| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

何度玉砕しても

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

第四章


第四章

「何度でもな」
「今日早速行って来るぜ」
 これは省吾の予想しない言葉だった。だが今の利光からしてみれば当然のことだった。だからこそ彼は迷ってはいないのだから。
「振られてもな」
「行くのはいい。けれどな」
 ここで省吾は忠告を述べることにした。利光もそれに目を向けてきた。
「何だよ」
「振られるだけならいいが。逃げられたり恥をかいてもいいんだな」
「だからそんなのは気にしちゃいいんだよ」
 利光はまたしても曇りの言葉で答えてきた。やはり表情も同じだった。
「言うだろ?何度でもやれって。それで諦めるなって」
「そうか。本当にそれでいいんだな」
「ああ、俺は決めたんだ」
 言葉がさらに強くなった。決意の色がさらに強くなったことの表れであっら。
「絶対。だから」
「よし、じゃあ行け」
 省吾も笑顔になった。そうして利光に言った。38
「何かあったら俺もいるからな」
「何かあったらって。どういうことだろ」
「周りは引き受けるってことさ」
 見れば省吾の顔も声も利光と同じになっていた。それに気付いていたのは省吾本人だけだったが。しかしその顔が心の中で気に入ってもいた。
「囃し立てとかはな。いいな」
「俺は別にそんなの気にしちゃいないけれどな」
「まあそうだろうな」
 やはり笑顔も声も同じだった。しかし省吾はそれを受けていた。
「御前はな。そうだよな」
「ああ。けれど悪いな」
 利光もそんな省吾の気持ちはわかっていた。だからこそ礼を述べたのだ。
「そこまでしてもらって」
「気にするな」
 省吾はその曇りのない言葉で述べた。
「こっちも気が向いたからな。ただ」
「ただ。何だよ」
 省吾のその言葉に顔を向ける。その視線もまた曇りがない。
「諦めるなよ」
 省吾の言葉が少し鋭くなった。まるでカッターのように。
「絶対にな」
「ああ」
 利光は変わらない。その声と顔のまま言葉を返す。
「わかってるさ」
「そうか。じゃあ俺が聞くのは吉報しかないか」
「当たり前だろ。その他に何があるっていうんだよ」
 利光の笑顔は相変わらずだ。彼は何処までも彼だった。
「そうだろ?」
「それを聞いて安心したな」
 省吾も笑った。利光と同じ笑みであった。
「御前らしくてな」
「俺は少なくともこうするしか知らないんだ」
 この言葉もまた利光の言葉だった。こうでなくては彼ではない、そうとも言えた。また省吾もそれはわかっていた。わかっていたからこそ受け止められた。同時に信じられた。そのうえでの次の言葉だった。
「待っているからな」
「ああ」
 にこりとした笑みになって頷く。そうして。
「また行って来る」
 利光は向かった。例え玉砕してもいい、その心積もりで。省吾はそれを見送る。それから数日後のことだった。
 省吾は朝の学校の廊下を歩いていた。そこで見たのだ。
 そこには利光がいた。そして彼女も。
「やっと実ったな」
「ああ」
 二人は笑みを交えさせる。その隣にいる彼女もまた。
「田中君には負けました」
「負けたのか」
「そうですよ。本当に」
 困った顔だった。だが同時に笑ってもいた。
「何度も何度も。それで」
「だろうな。まあわかっていたけれどな」
 省吾は笑みのままで幸恵にも言うのだった。澄んだ笑みで。
「こいつは強引で諦めないしな」
「はい。それでもそれが」
「だから言っただろ」
 ここで利光が言ったのは幸恵だけでも省吾だけでもなかった。二人に対してである。
「俺は絶対に諦めないってな」
「思ったらあくまでか」
「ああ。だから」
 幸恵を抱き寄せる。幸恵も困った顔であってもその手を拒みはしなかった。むしろ顔の表面ではそうであってもその様子では違っていた。このときは様子こそが彼女の本音だった。
「俺は月上さんをずっとな」
「ずっとか」
「そうさ、ずっとだ」
 またしても言葉に淀みがない。何処までも淀みがない。
「私も。諦めました」
 幸恵は苦笑いだ。それでも利光から離れようとはしない。むしろ彼にさらに寄り添うようになっていた。完全に彼を受け入れていたのだった。
「田中君には」
「諦めたって言われると嫌だけれどな」
「じゃあ一緒にいることにしました」
 言い換えたこの言葉こそが彼女の本音だった。それを今出したのだ。
「それで。いいですか?」
「そう言ってもらえるとな。嬉しいな」
「よかった」
 幸恵がようやく笑った。澄んだ、優しい笑みだった。
「田中君が喜んでくれるのなら」
「俺はもう最高に嬉しいんだけれどな」
「それはわかるさ」
 省吾がここで言葉をかけた。利光に対して。
「御前の顔でな」
「そうだろ?だからもうずっと」
「月上さんだったな」
 省吾は幸恵にまた顔を向ける。そうして彼女に言葉をかける。
「はい」
「わかってると思うがこいつは馬鹿だ」
「おい」
 省吾の今の言葉に利光が苦笑いになる。それでも悪い気はしてはいなかったが。
「馬鹿かよ」
「馬鹿でもいい奴だ」
「ええ」
 そのいい奴という言葉に幸恵は笑う。優しい笑みの輝きが増した。その名前の通り月の光の穏やかでそれでいて澄んだ笑みであった。
「いい人です。それが伝わったから」
「大事にしてやってくれればいい。頼むな」
「わかってます。それだから」
「ああ。頼むな」
 そこまで言うと一歩前に出た。そうして二人と擦れ違う。
「ずっと幸せにな」
「勿論さ」
「二人で」
 二人もまたその言葉を交あわせる。そのまま省吾と擦れ違い二人も歩きはじめる。
「俺も」
 二人が擦れ違い終わった後で省吾が呟く。
「そんなふうになりたいな」
 この呟きは二人には聞けはしなかった。あえてそうしたのだが。
 二人は仲睦まじく歩いていき省吾は背中でそれを見送る。何度も倒れた末に実った愛は何処までも美しく澄んだものだった。


何度玉砕しても  完


              
                 2007・8・28
 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧