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炎髪灼眼の討ち手と錬鉄の魔術師

作者:BLADE
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”狩人”フリアグネ編
  十三章 「宝具」

「う、うぅ……」
 痛い、頭が痛い。
 身体がどこかしら傷付いている、というのは俺にとって割とよくある話だ。
 いくら鞘の加護があったところで、あくまでそれは投影品。
 乱用は出来ないため、身体から生傷が絶えることはなかった。
 だからと言って、苦痛に慣れる事などある筈はない。
 いや、むしろ慣れてしまってはいけないのだろう。
 痛みを感じる事なく動けるようになってしまえば、機械と同じになってしまう。
 痛みを感じていられる内は、少なくとも自分を見失うことはない。

 ところで、何でこんなに痛むんだ?
 俺は確か―――。
 考えようとしたところで思い出した。
 路地裏での戦いで、俺とシャナは負けたのだ。
 情けない事に俺は意識を失って、フリアグネに拉致された形になる。
 いつの間にか刈り取られ、失われていた意識がゆっくりと覚醒していく。
 とにかく今は現状を把握しないとな。
 まずは身体からだ。
 ―――同調開始。
 声には出さないが、詠唱する。解析位なら、無詠唱で出来るようになってるからな。
 外傷は全て修復済み。
 全て遠き理想郷は既に身体が吸収、魔力として霧散。
 頭痛の原因は、頭部に受けたダメージが抜けきっていない為と思われる。


「ここは―――、どこだ?」
 定型文のように口にしてしまったが、一つ確実に分かることはある。
 ここは、フリアグネの本拠地だろう。
 二度の接触から奴の性格を推察して、セーフハウスの類いを用意しているとは考えにくい。
 ―――本拠で構えて戦況を傍観する。
 奴はどちらかと言うとそういったタイプだろう。
 そして、俺はまだ生きている。
 フリアグネの目的はあくまで、都喰らい。だが、ミステスたる俺は、狩人としての奴の標的だ。
 そして、あの路地裏での戦闘は奴が圧倒的に優勢だった。
 そんな中、俺を拐う事に成功した上で俺が無事に生きているという事は、奴の狙いはシャナを潰す事だと思われる。
 それも、より確実な方法でだ。
 あの場で何故、彼女を見逃したのか?
 奴の真意は分からない。
 今、分かることは俺達の立場は逆転してしまったと言うことだ。
 フリアグネを誘き寄せる役の俺が、シャナを誘き寄せる餌になるなんてな………。
 状況は最悪と言っていい。

 本拠というものは外敵に対する最強にしての最大の守りだ。
 魔術師で例を挙げれば、遠坂ならばその本拠は、幾重にも張り巡らされた防御・探知結界に守られている。
 アサシンのクラスのサーヴァントでもなければ、まず奇襲は不可能だ。
 そうなれば必然的に正面から挑むしかない。
 その上、冬木市中で第二位の霊脈を有する遠坂邸はさながら要塞ともいえる。
 例え圧倒的に戦力差があったとしても、あの地なら籠城戦に持ち込めば相当な間、持ちこたえることが出来る。
 つまる所、本拠とはそういう物なのだ。


 俺は俯せになっている身体を起こして、周囲を確認した。
 拘束されていないのは、奴にとっての俺は、その必要すらないという事なのだろう。
 既に日は落ち、頭上の星空を霞ませるが如く、街並みが光を放っていた。
「何かの舞台―――、か? やけにボロボロだけど」
 周りを見渡すと、破れた丸テントに錆び付いたレール。朽ちたカートが散在し、アイスボックスには雨水が溜まっていた。
 舞台上では役者の代わりに整列しているマネキンが、この上なく不気味だ。
 このどことない趣味の悪さから、ここがフリアグネの本拠であることは疑いようもなくなった。
「遊園地……、じゃないな」
 遊具の対象年齢が低い。
 それに、舞台からは御崎市が一望出来る。
 遊園地が空中に設置されている訳がない。
 舞台の端から外を眺める。
「確か、大鉄橋の近くに空き家のビルがあったな」
 周囲の建造物とは頭一つ抜いて巨大な建物だった筈だ。
 ビル内部までは下調べをしていなかったが、周辺の地理は把握している。
 ちなみにこのビル、聞くところによると以前はデパートだったらしい。

 確かに地理的に見ても、街を見渡すには彼処が一番だろう。
 だからこそ、俺は敢えて此処に手は付けなかったのだ。
「まさか……、本拠にしてたなんてな」
 高所が故に周囲の警戒は容易で、さらに地下の食品売り場以外は無人。上部の人払いが出来てしまえば、設備を整える点でも問題はない。
 誰から見ても明らかに、拠点として用意したい場所だ。
 この街を敵が掌握している以上、既に敵拠点と化していると判断したため、俺は敢えて此処を調べなかった。
「結果として、敵本拠に踏み込む危機を俺は回避する事が出来ていた訳だ」
 自嘲して、舞台側に向き直す。
「そこに居るんだろ? フリアグネ」
 先程から感じていた視線の元に声を投げる。
「いやいや、気付いていたのなら早く声を掛けて欲しかったな。私はてっきり、嫌われてしまったのかと思ってしまったよ」
 そう言って、マネキンの群衆の奥からフリアグネは出てきた。
「生憎、マネキン軍団を眺める様な趣味はない。それに残念だが『昨日の敵は今日の友』って言えるほど、俺の心は広くない」
「それは残念だな。君を拘束していないのは、私からのちょっとした好意の証なんだが」
 好意の証―――、ねえ。
「見え透いた嘘は良くないな。どうせ俺程度なんか、拘束するに値しないって事だろ? 俺を今すぐ消すことなんて、お前にとっては造作もない事だしな」
 なかなか鋭いね、とフリアグネ。
「確かに、今ここで君を消すのは簡単な事だ。けどね、ただ消してしまうだけじゃ物足りないんだよ」
 そう言うと、ヘラヘラとしていた顔が一転、寒気を感じる程の殺気を撒き散らした。
「君の目の前であの子を殺す、あるいは逆に君を消す。いずれにせよ、私の邪魔をしてくれた報いに、戦うだけではない苦しみを君達のどちらかに味あわせる。そうしないと、私の気が済まないんだ」
 そう言って、再びいつもの薄笑いを浮かべるフリアグネ。だが、その笑いの向こうには、依然として炎の様な怒りがちらついている。

 ―――次の戦闘は更なる激戦になるだろう。

 俺自信、そして、あらゆる平行世界での俺の経験が、そう告げていた。
 しかし、流石は王と言うだけの事はある。
 一触即発といったレベルまで行っていれば、多少なりとも奴の行動を読む事が容易になるんだけどな。
 挑発の効かないタイプであることが、一層厄介だ。
「まぁ、お互い特に急ぎの用が無いみたいだ。しばらくは、私の話し相手でも引き受けてくれたら嬉しいんだけどね。それ位の器量は、見せてくれても良いんじゃないかな?」
 フリアグネがそう提案してきた。
 単純にシャナが来るまで暇なのだろう。それに、奴にその気があるとは思えないが、これは情報収集の絶好の好機だ。
「断った所で勝手に話しかけて来るんだろ? 分かった、付き合ってやるよ」
 舞台上に戻り、図々しく胡座をかいて座り込む。
 俺とは入れ違いに、フリアグネは舞台から、屋上の手すりの上に移った。
「先に言っておくが、あくまで俺達は敵同士だからな。話したくない内容になったら、黙秘を決め込むぞ」
 言うまでもない事だが、一応は礼儀として先に言っておく。
「勿論、そのつもりさ。お互い、手の内を晒すような事はしたくないだろうしね」
 奴もバカじゃない、容易に情報を与えてくれる事はないだろう。
「そういう事。それじゃ、お前から誘ってきたんだ。話題は任せるからな」
 手をヒラヒラとして見せる。
 出来れば話し手でなく、聴き手に回りたい。そうなると、一番に口を開く訳にはいかないからな。
 何事も最初が肝心だ。
「それじゃ、遠慮なくそうさせて貰うよ。いきなり踏み入った話で悪いんだけど、君の双剣の事が聞きたいんだ」
 いきなりそう来るか………。
 “狩人”というだけあって、宝具には敏感だな。
 確かに、普通の高校生が持っている物じゃないし、不自然に思われても仕方の無いものだ。
 さて、どうするかな。
 下手な事は話さない方が良いが、かと言っていきなり黙秘権を行使する訳にもいかない。
 相手から情報を得たい以上、こちらもある程度は情報を与える必要がある。
 何事も等価交換なのだ。
 タダより高い物はない、というのは良く言ったものだと思う。
 だが、わざわざこちらから情報を与える必要もない。
「流石は“狩人”って言われる程の王って事か。目の付け所が違う。そうだな―――、試す訳じゃないけど、俺としてはお前の意見を、是非とも聞いてみたいもんだな」
 質問を逆に質問で返す。
 相手から意見を求める形で質問をした。つまり、俺としては、例え『内容が合っていようと合っていなくとも』奴の意見を補完する形で先の質問に対して返答すればいい。
「私の意見……ねぇ。そうだなぁ、私の見立てだと君の双剣はかなりの業物だね。けど、あれは本物じゃない。いや、限りなく本物に近い物ではあるんだけど………。言うならば『唯一無二の偽物』っていう表現が一番しっくりくるかな? 本物は存在はしていないんだけど、あくまで、本物を模して造られた物だから偽物。とにかくオリジナルの物じゃない事は確かだ。複数本も『アレ』を用意できる手品のトリックは、まだ分からないんだけどね。どうだろう『狩人』としての僕の目利きの程は?」
「………」
 思わず俺は、口を閉ざしてしまう。
 俺はこいつを過小評価していたのかもしれないな。
 危険な奴だ。
 手強いとか、そんなもんじゃない。
 ただ一目見ただけで、俺の宝具が模造品だとを看破した。
 あらゆる宝具の『原典』を保持していた英雄王ならいざ知らず、別世界存在が、しかも一目見ただけでだ。
 贄殿遮那の時もそうだった。
 あいつは見ただけで、物の本質を感じ取れるんだ。
 こいつのは、俺の様に解析を使っている訳じゃない。
 もっと本質的な物………。
 魔術師で言うところの『起源』とか『属性』が近いか。
 聖剣の鞘の影響で変質してしまっている為、俺の『起源』『属性』は『剣』だ。
 言うならば、フリアグネは本質的にも『狩人』なんだろう。
 本人が意識せずとも、対象の本質を理解できる。

 戦闘において、これ程まで厄介な話はないだろう。
 こいつに対して、宝具の特性による搦め手や奇策は通用し辛いって事だ。
「黙られてちゃ話にならないだろう? それとも、なかなか良い線を突けていたと解釈しても良いのかな」
 全く、食えない奴だな。
「黙ってた訳じゃない。ちょっと驚いただけだ。俺の剣を、一目で贋作と見極める事が出来た奴は少ないからな。けど、それ以上の事を答える事は出来ないぞ」
 まだ全てを看破された訳じゃない。早めに手を打っておかないと……。
「そいつは光栄だな。外してしまっていたら、狩人のプライドに傷が付いてしまうからね。しかし、実に惜しいな。あれが宝具なら、僕のコレクションに加えていた所だったんだけど、ただの業物な上に贋作ってのはね………」
 ただの業物? どういう事だ。
「ただの業物……ね。じゃあ、シャナの大太刀はどうなんだ?」
 こちらの世界では宝具の提議が、俺の知識とは異なるのかもしれないな。
 俺の世界では『干将・莫耶』は低ランクとはいえ、カテゴリー的にはれっきとした宝具だ。
 しかし、こちらではただの業物ときた。
 となると、結論は2つ想定できる。夫婦剣はこっちでは宝具でないか、フリアグネが嘘をついているか、だ。
 “狩人”フリアグネの目利きはある程度信頼出来る。手強い敵だから、尚更のことだ。
 こと宝具に関して、こいつが嘘をつくとも思えない。
 全く、フリアグネの分析能力といい、情報は山のように出てくるな。
「あのおちびちゃんの大太刀も、確かに業物だ。けど、あれはちゃんとした宝具だね。出来る事ならコレクションしたい所ではあるよ」
 簡単に渡してくれるとは思わないけど、続く。
 やはり贄殿遮那は宝具なのか。
 俺の解析でも、かの大太刀は確かに宝具と推定された。
 という事は、別に俺の解析が間違っている訳じゃない。
 こちらでの、宝具に対する定義が異なるだけだろう。
 こちらの定義も考慮に入れておく必要があるな。

 奴は夫婦剣の投影品を確かに『唯一無二の偽物』と言った。
 という事は、こちらでは伝承は残っていても『オリジナル』はただの刀剣として扱われるのか?
 いや、何か違う気がする。
 『唯一無二の偽物』―――妙な話だ。これじゃ『贋作』の定義にすら当てはまっていない。
 本物は存在していないが、本物を模して作られた物、か。
 本物は存在していない――、つまり、こちらでは夫婦剣は伝承に過ぎないってことか。
 『製作された』という記録があるだけって事になる。
 成る程……、こちらでの夫婦剣は、俺の夫婦剣と違う物なのか。
 つまり俺の投影は、かつて『製作されたとされる』物を『模して』俺が『勝手』に造り出した『干将・莫耶』という、同じ名前をした別の剣、って事になってるんだな。
 こちらでの『投影』は偽物であって偽物でない。
 俺が造り出した、俺のオリジナルの宝具って事か。
 『唯一無二の偽物』とは良く言ったものだな。

「俺の見立てでも、その結果がでた。正直に言うと、お前の事を甘く見ていたみたいだ。一応、謝っておくよ」
 もう少ししたら敵同士だけどな、と付け加えておく。
 全く、敵に教えられるなんてな。
「それには及ばないさ。僕だって君の事を侮っていたみたいだしね」
「侮っていた? どういう事だ」
「正直、君の事は、ただのミステスと思っていたよ。けど、君は内に蔵した宝具の力を使う事なく、私の燐子と渡り合って見せた。私もこれまで色々なミステスを見て来たけど、君みたいなのは初めてだったね」
「そいつはどうも」
 ―――、誉められても困るんだが。
 とりあえず、社交辞令を述べておく事にした。
「けど、流石に“狩人”とはいえ、ミステスの中にある宝具までは特定出来ないんだな」
「確かにそうだね。けど、宝箱は手に入れる楽しみ以外にも、開ける楽しみもある。別にどうという事もないさ」
 こいつは俺の中にある『宝具』の正体までは分からないらしい。
 まぁ俺自身、体内の宝具の正体が分からないんだが。
 なんと言うか、ハナっから勘定に入れていないのだ。
 なにせ異世界の宝具だしな。
出し惜しみをしている訳じゃない。
「まぁ、なんにせよ求めていた質問の八割方は、答えを得る事が出来た訳だ。お礼と言ってはなんだけど、今度は私のコレクションについて教えてあげようかな」
 分かってるじゃないか、フリアグネ。
 断片的にとはいえ、こちらの手の内を教えたんだ。
 教えてくれよ、お前の宝具を。
 最も、どこまでの情報になるかは奴次第。その上、真偽の程は分からないが。
「でも、流石に全部を見せる訳にはいかないよ? 私が言うのもなんだけど、コレクションの数が多すぎてね。全てを見せていたら夜が明けてしまうんだ」
 ふふっ、と笑いながらフリアグネは言う。
 しかし、その仕草から、それが誇張表現でない事は容易に伺える。
「どうやら君は『宝具』に関して、とても興味があるみたいだ。たとえそこに損得勘定が介在しているのだとしても、私は嬉しいね」

「まぁ、ある程度は許してくれよ。けど、お前と話をしていると思いの外、為になる事も多いのは確かなんだ。それとだ、どっちかって言うと『宝具』より『刀剣』の方が俺は好きだ」
 こいつの目利きは恐らく正しい。
 俺には気づき得なかった事も看破して見せてるからな。
 少々、嫌味な奴なのは違いない。
 が、丸っきり悪人でもないんじゃなかろうか。
「私のコレクションにも『刀剣』の類いは無い事は無いんだけどね。少々、華やかさに欠ける物だから、見せないでおくことにするよ。代わりに他の物を見せるから、それで我慢してくれないかい?」
「我慢もなにもないだろう? そもそも、お前に『宝具』を見せる義務なんかないんだぜ?」
「まぁ、それもそうだけどね。どちらかと言うと、単純に『私が見せたいだけ』って言うのもあるんだ」
 少しおどけてみせるフリアグネ。
 子どもみたいな奴だな、全く。
「そいつは構わないけど、シャナが来るまでだからな。一応、敵同士なんだから」
「大丈夫さ。それくらいの分別はわきまえているつもりだよ?」
 何にしようかな、と考え込むフリアグネ。
 さて、どうなる事やら。
 とりあえず今のところ、漏れた情報はそれほど多くはない筈だ。
 整理してみると……。
 干将・莫耶、が投影品である事が露見してしまった。
 少々、軽率な使い方ではあった。だが、俺から与えた情報は少なかった筈だ。
 間違いない。これ以上、奴を軽視するのは危険だろう。
 投影魔術についても、疑惑の影が見えるな。
 感付かれると厄介だ。しかし、恐らく最終決戦になる。押しきってしまった方が戦術の幅は広がるな。
 この点はシャナにも同様だ。
 シャナには未だ『投影』については気付かれてないだろう。だが、どうせ俺自身は放っておいても消えるんだ。何も問題もないだろう。
 しかし俺が現状、リスク無しで投影出来る投影品で宝具なのは『干将・莫耶』と『全て遠き理想郷』だけだ。
 加えて奴の性質上、劣化した夫婦剣で『鶴翼三連』を強行しても意味がない。
 夫婦剣が引き合う性質を察知されて、避けられるのがオチだ。
 『鶴翼三連』は不意を突かねば効果が薄い。
 故に『必殺』でありながら、万全の状況を用意しなければ機能しない、という欠点がある。
 ま、そもそも俺は敵を『殺す』気なんて毛頭ない。『必ず』命中させる必要ないんだけどな。
 『鶴翼三連』を放つ時は、敵を『殺す』時だ。
 出来れば、使う事なく終わりたい。
 聖剣の鞘は、そもそも戦闘用の宝具じゃない。
 現状、戦力になり得ないな。
 ついでに言うなら、体内に仕込む隙もない。
 鞘に関しては、計算する以前に完全に戦力外だ。
 そうなると通常刀剣の有用性は高いな。

 ―――結界内に内包している通常刀剣のリストを検索。
 通常戦闘は夫婦剣で対応する。
 ―――夫婦剣と類似した戦術運用の刀剣を除外。
 となると、虚を突ける武器……か。
 ―――特定戦闘法に特化した刀剣をリストアップ。
 ―――用意したリストから、戦術プランを作成。
 そう何度も搦め手が通じる訳もない。
 戦術は複数パターンを用意する必要がある。

 全く、昔の様に真正面から突撃する事がなくなったのは、良い事なのか?
 今の俺は、戦闘前に必ず戦術のシミュレートをするようになった。
 なんというか、アーチャーが俺の可能性の一つというのが良く分かる。
 戦闘の運びが巧く成るにつれて、戦い方は限りなくアーチャーに近くなる。
 要は、これが『衛宮士郎』に最も適した戦闘法なんだろうが……。

 状況整理が一段落したところで、しばらく考え込んでいたフリアグネはようやく口を開いた。
「ここは“狩人”としての器量が試されるね」
 ヘタに格の低いものは出せないって事だろう。
 俺には全く分からない苦労だが。
「やっと考えがまとまったか?」
「ああ。折角だし、私が今回、用意しておいた『宝具』を見せてあげる事にするよ」
 願ってもない台詞だな。そいつは。
「良いのか? お前の手の内を晒すことになるぞ」
「君だってあの剣を見せてくれているだろう? 私も使用する物を見せないとフェアじゃないさ」
 まぁ、それもそうだ。一応、主兵装だし。
 問題は、何処まで信用して良いか、だ。
「そこじゃ見辛いだろう? そちらに行くとするよ」
 フリアグネは手すりの上から、俺の前に降り立った。
 そして、いつしか両手に現れた宝具を見せ付けてくる。
「それじゃ、質問だ。この二つの宝具、一体なんだと思うかな?」
 フリアグネの右手には銃が握られ、左手には指輪がはめられている。
「難しい質問をしてくるな。何と聞かれても、回転式拳銃と指輪にしか見えないだろ?」
 拳銃といった様な、複雑な機構を要している武器を、俺は『投影』出来ない。
 構造通りの物は作れるのだが、俺が作った物はなんというか、その……『空っぽ』なのだ。
 銃にはそれほど興味もないし、それが何なのか想像も出来ない。
「それともなんだ? 古典的な見てくれの割にレーザー銃だとか、指輪に見えるけど実は小人用の腕輪、なんてオチか?」
 癖のあるフリアグネにピッタリの宝具だとは思うけどな。
「それはそれで面白そうだね。けど、残念ながらハズレさ」
 ハズレだ、とおどけて見せて指輪を前に出すフリアグネ。
「まず、これだ。残念ながら、これは小人用の腕輪じゃなくてれっきとした指輪だよ。名前は『アズュール』っていう、簡単に言うと火避けだね」
 見ててごらん、と言ってフリアグネは近くのマネキンに指輪を着ける。少しは離れて掌に炎を作り、マネキンに向けて発射。
 炎はマネキンを破壊する事なく、霧散する。マネキンには傷一つなかった。
「効果は見ての通りさ。指輪に力を込める事であらゆる炎、爆発を無効化する。フレイムヘイズや我々のような紅世の住人は、基本的に炎を武器として戦っている。それだけ言えば、君のことだ。もう説明は要らないだろう?」
 そう言ってマネキンの指輪を外し、フリアグネは自分の指につけ直す。
「――っ」
 俺はその様を見ていて、何も言うことが出来なかった。
 どの程度まで無力化出来るのかは分からないが、奴の言葉をそのまま受け取るとなるととんでもない内容になる。
 奴は「フレイムヘイズは自分を傷付ける事は出来ない」そう言っているも同然なのだ。
 フレイムヘイズや紅世の連中は炎を使って戦う。しかし、奴に炎は通用しない。
 なんてデタラメなのだろう。正しく鉄壁の護りなのだ、あの指輪は。
「ふふっ、この指輪でそう驚かれるのも悪くないんだけど、これは本命じゃないんだよ」
 そう言ってフリアグネは、懐より例の回転式拳銃を取り出しながらこちらに歩いてくる。
「なにせあのおちびちゃんは大太刀が得物だろう? 指輪が無効化するのは炎だけだ。残念だけど、おちびちゃん相手に指輪は殆ど役に立たない」
 確かにそうだ。シャナは炎を使用した攻撃を殆ど使っていない。大太刀を使っての物理攻撃を得意とした完全な近接タイプだ。いかに炎を防ぐ指輪があろうとなんの意味もない。
 目と鼻の先まで来たフリアグネは、拳銃を俺の眉間に突きつける。
 奴が発砲しないとは分かっているが、それでも本能的に背を反らせて銃口から離れてしまう。
「――危ないだろ。俺は銃口を眉間に突き付けられて良い気分になる変態じゃない」
 あくまで平然を装いながら軽口を叩いてやる。フリアグネの弁だとあの銃は指輪よりも強力な物なのだろう。戦慄している自分を気取られる訳にはいかない。
 それは失礼したね、と反省する素振りも見せずに、拳銃を離して自慢げに見せてくるフリアグネ。
「僕の本命はこれさ。『トリガーハッピー』っていうんだけど、『アズュール』が盾とするならこれは矛だね」
 東洋の諺では矛と盾と書いて矛盾と言うね、最強の矛と盾の事だったかな? 今の僕はまさにそんな状態だよ。なんて続けるフリアグネ。
 確かに矛盾と言うが用法が違う。最強の矛と最強の盾を持って俺TUEEEしてる奴を矛盾とは言わない。そんな事を、一々指摘していても始まらないから無視しておくが。
 しかし、フリアグネをして最強と言わしめる銃はなんだ?
 指輪はまだ分かりやすい。俺の常識に比較的近いものだしな。
 確かにアレが普通の拳銃でない事はなんとなく分かる。しかし、元々拳銃にさして興味もない衛宮士郎からすれば、何がどう違うのかハッキリとは分からない。
「ふふ、それじゃあこの銃の原理について教えてあげるよ。どうも自分の宝具の話をすると自慢話になってしまって恐縮だけどね」
 そう言って、フリアグネは『トリガーハッピー』とやらでガンスピンを始めながら語りだした。
「君は『フレイムヘイズ』についてどこまでの事を知っているのかな」
 唐突に銃とは違う話を始めるフリアグネ。だが話題を逸らしている訳ではないと感じ取れた為、俺の知る限り返事はすることにした。
「お前らみたいな好き勝手する連中を狩る、お人好しって事くらいだな」
 世界の安定の為、人知れず戦い続ける戦士。それが俺のフレイムヘイズの認識だった。
「好き勝手……か。その認識は概ね間違ってはいないね。それじゃあ『フレイムヘイズ』がどうやって出来るのか、それは知っているかい?」
 早速、知らない内容になったぞ。そもそもシャナと会ったのもついこの間だし、それまでフレイムヘイズなんて単語を知らなかったどころか、この世界にいなかったしな。
 そう質問しながらガンスピンを縦だけでなく横にも繰り広げる。全く、あんな事をしながら会話が出来るなんて、器用な奴だよ。
「――知らないな」
 それに包み隠さず正直に答えてやる。嘘をついたところでメリットもないだろうし、欺瞞情報を与えられたとして、それを信用するかどうかは俺の裁量だしな。
「それじゃあ、教えてあげるよ。フレイムヘイズというのは元々、我々のような私欲で行動している者とそれを憂う者。この二陣営の『紅世の徒』が対立を始めた事が誕生のキッカケだ」
 少々、嬉しそうに語り始めるフリアグネ。こいつも遠坂と同じで説明好きなタイプなのだろう。
「当たり前の事だな。間違った事をする奴がいれば、それを止める奴もいるって事だろ?」
「違いないね。ともかくこの世界には『存在の力』が満ち溢れている。それを使って我々『紅世の徒』はこの世界に顕現しているんだ」
「それも知ってる、世界を構成する力をお前らが乱獲してる性で歪みが多くなってるってのもな」
 一方的に聞き手に回るのも芸がないから、皮肉を飛ばす。この程度の挑発で熱くなる奴じゃないって事は既に分かってるし、挑発に乗るなら後で色々とやり易い。
「ふふ、それについてはノーコメントだ。続けるよ。『存在の力』を乱獲されると困る。だからこの世に顕現している『紅世の徒』を狩り殺そうとする。だが『紅世の徒』は『存在の力』がなければこの世に顕現出来ない。笑える話だろう? 奴らは『存在の力』を消費させない為に、自らもその力を消費するんだ」
 それの意味する所は即ち、矛盾。完全な悪循環だ。
「けど、お前らが消費する量よりも少なければ―――っ!?」
 思わず反論してしまうが、途中で詰まってしまう。
 問題ない――とは言えない。それは衛宮士郎が決して容認してはならない事だからだ。9を救う為に1を切り捨てるなんて、絶対に間違っている。
 そんな俺の変化を感じ取ってか、フリアグネはガンスピンを止めてヘラヘラしている顔を真顔にする。
「奴らの方が消費する量が必ず少ない、なんてことはないよ。それに大きな歪みを防ぐ為に自ら歪みを作るなんておかしい話だ。そこで奴らは考えた。自分の身体を作れないなら、元からある入れ物を使おう、とね」
「それが――フレイムヘイズ、か」
「そういう事だよ。人間という入れ物を使う事で奴等はこの問題を解決した。だが、人間なら誰でも良いという訳でもない。器に物を入れる為には、元々入っている物を捨てなければならないからね」
「…………」
 元々入っているものを捨てる、その言葉の意味するところはつまり……。
「自分の存在を捨てて、別の存在を受け入れるなんて普通の人間には出来ないだろう? だから、奴等は入れ物に僕達に復讐しようとする者を選んだんだよ。おのれの目的の為には命も要らない、そんな人間をね」
「―――っ」
 まさか、シャナもそうだと言うのか。シャナも復讐のために戦っているのか。
 不意にメロンパンを食べているシャナの顔を思い出す。あの顔の裏に何を考えていたのか、そんな事は俺には分からない。
 だが、復讐のために生きる人生。そんなものがあるならば、それはきっと――。
 ――とても、悲しいものだと思った。
 かつて自分と共にいた、騎士王の国への献身。それと同じだ。いかに自分のしたい事とはいえ、己を殺して行動するなんて間違ってる。
「だが、いくら入れ物があってもその大きさを選ぶことは出来ない。人間の全てが同じ容量ではないからね。それに基本的に我々『紅世の徒』は人間よりも遥かに大きな存在だから、どうしても器に収められないんだ」
「それっておかしい話じゃないか。じゃあ、なんで現実にフレイムヘイズは存在してるんだよ」
 さっきまでフリアグネが言っていたことを否定しているようなものじゃないか。
 人間に紅世の徒が収まらないとフレイムヘイズじゃないんだ。奴の話だと、その前段階からそもそも成立出来る筈がない。
「まぁまぁ、最後まで聞きなよ。器の大きさを選べない、そもそも器には入らない量と分かっているなら問題解決は簡単さ。入れる側の量を器に合わせてやれば良いんだ」
「どういう意味だよ」
 入れる側の量を合わせる? そんな事どうやるっていうんだ。
 そんな俺の疑問を感じ取ったらしいフリアグネは説明を続けた。
「我々と人間はそもそも存在自体が異なるんだよ。人間の尺度では難しい話だろうけどね。簡単に言うと、奴等は自分自身の存在を一部休眠させて、存在の大きさを圧縮したのさ。器の大きさまでね」
 だから、フレイムヘイズの連中は王の力を十全には使えない。自分でコントロール出来る範囲までセーフティーをかけている
、と考えれば良いんじゃないかな? と懇切丁寧に補足までお見舞いしてくる。
 フリアグネは本当にお節介な奴なのかもしれないな。こいつの言う事はおそらく嘘ではないだろう。こんな事で嘘をつくメリットもないだろうし。
「話が長くなってしまったね。フレイムヘイズについては以上だよ。そこで、銃の話に戻るんだけど――」
 そう言った所でフリアグネは再びガンスピンを始める。しかし、その視線はビルの外を睨んでいた。言うまでもない、つまり今まさにシャナが接近中なのだろう。
「ふふっ、おちびちゃんが近づいてきたね。あの様子だと、ちょうど話の終わりくらいに到着しそうだ」
 先程までの真顔から一転、再びあのヘラヘラした顔になる。
「そうかよ。余裕だなお前」
 とても、敵を前にした者とは思えない。これが王たる者の余裕か。かの英雄王も言っていた「慢心せずして何が王か」と。つまりそういう物なのだろうか。王と常に余裕を失わない者なのかもしれない
 そんな俺の事など気にもせず、フリアグネはまた説明を始めた。
「小さく縮める事でなんとか入れ物に収まっている物を、揺さぶりをかけて不安定にさせたとしよう。君はどうなると思う?」
 銃の話じゃないのか、と漏らしながら律儀に考えてしまう自分に呆れてしまう。
 その質問の真意に気付いている筈なのに、あくまで別の物のことと考えながら。
「どうって、入れ物が壊れるんじゃないか? 密閉容器にドライアイスを入れるみたいなもん――っ!?」
 そう言った所で、分かってしまった。いや、質問の意味を考えない様にしていたんだ。
「そういう事さ。この銃はフレイムヘイズに収まっている王の封印を解く。銃自体には何の威力もない。ただ揺さぶりをかける、それだけさ」
 この銃に撃たれたフレイムヘイズはその力を暴走させて自滅するんだ。同族殺しの罪を償うにはお似合いの贖罪方法だろう。
 そう言ってフリアグネはガンスピンを止めて、再び銃を突き出す。
 今度は俺の眉間に出なく、ビルの外の虚空に向けて。
 それは即ち、シャナが来たと意味するという事だ。
「話は終わりだよ、赤毛の少年。こうして君と話すのはなかなか楽しかった」
「士郎だ。俺の名前は衛宮士郎」
 そういえば自己紹介をしていなかったという事に気付く。最もこれから殺し合う関係の間柄だし、意味があるとは思えないが。
「もう少し君と出会うのが遅ければ、君がミステスでなければ敵同士でなく友人になれたかもしれないね」
 顔だけこちらに向けて、そんな事を言うフリアグネ。その顔は何故か悪人の物とは思えなかった。それに……。
「遅ければ……?」
 「早ければ」ではなく「遅ければ」。このほんの少しの言葉の違いが何を意味するのか、それを訊くことは叶わなかった。
「さて、おちびちゃんも来たようだ。衛宮士郎くん、決戦だよ」
 フワッと軽くステップを踏む様に後ろに飛ぶフリアグネ。
 まだ戦闘が始まる訳ではない。開始はシャナが到着次第だ。
「――投影、開始」
 奴を見据えながら『投影』を開始する。得物は勿論、夫婦剣だ。
 ――――。
 時間にして数分の沈黙、俺達は既に敵同士なのだ。もはや語らいは不要。
 もう意味もないだろうが、背中から取り出すように完成した夫婦剣を取る。
 夫婦剣を構えると同時にシャナが到着したようだ。
 呆気なく敵に捕まった事は後で弁明するとして、今はフリアグネとの戦闘に専念しなければならないだろう。
 奴の言う通り、正しく決戦となるのだから。 
 

 
後書き
お久しぶりです。
もはや何も言えませんが、久方ぶりの更新です。
いつまで経ってもフリアグネ編が終わりませんが、ゆるりとお付き合い下さい。
ではでは、次の話でお会いしましょう。 
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