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Ball Driver

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第三十五話 大反撃

第三十五話


<6回の表、南十字学園の攻撃は、1番レフト高杉くん>

六回の南十字学園の攻撃は1番を打つ三年生の高杉から。高杉は三年生の中では数少ない努力家キャラで、真面目にコツコツが身上である。その姿勢は紗理奈も買っていたのか、実力的には権城がレフトでスタメンするのが妥当な所を、紗理奈はその選択をとらなかったし、権城自身も高杉が優先される事には文句を言わなかった。素質だけはある同級生の中では目立たなかったが、その素質ある同級生が軒並みゴミ化したこの夏の大会では高杉の安定感が際立ち、今日は1番で起用された。

(俺はセンスも無いし、塁に出る為には何でもするしかない!)

高杉は飛鳥のクロスファイアーを防ごうと、インコースギリギリに寄って構えた。

(……そんなのでアタシが逃げるとでも思ってんの?)

飛鳥も飛鳥で、そんな高杉の構えは気にする事なく、むしろ詰まらせようとしてインコースに食い込むスライダーを投げる。

(うわぁ!曲がったァ!)

思い切り踏み込んだ高杉は、ボールが自分の方向に食い込んできた事に焦り、思い切りのけぞって打席に尻餅をついた。

「……デッドボール!」
「えーっ!?」

審判のデッドボールの判定に飛鳥が憤慨するが、すぐに大友が睨みを効かせて、不平不満を黙らせる。高杉は、これ幸いと一塁に歩いた。

(いや、絶対今のストライクよ!バッターが踏み込んできたから身体に掠っただけじゃない!バッターが無様に転げ回ったからって、同情しちゃって!)

飛鳥は憤懣やる方ない表情で、ロジンを乱暴に手にまぶした。事実、飛鳥の投げた球はストライクだった。高杉の不恰好なオーバーリアクションに球審が騙されたのだった。

<2番セカンド良くん>

五回に続いてノーアウトのランナー。
6点差なのでランナーを貯めていきたい南十字学園は、打席に銀太を迎える。

(どうしようか。これまでみたくゴロを打たされると、帝東クラスの二遊間だとゲッツーなっちまう。……久しぶりにアレ、やってみっかな。)

初球。銀太は大きなスイングで空振りした。

「長打要らないよー!」
「つないでつないでー!」

自軍ベンチから注意が飛ぶが、銀太は意に介さない。そんな事は言われなくても分かっていた。

コツン!
「何!?」

二球目、銀太はドラッグバントを仕掛けた。6点差なので、紗理奈はバントのサインは出していない。独断のバント。そして、塁を進める為でなく自分も生きるつもりのバントだった。

そして銀太のバントは抜群に上手かった。高校では殆どバントなどせず、打つ事ばかり考えていたのにも関わらず。

「ピッチャー!」

しかし、ファーストの楠堂も大女ながら動きが機敏だ。すぐにバントに対してダッシュし、ベースカバーの飛鳥にボールをトス。銀太との競争になった。
銀太は頭から滑り込んだ。

「アウトー!」

しかし、ヘッドスライディング及ばず銀太はアウトに。赤土で汚れたユニフォームを払いながら、銀太は吐き捨てた。

「……いきなりやって上手くいくほど甘くねぇか……」




(淡白さが特徴で、そこが最大の弱みだったサザンクロスに執念が芽生え始めてる。試合中に成長したって事か。高校生は分からんなぁ。)

前島監督は飛鳥を見て、視線で思いを伝える。

(ここからのクリーンアップ、ここが勝負だぞ!全国制覇するんなら、この程度のチーム、キッチリ潰せ!)

飛鳥は前島監督にしっかりと頷いた。




<3番センター楊茉莉乃さん>

今日の茉莉乃は二打席連続三振。このチャンスの打席は、何も言わずにバットを構えた。いつものように余裕ぶって啖呵を切っている場合ではない。黙って、精神を研ぎ澄ます。

ブン!
「ストライク!」

初球から振っていった茉莉乃は、飛鳥のシンカーに空振りした。今日はこのシンカーにくるくる回っている。茉莉乃にとってそれは、初めて見る変化だった。飛鳥も、このピンチに決め球を初球から投げてきた。

(くそっ!……癪に触るわねこのボールは……)

歯ぎしりする茉莉乃とは対照に、飛鳥は無表情で、しかし目つきだけはやたらと鋭く闘志をたぎらせている。

(こんな所で、あんたらなんかに手こずってる訳にはいかないのよ!)

飛鳥は二球目もシンカーを投じ、茉莉乃はこのボールに対しては本当にタイミングが合わない。また空振りで、あっという間に追い込まれた。

(ここはピシャリと切っておきたいよな。サザンクロスはだんだんイケる気になってきてるだろうし、ここでクリーンアップをキッチリ叩ければ試合展開としてもデカい)

キャッチャーの大友はここで一球、インハイのストレートを要求した。見せ球である。

(こいつがシンカーを打てないのは分かってる。でも100%にする為に、ここは勝負を急がない。)

大友の意図を飛鳥もしっかり理解した。
大友の要求通り、インハイにボール球を投げこんだ。

(やっと来たわストレートがァーッ!!)

しかし、バッテリーには誤算があった。シンカーにこれでもかと言うほどやられていた茉莉乃が、この見せ球に飛びついてきたのである。思い切り、大根切りでインハイを叩き返した。

カキィーーン!!

打球はレフト線に、ライナーとなって弾む。二塁ランナーの高杉は悠々ホームイン。茉莉乃は二塁に達し、大声を上げた。

「3打席もやられる訳にゃいかないのよ、あたしを誰だと思ってんのォ!!南十字島の楊茉莉乃よォ!」

やっと一本出た一年の出世頭に、南十字学園ベンチからは同じ一年のやんややんやの大喝采が飛ぶ。

「良いぞ、茉莉乃ーッ!」
「茉莉乃、カッコ良いよーっ!」







「……切り替えろ、あんなの打たれるなんて想定にない。」

大友がマウンドにすかさず駆け寄った。見せ球のボール球を強引に打たれるのはまさに想定外。これはどうしようもない一点だ。ベストを尽くしたのに取られた一点、ミスでも何でもない。

「分かってます。……分かってますよ」

しかしこの一点は、飛鳥に大きなダメージを与えた。気合いを入れて臨んだこのピンチで、アンラッキーな形であっさり点を取られてしまった、このショックは大きい。
そもそもこの回の最初のデッドボールからして、飛鳥は納得していない。自分の気持ちとは反対に、どんどん点が入っていく事に苛立ちと焦りが募る。



カーン!
カキーン!

そのダメージは、モロにピッチングに影響した。四番の権城、五番の紗理奈に連打を許し、更に一点を失う。メンタルが南十字学園の勢いに当てられてしまって、ボールが甘く入った。

4-8となって、なおも一死一、二塁。
ここで帝東は守備のタイムをとった。




ーーーーーーーーーーーーーー


「今のサザンクロスと初回のサザンクロスを同じチームだと思うなってさ。」

ベンチからの伝令が前島監督の言葉を伝える。キョトンとした内野陣に、伝令役が補足説明した。

「いや、だからさ、多分だけど、初回八点とって、サザンクロスは雑魚だって、俺らみんな思ったじゃん?でも、今は四点取られてる。雑魚に四点取られたって考えると、焦っちまうだろ?俺ら何してんだって。それがダメなんだって。対等の勝負をしてると思えば、四点取られた事よりも、四点リードしてる事の方が目立つだろ?そう考えろって事なんだよ、多分」
「……垣内、もうお前が監督しろよ」

大友のツッコミに、内野陣に笑いが起きた。

「……ま、東東京の準決なんだ。すんなり終わるわけ無いよな。みんな締め直せよ。とにかく勝ちゃあ良いんだ。とにかく。」
「オーケッ!」

内野陣がそれぞれのポジションに散っていく。マウンドで大きく息をつく飛鳥は、少し救われた気がしていた。



ーーーーーーーーーーーーーー


<6番サード本田くん>

4-8となって、なおも一死一、二塁のチャンス。打席には悩める大砲・本田譲二。

「この回一気ー!」
「打てよー本田先輩ー!」

勢いに乗りつつある南十字学園打線の中で、譲二の表情だけは冴えない。

(あー、権城は何て言ってたっけな?……右方向に引っ張る、だっけ?)

先ほどの打席の後の権城の指導を思い起こすが、どうにもしっくり来ない。
これまで圧倒的パワーだけでやってきた分だけ、一度ドツボにはまると抜け出せないのが譲二であった。

「ストライク、ツー!」

そうこうしてる間に追い込まれ、攻め込まれて動揺していた飛鳥も生き返る。
勢いに乗ってる時は好球必打が鉄則だが、譲二は手を出す事もできないほどに悩んでいた。

「こらー!振ってけー!」
「振らないと当たんないよ!」

塁上から権城と紗理奈が叫ぶ。

(いや、振るな。三振してチャンスで俺に回せ。)

ネクストでは月彦がブツブツ呟いている。



(あーっ、もう、俺には分からん!)

ヤケッパチになって譲二は振った。
権城の教え通り、やたらと窮屈に、内側からバットを出した。


カァーーン!

芯に当たった打球。
飛鳥はぎょっとして振り返る。

バシッ!

セカンドの飯島が、打球の勢いに押されるようにしてこのライナーをもぎ取った。
そして一見、会心のライナーだったが為に二人のランナーは一瞬スタートを切っていた。

「アウトー!」

飛び出したランナーをベースに送球して殺し、ライナーゲッツー。帝東がピンチを切り抜ける。



「くそっ!」

譲二は最悪の結果に天を仰ぐ。
月彦は、言わんこっちゃないとばかりに舌打ちして守備に向かう。

(いや、今のは惜しい当たりだ。譲二も調子出てきたぞ。まだまだ試合は終わっちゃいない!)

残念がる周囲とは対照に、手応え十分なのは権城。その手応えを裏付けるように、帝東ブルペンではエース・浦中のピッチが上がっていた。


 
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