「冥王来訪」の感想


 
コメント
ソ連における人々は兵役を避けるため、科学研究者で口実とするでしょうか?僕はロシアにおける寡頭たちが、自分たちの部下が有能な人材であるという口実を使ってロシア政府の徴兵を逃れ、ロシア政府では義勇軍を開放し、寡頭や知事が私力に徴兵させることを許可しかないと劉仲敬氏から聞きますから。 
作者からの返信
作者からの返信
 
 スターリン時代はむしろ子息を競って将校にする雰囲気はありました。
べリヤの息子、セルゴ・べリヤはNKVDの技術中尉でしたし、フルシチョフの長男レオニードは空軍パイロットでした。
 スターリンの長男と次男は、それぞれ砲兵大尉と空軍中将でした。
長男ヤーコフ・ジュガシビリは、先妻の子で、スターリンと折り合いが悪く、母方の叔父夫婦に育てられ、軍隊に逃げ込むようにして入りました。
ドイツ軍捕虜になるのですが、スターリングラード攻防戦に参加したパウルス元帥との捕虜交換を提案されるのですが、スターリンは却下します。
その事に絶望して、自殺したと伝えられています。
なお、パウルス元帥は東独に迎え入れられ、国家人民軍の大将としてその生涯を閉じています。

 以前申したと思いますが、KGBには幹部子弟用の特別ルートがありましたし、大学や研究室、国営企業にもそういう裏口がありました。
徴兵忌避という形ではなく、将校として安全な後方勤務というルートもございます。
数年務めて、国営企業や地方の役所にでも天下りすれば、立派な軍隊経験者ですから、そういうルートが存在しました。
 またソ連もそうですが、東独あたりでも幹部子弟が反体制運動をやって、刑務所に数週間拘留された後、保護観察処分という甘い処置で済む場合も多々ありました。
 1960年代後半の東ドイツで、西ドイツで流行ったコミューン運動を持ち込んだ女性が逮捕されましたが、SEDの思想宣伝部門の部長の娘だったので、保護観察処分で済んだ例があります。
恋人や友達も大した処罰はなく、訓戒だけだったそうです。
(コミューン運動とは、日本でもあった全学連の過激な共産主義運動で、個人生活を否定し、共同体で暮らす思想です。
フリーセックスや一切の私有財産を否定した思想で、既存の共産党組織はこの運動に嫌悪感を隠そうとしませんでした)

>ロシア政府では義勇軍を開放し、寡頭や知事が私力に徴兵させることを許可しかないと劉仲敬氏から聞きます
 チェチェンのカディロフツィという愚連隊がまさにそうですね。
大統領特別警護隊というもっともらしい肩書ですが、ごろつきや半グレなどのやくざ者を集めた団体です。
ソ連時代にあった富農撲滅隊そっくりですね。

>ソ連における人々は兵役を避けるため、科学研究者で口実とするでしょうか?
ソ連だけではなく、全世界的にそうでしょう。
理系の学生は徴兵除外ですからね。
日本の行った学徒動員は世界各国の中で最も遅く、米国の方が学徒動員したのは早かったのです。 国民党みたいに各地方の村に出向いて男狩りをする必要がないほど、徴兵に応じる人や志願兵も多かったですからね。
特に朝鮮人の軍属や志願兵の徴募は多く、倍率が非常に高くて、後に参政権付与と徴兵制度を導入することを決めましたが、終戦で実現しませんでした。
(台湾人は二等国民の扱いだったので、志願しない限りは対象になりませんでした)