東方攻勢録
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第十一話
次の日俊司は紫と霊夢、さらににとりの三人を自室に呼んでいた。内容はもちろん昨日の出来事の続きだ。
「悪いな、時間ないってのに」
「別にいいのよ。で、話って何かしら?」
「そうだな……まずこれから話すか」
俊司はすぐそばに置いていたあのパーツをにとりに渡した。
「……これは?」
「牧野博士がにとりに渡してほしいってさ。影丸のステルス装置だそうだ。にとりなら分析して、何か作ってくれるんじゃないかって言ってたよ」
「影丸の……わかった。すぐに取り掛かるよ!」
にとりはそう言ってはやばやと部屋を出て行った。
「さて、次は二人に聞きたいことなんだけど」
「聞きたいこと?」
「……三年前に起こった異変の話だ」
そう言ってみると、目を見開いて反応してくれた人物がいた。
「そう……あの異変を知ったのね」
そう返してきたのは紫だ。もちろん俊司が言わなくても、何を聞きたがっているのか分かっているだろう。
しかしながら隣に座っている霊夢は、まだなんのことかわからないといった顔をしていた。
「霊夢三年前の異変を忘れたの?」
「忘れるわけないじゃない。あの二人のこと……も……」
どうやらその二人を思い浮かべた瞬間、霊夢も俊司の聞きたいことがわかったようだ。
「まさか……うそでしょ?」
「嘘じゃない。里中修一・里中涼子は俺の父親・母親だ」
はっきりそう言うと、二人は表情を濁した。二人を助けることができず申し訳ないと思っているのか、この世界を嫌いになったんじゃないかと不安になったのかはわからない。
だがどちらにしろ彼には関係ないことだった。
「まったくおせっかいな二人だよな……わざわざ首突っ込むような真似をしてさ」
そう言いながら俊司は笑う。そんな彼を二人はキョトンとした様子で見ていた。
「体中傷だらけになって動かなくなった二人を見たときはさ、そりゃあ殺した奴を恨んだよ。同時に自分達も恨んださ。あの二人にあんなこと提案しなきゃよかったって」
「俊司……」
「でも二人が望んでやったことだろ? だから仕方なかったんじゃないかなって思ってさ……まあ二人にまた出会えるとしたら、ふざけんなって言いそうだけどさ。まあ俺も人の事言えないけど」
俊司は二人を責めるような事は言わなかった。というよりも、あの二人がやったことに賛同する気持ちの方が大きいのだろう。それによく考えてみれば、俊司も同じような道をたどっているようなものだ。
「しっかしこんな人生も珍しいよなぁ。俺も父さんも母さんも……幻想郷に導かれてるようなもんだしさ」
俊司は笑顔のまましゃべり続ける。二人はそれを黙って聞くことしかできなかった。
それから二・三分くらいたったころ、俊司は急に声のトーンを落として問いかけた。
「……なあ紫、霊夢。二人とも……俺がここに来るなんて思ってなかったんだよな」
「……そうよ。それに気付いたのはあなたの名前を知った時だもの」
「そうだよな。そりゃそうだ」
一度悲しそうな笑顔を浮かべた後、俊司はそのまま呟くようにこう言った。
「……ありがとな」
「えっ?」
急にお礼を言われ目を点にさせる二人。俊司は軽い笑みを浮かべて話を続けた。
「ここに連れてきてくれてありがとう。それを言いたかったんだ。だから俺は……父さんと母さんが幻想郷を守ったように、幻想郷を守ることをもう一度約束する」
俊司の言葉と目から伝わってきたのは、何重にも結ばれたつなぎ目のように固い決心だった。二人はその決心を受け、無意識に心が救われたきがしていた。やがて安心したように紫は呟く
「……あなたでよかったわ」
「何か言ったか?」
「いいえ。ありがとう」
俊司は軽く相槌を返すと部屋から去って行った。
「……一本取られたわね」
「そうね……でも、嫌いじゃないわ」
自分で言ったことがおかしくなったのか、霊夢と紫は静かに笑い始める。目の前には待ちわびていたあの日々が待っているような気がしていた。
紫達と別れてから数分後、俊司はある人物を探していた。
「……いた」
中庭を訪れると、羽衣をまとった女性が縁側にぼんやりとしながら座っていた。目線は空を向いていて、あの場所を思い浮かべているようだ。
「……少しいいですか? 衣玖さん」
静かに声をかけると、驚いた彼女は少し肩をはね上げさせてる。そのまま振り返った彼女は、なぜか安心したように溜息をこぼした。
「里中さんでしたか……」
「すいません。お取り込み中でしたか?」
「いえ……少し思いふけっていただけです」
衣玖はそう言ってまた空を見上げた。
「それで……里中さんはどういったご用件で?」
「少し……天界について聞きたいことがありまして」
そう言うと衣玖は何を思い出したのか急に暗い顔になった。無理に答えなくてもいいと気を遣ってみるが、別にかまわないと言って彼女は深呼吸をして心を落ち着かせる。
どうやら俊司の聞きたいことが彼女の嫌な思い出のようだった。
「……あの――」
「なぜ天界が革命軍の本拠地となっているのか……それを聞きたいんですね?」
俊司は何も言い返すことなく頷いた。
天界は冥界のどこかに存在している世界だ。天人と呼ばれる人間が住み、歌ったり踊ったりと遊んで暮らせる世界になっている。問題は革命軍がどうやってその場所にたどりついたのかと、どうやってそこを制圧したのかというところだ。
「……簡単な話ですよ。天人にとって……戦いは無縁だったということです」
衣玖は浮かない顔のまま、悲惨な記憶を説明し始めた。
理想郷とも言える天界に住む人々は、普段通り食ったり寝たり遊んだりの日々を過ごしていた。その日衣玖は天子から連絡を受け、天界を見渡せる丘の上まで呼ばれていたそうだ。しばらくそこで雑談をして、桃畑に向かう予定だった。
それから数分後、静かに町なみを眺めていた二人は、急に異変を感じ取り始めた。普段平和な町並みから一つの煙が上がり始めたのだ。遊んでばかりの天界で火事が起こるのはめったにない。それから何本もの煙が上がり始めるのに時間はかからなかった。
急いで町に向かってみたものの、時すでに遅しといった状況だった。ほとんどの天人は恐怖に怯え逃げ惑っている。もちろん戦おうなんてしない。そんな彼らを追い詰めるように、革命軍は町を制圧していった。
もちろん衣玖と天子も戦ったものの、相手の能力持ちの数と力に圧倒され始める。さらに普段遊び呆けていた天人達も、生前の修行の成果が発揮されるわけがない。制圧されるまで時間はかからなかった。
「天人には、生前厳しい修行をして力を加えた者も大勢いました。もちろん、私が長い間生きていて、幻想郷で名を残したものも……ですが、彼らはここで住んでいくうちに……努力というものを忘れてしまいました。それがこの結果です」
衣玖はそう言って拳を握りしめる。そんな彼女に俊司は何も声を返す事が出来なかった。
「……すいません。こんなことに巻き込んでしまって……」
「謝らないでください。あなた達は悪くないですし……俺もここに来ることを望んだようなものです。それに……ここを守ることを決めましたから」
俊司はそう言いながらある物を取り出した。
「……それは?」
「俺の切り札です。衣玖さん……すいませんが、手伝ってもらってもいいですか?」
「は……はい……」
俊司は中庭の壁の前に立つと、静かに持っていたカードを発動させた。
決意『守ると決めた日』
「衣玖さん、この壁……壊してもらってもいいですか?」
「えっ? でも……」
「大丈夫ですから」
衣玖は不振に思いながらも静かに手を構える。そのまま手のひらに電流をまとった弾を作り上げると、壁に向けて放とうと手のひらを壁に向ける。
だが彼女の手から弾丸が離れることはなかった。
(……えっ!?)
手のひらを壁に向けた瞬間彼女の腕は俊司に掴まれ、同時に彼女の弾には彼のナイフが突き刺さっている。ほんの一瞬の出来事だ。戦闘慣れしている衣玖でもそれを見破ることができなかった。
しかしそれで彼の攻撃が終わるわけではない。
「なっ!?」
ナイフの突き刺さった弾は徐々に効力を失い、しまいには消えてなくなっていた。まるでナイフに力を吸い取られたみたいだ。
(弾が消えるなんて……!?)
困惑していた衣玖だったが、気がつくと地面に倒されていた。目の前には黒く光る銃口がこちらを向いている。もちろん倒されたなんて感覚はない。
「……何をしたの?」
「壁を守っただけです。それがこのスペルカードの力ですから」
俊司は静かに銃をおさめると、衣玖の体を起こし説明を始めた。
「このスペルカードは俺の能力を延長させたものになるんです。効果は一回きりだけど、どんな場面でも守ると決めた対象を守ることができる。例え俺が気付けていようがいまいが……」
「つまり……鉄壁の防御ってこのなの?」
「そうですね。俺の能力は俺自身が気付けていないと危機を回避できません。スペルカードでそれを可能にしただけです。そのかわり……代償はでかいですけど」
「だい……しょう?」
「はい……おそらくそろそろ……ぐっ!!」
急に顔をこわばらせると、俊司は胸を抑えながらその場に倒れ込んだ
「えっ……さっ里中さん!?」
「大丈夫です……すぐになお……ゴフッ!」
大量の血液が俊司の口から吐き出される。それだけではない。目からも赤い涙が出始め、頭からは少しずつ血が垂れ始めていた。腕と脚には傷が入り始め、同時に血があふれ始める。
「ははっ……設定……やりす……ぎた……か」
「とっとにかく医者を! 誰か!! 誰か来て下さい!!」
衣玖が大声で叫ぶとすぐに人が集まり始める。その中で俊司の意識は途切れて行くのであった。
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