とある碧空の暴風族(ストームライダー)
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新たなる力へ
Trick69_サンキュ、自分を見失いかけていた
「毎日、こんなことやっていたのかな?」
目の前で行われたのは科学の街に住む美雪でも見た事のない光景。
A・Tの技により超科学現象を引き起こせる事は美雪も知っている。
だが、信乃の説明では≪無限の空≫と呼ばれる、いわばA・Tの必殺技や奥義だけが引き起こす現象とばかり思っていた。
「・・・まさか、ずっと必殺技ばかりで戦っているの?」
目の前で行われたのは、常に≪必殺技の繰り出し合い≫。少ない知識が、美雪は答えに行きついた。
そして背筋が寒くなるのを感じた。信乃達がやっているのは訓練と言う名の殺し合いだ。
「・・・なんで、どうして信乃はいつも・・・」
ドゥギャン!!
その言葉がハッキリと言い終わる前に、特大の音がなる。
見れば、大きな爆発と、弾けた水柱、そして飛ばされる最愛の人がいた。
「信乃!?」
その体は炎を纏っていたが、何度か水切りのように弾かれて、岸の近くへと信乃は飛ばされるころには消火されていた。
飛ばされ方を見て、姿勢制御をしている様子は無い。
意識がないのか、それとも姿勢制御をする力も残っていないのか。
美雪は急いで信乃の元へと走り、泳いだ。
岸の近くとはいえ、この湖(仮)は以外と深い。美雪が足を踏み入れたらすぐに腰の高さまでの深さがあった。
泳ぎどころか運動全般が得意な方ではない美雪には、人を抱えながら泳ぐのはキツイ。
だが、美雪はそんな躊躇もせず、すぐさま飛びこんだ。
近づいてみると、信乃は意識を失っているようで、プカプカとうつ伏せで浮いていた。
信乃の左腕を自分の首の後ろへと回して担ぐようにして泳ぐがあまり進まない。
とりあえずは息が出来るように水面から顔を出せる体勢にする。
必死になって泳いでいた美雪だが、背中の重荷はすぐに軽くなった。
「へ?」
「岸までなら僕が運ぶ。気を失わせたのは僕だからね」
振り向くと、そこには信乃を代わりに背負って悠々と泳ぐ宗像形がいた。
「あ、ありがとうございます」
「気にしなくてもいい。それに言っただろ、気を失わせたのは僕だからって」
と言う事は、先程の訓練の相手は宗像だったことに美雪は気付く。
「・・・いつもあんなことしているのですか?」
「まあね。一応言っておくけど、一方的に攻撃しているわけじゃない。
僕も信乃に何度も気絶させられている」
「そ、そうですか」
お互い様、ということだろう。助け合いとは素晴らしい。
ただし数秒前まで殺し合いをしていたのだけれども。
運動神経が悪い美雪とは違い、宗像は問題なく信乃を抱えたまま岸へと泳ぎ切った。
「しばらくすると目が覚めるだろう」
「・・・・・」
「一応、心配ないと思うけど傍にいてもらった方が安心かな。頼んでもいいか?」
「は、はい!」
「僕はもう少し上流にいる黒妻さんの所に行く。こいつのことは頼んだよ」
言い終わる前に立ちあがり、後ろ手を振って宗像は去って行った。
あっさりと去って行った宗像に対して、キョットンという反応をしてしまった。
仰向けで気を失っている信乃の口元に手をかざす。うん、息をしている。
それから体中を触り、異常がないかを確かめる。
水の中だからといって水着を着ている、と言う事は無く普通の服装だった。
その服を脱がして触診を美雪は続けた。うん、こちらも大丈夫。
とりあえず信乃が無事である事を確認して一息つく。
そして触診の為に脱がせた服を着せようとしたが、ぐっしょりと濡れているのに気付いて
手を止めた。
どうせならということ服を絞り、水気を抜いて近くの木の枝に掛けて干す。
結果として信乃の衣服は1枚、トランクスだけとなっていた。
が、しかし、美雪はそれを気になっていない。なぜなら幼馴染すぎるからだ。信乃の裸など、この前温泉で見た。小さなゾウさんなど何度も見た事ある。今更下着1枚状況でなど気にならない。
だから、そのまま自分が水着姿で、信乃が下着だろうと関係ない。特に気付かないのだった。
閉話休題
そんな格好の2人だが、気にせずに美雪は信乃の頭を自分の太腿に乗せた、いわゆる膝枕の状態にした。
美雪にとっては恥ずかしい事ではない。4年前までは頻繁に膝枕をしていた。今年の春に信乃が帰ってきてからは控えていたが、夏休みに襲われた事を含めて気持ちが急接近した事もあり、再び膝枕に対して抵抗感が無くなるほどの関係に戻っていた。
これに補足を付け加えると、膝枕は意識がない信乃が一方的にされてことであって、起きた信乃は毎回のように照れて逃げていたりする。
愛おしげに信乃の髪を撫でる。
「・・・っ・・」
数分後、信乃はゆっくりと目を覚ました。
美雪はいつも通りに、慌てて離れていく信乃を想像していたのだが、反応が鈍い。
「・・・・信乃♪?」
「・・・・メロンかと思ったら、美雪か」
「メロンって、何を言って・・・・ふぁ////!?」
言われてようやく気付いた。今日、自分が今着ている水着の模様に。
黄緑色の下地に、白い網目模様。それに美雪の豊かに育った胸部を足せば、紛れもなくメロンだ。
しかも信乃は正面からではなく、膝枕の位置である下側から覗いているので余計にメロンに見えた。
「エ、エッチ!!」
と隠すように両腕で自らの胸を抱く。しかし細い腕で育ち過ぎている胸を隠す事は出来ない上に、むしろ胸を抱いた事によって溢れんばかりの大きさと至極の柔らかさを強調する事になってしまう。
さらに言えば信乃は美雪の膝枕の位置に居る。見上げていた巨峰が、抱きしめた事によって下の方に、信乃の方に寄ってきてしまった。
「んーー!!?」
寄ると言うより、窒息させんばかりにくっついてきた。
「わ!? ご、ごめん信乃」
「・・・ったく、こんな恥ずかしいもので窒息死なんて嫌だぞ」
「は、恥ずかしいものって・・・・確かに駄肉だけど・・」
「いや、そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど」
「?」
豊かに育った胸は、美雪にとってコンプレックスだった。
4年前は信乃にいたずらでくっついたりして慌てる様を見て中々面白いと思っていたが、周囲との差を考えると嫌な気持ちになっていた。
さらに普通に街中を歩けば、下心たっぷりのナンパ男たちが寄ってたかってくるのも嫌だった。
いつしか美雪にとっては胸の大きさはマイナスでしかなくなり、胸の大きさを隠すコルセットを常着していた。
だが今は水着。隠しきれないコンプレックスの塊に、美雪はちょっとネガティブになっていた。
「一部の人間、特に琴ちゃんみたいな人間からしたら贅沢な悩みだよな」
「? ?」
「わからないなら、それでいいよ。で、なんでこんな状態?」
「こんな状態って、膝枕?」
「あと、そのメロ・・・水着とトランクス1枚なのは何故?」
「かくかく、しかじか」
「なるほど、経緯は分かった。でも、だからってこんな状態はないだろ」
「いいじゃん別に♪」
「・・・・ま、どうでもいいか」
「どうしたの? 元気がないみたいだけど♪」
「・・・ちょっと、壁にぶつかっているだけだよ。お前が気にする事じゃない」
「壁、か・・・愚痴くらいなら、私でも聞いてあげられるよ♪」
「・・・それじゃ、独り言なんだけど・・」
信乃が語り始めたのは、合宿での成果だった。
「元々、佐天さんも宗像も黒妻さんも人柄に似合わず勤勉だからさ、
この合宿で才能が開花してもおかしくは無いと思っていた。
佐天さんは合宿に入ってから・・・いや、違うか。
きっかけは常盤台中学襲撃事件の時、≪茨の道≫を走ったからだと思う。
訓練したら、ぐんぐん実力が上がって驚いたよ。
さすがはイッキさんの子孫って感じかな? 予想をはるかに超えていた。
美雪達もした≪走る≫、ダッシュの段階だったのに、いつの間にか
姿勢制御の≪空中≫も出来るようになっている。
そして≪道≫の、≪茨の道≫の訓練もメニューに加えてグングン上手くなっている。
≪荊の道≫特有の小回りの利く動きにキレが生まれている。
≪道≫に対する適正は≪小烏丸≫でも一番だ。
黒妻さんもすごいよ。絶対に才能あふれているとはいえないけど、努力で補っている。
基礎メニューを自分から数を増やして地力を鍛えていっている。
接近戦の代名詞である≪キューブ≫では、対戦相手の宗像も苦戦させている。
≪道≫の練習は始めたばかりだけど、驚いたぜ。
≪石の道≫の適正は知っていた。それに加えて≪轟の道≫にも才能があったんだぜ?
びっくりだよ。
2人とも、合宿中にはスイッチはまだできない。けど、本当に時間の問題で習得できると思う。
思っていたけど・・・やっぱり、才能ある人の成長を見るのは、つらいな・・
自分の・・・無能さを噛みしめてしまうよ・・・・」
最後は消えそうな悲鳴のような一言。
瞼は閉じて無表情で分かりづらいが、空に掲げた右手は震えていた。
心からの言葉だった。
美雪は手を伸ばし、震えている右手を握る。
一瞬、ビクリと反応したが、その暖かさに信乃は委ねた。震えは少しずつ治まっていった。
「それで信乃はどうしたいの?」
「それで、って軽く返すなよ・・・」
「どうしたいの?」
「どうしたい・・・か。正直、分からなくなっている」
別に佐天達を教えるのが嫌になったわけじゃない。
自分の無能さに苦しんでいるのであって、彼女達をどうこうしようと考えているわけじゃない。
信乃は弐栞。その特徴の一つは『習得能力の限界』。
目で見て覚えた能力は、その8~9割の実力しか習得できない。
そして所属していた企業、ASEでは『マルチエージェント』と呼ばれていた。
本来ならば誇るべき事だろう。実際に、信乃は誇りを持って仕事をしていた。
同時に、大きなコンプレックスになっていた。
その分野において超一流のスタッフを揃えている企業、ASE。
超一流がいる中で超一流では無いながら、有名となった西折信乃。
その名声は、ある意味で『超一流になる才能がない』と言われているように信乃は感じていた。
贅沢なのは分かっている。でも、『その分野で一番』に成りたいとずっと考えていた。
そして信乃手に入れていたと感じていた。『その分野で一番』に成れるもの、A・Tを。
数少ない自慢できる事を、この合宿で何度も崩れかけた。
今度こそ『その分野で一番』になれるもの見つけたと思ったのに、それもまた成れないものなのか。
「結局、俺はただのコピーしかできないのかな、と改めて思ってさ」
「それ、答えになっていないよ。私が聞いたのは信乃がどうしたいのかってことだよ」
「たぶん、一番に成りたいんだと思う」
「だったら答えはわかっているんだね♪」
「答えは分かっている。努力を重ねるしかない。
・・・・・けど、本当になれるかどうか・・・・・」
「なれるかどうかじゃない。なるんだよ♪」
「結構きついこと、簡単に言うなよ」
「言い方は簡単だっていうのは自覚している。けれどもやるしかない♪
それとも諦める?」
「いやいや、諦めるのも簡単に言っているけど、こっちも簡単じゃないからな」
「諦めないで努力を重ねる、OK♪」
「だから簡単に言うなって・・・・」
はぁ、と深いため息をついた。
「俺のやっている事は、劣化コピーでしかないってことだ」
「信乃は自分を過小評価し過ぎだと思うけど」
「過小評価に自虐的な自覚はある。でも直らないんだよ。
俺がどんな気持ちで、ASEで、才能を探していたと思ってんだ!」
「うん。確かに信乃の本当の気持ちはわからない。
予想は出来るけど、それはあくまで予想であり、考えであって、理解できるわけじゃない」
「じゃあ・・」
「でもね、そんなこと言っている信乃ってね、贅沢だと思うんだ」
「・・贅沢?」
「うん、贅沢♪
確かにさ、一番に成りたいって思うのは悪い事じゃないし、普通かもしれない。
でも贅沢だよ。一番になれないって悟っても、弐番になれる才能があるって認めても、
それでも目指し続けているんだから」
「・・・・」
「信乃は劣化コピーじゃない♪」
「・・・でも俺自身が納得できないんだよ。
何をやっても一番に離れないと神様から言われているみたいで・・・」
「・・・信乃、何のために一番に成りたいの?」
「それは・・・みんなを守るための力が欲しいから・・・」
「みんなを守るためには、必ず全ての分野で一番にならないといけないの♪?」
「いや、そういうわけじゃ・・・」
「信乃はね・・・目的を見失っているんじゃないかな♪?」
「目的・・・・」
「『守るため』そのためには、力が必要かもしれない。
だけど方法はそれだけじゃない。
守るための、最低限の力さえあれば十分だと思うよ。
それこそ、劣化コピーと自傷しようとも、普通に考えれば高い技術を持つことは
事足りるはず。足りない部分は、あなたのあらゆる分野に対する技術で補えばいい。
1つのことで一番になることが、守るための方法じゃない。
一番じゃなくても、弐番でも技術を組み合わせれば守るための方法になる♪」
「そう・・・かもな」
震えていた右手は、いつの間にか止まっていた。
「そっか・・・そうだよな・・・・一番にならなくてもいんだよな」
「そうだよ♪ それも信乃らしさだと私は思う♪
あと、なんでも簡単に一番になれたら、それこそ私が追いつけなくなっちゃうからね♪」
「追いつくって何をだ?」
「ひみつ♪」
美雪の人生最大の目標にしてなるべきもの、それは信乃の隣に立てる人間だ。
自分の想い人がすごいのは分かっている。その事実は嬉しいが、同時に距離を感じて
寂しく感じる事もある。
だから美雪はいつも頑張っている。信乃の隣に自信を持って立てるように。
「・・・・一番に成らなくてもいい。守るための最低限の力さえあれば十分だ。
分かっていた事だけど、他の誰かに言われるとやっぱり違うな」
ハハハ、と乾いた声で笑った。
その隣、というより頭の上にいる美雪はクスクスと明るく笑った。
「サンキュ、自分を見失いかけていた」
「どういたしまして♪ 何かあれば何時でも膝枕してあげるから♪」
「そっちに感謝しているわけじゃ・・・ってゴメン!! そのままだった!」
信乃の長話の間、ずっと膝枕をされている事に気付き、すぐに信乃は立ちあがった。
「膝、大丈夫か? 痺れていたりしていないか?」
「大丈夫だよ、このくらい♪ 一晩だって平気だよ♪ 実際に一晩中寝ていたから覚えているでしょ♪」
「それは小学生の時の話だろうが。しかも俺が寝ているのをいい事に勝手に膝枕しやがって。
ったく、お前には世話になってばっかりじゃねえか ////」
顔を若干赤くして信乃はそっぽを向いた。照れているようだと美雪は見抜いていたから笑っていた。
「俺、これから黒妻さんと宗像の所に行ってくる」
「・・・また訓練?」
先程まで美雪目線で死闘を繰り広げていた手前、素直に信乃の行動を許せない。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、信乃は笑いながら返してくれた。
「大丈夫だよ。明日から学校だし、今日の小烏丸の訓練はそろそろ終わる。
俺もこれ以上は運動するつもりないから安心してくれ。じゃあな」
立ち去るときに美雪の頭を一撫でして去っていった。
そっか、一番にならなくてもいいんだ。
・・・少しだけ分かったよ、俺の道。美雪に教えてもらった、俺の道。
劣化コピー、否。“学んだ”技術を組み合わせた俺だけにしかできない道。
この道を、見失わなければ、作れるはずだ・・・いや、絶対に作る!
「作ってやるよ、碧空のレガリアを」
つづく
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