Ball Driver
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第三十四話 グランドの中心で
第三十四話
「よし、しっかり抑えるか」
五回の表は9番の哲也が三振して終わり、権城が勢い良くベンチからマウンドに向かおうとすると、紗理奈に肩を叩かれた。
「権城くん、私とグラブ取り替えて。これ、外野用だし。」
「へっ?」
紗理奈が、投手用の権城のグラブと外野用の自分のグラブの交換を申し出てきた。
権城は、紗理奈の真意が掴めない。
「えっ、俺、外野用で投げるんですか?」
紗理奈はニッコリ笑って、外野用の自分のグラブを差し出してくる。
「違う。私が投げるんだ。権城くんは私の代わりにライトね。」
「あぁ、はい。…………えぇえーー!?」
権城はズッコケた。初回から準備していた投手の自分ではなく、さっぱり準備もしていないし、投手ですらない紗理奈が投げるというのである。
「……投げたくなったんだ。私、主役を演じたくなった。」
しみじみと、どこか意味深な言い方で言われると、権城にはそれ以上突っ込む事はできなかった。
紗理奈は、やると言ったらやる人だった。それを権城も分かっていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
<5回の裏南十字学園シートの変更をお知らせします。ライトの遠藤さんがピッチャー。代打致しました権城くんがライト。4番ライト権城くん、5番ピッチャー遠藤さん>
「また初登板のピッチャーかよ」
3番の榊原が打席に入る。先ほどは姿の一人目の打者として三振。この回も紗理奈の一人目の打者として立ちはだかる。
(ずっと、一人違う視点から周りを見て、まとめ、支える。そういうキャッチャーってポジションをしてきたし、そういう生き方をしてきたけれど。)
初めて登る神宮のマウンドの景色から、紗理奈は後ろを振り返る。一緒に高校野球をしてきた仲間が居た。
(たまには、見るんじゃなく見られる。……演じても、良いよね?)
「打たせていくよー!」
演劇部で鍛えた、抜群に通る高い声で紗理奈は叫んだ。青いバックスクリーンにこだまが響いたような気がして、またバックの仲間から声が返ってきて、紗理奈はふっと微笑んだ。
カァーン!
紗理奈の投げる球自体は平凡。コントロールは抜群に良く、クイック投法でタイミングもズラすが、帝東はそれだけでは抑えられない。榊原の打球は鋭いゴロになった。
バシッ!
しかし、セカンド銀太の真正面。
銀太が腰をしっかり落として捕り、ワンアウトとなる。
「ナイセカン!」
「真正面くらい捕って当たり前だぜ、何せ準決なんだから」
紗理奈に対して、セカンドゴロを捌いた銀太が親指を立てた。
カーン!
4番の大友の打球は三遊間を鋭いゴロになって襲う。
「おっしゃー!」
前の回も三振で、全くいい所のないショートの哲也がこの打球に反応良く走り、三遊間の真ん中で追いつくと、踏ん張って一塁に遠投。しかし無理はせずワンバウンドで投げ、ファーストの月彦も体をいっぱいに伸ばしてその送球を掴む。
「アウト!」
間一髪で全力疾走の大友を刺す。
哲也は大きくガッツポーズした。
「せめて守備では良いトコ見せてやるぜぇーっ!」
吠えた哲也に、マウンドから紗理奈が親指を立てた。内野ゴロ二つで、リズム良くツーアウトとなる。
(今のゴロ、哲也さんも見栄を張らずによくワンバウンドで投げたし、月彦さんもちゃんと必死こいて体伸ばしたじゃん。キャプテンが投げてから、リズムが出てきたぞ。姿が無双してる時とはまた違う、守備のリズムだ。)
ライトのポジションから、権城は雰囲気が段々と良くなってきているのを感じた。
(紅緒ちゃんだけじゃなく、このチーム実は、紗理奈キャプテンのチームだったかもしれねぇな。)
カァーン!
5番の佐武の打球は右中間に飛ぶ。
大飛球だが、その打球に権城が走る。
(外野守備はキャプテンより上手だぜ、俺は!)
パシッ!
最後に腕をいっぱいに伸ばしてランニングキャッチ。帝東恐怖のクリーンアップに良い当たりをされながらも、五回の裏をキッチリ3人で凌いだ。
(……キャプテンのグラブ、いい匂いし過ぎだろ)
「グラブを嗅ぐな、キモいから」
センターの茉莉乃を頭をはたかれながら権城がベンチに戻っていく。
「よーし、調子出てきたんじゃねぇか!?」
「6点差追いつくぞぉ!」
南十字学園は6点のビハインドを背負いながらも、ベンチに笑顔が溢れ始めていた。
姿の圧倒的投球、権城の代打ホームラン、そして今の回の守備。流れが変わりつつあり、それと同時に南十字学園の野球の“スタイル”も変わりつつある。
(……おいおいおい、何だかんだ、初回の八点以降ウチはランナー一人たりとも出てないじゃねぇかよ)
雰囲気が良くなってきた南十字学園に勢いを吸い取られたかのように、段々と空気が重くなり始めたのは帝東。
前島監督が首を傾げだし、守備に向かうナインの足取りも少しずつ重くなり始めていた。
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