| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

聖女

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第六章


第六章

「気が向いたからな」
「だからですか」
「確かにいつもは朝だ」
 これは彼のポリシーである。
「朝は神が御機嫌うるわしい。だから朝に行くものだ」
「そういうものですか?」
「ミサは朝に行われるものだな」
「まあ大体はそうですね」
 これはミショネも知っていた。
「それだから機嫌がいいのですか」
「そういうことさ。だから神の御機嫌をさらによくさせる為に朝に行く」
 どうもあまり科学的根拠がなさそうな考えである。しかしジョバンニ自身はそれで納得しているようであった。
「だからさ。まあけれど今日は」
「特別ですか」
「神父様にもお布施をしておこう」
 教会の重要な収入源であるのは言うまでもない。
「ささやかだがな」
「ささやかっていうわりにはいつもかなり寄付されていますね」
「これもイタリア男の伊達というやつだよ」
 ここでもまたこれが出た。
「いいかい?ミショネ」
「はい」
「教会には足を運ぶもの。そして寄付は惜しまない」
「それですか」
「これもダンディズムってやつさ。覚えておくんだな」
「そういうものですか」
「そうさ。だから行こう」
 もう早速行くつもりになっている。
「教会にね」
「わかりました。それじゃあ」
「うん」
 こうして二人は今度は教会に行くことになった。教会はいつも奇麗にしてある。これはこの教会の神父の心掛けの結果である。二人はそれを見つつ教会に入った。礼拝堂に入るとそこには神父はいなかった。
「おられませんね」
「別の場所だろうね、教会の」
 ジョバンニはもう勝手がわかっているといった様子でミショネに返した。ステンドガラスの礼拝堂は今は誰もおらずがらんとしたものだった。
「じゃあ。少し探すか」
「神父様は今こちらですか」
「神父様はおられなくても絶対に誰かいるさ」
 安心した顔でジョバンニに返した。
「裏の保育園とかにもね」
「ああ、あの保育園ですか」
 ミショネは保育園と聞いて納得した顔で頷いた。頷きながら礼拝堂の主を見る。主は何も語らす静かに十字架にいて二人を見守っていた。
「あそこですか」
「あそこなら絶対に誰かいるさ。まあそれでももう子供はいないか」
「とっくに帰っている時間ですね」
「それでも誰かいるのは間違いないさ。じゃあまずはそこに行くか」
「はい。それじゃあ」
「ミショネも寄付はするかい?」
 不意にミショネにこのことを尋ねてきた。
「それは。どうするんだい?」
「勿論ですよ」
 ミショネの返答はもう決まっていた。
「その為の用意だってもうしていますよ」
「そうか。いい心掛けだ」
「何かこれって伊達とかダンディズムとかそれ以前じゃないですかね」
 そしてここで考える顔で述べるのだった。
「寄付は」
「それ以前か」
「人として当然のことだと思いますけれど」
 彼もやはりキリスト教徒であった。少なくともそれを忘れてはいないのだった。
「違いますか?」
「その通り。じゃあ行くか」
「はい」
 こうして二人は教会の裏の保育園に向かった。子供達はもう帰っていると思った。しかしそこには。一人の保育士がまだ園に残っている残っている数人の子供達と共に保育園の園庭で遊んでいるのだった。それを見たミショネはジョバンニに顔を向けて言うのだった。
「いましたね」
「もう帰っている時間なんだけれどな」
「何か凄い普通に遊んでいますね」
「イタリアだからか」
 ジョバンニは苦笑いを浮かべて自分の国を話に出した。
「だから時間にルーズってわけかな」
「何かそれって諦めてません?」
「諦めちゃいないさ。イタリアはドイツとは違うんだ」
 今度はドイツを話に出す。
「あんなに何もかも堅苦しくする必要はないしね」
「確かにそうですね」
 これはミショネも同意であった。
「時間厳守ですか」
「そう、あらゆる場合でも」
 彼等にとってのドイツのイメージはまさにこれであった。
「厳格で生真面目で」
「それで趣味は哲学を読むことですか」
「何が楽しいんだろうね」 
 実際はそうではないとわかっていつつもドイツのどんな部分を笑い飛ばす。
「人生は楽しまないと駄目じゃないか。長いんだし」
「そうですよね」
「それを彼等は」
 あくまでイタリア男として語る。
「やれ哲学だやれ科学だ」
「そういうのばかりですね、本当に」
「その癖いつもイタリアに多量に来る」
 ドイツ人の観光先はかなりの割合でイタリアだ。
「どうしたものかな」
「お金を落としてくれるのはいいですけれどね。さて」
 ここでミショネが言った。
「とりあえずあの人に聞いてみますか」
「あの保育士さんか」
「お話を聞ける人はあの人しかいませんよ」
 確かに大人は今のところその人しかいない。
「ですからあの人に」
「そうだね。それじゃあ」
「ええ」
 こうして二人はまずは保育士さんのところに言って寄付を渡すことにした。ところがその保育士さんを見ると。ジョバンニは思わず声をあげてしまった。
「えっ、貴女は」
「はい!?」
 その保育士さんが驚いた顔でジョバンニに応えた。小さな女の子の手を取って優しく遊びの相手をしながら。
「何か」
「昨日の」
「昨日といいますと」
「あっ、いや」
 自分が無粋なことをしていると思ってここは引っ込んで。
「何もありません」
「はあ」
「あのですね」
 子供達の相手をしているその保育士さんにミショネが言った。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧