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ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜

作者:カエサル
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観測者たちの宴篇
  26.闇の侵蝕者たち

 

 キーストーンゲートのEエントランスには激しい戦闘の後が残っていた。路面にしかれるアスファルトは砕け散り地割れが起きたようになっている。さらには穴まで空いてしまっている所までもある。アスファルトの溶解された嫌な臭いが鼻につく。

「すごいことになってるみたいね」

 辺りを見渡しながら美鈴はこの場所でつい先ほどまで起きた惨劇に目を向ける。
 特区警備隊(アイランド・ガード)主力部隊が壊滅状態に陥れられるほどの者など考えられるだけも数少ない。
 監獄結界の脱獄囚、あるいは……

「派手にやってくれたわね、蛇の坊や」

「ボクなりには手加減したつもりつもりだヨ」

 なにもない虚空から、気障な響きの声が聞こえてくる。風に乗って集まってきた金色の霧が白いコートを着た青年の形を作っていく。ディミトリエ・ヴァトラーだ。

「唯ちゃんの身に何かあったら私はあなたを許さなかったけど今回は貸しにしたあげるわ」

 美鈴は壁に背を預けてぐったりとしている二人の少女を横目で見ながら言う。
 不意にきた礼の言葉にヴァトラーはわずかに眉を動かす。

「“電脳の姫”に貸しを作るのは悪気はしないね」

 ヴァトラーは笑ながら答える。

「でも……」

 美鈴はヴァトラーとは対照的な真剣な表情で睨みつける。

「彩斗くんに手を出すなら私は許さないわよ、蛇の坊や」

「……」

 少しの沈黙の後にヴァトラーが不敵な笑みを浮かべる。

「今は手を出す気はないから安心してくれ」

 今は、という言葉に引っかかったが美鈴は皮肉を言うように言葉を返す。

「まぁ、真祖殺しが本気を出したらあなたなんて一瞬だけどね」

 美鈴は唯とアスタルテが眠っている方へと近づいていく。
 最後にヴァトラーの方を一瞥し、小さく呟いた。

「あまり“神意の暁(オリスブラッド)”たちをあまく見たら痛い目見るわよ、ディミトリエ・ヴァトラー」

 蛇遣いはわずかに身を震わせる。

「心得ておくよ」

 その言葉を残し、ヴァトラーは虚空へと姿を消滅させるのだった。




 港湾地区(アイランド・イースト)の大桟橋に、その船は悠然と停泊していた。
 豪華客船の船内に居心地の悪く立ち尽くしたままの古城と彩斗だった。
 古城の手には携帯電話が握られている。
 電話の相手は雪菜のようだ。
 大方、こちらから連絡しなかったから心配になりかけてきたのだろう。

「いや……まあ、成り行きで」

 古城の声から雪菜たちが怒っているのが伝わってくる。
 それもそうであろうな。彩斗たちが現在一緒にいるのはヴァトラーだ。その時点で心配しかないだろう。
 雪菜たちからの説教を受けている古城の肩に手を起き一言。

「ファイト」

 そう言い残し、彩斗は船の甲板へと向かう。その最中に古城からの怒声が飛んでくるが完全に無視をした。
 甲板に出ると夜の蒸し暑さがあると思ったが、船の上ということで風が吹き抜けてとても開放感がある。
 そんな中、背中から突き刺さるような視線を感じる。
 船内の二階。ガラス張りになっているフロアで彩斗を見下ろす少年が一人。
 おそらく彩斗と同世代。身長も同じくらいだろう。銀色のタキシードを着ている美しい顔立ちの少年。
 だが、そのまとっている雰囲気がかなりの攻撃的なものだ。
 明らかな敵意剥き出しの表情で、彩斗を睨みつけている。

「俺がなにしたってんだよ」

 ああいう奴は無視するのが一番だ、という今までの経験により彩斗は無視することにした。
 再び、夜の闇に視線を向ける。
 すると今度は携帯電話が鳴り響く。

「誰だよ?」

 デイスプレイに表示される四つの文字列と電話番号に身を震わせた。
 彩斗は恐る恐る通話のアイコンに指を触れ、スマートフォンを耳へと持っていく。

「も、もしもし……」

『……言うことがあるよね』

 もしもしや、彩斗の名前を呼ぶでもなく唐突にとても冷たい声が携帯から流れ出てくる。

「と、おっしゃいますとなんでしょうか逢崎さん?」

 彩斗はとっさに現状況では下手に出ることが自分の身を救うことだと直感が告げる。
 友妃は変わらず冷たい声で続ける。

『ボクに言うことは本当にないんだね?』

 彩斗は思考を巡らせる。
 だが、一切の心当たりがない。あるとすれば友妃の吸血を断ったこと。それともこの状況のことなのだろうか。

「えーっと……わたくしがこの状況にいるという現状況のことでしょうか? それにつきましては、先ほど古城より報告され……」

『なんで彩斗君はボクに連絡がないの!?』

 彩斗の言葉を遮って友妃が叫んだ。

「えっ! そ、それは、ちょっとバタバタしてて」

『でも、今は甲板の上にいるんでしょ?』

 自分の位置を的確に当てられて彩斗は辺りを見回す。

「おまえ、どこかで見てるのか?」

『だってボクは彩斗君の監視役だもん』

 当たり前のように告げられる言葉に再度、彩斗には落ち着ける時間がないことを確認した。
 大きなため息が自然と洩れる。

「悪かったよ、この状況に俺もちょっとテンパってんだよ」

 冷静さを装ってはいるが彩斗は心配でしょうがないのだ。監獄結界の脱獄囚たちが那月を狙っている。さらに浅葱や唯までもこの事件には巻き込まれている。関係ないとはいえ、脱獄囚たちが確実に狙ってこないとは限らない。
 彩斗は皆を守り切ることが本当にできるのだろうか。
 それに優麻だってこれ以上悪化しないとはいえ、回復も那月か仙都木阿夜のどちらかの力を使わなければ治すことはできない。
 仙都木阿夜が協力などするわけがない。それなら那月を元に戻すしか優麻を救う方法はない。そのためには、仙都木阿夜の魔導書で元に戻すしかない。
 つまりは、仙都木阿夜を止めるしか方法はないのだ。

『彩斗君?』

 携帯からこちらを心配する友妃の声が響く。

「あ、ああ。悪ぃ、大丈夫だ」

 ここで彩斗が弱気になってはダメだ。
 今は、考えることは那月と優麻を助けるということだ。そのために彩斗はあの暗闇から抜け出したのだから。顔もわからない少女とも約束をしたのだ。
 その約束を守らねばならない。

 そのときだった。彩斗の中に眠る化け物たちがなにかに反応して殺気立つ。

「……ッ!」

 彩斗は勢い良く振り返った。
 “オシアナス・グレイヴⅡ”の広い甲板の上。そこには彩斗しかいなかったはずだ。
 漆黒の空の一部が陽炎のように揺らめく。一部のその空間だけが切り取られたように揺らめき続ける。
 揺らめく闇は徐々にその形を形成していく。
 その姿に彩斗は驚愕する。
 闇と同化するほどの漆黒のローブ。それは顔まで覆い尽くし、性別すら判断することができない。

「なんで、テメェがここにいやがる!」

 彩斗は牽制するように魔力を放出する。

『どうしたの? 彩斗君!?』

 携帯越しから友妃の声がするが今は答えてる余裕などない。
 こいつは監獄結界の脱獄囚だ。しかもその中で彩斗が一番不快さを感じた奴だ。

 ローブはなにも口にしない。動くことすらない。
 こいつからは殺意もなにも感じられない。那月を殺しにきたわけではないのか。
 思考を巡らせる。
 だが、答えなど一切として出ることなどあるわけもない。とりあえず、こいつをここから引き離すのが先決だろう。
 身体から激流のように魔力が放出される。右腕から鮮血が噴き出す。

「──来い、“海王の聖馬(ポセイドン・ユニコール)”!」

 黄金の角を持つ一角獣(ユニコーン)が顕現する。
 ここで眷獣を使った攻撃をすれば船内にいる浅葱たちにも被害が及ぶ。
 一角獣(ユニコーン)は彩斗の身体目掛けて突進し、激突と同時に爆発的な魔力を生じる。
 魔力は凝縮され、彩斗の身体を包み込む。
 そしてローブ同様に闇に同化するほどの漆黒の膝丈まであるロングコートへと変化する。

 “海王の聖馬(ポセイドン・ユニコール)”は武器化することで身体能力を爆発的に上昇させる。
 彩斗は甲板を強く蹴り、ローブとの距離を一気に詰める。
 吸血鬼の筋力と“海王の聖馬(ポセイドン・ユニコール)”の能力を纏った突進の威力を加えた掌底をローブめがけて叩き込む。
 一瞬にして移動した彩斗にローブは反応できなかったのか掌底がローブの腹部へと抉りこまれる。しかし彩斗の腕には人を殴った衝撃がくることはなかった。
 まるで空気を殴ったかのように全くというほど感覚がない。
 彩斗の眼前にローブは確実にいる。
 距離をとろうと後ろへと飛び退いた瞬間、ローブがわずかに動いた。
 右腕をゆっくりと自分の身体の前へと運び、手先を下から上に動かした。それは手招きの逆のようなジェスチャーだ。
 なにかの悪寒を感じ、空気中に漂う水分を盾へと変化させ防御体制に入る。
 その瞬間、彩斗の身体に途轍もない衝撃が走った。まるで不可視の巨人の拳が水の防御壁を破壊したようだった。
 彩斗の身体は宙を舞い、船の外へと投げ出されたのだった。




「ちょっと、彩斗君! ねぇ、彩斗君!」

 絃神港の大桟橋の上で少女の声が響く。
 友妃は何度も彼の名を叫んだ。
 通話の途中で謎の爆音とともに繋がらなくなった携帯に向かって何度も叫んだ。

「どうしたのよ、友妃?」

 長剣を構えた背の高い少女が友妃を落ち着かせる。

「わかんない。彩斗君との連絡がとれなくなった」

 夜に浮かぶ豪華クルーズ船を友妃は見上げた。
 彼女たちのいる桟橋からでは船内の様子は見えない。しかしそこで爆発が起きれば気づかないわけがない。
 彩斗は今は“オシアナス・グレイヴⅡ”の船内にいるはずだ。
 紗矢華は、式神を飛ばして、古城たちを監視している。
 彩斗は古城の近くにはいないらしい。
 友妃が放った式神も携帯が切れたとともに消滅したのだ。

「とりあえずは、そこにいるアルデアル公に聞くのがいいのではないでしょうか?」

「なんだ、気づいていたのか。さすがは獅子王機関の剣巫だね」

 なにもない虚空から、気気障りな響きの声が聞こえてくる。風に乗って集まってきた金色の霧が、やがて白いコートを着た青年の姿を形作る。ディミトリエ・ヴァトラーだ。

「アルデアル公。彩斗君はどこですか?」

 若干、強い口調で友妃は訊いた。

「ボクは最初からここにいたんだ。彩斗のことは知らないサ」

 友妃の疑問に、ヴァトラーは平然と笑ながら答える。
 その答えは嘘か本当かどちらとも取り難いものだった。
 それなら彩斗はどこへ消えたのだろう。
 今だ繋がることがない携帯電話。

「それはそうと、姫柊雪菜」

 ヴァトラーは話題を変え、雪菜を見る。

「きみは、どうして自分が古城の監視役に選ばれたのか、その本当の理由に気づいてるのかい?」

「それは、どういう意味ですか?」

 からかわれたと思ったのか、雪菜がムッと眉を寄せた。

「いや……質問を変えよう。そもそも第四真祖とは何者だ?」

 ヴァトラーは、生真面目な雪菜の反応を愉快そうに眺めている。

「三柱しか存在しかしないはずの吸血鬼の真祖に、なぜ四番目が存在するのか。四番目が生み出された理由はなんなのか──古城が完全な第四真祖になれば、それがわかるかもしれない。その状態の古城と戦って、彼を喰うのも面白そうだ」

 ようやく本性をあらわして、ヴァトラーが笑う。普段は見せないくらいの笑みだ。

「アルデアル公……あなたは……」

 雪菜が無意識的か槍を握り直して、ヴァトラーを睨む。紗矢華も、同じように敵意を剥き出しにして剣を構えていた。

「そんな怖い顔をしなくても大丈夫。まだ当分先の話だよ。せっかく見つけた愛しい強敵(ヒト)だ。存分に楽しませてもらわないとね」

 雪菜たちの反応を満足そうに眺める。
 そして唐突に彼の視線は友妃へと向けられた。
 ヴァトラーはとても愉快そうだ。

「なんですか、アルデアル公?」

「いや、きみが彩斗の監視役に選ばれた理由もなにかあるのかと思ってね」

 ヴァトラーの口元だけでわずかに笑う。

「通常では殺すことができないはずの真祖をも殺すといわれる“神意の暁(オリスブラッド)”とは一体なんなのか? それほどの力を持っていながら何故、真祖と呼ばれず、真祖殺しと呼ばれたのか?」

 ヴァトラーは先ほどよりも愉快そうに笑みを浮かべる。
 彼がいうことには一理ある。なぜ真祖を殺す力を持っているのか。そもそもで彩斗は本当に真祖を殺せるほどの力を持っているのだろうか。
 それは真祖に匹敵しながら真祖ではないという矛盾した存在の“神意の暁(オリスブラッド)”とは一体なんなのだろうか。

「教えてやろうか? “神意の暁(オリスブラッド)”がなんなのか」

 聞き覚えのない声が虚空から響いた。
 その場の全員がそちらへと目線が向けられた。桟橋の奥から人影が姿を現した。
 夏の制服のような格好をした男。金髪の髪が襟元まで伸びており、チャラいイメージがある。歳は友妃たちと同じくらいの歳に見える少年だ。

「監獄結界の脱獄囚……!」

 雪菜たちが、武器を構える。
 だが、少年の左腕には、鉛色の手枷が嵌められてはいなかった。つまり彼は監獄結界の脱獄囚ではない。

「メインゲストはあっちのようだネ」

 呟くようにヴァトラーの全身から、禍々しい殺意の波動が放たれた。彼の睨みつける先には、見慣れない大柄の人影があった。
 巨剣を背負い、全身を黒い甲冑で包んだ男だ。無造作に伸ばした灰色の髪が、野獣の鬣を連想される。男の肌の色は鋼色。
 彼の籠手(ガントレット)に覆われた左腕には、鉛色の手枷が嵌められている。
 男が背中の巨剣へと手を伸ばす。しかし彼が動く前に、ヴァトラーは攻撃を放っていた。前触れもなく空中に出現したヴァトラーの眷獣が毒々しい緑色の閃光を吐き、その直撃を受けた男が巨大な爆発に包まれる。

「ア、アルデアル公……!?」

 崩れ落ちる埠頭を眺めて、友妃が絶句した。ヴァトラーの手加減抜きの一撃を受けて耐えられる者がいるとは思えない。

「これで死ぬ程度の相手なら、必要ないよ。わざわざボクが相手するまでもない」

「──そのコトバ、そっくりそのままキサマにカエすぞ、ディミトリエ・ヴァトラー」

 次の瞬間、立ちこめる爆炎を切り裂いて、銀色の光が放たれた。
 大地を蹴って舞い上がった甲冑の男が、背中から引き抜いた巨剣をヴァトラーの眷獣へと叩きつける。全長数十メートルに達する濃緑色の大蛇が閃光を撒き散らしながら爆散した。そして眷獣を失った無防御のヴァトラーへと、甲冑の男が斬りかかる。

「ぐっ!?」

 横殴りの壮絶な斬撃を喰らって、ヴァトラーが吹き飛んだ。彼はそのままオシアナス・グレイヴⅡに激突した。

「アルデアル公」

「眷獣を……斬った!? 嘘……!?」

「これが……監獄結界の脱獄囚!?」

 三人が言葉を失う。
 だが、突如現れた少年は当たり前のように納得している。
 負傷したヴァトラーを追って、甲冑の男がオシアナス・グレイヴⅡの甲板に飛び移る。
 それを追うとするが一人の男の声で足が止まる。

「おお……派手にやってんなー。ちぃっと出遅れちまったぜ、畜生」

 場違いなほど明けっ広げな笑顔で、新たな人影が雪菜たちの前に立ちはだかった。
 ドレッドヘアの小柄な男だ。

「あなたは……!?」

 雪菜は立ち止まって、槍を構えた。その男は、シュトラ・Dと呼ばれていた監獄結界の脱獄囚だ。
 戦闘態勢に入る雪菜と友妃に愉しげに見返してくる。

「なんだァ……“魔族特区”じゃ攻魔師がナースもやってんのか?」

「「え?」」

「まあいいや。でめェらには俺のプライドを傷つけてもらった借りがあったなァ、ナースの姉ちゃんたちよォ──!」

 自分たちはナースではない、と言い訳する余裕もなくシュトラ・Dの右手が高々と頭上に掲げ、それを一気に振り下ろす。
 あの不可視の斬撃は、“雪霞狼”でも、“夢幻龍”でも、完全には止められなかった。
 カンだけを頼りに刀を掲げた。敵の攻撃範囲がわからない以上、回避は不可能。
 しかしシュトラ・Dの攻撃が襲って来る前に、その攻撃は消滅した。
 それは相手と同じく不可視の壁に拒まれたようだった。
 それは紗矢華が持つ“煌華麟”の能力の一つだ。物理攻撃の無効化。空間とのつながりを断つことで一瞬だけ、絶対防御の障壁を生む。
 だが、隣の紗矢華を見るも“煌華麟”を持っているもその刀身は下を向いていた。
 それでは一体誰があの攻撃を防いだのだろうか。

「……天部がこの程度かよ」

 少年の口元がわずかに上がった。
 まさか彼が一撃で止めたというのだろうか。
 “雪霞狼”でも止められず、“夢幻龍”も彩斗の眷獣の力でようやく完全無力化ができた不可視の斬撃を防いだ。

「あァん? ……言ってくれるじゃねぇかこの野郎!」

 シュトラ・Dの顔が凶悪に歪む。自分の攻撃が意図も簡単に止められて頭に血が上ったようだ。

「行けよ、獅子王機関。こいつは俺が止めてやつよ」

 そう言って少年は、愉しそうに脱獄囚を睨みつける。
 その雰囲気はヴァトラーに酷似していた。

「私も残るわ。雪菜と友妃は暁古城たちをお願い」

 そう言って紗矢華もその場に残ること宣言する。
 彼女の背中を友妃は一瞬だけ見て、小さくうなずいて走り出した。




 暁深森は、見慣れた宿泊施設でくつろいでいた。
 マグナ・アタラクシア・リサーチ──MARは魔術的な回路が組みこまれた機械と、式神によって警備されている。
 それは優秀な攻魔師や魔女ならば、彼らを容易くあざむけるのも事実だ。
 たとえそれが“守護者”を失い、瀕死の重傷を一時的に負った魔女であっても、だ。

「あらあら……」

 解錠され、半開きになった医務室の扉を見て、深森は苦笑した。
 医務室の中に、患者の姿はなかった。
 ベッドの上には、無理やり引き抜かれた点滴のチューブと、電極。そして引き剥がされた呪符が散らばっている。床には真新しい血痕が、ぽつぽつと散っていた。

「ユウちゃんったら……」

 深森は、白衣のポケットから形遅れの携帯電話を取り出し、警備部門の番号を呼び出す。
 手負いの患者を連れ戻すなど容易いことだ。

「あら……?」

 しかし電話はつながる直前に、不吉な音が響いて、研究所の照明がちらついた。
 小規模の地震に似ているが、人工島である“魔族特区”ではありえない。電話回線はダウンして、携帯電話の接続が切れる。警備用の式神たちも動きも止めている。絃神島を支えている魔術に障害が発生している。

「……闇誓書……なるほど、そういうことなのね、ユウちゃん……」

『少しまずいことになってるわね』

 回線が切れたはずの携帯から女性の声が聞こえてくる。

「まさかあなたまで出てくるとは、思わなかったは……“電脳の姫”さん」

『この歳で姫って呼ぶのはやめてほしいわね』

 携帯から機嫌を損ねた女性の声が聞こえる。

『とりあえず、闇誓書は私たちの息子たちになんとかしてもらいましょうかね』

「それもそうね」

 深森は大地を襲う人工的な衝撃に身体に感じながら天を見たのだった。




 船の上では、ヴァトラーと脱獄囚が激しい戦闘を続けている。
 古城はサナを抱き上げたままタラップを駆け下りた。そんな古城と浅葱を出迎えたのは、銀色の武器を持った二人のナース服の少女だった。

「先輩、ご無事ですか」

「浅葱ちゃんも大丈夫そうだね」

「え? 姫柊、逢崎──!?」

 思いがけない場所で待ち構えていた雪菜と友妃に、古城は焦る。
 ここで彼女達の存在はありがたい。問題は、ここに浅葱がいることだ。
 しかし浅葱の注目は二人が持っている武器ではなかった。

「……なんでナース服?」

 場違いな二人の服装を見て、浅葱が不機嫌そうに眉を寄せる。

「え、これは……その、深森さんが用意してくださったもので……」

「深森さんって、古城のお母さんの?」

 浅葱の表情がますます警戒をます。

「ねぇ、彩斗君はどこ行ったの!?」

 友妃は古城へと詰め寄ってくる。

「いねぇのかよ。俺らはてっきり、逢崎たちと合流したもんだと」

 彩斗が行方不明となった。彼を古城が把握しておらず、友妃たちも把握していないということは、まだ船内に残っている。それか考えられることは脱獄囚の誰かと戦っていることになる。
 だが、戦闘の音は船内からのヴァトラーの音でかき消されている。
 その考えの中、表情を凍らせた。
 ヴァトラーたちの戦闘に巻き込まれて破壊されたクレーンが、破片を撒き散らしながら古城たちの方へと倒れてくる。

「──やばい、伏せろ、三人とも!」

 古城は浅葱たちを地面に庇うように押し倒す。魔力を無効化する槍も刀も質量は無効化できない。落下範囲から逃げれる時間もない。
 眷獣を呼び出して吹き飛ばすしかない──が、はたして間に合うのか?

 古城が絶望的な思いで唇を噛む。そんな古城の目前で、落下してくるクレーンが、横殴りの水流に軌道を変えた。

「え!?」

 粉砕されたクレーンの破片が、古城たちへと降ってくる。
 だが、それさえも水の盾が防ぐ。
 その攻撃に古城は覚えがあった。それは、“神意の暁(オリスブラッド)”が従える眷獣の一体だ。しかし姿が見えない。

「拙者が出る出番はなかったようですな」

 時代劇の侍を連想させる、奇妙な声が聞こえてくる。
 顔を上げると超小型有脚戦車(マイクロロボットタンク)がそこにいた。
 戦車の甲羅部分が開いて、その中から顔を出したのは、推定年齢十二前後の女の子だった。
 赤い髪を持つ、外国人の少女だ。
 放心したような表情で彼女を見上げていた浅葱は、途中でハッと我に返る。

「その喋り方って……あんた、まさか“戦車乗り”!?」

「然様。リアルでお目にかかるのは初めてでござるな、女帝殿」

 赤い髪の少女が、コックピットの中で深々とお辞儀する。

「拙者、リディアーヌ・ディディエと申す。モグワイ殿に頼まれて、お迎えに参上したでございます。いや、それにしても素晴らしい着物でござるな。さすがは女帝殿!」

「や、着物っていうか、ただの浴衣なんだけど……」

 深く考えることに疲れたのか、浅葱が憮然とした表情で呟いた。

「……おまえの友達も、何気に濃いの多いよな」

「や、友達じゃないし、あんたにだけは言われたくないわよ」

 浅葱がふて腐れたように低い声で言い返した。
 その時だった。水が跳ねる音が後方で響いた。振り返ると埠頭の端から真っ黒な何かが這い上がってくる。
 古城は咄嗟に浅葱の前に出る。
 だが、海面から現れた者の声を聞いて古城は気が抜ける。

「クッソ、あの野郎。なにしやがったんだよ」

 いつもの整えられずに寝癖が立っている髪が水でおりている漆黒のコートを纏った緒河彩斗だった。

「あいつが一番、濃いな」

「そうね」

 古城と浅葱の考えが一致したのだった。

「彩斗君!」

 友妃が海面から上がってきた彩斗に飛びついた。
 彩斗は再び、海に落ちそうになるのを必死に堪えていた。
 だが、友妃はよほど心配だったのかずっと彩斗に抱きついている。
 それを見て浅葱は少し、複雑そうな顔を浮かべる。

「とりあえず、女帝殿。力を貸してほしいでござる」

 リディアーヌの言葉に浅葱は眉を寄せた。

「行ってくれ、浅葱」

「彩斗?」

 友妃に抱きつかれたままの状態で真剣な表情で浅葱に言う。浅葱は困惑したように目を瞬く。

「那月ちゃんは俺たちが守るから。浅葱は島を頼む」

 全く話を聞いていなかったはずの彩斗は状況を理解している。

「……わかった。いいわ」

 浅葱が静かにうなずいて、抱いていたサナを古城へと預けた。

「その代わり、約束してよね、彩斗。この騒ぎが終わったら、祭りの続き、ちょっとでいいからあたしに付き合いなさいよ」

 リディアーヌの戦車がマニピュレーターを伸ばして浅葱を抱き上げた。
 その状態で浅葱は彩斗に叫んだ。

「ああ、どこでも付き合ってやるよ」





 巨大な竜巻にも似た不可視の刃が、大気を軋ませて落下してくる。
 それを真っ正面から受け止めたのは、不可視の壁だった。
 ドレッドヘアの青年がさらに苛烈な攻撃を繰り出す。

「なんだ、テメェは? なにをしてやがる!?」

「自分で考えろよな。チビ」

 確かにこの少年がどうやって止めているのか全く紗矢華もわからなかった。
 “煌華麟”のように擬似的に空間の断層を作っているのだろうか。しかし少年が何かの術式を組んでいるようにもみえないし、その形跡もない。
 武器を持っているようにも見えない。さらに擬似空間の断層だとするならこんな連続的に展開できるわけない。

「おい、舞威媛」

 不意に少年に呼ばれてハッとする。
 なぜ、この少年はここまでこちらの素性を知っているのだろう。

「なによ!」

 紗矢華は少し機嫌の悪そうに返した。
 紗矢華は男が嫌いだ。唯一、暁古城と緒河彩斗はまだ大丈夫なのだ。

「俺だけに戦わせる気かよ」

「あなたが勝手に戦ってるだけでしょ!」

 強気には出たが紗矢華にこの状況を打開する手などない。

「しゃあねぇな。一瞬だけチャンスを作ってやるよ」

 少年は面倒くさそうに右手で頭を掻いて正面を向いた。

「鬱陶しい──!」

 シュトラ・Dは切れたように背中に突如として、新たな腕が出現する。生身ではなく、念動力によって生み出された幻影の腕だ。しかしその幻腕からも、不可視の斬撃が放たれる。

「その力、まさか……天部!?」

 シュトラ・Dの今の姿を見て、紗矢華は彼の正体にようやく気づいた。
 天部──それは絶滅したはずの亞神の末裔。有史以前に高度な文明を築いていたという、古代人類の生き残りだった。

「正解だぜ、バカ野郎!」

 六本の腕を駆使したシュトラ・Dの猛攻が不可視の壁を破壊し出した。

「ちょっとどうするのよ!?」

 紗矢華は声を荒げる。

「テメェの見せ場を作ってやるんだ。文句言わずにテメェは一撃でも込めてればいんだよ!」

 少年は逆ギレをしたように紗矢華に声を上げる。
 冷静に考えれば紗矢華の方が無茶を言っているのだ。
 スカートの下に隠された鳴り鏑矢を使えば、シュトラ・Dの念動力の防御も確実に突破できる。
 だが、この距離では魔弾は使えない。なによりもシュトラ・Dが、矢をつがえる時間を与えてくれるわけがないかった。

「ぶっ潰れろ! 行け、轟嵐砕斧──!」

 シュトラ・Dが、六本の腕を同時に頭上へと掲げた。そして一気に振り下ろす。かつてないほどの巨大な暴風が巻き起こり、今まで紗矢華たちを覆っていた不可視の壁が砕けた。

「ぐっ……」

 苦痛を浮かべる紗矢華だった。
 それに対して少年は至って平然だった。むしろやっとか破ったか、と言わんばかりの表情をしている。

「これでテメェの防御は終わりだなァ、この野郎!」

「……ああ、テメェも終わりだがな」

 少年は悪意に満ちた愉しげな微笑みを浮かべる。
 その瞬間、漆黒のオーラが少年の周りを包みこんだ。そのオーラの正体は爆発的なまでに大気に放出される魔力だ。感覚として暁古城と緒河彩斗の魔力と同等の魔力量に感じられた。
 だが、紗矢華は出現した者の光景に言葉を失った。
 彼の爆発的なまでに放出される魔力が凝縮され、形を作っていく。
 漆黒の体毛。鋭く伸びた獣の爪。漆黒に浮かぶ真っ赤に燃える真紅の眼。
 その姿は間違いなくキーストーンゲートの屋上で緒河彩斗と逢崎友妃が戦っていた漆黒の獣だ。

「あなたは何者なの……?」

 紗矢華が目を見開きながら口にする。

「そんなことはどうでもいいだろ。テメェはトドメだけ考えろ」

 少年は狂気を含んだ笑みを浮かべる。
 それに応えるように漆黒の獣が咆哮する。咆哮は大地を割り、海面を荒ぶらせた。その威力は普通ではありえないものだった。まるでキーストーンゲートの時が遊びだったかのようだ。
 シュトラ・Dは咆哮に少しだけ後づさる。
 これがこの少年の言っていたチャンスなのだ。この少年が何者であっても今は目の前の脱獄囚を倒すことだ。

「──獅子の舞女たる高神の真射姫が讃え奉る」

 紗矢華が祝詞を唱える。
 太腿に装着したホルスターからダーツを引き抜く。監獄結界で大量に使いすぎて、それが最後の一本だ。本来なら矢の形にして使うのだが、今はこのままで十分だ。

「極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤焰をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり──!」

 紗矢華の魔弾は、敵を直接攻撃するものではない。魔術発動の触媒だ。鳴り鏑矢が放つ音が呪文となって、人間の魔術師には詠唱できない強大な魔術を生み出す。

「なに!?」

 自らの前で展開した巨大な魔法陣に、シュトラ・Dが瞠目した。
 その術式は彼はすでに知っている。灼熱の稲妻を打ち出して、無差別に周囲を破壊する凶悪な砲撃呪術。

「くっそおおおおおおおっ──!」

 シュトラ・Dの絶叫は、魔弾が生み出した巨大な爆風にかき消された。
 呪術砲撃の閃光が彼の肉体を焼き、天部の末裔は炎に包まれて海へと堕ちていく。

「上出来じゃねぇか、舞威媛」

 少年の声が爆発にかき消されていく。
 魔法陣が生み出した炎の余波を“煌華麟”でどうにか防ぐ。余波が完全に消え、前を見るとそこに少年の姿はなかった。
 まるで初めからそんな少年などいなかったかのようにだ。

 彼は一体なんだったのだろうか……




 地面には戦闘の後がくっきりと残されていた。それを見る限り、その戦闘の過酷さがわかった。
 紗矢華もどうやら監獄結界の脱獄囚と戦闘を行っていたようだ。しかし彼女はそこまで疲れているようには見えない。
 彼女と合流した彩斗たちはこの状況を確認する。

「“空隙の魔女”……本当に小さくなってたのね。実物は……なんて言うか……」

「予想以上に可愛かったですね」

 紗矢華の言葉を引き継いで、雪菜が感想を述べる。もともと人形めいた雰囲気の女性だった。

「人形みたいで可愛いよね」

「まぁ、確かにこれはな」

「見た目はな」

 彩斗と友妃、古城の三人もその言葉には同意する。

「とりあえず彼女の保護はできたのよね。このあとはどうするの?」

 襲撃してきた脱獄囚は撃退した。
 だが、事件は何も解決していない。那月は幼児化状態のままだし、優麻の“守護者”は戻っていない。脱獄囚の仙都木阿夜も含めて、まだ捕まっていない脱獄囚も何人もいる。

「MARに連れて行くよ。ヴァトラーや煌坂のおかげで、那月ちゃんを狙ってた脱獄囚はあらかた片付いたみたいだしな。こんなんでも記憶さえ戻れば、優麻を助けてくれるかもしれないし」

 幼くなった那月を見下ろして、古城が答えた。
 ふと海へと目を向けるとそこにオシアナス・グレイヴⅡの姿は無くなっていた。いつからいなくなっていたのだろうか。
 途轍もない嫌な予感が彩斗の中をめぐった。

「あの使い捨ての人形を助ける、か……その気遣いは不要……だ」

 禍々しい悪意に満ちたその声に、彩斗たちは勢いよく振り向いた。
 夜の闇の中に立っていたのは、白と黒の十二単を着た火眼の魔女だ。

「──仙都木阿夜!」

「あんたも那月ちゃんを追いかけて来たのか!?」

 雪菜と古城が、サナを庇って身構える。
 彩斗と友妃はいつでも動けるように神経を研ぎ澄ます。
 しかしそんな彩斗たちの反応を、仙都木阿夜は気怠そうに眺める。

「そういきり立つな、第四真祖、真祖殺し。(ワタシ)は”空隙の魔女”を殺しにきたわけではない」

 火眼を細めて、彼女は笑う。

「むしろ感謝しているのだ。その女が脱獄囚どもを引きつけておいてくれたおかげで、宴の支度がととのった。一度は裏切られたとはいえ、さすがは我が盟友といったところか」

 その瞬間、異変に紗矢華が呻いた。

「煌華麟が……!?」

 握っていた剣の先端に落として、紗矢華が困惑の声を出す。まるで煌華麟の重量が増したように見える。

「……魔力が消えた? 嘘!?」

 紗矢華の動揺に気づいて、彩斗たちは顔を見合わせる。

「──“(ル・オンブル)”」

 阿夜が自らの”守護者”を実体化させる。漆黒の鎧をまとった顔のない騎士。
 漆黒の騎士はこちらに向かい突進してくる。

「先輩!?」

「彩斗君!?」

 全身に稲妻で包んだ古城と爆発的な黄金の魔力を吹き出す彩斗を見て、雪菜と友妃が驚愕の声を洩らした。真紅に染まった二人の瞳が火眼の魔女を睨みつける。

疾く在れ(きやがれ)、“獅子の黄金(レグルス・アウルム)”──!」

「降臨しろ、“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”──!」

 雷雲の熱量にも匹敵する濃密な魔力の塊と神の輝きの魔力の塊が、巨大な獣と梟を形作る。
 異界からの召喚獣。天災に匹敵する破壊の塊が、雷光の速度をもって立ち尽くす魔女へと突撃する。さらにその上空から神々しい翼を持つ梟が突撃する。
 だが、それを見ても仙都木阿夜は表情を変えなかった。

「さすがだな……まだそれだけの余力を残していたか」

 感心したようにそう呟いて、仙都木阿夜が虚空に文字を描いた。光り輝くその文字を、二体の化け物が薙ぎ払う。

「だが、それももう終わる」

「「──なっ!?」」

 彩斗と古城が呼び出した眷獣が、なんの前触れもなく虚空に溶け込んで消滅した。
 衝撃も異音も感じられなかった。微風すらあとには残らない。まるで最初からそこに何もなかったかのようにだ。
 違う。消滅したのは眷獣だけではない。身体から魔力が失われる。
 世界最強の吸血鬼と伝説の吸血鬼はこの瞬間、ただの高校生に戻された。

「先輩の力が……そんな……」

「嘘でしょ……」

 巨大な魔力の消失を感じて、雪菜と友妃は呆然と首を振る。
 仙都木阿夜はただ優美に微笑んだ。

「これが闇誓書だ、第四真祖、真祖殺し。すでにこの絃神島は、我の世界となった。ここでは我以外の異能の力は全て失われる。それがたとえ真祖の力でもな」

 彼女の言葉が終わる前に、隣にいた古城の身体が震えた。
 がふっ、という声とともに古城のは血を吐いた。顔のない騎士が巨大な剣が、古城の胸に突き刺さっていたのだ。

「暁古城──!」

 膝から崩れ落ちていく古城を抱き留めて、紗矢華が叫んだ。
 そんな紗矢華の背中をめがけて、黒騎士が剣を振り上げる。絶叫が夜の港を震わせた。

「ああああああああああああああ──っ!」

 叫び声の主は雪菜だった。呪術によって強化した筋力で、彼女の華奢な身体が疾走する。銀色の槍が眩い破魔の光を放ち、黒騎士の剣を弾き飛ばす。

「雪菜!?」

 紗矢華が驚きの声をあげる。

「はああああ──っ!」

 気を溜めるような叫びが響いた。友妃が”夢幻龍”に魔力を流し込んだ強烈な一撃を背後から黒騎士をめがけて放った。
 それは空間転移されたことで空を切った。

「やはり、そうか。我が世界の支配を拒むか、獅子王機関の剣巫、剣帝」

「……どこ見てやがる」

 底から出てくるような低い声を彩斗は吐き出した。
 雪菜と友妃の攻撃によって注目を逸らされた仙都木阿夜の背後に彩斗は回り込んで拳を振り上げた。
 その攻撃には魔力も霊力もなにも含まれてはいない。
 だが、こいつを殴るには十分な力だ。
 しかし彩斗の拳に衝撃はこなかった。
 空間転移で移動されたのだ。

「それでこそ我が実験の客人に相応しい。わざわざ迎えに来た甲斐があったというものよ」

 仙都木阿夜が再出現したのは、雪菜と友妃の背後だ。そこにはたった一人立ち尽くすサナがいた。

「「──サナちゃん!?」」

 幼い那月を人質に取られて、雪菜と友妃は攻撃できない。
 その一瞬の隙をついて、阿夜が檻を召喚した。鳥籠の形をした、猛獣用の頑丈な檻。直径四、五メートルもありそうなその檻が、二人を閉じ込めるように実体化する。
 為す術もないなく二人は捉えられ、鳥籠ごと姿を消し去った。空間転移でどこかに運ばれたのだ。阿夜と黒騎士、サナの姿も消えている。

「まさか、あいつの目的は那月ちゃんじゃなくて……姫柊たちだったのか……どうして……」

 血まみれの古城が、苦しげに呻いた。

「クッソ──っ!」

 為す術を失った彩斗は地面を叩きつけた。

「暁古城!? しっかりしなさいよ、あなた、不老不死の吸血鬼なんでしょう!? ねえ!」

 倒れる古城を強く抱きしめて、紗矢華が泣きながら叫んでいる。
 古城は、ごめん、という言葉を残して、意識を失った。 
 

 
後書き
原作通りのような違うようなという微妙な展開になってしまいました。
でも、今回の話はオリジナル展開としては中々進展したはずです。

次回、観測者たちの宴篇完結予定です。 
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