| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

炎髪灼眼の討ち手と錬鉄の魔術師

作者:BLADE
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

”狩人”フリアグネ編
  十四章 「決戦」

「待っていたよ、おちびちゃん」
 シャナも到着した所で役者は全員揃った訳だが、最初に口を開いたのはフリアグネだった。
「"狩人"フリアグネ。私達がそれ程、多くを語り合う必要はないわね。分かっているでしょうけど、私が勝ってお前が討滅される、それがこの決戦のシナリオよ」
 のっけから敵を挑発するシャナ。だが、確かにシャナの言う通りではある。俺達はあくまで敵同士。先程までの語らい自体が異常だったのだ。
「なかなか言うね、おちびちゃん。だけどその言葉、そっくりそのままお返しするとしよう」
 ふふっ、と不敵に笑い返すフリアグネ。『トリガーハッピー』をしまい、ハンドベルを取り出す。同時に、屋上を埋め尽くすマネキンが一斉に動き始めた。
「まずは復習と行こうか。僕の可愛い人形達の攻撃、どこまで凌げるかな? 正直、君ごときに『トリガーハッピー』を使う必要があるとは思えないしね」
 ゆっくりと身構えていくマネキン軍団。その中でウェディングドレスを着た一体はフリアグネの傍らに移動した。白いスーツを着たフリアグネと並び立つと、さながら新郎新婦の趣を感じさせる。
「俺達を甘く見るなよ、フリアグネ。例えお前に地の利、加えて必殺の切り札があったとしても、勝負は終わるまで分からない。平和な結婚式じゃないんだぜ」
 結婚式……あぁ僕達の服のことだね、とフリアグネ。
「それは良い。おちびちゃんはともかくとして、君には一件が終わってから神父役にでもなってもらおうかな」
「そいつは勘弁だな。あいにく、神父をやってた知り合いが嫌いだったんだ。絶対にならないって宣言してやるよ」
 神父役なんて頼まれたって、やってやらない。就きたくない職業ナンバーワンと言ってもいいくらいなんだ。ましてや、あんな危険な新郎新婦の相手は御免被りたいしな。
「残念だね。ああ、本当に残念だ」
 おどけて見せやがって、一体どこまで本気なんだか。
 あるいはいつも本気なのか? それはそれで迷惑な話ではあるが。
「何、呑気に話してんのよ。あれは敵よ、敵!」
 シャナの言う通りだ。後は奴と戦う、決着を付けるだけだ。
「ああ、分かってる」
 お話はここまでだ、と口に出す代わりにフリアグネに視線をくれてやる。
「なんか調子狂うわね。あー、もう良い! いくわよ!」
 そう言ってシャナはマネキンの群れに突撃していった。
 あいも変わらず勇敢な事だ、だけど
「まっ、待てシャナ。そいつ等は――」
 爆発するんだぞ、と言い終えることは出来なかった。シャナだって忘れた訳ではないだろう。それなのに突撃なんて勇敢を通り越して無謀だ。
「そんな事わかってる―――っ」
 そう言いながら、シャナは暴風のように敵陣に突入した。非常に分かり易いその戦闘スタイルは、シャナらしい、見ていて不思議と安心できる戦い方である。
 戦場を吹き荒れる一迅の風、形容するならばそう言えるのではないだろうか。敵に組み付かれるより、爆発されるよりも前に敵を斬り飛ばす。
 広いとはいえ、所詮はただの屋上遊園地の跡地だ。
 細長い陣形を取られる路地裏よりは、終わりが見えやすい分、遥かに気がラクになる。建築物の構造を考えると、そうそう爆破も出来ないだろうしな。
 なにせ、自爆攻撃だと自分の足場すら破壊しかねないのだ。敵に対するプレッシャーを与えるには高所が一番。足場を崩せば敵と対等な立ち位置になってしまう。
 しかし、シャナにばかり敵の相手をさせる訳にはいかないな。シャナには外堀を埋める作業より、本丸を落とす方が似合っている。
 なにより、安全な場所から高みの見物、なんてのは俺の性に合わない。
 身体能力は既に強化済みだ、戦闘準備など既に出来ている。
「よし――っ!」
 シャナという台風の暴風域に自ら飛び込む。邪魔なマネキン人形は斬り飛ばしてやった。
 両手の夫婦剣は、飾りでも護身用でもないのだ。フリアグネがこの街を、好き放題しようとするなら全力で止めてやる。どうせこれが最終決戦だ。出し惜しみをする必要もないだろう。
 暴風の中心、シャナの元へ辿り着く。さながら台風の目の様にシャナを中心とした空間がポッカリと開いていた。
 おびただしいマネキンの残骸の山で、彼女は大太刀を構えている。
「なかなかやるじゃない。でもそこに居ると危ないわよ?」
 笑いながら俺に言うシャナ。その笑いは敵を撃ち倒した恍惚からではないことは明白であった。
 むしろ、俺がここまで来たことを喜んでいるのか。そんな風にも感じさせる。
「――言ってろ。そんな事よりシャナ、マネキンの相手は俺に任せてろ。その代わりフリアグネを頼む。ザコの相手は下っ端の仕事だからな」
 全周囲を警戒するシャナと背中合わせに立つ。長剣一刀流と短剣二刀流、戦闘スタイルは攻撃主体と防戦主体。こうも対照的だとは考えた事もなかったが、なかなかどうして画になるんじゃないか?
「確かに、このままじゃ埒が明かないわね。良いわよ、お前の案を採用するわ。ただし、私がフリアグネを倒すまで生きていること、それが条件よ」
 背中越しにシャナの意志を感じる。フリアグネを倒すまで生き残れ、それは当たり前の話だ。シャナはフリアグネから俺を守る為、そして都喰らいの阻止に来たのだから。防衛対象がやられてしまっては、例えシャナが都喰らいを阻止しようとフリアグネに負けた事になる。
 それをシャナが許す筈がない。
「良いぜ。その代わり、もし俺が生き残っていたら俺の頼みを一つ聞くってのが条件だぞ」
 いたずらっぽく言ってやる。実はこんな条件でなくとも、この戦いが終わればシャナに頼みごとをするだったんだ。反故にされるのもアレだし、条件付きで勝負形式にすればシャナも聞いてくれるだろう。勝負ごとにはいつだって真剣勝負って感じの奴だしな。
「提案したのはそっちでしょ? なんで私がそんな勝負をしなきゃいけないのよ」
 ため息混じりの返答を背中越しに返される。
――こいつは予想外。ノッてこなかったか。
 確かにシャナの言う通り、俺が提案してらしかも条件まで叩きつけるなんてのは、ムシのいい話ではある。
 それに、どのみち俺がやられてしまってはシャナがここまで来た意味の一つが無駄になるんだ。
 まぁ、良いか。どのみち戦いが終われば頼むつもりだったんだしな。
「けど、良いわ。その勝負、ノってあげる。その代わり、もしお前が生きてなかったら私にメロンパンを一個奢ること。それが条件よ!」
 笑いながらシャナは俺の投げた手袋を拾ってくれた。
 シャナが目的を果たす為には、必ず負けなければならない勝負と分かっていながら。
――第一、死んだ奴にどうやってメロンパンを奢らせる気なんだか。
 まぁ、良いや。実にシャナらしいし。
 本人もきっと分かって言ってる筈だし……な。
「良いぜ。一個と言わず売り場に売ってる分、全部買い占めてやるよ」
 ははっ、と笑いながら返してやる。
「ふん、言ったわよ。約束を破ったら、こいつで身体に風穴を開けたげるわ」
 ジャキっとわざとらしく刀を鳴らしてくる。
「怖い怖い。せいぜい財布の紐を緩めて置くことにするよ」
「前々から思ってたのよ。なんの報酬もなくこんな仕事してるなんて、私も物好きだってね。今回は報酬もたんまり貰えるかもだし、しっかりやらないとね」
 おいおい、そいつは俺に死ねって言ってんのかシャナ。
「存在の乱獲を防ぐが故の同族殺し。その担い手が私欲で動いてはならぬ、と言いたいところだが今回は……まぁ良いだろう。こやつの財布が空になるまで、たっぷりと食い尽くしてやると良い」
 なんでこんな時に限ってノリが良いんだよアラストール。けど、まぁそもそもが俺が死ななきゃ良い訳だし、有って無いような条件なんだ。問題はないだろう。
 それからどちらともなく、数瞬の間が出来た。
「それじゃあ、行ってこいシャナ」
「ええ、行ってくるわ」
 ダンッ、と地面を蹴り飛ぶシャナ。この屋上だ、シャナの蹴りなら一足でフリアグネの元に行けるだろう。

 シャナがいなくなり、沈黙がマネキンと俺を包み込む。
――シャナが、いなくなった途端にジリジリと空間を狭めてきやがって。
 元々、シャナの開けた台風の目ではあったが、その空間は徐々にではあるが狭くなってきていた。
 舐められたものだ、シャナ相手には踏み込めないが俺相手では踏み込めるらしい。
 そもそもコイツ等に意思はあるのだろうか。いや、そんな事はどうでもいい事か。
 なる程、確かにシャナを相手には踏み込めないだろう。大太刀の利点をフルに使い切ったあの戦い方と、あの剣技。俺だってシャナの有効攻撃範囲には近付きたくないしな。
 それに、俺の剣技がシャナ以下である事も確かだ。サーヴァントじみたあの身体能力も、一介の魔術師である俺にはない。
 アーチャーの奴でも、あれ程の身体能力はないだろう。剣技ならともかくとして、シャナの身体能力はセイバーに匹敵するものがあるからな。
 俺にしてもアーチャーにしても、ただの魔術師のオレ達では絶対的に筋力が不足している。
 そんな事はオレ達自身がよく理解している事だ。今更、マネキン共にやって見せられて悔しくともなんともない。
 なら、やる事は簡単だ。俺はオレ達の戦い方で戦うのみ。例え剣技、身体能力で劣っていようと戦い方がある事を見せてやるだけだ。
 鞘の加護がない今、負傷がそのまま命取りにつながる。なら、やられる前に全力を持って敵を叩き潰す。
 さっきも言った通り、出し惜しみをする必要もないしな。
「わざわざ寄って来なくても、こっちからいってやるよ」
 意思が有るのか、俺の言葉を聞いているのかも分からないが挑発と牽制を込めて言い放つ。
「行くぞ――――っ!」
 強化された身体と夫婦剣を振るい、俺の最後の戦いが始まった。



  ◇



――あっちも始まったか。
 フリアグネとシャナの交戦開始が、爆音となってこちらに伝わってきている。
 既に交戦開始から十近くの敵を撃ち倒しているが、まだ負傷はない。
 出し惜しみなしの全力勝負、夫婦剣の完成度にはある程度の自信はあるが、折れれば直ぐに精製するつもりだ。
 魔術の秘匿など考慮する余裕はない。目の前の敵を殲滅したら即座にシャナの加勢に向かうつもりだ。
 シャナとの戦闘の影響もあるのか、今のところマネキン共はそう頻繁に爆発していない。
 それにマネキンを爆破する際には必ずあのハンドベルの音が響くんだ。爆発までに若干のタイムラグがあるから、そうそう巻き込まれる事もない。
 一拍おいて爆発する性質上、あのベルは初見以外での奇襲には使えない。今から爆破するぞ、とわざわざ音で知らせてくれるんだから、完全なテレフォンパンチだ。
 その上フリアグネの奴、存外にも苦戦しているらしくこっちに意識を向ける余裕もないのだろう。
 狙い澄ましたようなマネキンの配置からの連鎖爆発が一度もない。
 油断をしている訳じゃないが、こんな戦術的な意味のない爆破攻撃にやられるつもりもない。
 とはいえ、シャナの真似で爆発する前にバラバラにしてやっているが、これまでの散発的な爆発ならともかくとして、いつ連鎖爆破させるのかは分からない以上、短期決戦で一気にカタを付ける方が良い事は明白だ。
 連鎖的な爆発となるとベルの音が爆音で掻き消されるからな。
 ベルの音が聞こえない状況が一番恐ろしい。
 それは、フリアグネも分かっているらしく通常の爆破攻撃とは別に、奴は一定のペースでベルを鳴らし続けている。
 おそらくベルを鳴らしただけでは起爆にはならないのだろう。じゃないとあんなベルを持ってろくに回避行動も取れない。
 ベルの音で聞きわけることも出来ない為、その殆どが爆発しない音なのだが鳴る度に回避行動を取らされてしまう。
 しかも、起爆の音は周期的ではなく完全にランダム。こちらを戦術的に攻撃出来ない代わりに、テレフォンパンチたるベルの音自体を武器にしているのだ。
 加えて、爆弾燐子は起爆の音がなっても爆発までに若干の個体差がある。
 個体差の起爆までのタイムラグ。それをカバーする為にランダム周期の起爆音を一定ペースのダミー音に混ぜているのか。
 不利になる使用制限を見事、有利な材料に一転させるとは。
 本当に戦上手な奴だ、厄介過ぎるほどに。
 あの音が鳴る度に心臓が、いやミステスの俺にとっては存在の残り火が嫌な音を立ててしまう。
 体に悪いぜ、全く。
 とはいえ、音だけに注意を向けきっている訳にもいかない。
 フリアグネにはアレがあるしな。
 奴がアレを使う瞬間を逃したら、最悪、俺達の負けが決まるかもしれない。
――やるじゃないか、おちびちゃん。流石に接近戦では僕達でも分が悪い。まずはその武器を封じるとしようか!
 剣激と爆音の中で、なお通るフリアグネの声。
「来た――っ!」
 わざわざ、姿を見なくとも奴がしようとしていることは分かる。
 フリアグネの言う通り、接近戦ではシャナに圧倒的に分があるだろう。
 当たり前の事だが、接近戦では得物のリーチが長い方が有利だ。即ち、何物おも両断するあの大太刀を持ったシャナは、クロスレンジでの戦闘において圧倒的なリーチを誇っている。
 シャナの瞬発力も合わせれば、なおの事だろう。確実に大太刀の実寸以上の攻撃範囲がある。
 接近戦ではかの騎士王に匹敵する筈だ。シャナの領域では勝つことは出来ないだろう。
 となると、シャナに勝とうとするなら方法は二つある。リーチでの不利を覆す技量による正面勝負か、シャナの有効攻撃範囲外……即ちミドルレンジ以遠からの攻撃しかない。
 シャナに対して、リーチの不利を覆す技量を持ち合わしている奴など、そうはいないだろう。
 フリアグネはどう見ても近接戦闘タイプのスタイルではないし、俺だって正面からぶつかってシャナに勝てるとは思えないしな。
 ミドルレンジから攻撃をしようにも、この屋上ではそうそう距離を取ることなど出来ない。
 大太刀のリーチとシャナの瞬発力を持ってすれば、この屋上のほぼ全域が彼女の有効攻撃範囲になってしまう。
 だが、それはそう難しい問題ではないのだ。
 シャナの攻撃範囲から逃れられないのなら、彼女のリーチを削ってやればいいだけなのだから。
 シャナの得物のリーチを支えているのは、大太刀の実寸と瞬発力にある。
 瞬発力を削るには脚を止めてやるだけでいい。そういうのには地雷なんかが有効なんだが、この屋上にそんな物は敷設出来ない。その代用として爆弾燐子……即ちマネキンを使っているのだろうが、生憎な話だがそいつらの相手を俺がしている為、フリアグネはシャナの脚を止めることが出来ない状況にある。
「邪魔だっ!」
 斬り伏せたマネキンを蹴飛ばし、軍勢を一時後退させる。
――シャナは、フリアグネの奴は何処だ。
 マネキンとの戦闘で、既にシャナとフリアグネの位置は分からなくなっている。奴がことを起こす前に見つけなければならない。
 だが、そう広くない屋上だ見付けるのは容易い。強化された俺の視線が、コインを今まさに飛ばそうとしているフリアグネを見つけるまでに、コンマ数秒もかからなかった。
――間に合うかっ!? いやっ。
「させるかぁぁっ!」
 コインが鎖に変わり、贄殿遮那に迫る。だが、鎖が大太刀を絡め取るよりも数瞬早く――

 俺の投擲した鶴の片翼、莫耶が鎖を横から弾き飛ばした。

 弾き飛ばされた鎖は屋上から飛び出していく。
――脚を止めれないなら、武器を封じる。
 あの路地裏の戦闘でもフリアグネが取った策だ。
 確かに有効な戦術であり、事実、先の交戦ではシャナの大太刀は見事に封じられてしまっていた。そしてそれは、今回もだっただろう。この短期間に打開策を立てられるのなら誰も苦労はしない。
 シャナは搦手をそう得意とはしていないだろうし、彼女の装備だと有効な対策なんて俺だって思い付かない。
 だが、シャナの場合はそうでも俺の場合は状況が変わってくる。
 俺自身も奴の武器封じは一度味わっているし、シャナが封じられているのも目撃している。
 敵の戦力を削ぐのに武器封じが一番手っ取り早いのは分かるが、流石に繰り返し過ぎだフリアグネ。
 三回目まで成功させてやる程、俺は優しい奴じゃない。
 武器封じが狙いだと分かっていれば、最初からそれを警戒してるさ。
 横から弾き飛ばされた鎖、確か『バブルルート』と言っていたが、アレは武器を捕縛して封じるタイプの宝具だ。
 なら、本命の武器を捕縛される前に別の武器を身代わりにしてやれば良い。
 自分の得物を簡単に手放せる奴なんて普通はいない。その常識があの宝具を有効に機能させている理由だ。
 しかし、こと衛宮士郎においてはそんな常識は当てはまらない。
 鎖を弾き飛ばした莫耶は、バブルルートに贄殿遮那よりも先に接触している。当然、鎖は莫耶を捕縛する。これで贄殿遮那の安全は確保できた。
 だが、これだけでは終わらない。俺は続けてもう一翼の干将を投擲している。
 夫婦剣『干将・莫耶』は離れていようと互いを引き寄せ合う磁石のような性質を持っている。
 先に投擲してバブルルートを巻き込んだ莫耶に吸い寄せられていく干将。
――弾き飛ばすだけでは回収される恐れがある。
 故の追撃、やるならやるで徹底的に確実に潰す必要がある。
 引き寄せられた干将が莫耶に接触した瞬間に爆破。宝具を爆破して攻撃する『壊れた幻想』ならCランクの夫婦剣でもBランク相当の火力を出す事ができる。
 バブルルートの破壊は確認出来ない。派手に鎖が飛び散るかと思えば、存外そうでもないのかもしれない。
 ともかくも、頼みの綱の武器封じもこれで使えないだろう。
 即座に脳内に用意しておいた夫婦剣を引き出す。
 宙を舞う鶴の翼による攻撃、そこから二組目の夫婦剣の連続投影。
 ここから近接戦闘に移っての連撃、トドメに三回目の夫婦剣の投影からの攻撃による三連投影戦術もあるんだが、今のは夫婦剣を使った中距離攻撃だ。
 投擲からの連続投影、言うならば鶴翼二連ってところか。
 ともかく、これに『壊れた幻想』を合わせれば、ちょっとした対軍宝具相当の火力を出す事が出来る。
 しかしまぁ連続投影といえば聞こえは良いが、今の俺の連続投影は例の突貫仕様だ。
 敵と切り結べば数合も保たないだろうが、そこは数で勝負するしかない。折れればまた夫婦剣を用意するだけだ。
「シャナはともかくとして、武器封じは俺と相性が悪かったな」
 遠く離れたフリアグネに言ってやる。無論、聞こえてはいないだろうが。
 しかし意思は案外と伝わっているようである。
――やるじゃないか。
 フリアグネはこちらを一瞥した後、ぽそりとそう呟いた。そして距離があり聞こえない筈のそれは、何故かよく聞こえた気がする。
 二組目の夫婦剣を強く握り直し、俺は再び俺の敵を見据える。
 武器封じも止めたし、これでシャナの方には当分手出しをする必要はないだろう。
 これ以上の手出しは野暮ってものだしな。
「ここからは2ラウンド目だ――っ」



  ◇



 元来、戦闘というものは極めて短時間に終わるものだ。ダラダラと長時間に及ぶ戦闘というものがそもそも異常なのであり、こういった決戦だと決め手を欠かない限り形成というものは一気に決する。
「はぁ――、はぁ――。これで――全部、片付いた――」
 膝を付き、今にも崩れそうな身体を莫耶を地面に突き立て支える。
 周囲にはマネキンの残骸が散乱していた。見方によっては大量バラバラ殺人の犯行現場にも見えるかもしれない。
――それが作り物と分かっていてヒトガタをバラバラに出来る自分に、辟易もしてしまうが。
 やたらと感傷的になっちまうな。疲れてるからか?
 マネキンを片付けた途端、疲労がドッと押し寄せてきたように感じる。思えば、気絶していたとはいえ事実上の連戦だったのだ。気を抜くとそのまま倒れてしまいそうだった。
 この夫婦剣も都合9セット目、お陰で魔力もほとんど残っていない。
 魔力も体力も限界に近い。だがまだ眠る訳にはいかない。シャナは未だ戦闘中なのだから。
 とはいえ、この状態で加勢に行っても邪魔になるだけだ。
 息を整えながらシャナの方を見る。マネキンという客も居なくなり、使われなくなった遊具しかない廃墟に置いてでさえ、その戦闘は異質に見える。
 残された、ウエディングドレス姿のマネキンとフリアグネ。それと対峙しているシャナ。激しい戦闘もいったんの膠着状態にある様子。奴が鳴らし続けているハンドベルの音以外に音がしない。そのある種の静寂がこの世のものとは思えない程、異質なものに感じられた。
 それはミステスとしての俺の残り火が、ベルの音の度に内側から弾けそうな感覚を感じているからかもしれないが。
――それはダメだ、マリアンヌ!
 こちらに良く聞こえるくらい大きな声を張り上げるフリアグネ。
「――何か仕掛ける気か?」
 フリアグネの声は毎度のものと違っていた。調子の外れたいつもの声が何やら切迫された様にも感じられる。
 ここに来て奥の手……なんてのは厄介だが、今の俺はここからは見ているしか出来ない。
 フリアグネを倒して、俺も生き残る。そういう約束なのだ。
 不用意に近付けば何が起こるか分からない。
「気を付けろよ、シャナ」
 フリアグネに聞こえてしまっては警戒度を上げてしまう。きっと聞こえていないだろうが、彼女の背中に小さく言う。
――また必ずお逢い出来ます。しばしの別れをお許しください、フリアグネ様。
 覚悟を決めて、明確な意志を秘めた瞳。それはどんな刀剣や魔術よりも強力な武器だ。所詮、武器を使うのは人間。どんな業物だろうと、それを生かすも殺すも人間なのだ。
 そう言って、ウエディング姿のマネキンはシャナに突撃していった。
 マネキンに何を……、と他人が見れば馬鹿にするかもしれない。
 だが、強化された視力が見たそのマネキンの姿は、もはや一人の女性のものだった。
 覚悟を決めたマネキンを見て、シャナも大太刀を水平に構える。そして突撃。
 ただの平突きですらシャナの身体能力を持ってすれば、文字通りの必殺技に昇華する。
――しかし結末とはいつも呆気ないものだ。
 マネキンの腹部に深々と刺さった大太刀、そこから出血がない事が、あれを人間ではないモノだと再認識させる。
「――――っ!?」
 だが、両者とも動かない。時間が止まったかの如く動きを止めてしまう。
 アレは他のマネキンと性能が明らかに違うハイスペックモデルなのだろう。フリアグネがただ一体、護衛として残した事や、これまでシャナをして決着を付けられなかった事がそれを裏付けている。だが、どれ程、性能が優れていようとアレはフリアグネの造った物なのだ。
 つまり、その本質は他のマネキン――即ち爆弾燐子となんら変わらない。
 平突きから横薙ぎに移ろうとしたのだろうが、依然、シャナは動かない。
「―――ちッ」
 シャナの舌打ちが聞こえた気がする。
 そして気付く。マネキンの狙いを。
――路地裏の時と同じかっ!
 いや、動かないのではない。動けないのだろう。
 アレは恐らくタイプ2――腹部強化型のマネキン。
 ここに来て、恐らくシャナが知らないであろう最後の武器封じを使ってきたのだ。
――これで終わりよ、フレイムヘイズ!
 後方から見ていてもすぐに分かる。きっと今頃、刀身……いや腕ごとガッチリとホールドされている筈だ。
 シャナは――動けないっ!
 それはかつて俺の部屋で一戦交えた時と同じだった。
 基本的に近接戦闘では獲物が長い方が勝つ。何度も言うがそれが戦闘の常識だ。
 リーチが長ければ、相手が近寄るよりも前に先制出来る。戦闘なんてものは後手に回れば回るだけ不利になるからな。
 だが、一度近付かれれば状況は変わってくる。
 あの時は壁に穴がなんだと文句を垂れてはいたが、その実、俺は壁を利用していた。
 シャナの油断を利用し、夫婦剣で攻撃を防ぎ壁に突き立てさせて太刀を封じる。
 今回の場合、壁の代わりにあのマネキンの腹がその役を担っている。
 武器の動きを止めてクロスレンジよりもさらに敵と近い距離、即ち超近接戦闘を行えれば大太刀は一転して不利な武器になってしまうのだ。 
 シャナの爆発力と太刀のリーチを持ってすれば、彼女の攻撃はすべて必殺の奇襲と化す。
 だが、逆を言えば彼女の攻撃はそれしかない。相手の間合いの外から攻撃し、その長大なリーチを持って敵を迎撃。
 突くか斬り払うか、唐竹や横薙ぎなんかの違いはあっても、極限まで突き詰めるとシャナの攻撃はこの2パターンだけになる。特性上、どうしても大太刀は大振りになる為、間髪を入れない連続攻撃は不可能。フェイントを入れることも出来ないし、素早い動作が出来ないことから防御も得意としていない。
 つまり攻撃はいつも一撃必殺。文字通りの一撃であり、一撃離脱の反復がメインとなっておる。
 つまり、あの大太刀は常に相手と一定の距離がなければ機能しないという訳だ。
 外にはシャナの爆発力でリーチを伸ばせるが、内はどうしようもない。
 あんな大きな武器は、超至近距離では振れないのだ。無用の長物とまではいかずとも、長い得物だと役に立たない。
 武器を封じれば、後は接近戦に移るだけだ。後は煮るなり焼くなり好きに出来る。
 しかし今、マネキンも同時に動きを止められている。
 贄殿遮那で串刺しにされてしまっているからな。
 そんな事はウエディング姿のマネキンも承知の上だろう。あの突撃の次の手は、
「自爆だ―――シャナっ!」
 咄嗟にシャナに叫ぶ。
―――今です! フリアグネ様!
 莫耶は駄目だ、抜く時間がない。干将で――。
 干将を拾い、投げようとするが、
 駄目だ、間に合わない―――っ。
 俺が投擲するよりも速くマネキンの背中から、いつか見た人形が飛び出す。
――うウぅあああぁアアァあッ!!
 奇声を上げてフリアグネはベルを鳴らす。
 贄殿遮那からぶら下がり、ブランコの様に両足でマネキンを蹴るシャナ。
 だが、シャナの決死の脱出もほんの数瞬、間に合わなかった


――――空気が、いや空間が震えた。


 今までの爆風の比でない爆発がシャナを襲う。その爆風の余波は、こちらにも容赦なく叩き付けてきた。
 突き刺した莫耶を掴み耐える。投擲しようとした干将を捨て、両手で莫耶を握り込む。だが、耐えきるのは無理だった。
 しばらく耐えてくれていた莫耶も爆風でビルから抜けてしまい、共に飛ばされる。
「―――っ」
 気付けば俺は、大量のマネキンの残骸と共にフリアグネを対極としたビルの橋まで飛ばされてしまっていた。
 危ない所だ。莫耶を掴んでいなければ、おそらくビルから落ちていただろう。
 受け身も取れなかったが、形振りを構わず顔を上げる。 
 フリアグネの背後、つまりはビルの外に人形の抜け殻のマネキンが飛ばされていく。そしてそれは音も無く奈落とも感じる闇に深く落ちていった。
――腹部に贄殿遮那が突き刺さったままの姿で。
 そのマネキンの様を、ぐしゃぐしゃの顔で見送るフリアグネ。
――――マリアンヌ、君は最期まで僕の事を。
 
 そう、人形の狙いは最初からこれだったのだ。
 武器封じを基本戦略としていたフリアグネ一派。その本人を除く最後の一体の取った戦略も、また武器封じだった。
 あの人形の自爆はシャナを仕留めるものではなく、マネキンを――贄殿遮那を
ビル外に排除するものだったのだ。
 それは、俺がバブルルートに取った戦術と全く同じもの。
 恐らく、人形が飛び出しシャナの眼前に迫った時、コントロールを失った抜け殻のマネキンの拘束は弱まった筈だ。
 シャナは、武器をいったん手放してでも脱出を仕様としただろう。引き抜くよりも先に手を離した方が早いからな。
 だが、それが人形の狙いだった。あの爆発はシャナへの攻撃ではなく、マネキンをビル外に飛ばす為の推進力だったのだ。
 俺達はまんまとそれにやられた訳だ。
――あぁ、そうともマリアンヌ。これはほんの少しの別れだ。すぐにまた逢えるさ。 
 爆炎が弱まり人影の姿がうっすらと見えてくる。言うまでもない、シャナの姿だ。ゆっくりと、力弱い動きではあるが立ち上がるシャナ。
 だが、その姿はすぐに前方に現れたフリアグネに隠れてしまう。
 俺とシャナはビルの対極の地点に飛ばされてしまっていた。
 その中間地点、即ちビルの中心に奴は移動してきた訳だ。
「この戦いに勝って、都喰らいを成功させる。そして二人で生きるんだ……」
 涙に濡れる顔を右手の手袋で拭いながら、リィン、とフリアグネはハンドベルを鳴らす。
 再び、ゾクリとした自分自身の存在の揺らぎ。
「……リンリンと鳴らしまくりやがって、その音は心臓に悪いんだ」
 ゆっくりと、立ち上がりながらフリアグネに文句を言ってやる。
 爆破するマネキンがいないと分かっていても、いちいち身体が警戒を促すのか鼓動が乱れてしまう。
 まるで心臓の拍動を無理やり変えられているようだ。
「そうだよ、マリアンヌ。二人で永遠に一緒にいるんだ!」
 居なくなった人形に言っているのか、あるいは自分を鼓舞しているのか。俺の文句など耳にも入っていない様子で、フリアグネは叫び続けていた。
 ベルを持つ左手は相変わらず、一定のリズムで音色を鳴らす。
「第一、もうマネキンは品切れだろ。いつまでベルを鳴らしてやがる」
 干将はあの爆発で何処かに飛ばされてしまった。だが、最後まで手を離さなかった莫耶を右手で強く握り直す。
 これが残された最後の武器だ。次の投影は、おそらく間に合わない。
 シャナは、ダメージが大きい。それを裏付けるかのごとく、先程から一言も言葉を発していない。
 あの爆発の中、無事だっただけでも奇跡的なのだ。後は、俺がやるしかない。
 正直な所、魔力もそうは残っていないし、身体だって怪我のない場所を探す方が大変なくらいだ。
 だが、そんな事がどうでもいいくらいに、俺はただあのハンドベルを止めたかった。
 無理やり拍動を変えられかけている心臓は、もはやロクにポンプの働きをしていない。
 このままだと魔力よりも体力よりも先に、この身体が不自然な拍動に負けてしまう。
 いや、それは気のせいだ。俺の心臓はとっくに鼓動を止め、宝具がその役を担っている。拍動と感じるのは、俺の残り火の鼓動なのだ。
 身体機能など、擬似的な物に過ぎない。誰でもなく、この俺の身体自体がそれを教えてくれている気がする。
 そんな俺を無視するように、再度、鳴り響くベルの音。
 正直な所、息苦しくもなってきたがそれを無視して深く深呼吸をする。といっても、ほとんど空気を吸えておらず、たった一呼吸分の酸素しか得られない。
 爆発が故の空気の不足、加えて謎の心臓の不調で上手く回らない頭が、ゆっくりと再稼働を始める
 そもそも、何処からかおかしくはあったのだ。実のところ、この戦闘が始まって以来ずっと感じていた違和感があった。それが一つ一つ纏まりだしていく。
 もともとフリアグネは自分から動くタイプではない。とはいえ、今回は動かなさ過ぎではないだろうか。
 さっきの人形の自爆だって、フリアグネもちゃんと人形と合わせて動いていれば自爆する必要はなかった。
 それこそ火でも飛ばすなり、『レギュラーシャープ』だったか、カードを飛ばす遠隔攻撃系の宝具を使えばいい。いや、それこそあの『トリガーハッピー』を撃てば良かったではないか。
 マリアンヌという大事な人形に自爆をさせてまで、奴が他の宝具を使わなかった理由は何だ。
 あの燐子起爆宝具のハンドベルだって、確実に拳銃を撃ち込むための布石ではないか。なら何故、今撃たない。
 そんな俺の懸念を他所にベルを鳴らし続けるフリアグネ。
 人形を失ったショックで鳴らし忘れるどころか、ベルを持つ左腕は少しも動揺を見せず一定のペースで音を鳴らし続けている。
―――まさか。
 一つの可能性が生まれる。そしてそれが、可能性から疑惑に変わる。
 先程から感じる心臓の拍動を無理やり変えられている感覚。そもそも俺の存在の残り火、その揺らめきが擬似的な拍動となって今の俺を動かしている。
 奴のハンドベルはおそらくその存在の力を起爆剤として燐子を爆破する宝具だ。だからこそ、爆発までに個体差がある。
 人間の拍動にだって個人差があるんだ。残り火の揺らめきも同じなのだろう。
 そして今、俺の揺らめきはむりやり周期を変えられつつある。いや、殆ど変わってしまったと言っていい。
 例えば、あのハンドベルの音が燐子だけでなくトーチも爆破できるならどうだろう。
 燐子とトーチ、両者は結局のところ存在の力で稼動する、共に徒に作られた存在だ。元となるオリジナルの存在が有るか無いかの違いしかない。
 存在の残り火の揺らめきの個体差から生じる爆破までのタイムラグ。つまり、個体差さえなくなれば爆発は全て同時に発生するということになる。
 つまり、トーチ全てを任意のタイミングで起爆可能な武器として利用出来るという事になるが、おそらく奴の目的そんな物じゃない。
 なら何故、そんな必要が。とも感じるが、それはフリアグネの目的が理由になる。
 言うまでもないが『都喰らい』が奴の最終目的だ。そしてそれを念頭に置けば、全てに辻褄が合う。
 アラストールは言っていた。
――――その“棺の織手”は己の喰ったトーチに『鍵の糸』という仕掛けを編み込んだ。彼奴の指示でトーチは形骸を失って分解し、元の存在の力に戻るという物だ。
――――彼奴は潜んでいた都の人口の一割を喰らうと、仕掛けを発動させた。トーチは一斉に元の存在の力に戻った。
 つまり、街の人口の一定数に及ぶトーチがが同時に失われれば望む望まないに関わらず『都喰らい』の現象が発生する事になる。
 フリアグネはハンドベルを使ってトーチの起爆タイミングを操っていると仮定するならば、このままでは奴の思うツボだ。
 そしてそれの裏付けという程でもないが、もう一つの疑問がある。
――封絶が張られていないのだ。
 結界内の状況を外部に洩らさない為の予防策と、事後処理の効率化、これが俺の封絶の認識だ。色々と間違っているかもしれないが、大まかに有っているなら問題はないだろう。
 例えば結界内の被害や騒音なんていう、明らかな違和感を外の人間に知らせない為の結界は俺もいくつか知っている。いつだったか遠坂に追い回された時、同種の結界の被害にあった。
 周りの人間を巻き込まないのと神秘の陰徳ってのが魔術師の常識だしな。
 だけどそれは察知される危険がある時だけだ。いかに魔術師といえど貴重な魔力を割くってのは抵抗があるもので、例えば人里離れた郊外の森の城だったり、夜の人の気配のない交差点のような場所だったらわざわざ結界を張る必要もない。
 つまり、こんな廃ビルの屋上遊園地の廃墟なんかだったら一般人の目もない為、結界を張る必要はないのだ。
 だから封絶を張っていないのだと俺は思っていた。
 だが、もしもだ。封絶を張っていない理由が他にあるとすれば。例えば、ハンドベルの音を街中に響き渡らせる必要があるのならば。
――俺たちはとんでもない罠にかかっていることになる。
 無論、確証はない。奴に聞いたところで答える訳もないだろう。しかし、確率はゼロではないのだ。

――ここはカマをかけてみるか。

「いつまでそのベルを鳴らしてるんだ? もう燐子はいないだろ」
 俺の言葉など聞こえていないのか、シャナを見据えながらベルを鳴らし続けるフリアグネ。
「それとも、何か理由があるのか? 例えば、街中にベルの音を響かせたい、とか。この屋上には、なぜか封絶も張られていないしな――っ!?」
 構わず言い続ける……ことは出来なかった。フリアグネがこちらを見てきたからだ。
 それもただの眼ではない。何の感情もこもっていない、無機質の冷たい瞳だった。
 そしてゆっくりとその口が動く。
「―――――」
 ただ一言、それだけだった。今まで俺の言葉など聞こえてもいないようだったフリアグネが発した一言。口の動きだけで発声もされていなかったが、いままでのベルの音など比べものにならないほど強く心臓を、いや俺という存在そのものが恐怖たらしめられたかのように感じさせられていた。
――――殺される。
 強烈な戦慄。静かだが恐ろしい程の殺気。多少、こういった状況には経験があると自負する俺だったが、そんな心持がただの慢心だったと感じさせられるかのよう。
 奴のあの反応、俺の予想は残念にも的中していたということだろう。カマをかけただけだったが、事実と分かったなら、急いでなんとかしなければならない。
 だが本能的に体が強張ってしまう。あまりの恐怖に、体がまるで石像と化したかのように感じられた。
 

 キ ヅ イ タ ナ

 さっきの声になっていない筈のそれは、やけにハッキリとまるで脳に直接吹き込まれているかのように聞こえた気がする。
 生物としての本能が、逃げろと警鐘を鳴らす。
 しかし身体の反応が、あまりの恐怖に動こうとしない。 
 だが何より、正義の味方を気取る衛宮士郎としての意志が、警鐘を恐怖を上回る。
「封絶だ、音を止めろ!」
 そう叫び、莫耶を投擲。
 無論、フリアグネではなくシャナへ向けた言葉だ。満身創痍にムチを打つ訳ではないが、今は一刻を争う。
――頼む、ダメージから立ち直って俺の頼みを聞いてくれ。俺では奴を倒せない。正面からでは駄目なんだ。
 しかし、俺の投擲と同時にベルが再び鳴り響く。が、その音に鼓動を変えられる違和感はない。
 おかしい。都喰らいの仕込みの音色じゃない。さっきまで燐子を爆破していたほうの音だ。
 何のつもりだ。もう燐子は残っていない。今更、そっちの音でごまかそうってたって騙されるほど馬鹿じゃない。
 燐子の残骸しかないってのに、何をするつもりだ。
 その俺の疑問は、数瞬して答えを得る。

 まさか、残骸も爆発するんじゃ――――ッ。

 だが俺の思考がその結論に辿り着くと同時に、周囲は轟音と爆炎に包まれた。 
 

 
後書き
大変、お久しぶりです。
戦闘描写が入ると途端にgdgdな拙作ですが、ようやくの更新となりました。
実はこの章の途中から次の章を書くことに浮気をしてしまっていて、今回は普段の低クォリティーに一層の拍車がかかってます。
後半なんか読めたものじゃないのですが、勢いで投稿することにしました。
アレですね、β版みたいな感じです。
一段落したら改稿したいと思ってます。

ではでは、次回でお会いしましょう。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧