バウンド注意
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第一章
第一章
バウンド注意
周囲はだ。くすくすと笑っている。
「モロバレだっての」
「また来たし」
「御昼になったら来るよね」
「御昼だけじゃないし」
こうだ。彼女を見ながらくすくすとしているのだった。
「何かあったら来るからね」
「もう忘れ物はないかとか。困ったことはないかとか」
「クラスが違うのにわざわざ」
「何処のお姉さんよ」
「いやいや、あれはお姉さんじゃないわよ」
それどころではないというのだ。では何かというとだ。
「もう女房よね」
「ああ、奥さんねえ」
「そういえばそんな感じ?」
皆にやにやしだした。
「それも新婚ほやほやなのがずっと続いてる」
「気付いてないのは旦那だけ」
「世話焼き女房」
「それよね」
そしてだ。皆でそちらを見る。するとそこには黒髪を後ろで束ねた胸がかなり目立つ女の子がいた。眉は細く目が大きい。優しい感じの目だ。小さな口で向かい側の席に座る男子生徒に言っている。学校の席を二つ並べてだ。向かい合って座っているのだ。
そこでお弁当を広げてだ。言っているのだ。
「ほら、望駄目じゃない」
こう彼に言う。相手の方は茶髪を耳のところと後ろを短くしている。すらりとして中々の長身だが向かい側の相手も背が高くそれはあまり目立たない。
黒く濃いが細い眉をしている。目は少し垂れていてあまり強い光ではない。何処か中性的な感じのする顔立ちである。
二人共この学校の制服の一つを着ている。男のこの方は青い詰襟で女の子の方は白い丈の短いスカートに青と白の制服、胸には赤いリボンだ。その二人であった。
「望また人参食べてないじゃない」
「だから俺人参は」
「駄目よ、好き嫌いは」
女の子はその彼に厳しい声で告げる。
「折角私が作ったのに」
口を尖らせて言うのだった。
「食べないと」
「あのな、大体な」
男の子はたまりかねた声で女の子に返す。
「何で春香が俺のクラスに来てしかも目の前にいて俺の弁当まで出してきてるんだよ。それもいつもいつも」
「そ、それは」
そう言われるとだ。女の子も焦った顔を見せる。
「おばさんに頼まれて」
「自分から志願してきたって聞いたぞ、おふくろから」
「それは私が気を利かせてね」
「ったくよ、いつもいつも」
こんな調子である。そしてそんな二人を見て周囲はやはりくすくすとしている。
「青柳望と赤松春香」
「学園の青と赤ねえ」
「幼馴染みっていうけれど」
その二人を見てなのだった。
「もう春香はあれじゃない。青柳君にぞっこんでしょ」
「まあスタイル結構いいしね」
「顔もね」
その望を見ての言葉だ。
「演劇部でも頑張ってるしね」
「春香もね。わざわざ同じ部活に入って」
「そこでもあんなのでしょ?」
「そうよ。あんなのだから」
そこでもだというのだ。
「とにかくいつも青柳君と一緒にいてね」
「世話焼くのね」
「あんな感じで」
「しかし」
ところがなのであった。
「本人は気付かない」
「気付いているのは周り」
「この絶妙の鈍感さ」
「どうなのよ、それ」
周囲の声は次第に春香の立場のものになってきていた。その間にもだ。
望と春香はだ。やり取りを続けていた。
「とにかくね。人参は身体にいいのよ」
「けれど俺は嫌いなんだよ」
「嫌いでも食べるの」
やはり世話女房の言葉である。
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