベイン]を投棄し、[バズヴ・カタ]はビットを収容する。
「坊……や、こっ……ちはOK……だよ」
アイリーンはスラスターを噴射させ、離脱した。
だが、荒れ狂う空間はエネルギーを蓄積し続け、必死の一夏により位置を固定させていた。いまや、この特異点が地表や海面まで降りれば、臨界に達したとき火山島を中心に周囲10km以上が消滅するまでにエネルギーを蓄えていた。
「くおおおっ!」
一夏は[白式・雪羅]に残されたエネルギーを振り絞り、特異点を持ち上げた。稲妻が直撃し、低下した絶対防御をすり抜けた電撃は、一夏の意識を刈り取りそうになる。
「があああっ!」
『坊や、何してるんだい! あんたも、さっさと逃げな!』
圧縮が止まり、時間の流れが正常に戻ったが、空間は軋み、いまにも破断しそうになっていた。
「だめだ、このままじゃ被害がでかすぎる! きっと、空まで持って行けば!」
『馬鹿言ってんじゃないよ、坊やがもたないよ!』
「やってみなきゃ、分からない。俺は、皆を守る!」
一夏は特異点を持ち上げたまま、スラスターを噴射する。
(まだ、まだまだ、もっとだ。白式、俺たちの力は、こんなものじゃないだろう)
一夏の願いを受けて、[白式・雪羅]の背面に巨大なブースターが出現する。
(ありがとう、白式。行こうぜ)
限界以上の力を注ぎ込み、ブースターが火を吹く。噴射煙を引き、[白式・雪羅]は急速に高度を上げた。強いGがかかり、一夏は衝撃に耐えた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
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噴射煙の太い柱が空へと伸びてゆくのを、多くの人々が見た。
幼子を抱いて避難する者、頭部に包帯を巻き担架で運ばれる者、脱出船のタラップを登る者……そして──
「一夏……」
「一夏さん」
「一夏」
「一夏っ!」
「一夏ぁ」
「嫁!」
「……一夏」
「イチカ……」
姉と仲間たちが見守るなか、噴射煙の柱は雲間へと消えていった。
数瞬後、雲の向こうで光が膨れた。
雲を突き破り巨大な光球が出現し、衝撃波が雲を吹き飛ばす。
幸いなことに、その力は地上までは届かず、人々はあまりの眩しさに目を覆った。
光球は次の瞬間、急速に収縮した。千切れた雲を巻き込んで光の点になり、やがて何事もなかったかのように消えた。
後には、雲ひとつない青空が残った。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽
「右舷方向から高速で本艇に接近するISあり。IFF発信なし。動力なしで、自由落下中」
「対空戦用意。追尾を続けろ」
「予測着水地点、本艇の右舷、約50m」
「救難ボート用意。警戒は怠るな」
意識の混濁したアイリーン・ブリジット・ダナハーは、ぼんやりと救護員を認めると大人しく投降し、武装解除の上で[タケミカヅチ]に収容された。
千冬の尋問に、彼女は火山上空であったことをすべて話した。
織斑一夏は、MIA(作戦行動中行方不明)と判定された。
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海沿いの街道を歩くリリサ・マンエルハイムは、何気なく見た砂浜に、仰向けに倒れている人影を発見した。
仲間に声をかけ、砂に足をとられながら急いだ。
後ろから仲間たちが追いついてくる。
身体にフィットした青い肌着を纏った少年が、波に洗われていた。
黒い髪が乱れ、苦しそうに歪んだ顔。どうやら息はしているようだった。
見た所、同い歳くらいに見える。
右腕にはガントレットが装着されていた。
「冒険者かしら?」
首を傾げる長い金髪の上には、狐の耳がピンと立っていた。
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