永遠の空~失色の君~
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EPISODE24 異変
静まりかえったアリーナに唯一金属音だけが響く。高速振動した刃同士がぶつかり合い、互いの刀身を切り刻もうと咆哮を上げる。
火花が間近で散りあうのを視界に入れながら僕とラウラは睨みあう。血のように真っ赤な目は美しいくらいの赤だが、浮かべた歪んだ笑みでその美しさは不気味なものに変わっている。この年の女の子がしていい笑い方じゃない。まるで・・・・
(戦いを楽しんでいるかのような、そんな顔だな)
ガキンと音が鳴り距離を取る。着地と同時に左手にグリップしたヴァリスを放つがその弾丸は直撃することなくあの見えない防壁により遮られる。AICがある限りラウラに攻撃が届くことはない。この装備が、彼女を一学年最強と言わしめる所以か。ラウラ自身の個人スキルも相まってそのスペックは最大限に引き出されている。
「さっきの威勢はどうした。まだ私は一撃も喰らってないぞ?」
余裕の笑みで挑発してくる。AICのエネルギー消費はその能力に比べてかなり量は少ない。一夏達の言葉を借りるのであれば、チート武器だ。物理法則すら停止させる勢いのそれを打開するには、現状一つしかない。
一か八か、これに賭けてみよう。
天高く飛翔しヴァリスを右手に握りなおす。ラウラは僕が何をしようと捌ききる自信があるようでなんとも無防備な姿勢で見上げている。だが、動かないのであれば狙いもつけやすい。
背中の砲身が展開され、ヴァリスとドッキングさせる。エネルギーを充填し、引き金を引く。大規模なエネルギーの奔流がラウラの展開したAICにハドロンブラスターが直撃し、ラウラごと押し流す。これにはさすがに予想外だったらしく彼女も歯を食いしばって耐えている。
「くうぅ・・・・!」
直後、爆発が起こった。AICが停止できる許容範囲をはるかに超えていたらしく耐え切れなくなりオーバーヒートして爆発したらしい。
「ライ・・・・」
そこまでやるかという意味を孕んだシャルルの呟きが聞こえる。さすがに少しやりすぎた感があるが、それでもラウラは倒せない。
煙が晴れ、左腕が装甲のそれではなく、雪の白を肌に溶かしたかのような美しく、そして華奢な腕が虚しく掲げられていた。
「・・・・それがおまえの力か」
まるで忌々しいものを見るような目で見上げているラウラを見て、僕は高度を下げて同じ目線で対峙する。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。僕のクローン。同じ毛色に似た雰囲気。あの子から漂う得体のしれない狂気の根源には、僕がいる。
歪められた存在、そう思ってるんだろう。その時はそう思った。
「蒼月ライ・・・・!」
憎しみ、妬み、あるいは・・・・渇望。ラウラの瞳と言葉の中はそれを強く訴えてきた。そして、かすかにもう一つ見えたものは・・・・
「・・・・もうやめよう。こんなことをしても、君の望みは満たされない」
「なに…!?」
「こんなことを繰り返していたら、いずれきみ自身が失われてしまう。・・・・きみの気持ちはよくわかった。でも、たとえ僕をこの場で殺したとしても、なにも残らない」
「知ったような口を・・・・。貴様のせいで私は・・・・いや、私の部下は・・・・!」
「部下・・・・?」
「・・・・負けられない。私は・・・・負けるわけにはいかないんだ!!」
*
警告:シュバルツェアレーゲン内部に異常反応検出。左腕装甲、再展開されます。
クラブが報告ではなく警告と称して僕に知らせる。これがなにを意味するかはわかるところではないが、今よくない状況になりつつあるということだけはわかる。
「ライ!」
一夏が戻ってきた。白式をクラブの隣につけ、目の当たりにした光景に混乱する。
「なんだこれ!?フィールドがえぐれてて、なんかラウラはバチバチいってるし・・・・」
「僕にもよくわからない。でも、だいぶマズイことになりつつあるのだけはわかるかな」
もうエネルギーがなくなりつつあった機体だから、こんなことはまずありえない。ましてや装甲の再展開なんてできるほどの余力はないはずだ。でも現実に目の前で起きている。これがなんなのか、僕の記憶も知るところではなさそうだ。
*
報告:アリーナの危険レベル3に移行。防護シャッター展開後、一部のカタパルトを除いて完全封鎖されます。
「なあライ。これって・・・・」
「ああ。この前のまったく同じ状況だ」
嫌な汗が背中を伝う。ラウラのエネルギーゲージがどんどん膨れ上がり、異常値を示している。それをわかりやすくするかのように、機体内部からぐにゃりと歪む黒い塊が出てきてラウラを包んでいく。
「・・・・ライ。これもISなのか?」
「わからない。僕もこんなこと初めてだ」
あまりにもの異例にただただ立ち尽くして目の前で起こっている出来事を見る。スライムのようなそれはラウラを機体ごと飲み込むと、ぐにゃりと姿を形成していく。それはまるで――――――
「これは・・・・!?」
「…千冬姉!?」
変形した姿は現役時代、暮桜という機体を駆り、モンドグロッソに挑んでいた時の織斑千冬その人だった。
*
警告:パイロットバイタル急激に変動。危険水域に近づきつつあります。
「ラウラ!」
嫌な予感がして名前を呼ぶ。しかし返ってきた返答は独特の剣筋。ブレイズルミナスの展開もままならないまま、右腕を切られてしまう。
「クッ…!」
装甲をえぐって身体にまで到達している。これは・・・・!
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
一夏が叫び、零落白夜を全開で降りぬく。しかしデタラメなその太刀筋は簡単に読まれて回避、カウンターを打ち込まれて吹っ飛ばされてしまった。
「アイツ、許さねぇ!」
「やめろ一夏!どうしたんだいきなり!?」
「あれは・・・・あれは千冬姉だ。千冬姉だけのものだ!それを、あいつは・・・・!」
「落ち着け一夏。今のままじゃ勝てるものも勝てない。ここは落ち着いていこう」
冷静になるんだ。現状を把握し、整理するんだ。
今目の前にいるのは間違いなくラウラ。それが何かしらによって彼女の意志は捻じ曲げられている。それがなんなのかはこの際置いておくとして、問題はこれからどうやってラウラを助けるか、だ。このまま放っておけば、彼女はおそらく・・・・。それだけはなんとしても避けなければならない。
《蒼月、織斑、無事か?》
思考の海に浸かっていると織斑先生の声が響いた。こんな騒ぎがあったとなれば教員部隊が準備していても不思議じゃない。
だがこの状況。隔壁が閉まっていてレベルが3である以上、時間は多少なりともかかるし、今の攻撃・・・・映像資料でしかみたことはないが、あれは紛れもなく織斑千冬のもの。ということは、今僕らの目の前にいるのは彼女本人と言っても過言ではないだろう。
敵はまがい物とはいえ、あのブリュンヒルデ。世界最強を相手に、僕らで戦えるのか?
《今教員たちで構成された鎮圧部隊が準備しているが…なさけないことに時間がかかる。すまないが、そいつの足止めを頼めるか?》
「・・・・無茶苦茶言ってくれますね」
《現状ではおまえたちにしかできないのでな。こうする以外被害を最小限に食い止める方法はない。それに蒼月。おまえにはアリーナのフィールドを抉った罰だ》
さらに無茶苦茶だ、と言おうといたところで隣で一夏がくすくすと笑ったのを見て睨んで黙らせる。
これで罰なのだから命賭けにもほどがある。フィールドを抉ったのに関して言えば、一夏も零落白夜でシールドを壊している。これはどうなんだと言いたいが、それは後回しでもいいだろう。今は、この事態をなんとかすることが最優先だ。
勝利条件は二つ。一つは、鎮圧部隊が侵入するまで持ちこたえること。もう一つは、これを・・・・ブリュンヒルデに勝利すること。
そして絶対条件として、ラウラの救出。これをなんらかの形で果たさなければならない。この条件が今一番優先してやらなければならない。彼女の容体は今にも危険な状況だ。一刻も早く終わらせないと危ない。
「ライ、策は?」
「・・・・正直なところ、かなり危ないかな。どれをとっても、二人とも怪我の一つや二つ、覚悟しておいた方がいいかもしれない」
「そうか・・・・なら安心だ」
「え?」
「策があるんだろ?だったらやろうぜ。できることがあるんなら、それをかたっぱしから試す」
とはいえ、白式のエネルギーはさっきの攻撃でもう限界水域。できて一回だということを告げるとやってしまったという顔でうな垂れる。
でも、その言葉がいつも以上に頼もしく見えたのは間違いじゃない。
「・・・・チャンスは一回。外したら、僕も一夏もただじゃすまない。それでも、やるかい?」
「男に二言はねぇよ。さっきみたいに退けって言ったらぶん殴るところだ」
「そうか・・・・なら、大丈夫かな」
だって、こんどは二人でやるから。その言葉に一夏が心なしか、笑った気がした。
「零落白夜は僕らの切り札だ。だから僕のMVSに使用許可をだしておいたからコレ使って」
白式にMVSを一本渡し、前方の敵を見据える。
「一夏・・・・行くよ」
「ああ・・・・!」
最強への挑戦が、始まった。
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