戦国異伝
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第百七十三話 信行の疑念その十三
「そうしなければなりませぬ」
「その者を選ぶこともせねばな」
柴田は馬上で考える顔になり石田に述べた。
「ここはな」
「はい、それでは」
「うむ、この度のこと、殿が来られるまでじゃが」
それまでの間は、というのだ。
「殿はわしに一任して下さった、勝手はせぬがな」
「決めねばならぬことはですな」
「決める」
柴田は強い声で言い切った。
「必ずな」
「それでは」
「とにかく。川の両岸は何としてもな」
「殿が来られるまで、ですな」
「守り抜く」
何としてもだというのだ。
「そのうえでな」
「殿を手取川の北岸に迎えられますな」
「確かに辛い戦になる」
このことは覚悟していた、柴田も。
しかしだ、それでもなのだ。
「だがやらねばならぬ」
「そういうことになりますな」
「御主達にも頑張ってもらう」
石田だけではない、加藤や福島達も見る。そうした織田家の若い将帥達も見てそのうえでこう言うのである。
「全ては織田家の為にな」
「ははは、越後の龍ですか」
ここで明るく言ってきたのは加藤だった。
「虎の次は龍とは。いや、面白いですな」
「余裕じゃな」
「いやいや、楽しいのです」
そうだというのだ。
「この度の戦を考えますと」
「楽しいのか」
「楽しみといいますか」
「とにかくじゃな」
「はい、血が騒ぎます」
加藤は明るく笑って柴田に話す。
「思う存分働きますぞ」
「働くのはよいが死ぬでないぞ」
「死んではなりませぬか」
「そうじゃ、無駄に命を捨てるな」
柴田は加藤だけでなく他の者達にもこう言うのだった。
「次の戦は厳しいが死ぬ場所ではない」
「そうではありませんか」
「死に場所ではありませぬか」
「うむ、違う」
そうした場所ではないというのだ、次の戦は。
「天下布武の為の戦はまだ続く、だからな」
「ここで死んではですか」
「殿のお役に立てませぬか」
「だからですか」
「次の戦ではですか」
「そうじゃ、生きよ」
そうせよというのだ。
「わかったな」
「はい、それでは」
「次の戦では」
「励みますか死にませぬ」
「生きまする」
「死ぬことはわしが許さぬ」
柴田は場にいる全員に言った、織田家の宿老の一人として彼等を率いる立場から強い声で言ったのだった。
「何があろうともな」
「殿の御為にも」
「絶対にですか」
「兵達もじゃ。激しい戦になろうとも死んではならぬ」
命を賭ける戦であろうともだ。
「出来る限り生きるのじゃ」
「難しいですな、戦の場で生きよとは」
「しかも相手が上杉謙信だというのに」
「それを承知のうえで言っておるのじゃ」
柴田にしても、というのだ。
「だからじゃ。よいな」
「ふむ。ではかえって退くとよくないのう」
退きの名人佐久間も言ってきた。
「前に出るべきじゃな」
「そう思うか、御主は」
「わしも退くばかりではない」
それで織田家の武の二枚看板にはなれない、佐久間は柴田程ではないが攻めることでも優れた采配を見せているのだ。
だからだ、ここではこう言うのだ。
「攻めるとするか」
「そういうことじゃな」
「ははは、朝倉宗滴殿も本願寺も武田もかなり強かったが」
「上杉じゃ、今度は」
「相手にとって不足はないわ」
あえて明るく言ったのだった、ここで沈んでは心から負けてしまうからだ。
「思う存分戦うか」
「そういうことじゃな」
「うむ、ではな」
「いざ加賀へ」
佐久間はむしろ柴田より明るく言ってみせた。
「参ろうぞ」
「それではな」
こうした話をしながらだった、柴田達はまずは北ノ庄に向かった。そうしてまた新たな戦いに入ろうとしていた。
第百七十三話 完
2014・3・1
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