夫婦蕎麦
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3部分:第三章
第三章
「あとはだ。つゆにだしもな」
「これも勉強したからな」
それについても得意げに笑ってみせる。
「見事だろ?だしとかつゆも命だからな」
「ああ。しかも茹で方もいいしな」
「蕎麦のだろ?どうだい、完璧だろ」
「そう言いたいんだがな」
しかし客はここで先程の少しばかり難しい顔を見せるのだった。
「ああ、唐辛子とか葱もいいよ」
「おう、そっちもちゃんと気を使ってるよ」
この辺りが忠義の非凡なとことであった。
「そいじょそこいらの蕎麦屋と違うからな、俺は」
「俺、そこかもな」
客はまたさっきの難しい顔を見せるのだった。
「これはな」
「?それでどうなんだよ」
忠義は客が何を言いたいのかいい加減わからなくなってきた。
「うちの蕎麦。美味いんだよな」
「美味いことは美味いさ」
客もそれは認める。
「それもかなりな。味もいいしこしもあるしだしもつゆもいい」
「だろう?」
「実にいいもんだよ。薬味だってな」
これまで話したこと全てであった。
「いけるよ。ただどれも完璧じゃないんだよ」
「完璧じゃねえっていうのかよ」
「どれも滅茶苦茶高いけれど完璧じゃないんだよ」
客はまた言うのだった。
「完璧じゃな。全部な」
「おいおい、言うねえ」
プライドを傷つけられたと思って客に少し突っかかる感じになっていた。右の眉を少し顰めさせ身を少し前に乗り出し両手を前について言うのだった。
「うちの蕎麦が完璧じゃねえって。言ってくれるね」
「美味いことは美味いさ」
またこのことを言う。
「それでも完璧じゃないんだよ」
「悪いが俺は完璧主義でね」
だからこその自信家でもあると言えるのだろうか。
「その言葉はどうしても聞き捨てならないな」
「蕎麦は完璧でないとだよね」
「そうだ。しかしどう完璧でないんだい?」
「話してもいいかい?」
その少し突っかかる感じのままの忠義に対して問うのだった。
「そこんところ。よかったら」
「おうよ、言ってくんな」
この辺りはもう売り言葉に買い言葉になっていた。
「存分にな。俺は怒らないからな」
「俺、なのかな」
客はぽつりと言うのだった。
「俺だからかな」
「俺!?」
「そうじゃないかって思うんだよ」
彼はさらに言う。
「だから完璧じゃないのかもな」
「俺って何なんだよ」
忠義にはこの言葉の意味が全くわからなかった。
「この蕎麦は俺が作ってるんだけれどよ、全部な」
「屋台は一人じゃないよな」
「後ろの母ちゃん見えるよな」
右の親指で後ろを指し示して丁度丼を洗っている和栄を見せる。
「母ちゃんよ。見えるよな」
「うん、屋台を二人でやってるんだね」
「そうさ、俺が蕎麦を作って」
ここでは両手を腰にやって身体を起こして胸を張るのだった。
「母ちゃんが片付けとかをする。どうよ」
「だからかな」
だが客はそれを聞いてさらに首を捻るのだった。
「だからなのかな、やっぱり」
「!?」
「ああ、また来るよ」
言いながら金を出してきた。それを忠義の前に置いた。丁度の値段であった。
「またね。その時完璧だったらいいよ」
「おう、またな」
とりあえずその話を聞くのだった。客は立ち上がってそのうえで店を後にする。別の客がすぐに来てまた蕎麦を作る。しかしそれが終わって店をしまって当時二人が住んでいたアパートに帰って忠義は腕を組んで不満な声を出すのだった。
「何だってんだ?あの客」
「かけとざるを頼んだあのお客さんよね」
「おう、そうだよ」
ぷりぷりと怒りながら言う。薄暗い電球の光にぼろい今にも倒れそうな部屋が映し出されている。部屋の隅は割れており畳も古い。本当にかなり古い部屋である。
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