剣の丘に花は咲く
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第十二章 妖精達の休日
幕間 青い薔薇
前書き
メチャ短いです……あしからず。
―――赤い―――紅い―――朱い―――緋い―――
――――――――――――頬を……熱い、雫が伝い、顎先から流れ落ち、乾いた荒野に小さなシミをつくる。
―――剣―――剣―――剣―――剣―――
―――――――――後から後から溢れ出すそれは珠となり、線となり、流れをつくり顎先から流れ落ちていく。
―――果てのない荒野。
――――――乾ききり、硬く脆く砂が風と舞い上がる荒野に落ちる雫は一時の潤いを与えるが、直ぐに渇ききってしまい。
―――乾ききった風が頬を撫で。
―――それがとても悲しくて、苦しくて……留まることなく流れだす。
強い―――硬い―――弱い―――脆い―――美しく悲しい世界が広がる。
……シロウさん。
少しだけ。
ほんの、少しだけ、ですが……知る……ことが、できまし、た。
あなたの……弱さを。
あなたの、脆さを。
あなたの、痛みを。
あなたの苦しみを。
夢か―――現か―――わたしが見た―――あなたが流した姿なき涙―――声なき慟哭。
見知らぬ場所で、あなたは人を救っていた。
病気で、抗争で、災害で、戦争で……苦しむ人を、弱き人を、幼子を―――あなたは救っていた。
ああ―――でも―――でも……シロウさん。
あなたはわたしに言った。
望んでいるのは笑顔だと。
―――確かに、あなたは救った人を笑顔にした。
でも―――これは……これは違うのではないのですか?
争い合う者たちを止めるために―――罪を、罰を、悪意を自分一人に集めるなんて……。
救った筈の人から罵倒され―――争いを止めた代わりに罪を被り―――守るために救った人たちから憎しみを向けられて―――。
……こんなの―――間違っている……。
救われた人たちは、自分たちが救われた事を知らず笑顔を浮かべている。
あなたが代わりに罪と罰と悪意を被ったのを知らずに……。
無邪気に―――嬉しげに―――幸福そうに―――愚かにも笑っている。
―――あなたの献身を知らず。
―――あなたの傷を見ず。
―――あなたの優しさに気付かず。
笑顔を浮かべている。
あなたはそれを見て―――笑っていた。
嬉しげに、幸せそうに、柔らかく微笑んで……。
でも―――どうして?
どうして、あなたは笑える?
身体も、心もそんなに傷付いていながら、どうしてそんな風に笑って……。
傷付けた相手が笑うのを見て、そんな優しい顔で……。
あなたが浮かべる笑みには、偽りがない。
心の底から喜んでいるのが分かる。
それが、わたしには―――分かってしまった。
分かってしまって―――知ってしまった。
あなたは―――……。
……あなたが―――壊れていると言うことに……。
人を救うため身を―――命を投げ出す………それは、全くない話ではない。
でも、それは家族や恋人、友人など自分にとって大切な人を救うためで……関係のない、赤の他人のため命を投げ出してまで救おうとするなんて……それも一度や二度じゃなく、何十、何百と……。
そんなの……狂っているとしか言いようがない。
誰しも自分が大切で、死は恐ろしいもの。
例え愛する人の命を救うためでも、自分の命をかけるとなれば、誰もが躊躇する筈。
なのに、あなたは微塵も躊躇うことなくたった一つの命をかける。
言葉も交わした事もない、赤の他人のために……それは、強さなんてものではない。
ただ、壊れているだけ。
人として……生き物として……。
ぁぁ……シロウさん……歪で……壊れて……狂った人……。
まるで、あなたは……心のない……ただ人を救うだけの人形のよう……でも………違う。
わたしは見た。
救った相手から罵倒され、憎まれ、傷付けられる度、あなたの心は傷付くのを。
何も感じていないわけじゃない。
傷付けられる度に、あなたが見えない涙を流しているのを―――声なき慟哭を上げるのを―――わたしは見ていた。
何度も傷つき、倒れ、その度に立ち上がり、あなたは進み続ける……救うために。
何も感じていない理由じゃない。
悲しみ、怒り、苦しみ、泣き、叫び……それでもと、あなたは立ち上がる。
そんな誰よりも強く、そして弱いあなたを、わたしは守りたい。
どうすればいいか何て分からない。
でも―――ただ、守りたい―――その思いが、衝動となってわたしの心を大きく揺さぶる。
……わたしは弱く、小さく、何も出来ない……でも、それでもわたしはあなたの力になりたくて。
きっとあなたはそんな事は望まない。
だから、これは我儘。
わたしの我儘。
強く、硬く、強靭なあなたの、その奥に隠された繊細な硝子のような心を守りたいと思う――わたしの我儘。
あなたに助けられたからじゃない。
あなたに救われたからじゃない。
理由なんて分からない。
ただ………そんなあなたを守りたいと。
声を上げるわたしがいるから。
―――何時か―――あなたの“夢”が叶うように。
――――――そして―――無限の剣が突き立つ―――見果てぬ荒野に―――乾いた風が吹き―――涼やかな音を立て―――一輪の青い薔薇が―――小さく揺れた―――
ページ上へ戻る