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IS《インフィニット・ストラトス》‐砂色の想い‐

作者:グニル
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『祭』夕方~夜

「っとぉ、お客さんかよ」

「一夏さん!?」

 一夏さんは何故か『白式』を展開しておらず、『アラクネ』の右手には菱型立体の白く輝く結晶体が浮かんでいる。あれは……まさかISのコア!? そんな、どうやって他人のISのコアを抜いたんですか!?

「まあ待てよ、こいつを殺したら次はてめえだ!」

 そんなことを考えているうちに『アラクネ』は一夏さんに左手の銃口を向ける。それを見た瞬間私は右手の『イェーガン』を振りかぶって『アラクネ』に投擲した。

「ち、うぜぇ!」

 コアを持っている右手が使えないため『アラクネ』は体を少し回転させて左腕で『イェーガン』を打ち払った。その瞬間に私は瞬時加速を発動させると同時に右手で膝の『アドレード』を引き抜き、槍を打ち払った『アラクネ』の左肘の装甲の隙間に突き刺し跳ね上げる。相手がその腕を戻すよりも早く私は地面に転がっている一夏さんを抱えて部屋の奥へと駆け抜けた。

「へぇ……」

 『アラクネ』が刺さっているナイフを背後の装甲脚で引き抜いてこちらを見る。私は一夏さんを後ろに降ろすと庇うように『オーガスタス』を相手に向かって構えた。

「げほ……カルラ……逃げろ……」

「馬鹿なこと言わないでください!」

「おうおう、泣かせる友情ごっこじゃねえか。そんなに殺されてえならお望み通りしてやるぜ!」

 声と同時に『アラクネ』は装甲脚の一本で近くのロッカーを突き刺すと、それをこちらに投げつけてきた。猛スピードで迫るロッカーを盾で右側に打ち払う。ロッカーのひしゃげる音を聞きながら、目の前に迫る複数の装甲脚の先端から飛来する銃撃を、再度盾を使い防ぐ。同時に回り込んできたエネルギークロウを展開した装甲脚を1歩だけ下がって回避しつつ『エスペランス』を右手で引き抜き散弾を撃ち込んだ。威力が足りないのか装甲脚は破壊することはできなかったが弾き飛ばせたので、盾を前面に出し背中のブースターを吹かすことで突進を掛ける。
 
「ほう、そこのガキよりちっとはやるじゃねえか。さっきよりは面白れえぜ!」

 相手は装甲脚ではなく左手に鎌のような近接武装を展開して私の突進を受け止めた。瞬時加速とまでは行かなくても弾き飛ばすくらいの勢いで行ったのに正面から受け止められた。この人、やっぱり強い。
 密着状態で盾を振り切ることで相手の態勢を崩そうとするがそれも上手くいなされてしまった。

「おらおら、私の方だけ見てていいのかよ!」

「ぐ!」

 先ほど弾いた装甲脚が私の後ろから襲い掛かる。身を翻すが左肩の装甲を弾き飛ばされた。さすがに密着している状態で自分ごと撃つような真似はしないみたいだけど近接戦闘では多数の足を持っている相手が有利。再度襲い掛かってきた装甲脚を天井すれすれまで飛びあがることで回避し、ジャミング装置の稼働時間を延長しつつ盾を相手に向ける。『オーガスタス』の先端が開き、更衣室中に濃い煙幕と小型ジャミング装置を撃ちだした。

「あぁん? 煙幕だぁ!?」

相手の面倒そうな声が聞こえる。
こういう限定空間なら『オーガスタス』の煙幕&ジャミングは最大の効果を発揮してくれる。今のうちに一夏さんを救出して撤収するために一夏さんを拾うと更衣室の端っこをロッカーに隠れるようにして移動…… 

「うぜえ!」

「なっ!」

 一夏さんを入口近くまで運んだ時、爆発音と共に部屋中の煙が晴れた。振り向くと相手は自分の周囲の壁に炸裂弾を撃ちこんだようで更衣室の壁のあちこちに黒く焦げた穴が開いている。『アラクネ』の不気味な仮面が部屋中ぐるりと見渡して私たちを見つけ、向き直ってきた。

「ははっ、なるほどなあ。勝てねえから逃げるってか。悪い選択肢じゃねえぜ。だがこの私から逃げられるって考えは甘いんだよ!」

 再び装甲脚の先端から放たれた銃弾を回避して何とか更衣室の入口までたどり着く。でも一夏さんは自力じゃ動けないし、ここで私が時間を稼ぐしかない。

「カ、カルラ……」

「一夏さんは早く外に出て! 誰か助けを呼んできてください!」

 一夏さんの性格上そんなことを絶対しないのは分かっているけど叫ばずにはいられない。一夏さんの方を見ないでそれだけ言うと私は『エスペランス』を腰に戻し、代わりに『マリージュラ』を引き抜く。

「かっ! 逃がさねえって言ってんだろ!」

 叫び声とともに再び正面から飛来するロッカーを先ほどと同じように盾で横に弾いた。

「てめえむかつくぜ。お友達のために命張るってか?」

 何故か攻撃が止んで『アラクネ』がこちらに話しかけてきた。

「それが何か?」

「ああ、気に入らねえな。人間誰もが自分が一番可愛いもんだ」

 相手はいらだったように天井に装甲脚を突き立てていく。そして本物の蜘蛛のように装甲脚の力だけで天井に逆さにぶら下がった。アラクネの仮面上のバイザーのせいで顔は見えないけど相手の長い黒の髪の毛が重力に惹かれて地面へと延びる。

「てめえも自分の命が大事って言う本質は変わらねえはずだぜ。自己満足で命張るつもりか? 私は無駄な戦いはしない主義なんだ。一丁取引と行かないか?」

「取引?」

 応じるつもりは端から無い。私は相手から一夏さんを見えないように盾を持ち上げて右手で剣を扉に振って外に出ろと合図をする。ジャミング装置は破壊されていないので今ならばれないはず。それにしても声の苛立ち具合からこんな交渉したくないっていうのが丸分かりだ。それでも私は時間を稼ぐために一応返事はする。

「てめえが今使ってるIS、オーストラリアの『デザート・ホーク・カスタム』か? それを寄こしな。そうすればこの場は引いてやる」

「論外ですね。渡した瞬間殺されるのが目に見えます」

「ち、そりゃあそうだよなあ。じゃあ仕方ねえ」

 やっぱり、考える必要もない内容だった。時間稼ぐつもりが一瞬で交渉が終わってしまう。一応私からも確認したいことがありますし、少しだけ時間稼ぎましょう。

「私からも一つ良いですか」

「あ?」

「あなたは『亡国機業(ファントム・タスク)』ですね?」

「へえ、私たちのこと知ってんのかよ。そこのガキよりかはちっとは世間を知ってるじゃねえか。だがまあそれにしてもお前にやることは変わらねえ」

 否定しない、ということは確定。『アラクネ』が話は終わったとばかりに地面に降り立つと全ての装甲脚で更衣室の壁、地面、天井を貫いた。

「てめえのISもこの部屋みたいにグチャグチャにしてから奪うまでよ!」

 言葉と同時に装甲脚がそれぞれ意思のあるように別々に動き出す。今までより数段複雑な動きで正直見ているだけで気持ちが悪い。更にはそこかしこからロッカーやはぎ取られた床材、天井の鉄板が飛んでくる。これらは大したダメージにはならないけど視界がいちいち封じられて面倒だ。飛ばしてきた物を弾くとその真後ろから直接装甲脚の先端が飛び出してきたのでしゃがむことでなんとか回避する。正面から飛んできた弾丸は盾そのものを地面に突き刺すことで壁にして防いだ。

「ちょこまかちょこまか……鬱陶しいんだよ!」

 私のいる部分への集中砲火。でもそれは私自身ではなくて周辺に逃げ道を無くすように弾丸が叩き付けられる。牽制……ということは……
一瞬だけ埃と煙で視界が封じられ、次の瞬間壁にしていた盾の裏から8本全ての装甲脚が私めがけて迫ってきて……これを、待っていた!
 左手を天井に掲げて『ユルルングル』を射出。天井に深々と突き刺さった鞭を収納することで無理やり体を宙に引っ張り上げた。ブースターを使えば熱量で居場所がばれてしまう。でもこの方法ならジャミングでセンサーが封じられていた相手からも私の動作は確認できない。
 そして再度瞬時加速を発動する。天井近くを一瞬で通り抜け、相手の無防備な背中を取った。

「何!?」

振り向くと同時に『マリージュラ』のエネルギー刃を最大展開し、相手の無防備な背中にある装甲脚の付け根へと振りかぶる。倒すことは出来なくてもこれでいくらかは状況がマシになるはず。
 相手は反応できてない。これなら確実に相手の戦闘力を減らせ……

「……なーんつってな」

「え……!?」

 相手の意地の悪い声が聞こえた途端、私の振り下ろした手が急停止した。いや、何かに止められた。右腕に何か違和感を感じる。まるで何か粘着性の高いものが腕に纏わりついているような感覚がする。慌てて相手との距離を取ろうとして……私の体はそのままその場で固まった。

「ぐ……何、これ!?」

 右腕に感じた違和感が今度は背中、足、左腕……全身から感じる。それを振り払うように動くけど、もがけばもがくほどその粘着力は増すようで、私の動きはどんどん鈍くなっていく。

「ぎゃはははは! 愚かな虫けらは自分が糸に掛かったことすら気づかなかったか? 私たち(亡国機業)が奪ったものをそのまま使っているわけねえだろうが!」

 その声に顔を上げると『アラクネ』の仮面が私の顔の目の前にあった。私の顔を見ると満足したのか一度離れて装甲脚を動かすと、私の体はまるで空中で磔にされるかのように大の字に固定された。
 これは一体……そもそもなんで……
 正体を知ろうとするけど、『オーガスタス』のジャミングが切れるまでまだ時間があるせいで正体が分からない。ただ視認できない何かに私が囚われているのは確かだ。ラウラさんのAICみたいなものかもしれない。

「く……この!」

 腕を思いきり振ろうとしても腕全体が縛られているかのように指先しか動かすことができなかった。

「無駄だ無駄無駄! 冥土の土産に教えてやるよ。この糸はさっきのガキに使ったエネルギーワイヤーとは違う。目に見えない程の極細の粘着性の高い糸だが命に支障がねえ程度の強度しかねえ。だから絶対防御が発動せずに糸は切れねえのさ。だがそれが何重にも絡まれば今の手前みてえな虫けらを無様に捕まえられる正に蜘蛛の糸だ。一つ勉強になったなあ?」

 蜘蛛の糸……そうか。蜘蛛の糸の強度は同じ大きさの鋼鉄の5倍以上。敵の言動からして私の体にはさすがのISも動けない程相当数の『糸』が絡みついているはず。非常灯の明かりで薄暗い更衣室の中、よく目を凝らしてみるとあちこちから無数の光が反射している。ロッカーや床、天井を無駄に破壊していたのはこの糸を付着させるのをバレさせないためということだったんだ。

「いいねえその顔。その顔が今から苦痛に歪むと思うと……なあ!」

「げほっ!」

 不意に来た腹部への衝撃に思わず声が漏れる。見ると『アラクネ』の左拳が私の腹部を殴りつけていた。この人も『サイレント・ゼフィルス』の操縦者と同じように絶対防御が発動しない程度の強さで人を痛めつける術を知っている。

「ひゃははは! 思った以上にいい顔をしやがる! さあさあお嬢ちゃん? もっと私を楽しませてくださいなっと!」

「がっ! あっ………ひぐっ」

 繰り返される腹部への衝撃に必死に耐える。衝撃が来るたびに堪えきれなかった息が苦痛の声となって口から洩れ出てしまい、その声を聞くたびに自分が遊ばれているのだと実感してしまう。

「ああ~……いい声だ。このまま四肢を引きちぎったらどんなに快感だろうなぁ? まあ時間もねえし、さっきのガキみたいにISを引き剥がしたら一緒に殺してやっから今のうちに神様にでも祈っておきな!」

 その言葉は、私の覚悟を決めるのに十分な言葉だった。
 堪えていた両方の拳を相手に見せつけるように開く。

「は、どうする気だ? 武装を出したところでこっちに向けられねえぜ? 最後のあがきか?」

 これだけは使いたくなかったけど……外道相手に躊躇はしない!
 両手の手甲から『ユルルングル』を射出する。予想通り相手の『糸』に引っかかって鞭の先端は空中で制止した。

「それだけか? つまんねえ、もういいから死ね」

『アラクネ』が左手に再度鎌を展開して私に振り下ろす。私の予想が正しければこの『糸』は相手の装甲脚に繋がっている。じゃないと私をこの体制には出来ないしわざわざ装甲脚を動かす意味もない。なら、これで……
 相手の鎌が私に振り下ろされ時、『ユルルングル』が青白く光り強い衝撃が私と『アラクネ』を襲った。

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

「うあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 敵と私の叫び声が部屋中に響き渡る。
 今まで使ったことはないけど、『ユルルングル』は常人が一瞬で気を失う程の高圧電流を流すことが出来る。IS相手には操縦者に直接ダメージを与えたり、武装をその電圧で使用不能にさせることが出来るように搭載された能力。ただ私は操縦者自体にダメージを与えるというこの武装を故郷の訓練以外で一度も使ったことはなかった。
 『糸』で絡め取られ『ユルルングル』は青白い光と共に高圧電流を発し、部屋中に巡らされた『糸』はその電流で青白く輝き部屋中を照らし出す。そして『ユルルングル』で『糸』とつながっている私と、『糸』を直接出している『アラクネ』本体も高圧電流にさらされることになる。

「ぐおおおおおおおおおおおおお! こ、こいつ……くそがああああああああああああ!」

 『アラクネ』の装甲脚から白い煙が上がり始め、それを見た相手が装甲脚から何かを排出した。どうやら『糸』を本体から切り離したようで私の体が空中に投げ出されたのを感じ、電流を止める。装甲脚の半分ほどは電圧のせいで使用不能になったようで思うように動かせていない。私も体中が痺れていてまともに動かない。ただ『糸』を本体内部から出していた『アラクネ』よりは私の方が多少マシのはずだ。
 
「おらぁ!」

「が!」

 そう思って顔を上げた途端その顔を蹴り上げられた。手加減する気も無いようで絶対防御が発動して衝撃を緩和してくれる。

「殺す!」

 頭を振って後ずさり相手を確認する。全身から白い煙を上げる『アラクネ』は、それでもゆっくりと私の方に近づいてくる。ダメージは相手の方が上。ただ気力も相手が上だったようです。仮面の奥の顔はさぞかし怒り狂っていることでしょう。
 残った装甲脚が私に向けられて先端が光を放つのと、避けようと私が体を捻ろうとした瞬間、天井が崩れ落ちそのガレキが砲撃を遮った。
 そしてそのガレキに続いて降りてきたのは一つの大きな影。

「ここかぁ! この鬱陶しいジャミングの中心はぁ!」

 そう言いながら降りてきたのは、特徴的なこげ茶色と、まるで翼のように肩から手先まで覆うほどのシールドを両手に装備したアメリカ試作第3世代IS『ヴァルチャー』。搭乗者は……

「え、エリスさん!?」

「ん? おお、カスト候補生じゃん。何か面白そうなことに巻き込まれてるなあ」

 エリスさんが軽口を叩いて私の方を振り返る。って振り返ってどうするんですか!
 私がそう思うのとエリスさんの背中が光るのは同時で、『アラクネ』が再度攻撃してきたのが分かる。でもエリスさんはその攻撃を振り返ると同時に右手のシールドを振り抜くことでその攻撃を払い飛ばした。

「邪魔するなら……手前から殺す!」

「へいへいへいへい、物騒な台詞吐くねえ。亡国機業」

 エリスさんはそう言いながら両手のシールドを構える。

「その機体はウチ(アメリカ)のだ。返してもらおうか」

「へえ、アメリカの候補生さんか……よ!」

 その瞬間『アラクネ』の残っている装甲脚がエリスさんに向けられる。先端から射出される極細の糸がエリスさんの四肢に絡みついた。やっぱり、糸だ。シールドごとエリスさんが細かい糸で拘束されてしまう。

「エリスさん!」

「は! 後ろのガキみたいになりたくなかったら……」

「よ!」

 エリスさんが気合いの声を出すと同時に『ヴァルチャー』のシールドの表面が光った。薄い茶色に輝くエネルギーの翼が展開され、その翼が絡みついたエリスさんの糸を全て切り裂く。
 あまりにもあっさりと拘束を解かれた『アラクネ』が少しだけ後ずさる。

「福音のデータを元に作った『シールドウィング』だ。見るのは初めてか?」

「ちぃ! だが『こいつ(白式のコア)』さえありゃぁ……」

 不利と判断したのか、敵が残りの装甲脚すべてを頭上に向けて砲撃する。落下してきた天井と砂煙で視界と進路が塞がれた。まずい、このままじゃ逃げられる!

「逃がすかぁ!」

 そう思った瞬間『アラクネ』の右腕に誰かが飛びついた。一瞬エリスさんかと思ったけど彼女はまだ私の前から動いていない。ISを展開しているには小柄すぎる。それにこの声……女の人の声じゃない!

「「「な!?」」」

その場のIS操縦者全員の声が重なった。飛びついたのは……一夏さんだったからだ。まさか生身の人間がISに飛びかかるなんて誰が予想できただろう。今まで更衣室のどこかに隠れていたのでしょう。体中砂と埃にまみれて真っ白になっている。そして相手が逃げるために私たちに注意を向けた瞬間、まさに刹那の隙をついて一夏さんは飛びかかった。
 結果としては私のジャミングも生きた。でなければとっくに一夏さんは発見されている。
 
「こっの……糞ガキがぁ!」

 敵が右手を大きく振り回し一夏さんを吹き飛ばした。しかしその右手の中には光るコアは残っておらず……

「来い……『白式』ぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいい!」

 一夏さんの叫び声とともに更衣室が光に包まれ、『白式』を纏った一夏さんが立っていた。その右手には既に『雪片Ⅱ型』を装備している。

「て、てめええええええええええええええええ!」

「だああああああああああああああああ!」

 敵が飛びかかるのと一夏さんが瞬時加速を発動させ、交差の瞬間に刀を振り抜いたのはほぼ同時。『アラクネ』の左側に残った装甲脚が激しい音を立て無残に床に崩れ落ちた。

「こんなガキどもに……私が……この私が、負ける?」

「オータム! 2年前のこと、全て吐いてもらうぞ!」

「ち……くしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「あ、逃がすか!」

 『アラクネ』は一際大きく雄叫びを上げると天井に開けた穴から飛び出した。それを見た一夏さんもすぐそれを追いかけ穴に飛び込む。

「全くとんだ神風人間だな! 織斑一夏!」

「ま、待って!」

 それを見たエリスさんもその後に続き、私もジャミングを止めて慌ててその後を追おうとして、いきなり入った緊急通信に思わず足を止めてしまった。IS学園からの、緊急通信って一体……

『この通信は現在IS学園にいる全ての国家代表、代表候補生に送られている。心して聞いてほしい』

 織斑先生の声だ。映像は無く声だけで、その声にもいつもの余裕がない。

『現在IS学園上空から亡国機業の物と思われるISからIS学園全域への空襲が行われた。現状IS学園の教員、生徒、対空火器だけでは手が足りない。強制ではないがこれらの迎撃を依頼するものである』

 IS学園への空襲!? IS学園はその特性上全世界から人が集まる。その場所に攻撃するという事は世界に対して攻撃するのも同意義の行動だ。まさか亡国機業は世界に喧嘩を売るつもりでこの襲撃を!?
 ここで亡国機業の手掛かりを無くすのは後々のことを考えれば非常にマズイ。でも織斑先生から全国家代表、代表候補生宛ということはそれだけの緊急事態という事だ。亡国機業の捕縛より迎撃を優先させたということは……
 その瞬間、IS学園全域を覆うほどの範囲に攻撃警報が鳴り響いた。

「わ!」

 思わず声を上げてしまう。超広範囲爆撃、異常のないところは緑で表示されるはずの地図が真っ赤に染まっていた。それは織斑先生の言った通り、IS学園全体が攻撃されているという証拠に他ならない。
 私はそれを確認すると空へ上がるために天井の穴へと飛び込んだ。



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IS学園上空1万m。常人では息をするのさえ困難な場所で一人の女性が立っていた(・・・・・)。長身の長い金髪、身に着けた紫色のドレスはその女性の豊満な肉体を惜しみなく現しているが、今いる場所にあっているかと言われればNOだ。強風で乱れる髪を抑えながら女性が呟く。

「さて、時間ね」

 女性の体が一瞬光に包まれ、次の瞬間にはフルフェイス型のバイザーと金色の鎧に長い尾を持つISを身に着けていた。『ゴールデン・ドーン』、それが機体の名前だ。黄昏時の赤い日差しが反射し、その金の鎧を余計に際立たせている。
 彼女が右手を振ると周囲に6つの巨大な赤い球体が現れた。その球体1つ1つが触れれば岩さえも溶解する程の超高熱の炎弾だ。その炎弾を彼女は眼下に広がるIS学園に向けて躊躇なく放った。狙いはIS学園の6つあるアリーナ。降り注げば地下の更衣室まで突き抜けると思われるその炎弾は、放たれてすぐに轟音を上げて空中で爆発する。

「そこまでよ、亡国機業」

 その声のする方に彼女は顔を向ける。そこにはIS学園生徒会長、更識楯無が自らの愛機『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』を纏って立っていた。右手に構えたランス『蒼流旋』に取り付けられた4門のガトリングガンから煙が上がっているのは今しがた炎弾を迎撃したからだろう。
 
『あら、IS学園の生徒会長さんが何のご用かしら?』

 フルフェイスのせいで表情の見えなくなった女性の声が通信越しに楯無の耳に入る。

「IS学園襲撃の現行犯で貴女を拘束するわ。もちろん下にいる二人も一緒に」

『中々心躍るお誘いですけど、遠慮させて頂きますわ。それにそろそろ学園祭も終わりの時間でしょう? 閉会式の準備があるのではなくて?』

「心配無用よ、その前に貴女を捕まえる」

 その言葉と共に楯無は周りに展開されていた水のヴェールを無数の超高圧水流弾に変化させ、それを『ゴールデン・ドーン』に向けて放った。正面から無数の水弾が迫る中、彼女は回避行動も取らずその場に佇んでいる。そしてその水弾が当たると思われた寸前、彼女の目の前で全て消滅した。

「な……」

『ふふ、その程度の水では私の結界は破れなくてよ』

 『ゴールデン・ドーン』の手の平に先ほど楯無が迎撃したものより少し小さい程度の炎弾が出現し、楯無に向かって放たれた。楯無はそれを迎撃するために『蒼流旋』を再び構えてガトリングガンを撃ち込む。しかしその弾丸は炎弾に飲みこまれただけで爆発しない。

『さっきより圧縮濃度を上げてみたの。簡単には爆発しないわよ?』

「なら避けるまで!」

 楯無は無理に迎撃することをやめて炎弾を回避する。

『そうね、それが正しい判断。なら連続はどうするかしら?』

 『ゴールデン・ドーン』の周囲に楯無が放った水弾と同数程度の炎弾が出現し、それが一斉に動き出した。

「この……っ!」

 数発回避したところで避けきれない炎弾をアクア・ヴェールで受け止めようとする。しかし炎弾はそのアクア・ヴェールをなかったかのようにすり抜け楯無に直撃した。元々『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』は水をナノマシンで制御して防御、攻撃両方を兼任しているため装甲自体は他のISに比べ極端に少ない。その後も炎弾が連続で直撃し、楯無のシールドエネルギーがごっそりと削られてしまう。

『山火事にバケツの水を注いでも火は消せない。一定の水量なら炎は消せても、それ以上の熱量には蒸発してしまう。貴女の『アクア・ヴェール』では私の『ソリッド・フレア』は防げない』

 『ゴールデン・ドーン』から憐れむような、そして嘲るような声が聞こえる。彼女の言うとおり、楯無の『アクア・ヴェール』はしっかりと炎弾を受けたが蒸発し、受け止めるまでには至らなかった。炎弾同士がぶつかりあい楯無を中心に周囲一帯を轟音と共に爆炎が包みこんだ。『ゴールデン・ドーン』はしばらくその爆炎の中心を見つめていたが、その中心が円形に膨らんでいくのを見て少しだけ笑い声を漏らした。

「なるほど、私の機体とは相性は悪いみたいね。」

 爆炎を切り裂いて姿を現した楯無の右手には『蒼流旋』、左手には新たに蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を展開している。

『さて、もっと遊んであげたいけど貴女に構っている時間はないの。そろそろ終わりにしましょう? 御嬢さん』

 『ゴールデン・ドーン』の周りに再び炎弾『ソリッド・フレア』が浮かび上がる。その光景に楯無は力を込めて飛びかかるタイミングを伺う。

(攻撃の時は最大の隙が出来る。そこを狙えば『ミストルティンの槍』の一撃で……)

 『ミストルティンの槍』、防御用のアクア・ナノマシンを一点集中して攻性成型し突撃する攻撃技だ。その特性上防御面は非常に薄くなるため楯無自身も危うくなる諸刃の剣。この短時間でこんな大技に頼るなんてこと楯無はしたくはない。しかしこの相手は強い上に機体の相性も悪い。なら自分の最大の技を使い短期決戦に持ち込むしかない。
 周囲に展開していたアクア・ナノマシンが楯無の正面に集まっていく。それを感じ取ったのか『ゴールデン・ドーン』から笑い声が聞こえた。

『ふふふ……』

 『ゴールデン・ドーン』の周囲に展開された無数の炎弾が……分裂した。元々多かった炎弾はさらにその数を増し、まるで空全体が燃えているような錯覚に陥る。

「な……」

『言ったでしょう?』

『ゴールデン・ドーン』はその右手を高く天に伸ばし、振り下ろした。周囲一帯を赤く照らし出す炎弾はその命令に従い……

『貴女に構っている時間はないって』

「しまった!」

 楯無が気付いた時には炎弾はIS学園に向かって降り注ぎ始めた。それを見ていた楯無は、それでも炎弾を追うことはせずに『ゴールデン・ドーン』に向けて瞬時加速を発動させる。『ゴールデン・ドーン』さえ落とせれば炎弾は圧縮を維持出来ない。多少とは言え密度を失えば迎撃も楽になる。それに自分が亡国機業拘束に出たのは織斑先生も知っている。なら既に迎撃する部隊も上がっているはずだ。それを信じて楯無は動く。だがその行動を読んでいたのか、『ゴールデン・ドーン』が真下へと瞬時加速を行った。目標を失い楯無が急制動を掛けて再び『ゴールデン・ドーン』をセンサーで捉える。そこには既にステルスモードに移行しようとしている『ゴールデン・ドーン』が映し出されていた。

「待ちなさい!」

『ふふ、それじゃあね。更識楯無さん』

 それだけ言うと『ゴールデン・ドーン』はセンサーから消えた。

「くっ!」

 完全に遊ばれた。楯無はIS学園に所属しているがロシアの国家代表だ。当然相応の実力が無ければその地位にはいられない。事実楯無はその実力を持っている。その自分がこうも手玉に取られた。つまり相手の実力は国家代表を上回っているということだ。信じられないし、誰に話しても俄かには信じられないだろう。
 しかしそれは……それでも今考えることではない。楯無は頭を振るとIS学園を守る生徒会長の役目を果たすために降下を開始した。
 
 

 
後書き
皆さんお久しぶりです。
リアルで色々あったとはいえまさか前投稿から半年以上たってしまうとは思っていませんでした。
ここまで待たせてしまって本当に申し訳ありません。心からお詫びいたします。
その間に原作も8巻9巻と出てしまいました。本職より遅いってどういうことなんでしょうね……一応次回で長くなってしまった学園祭編も終わりの予定です。
こんな作者ですがこれからもよろしくお願いいたします。

誤字脱字、表現の矛盾、原作流用部分の指摘、感想、評価等などお待ちしてます 。  
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