魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Myth2この地にて友となる君に名を贈る~ReunioN~
†††Sideルシリオン†††
随分とボロボロにされてしまったものだ。治癒術式ラファエルをフルで使っても10分は掛かる。しかしそれはカールと言う医者がすでに治療を施してくれていたからだ。もしエリーゼに拾われて、カール医師の施術を受けていなければ、私は一体どうなっていた事か。
「感謝してもしきれない恩が出来てしまったな」
だというのに嘘をついて騙して。いくらすぐに別れる事になるとはいえ、命の恩人を騙したのはまずかった。とはいえ身分が証明できない以上は仕方ないと割り切るしかないが。エリーゼが出て行った扉へと視線を向ける。あとで彼女には謝ろう。
「ん?・・・・なんだ?」
少し横になって休んでいると、爆発音が僅かにだが聞こえた。首だけを動かして窓を見るが、頭の位置と窓の高さに差があるため外を見れない。しかし見えずとも聞こえる。連続して爆発が起きている。仕方ない。ラファエルと並行して別の魔術式を発動する。
「発見せよ、汝の聖眼」
私の魔力光であるサファイアブルーに輝く、手の平サイズの光球を10基発生させ、窓をすり抜けさせて外へと放つ。イシュリエルは探査術式だ。一種のカメラで、イシュリエルの見ている映像が脳内に送られて来る、というものだ。
これで外で何が起きているのかを確認すればいい。そう思っていた矢先、廊下を忙しなく走る足音が近付いてきた。それは私の部屋の前で止まり、ノックもなくバンッと勢いよく扉を開いた。
「突然ごめんなさい!」
「今すぐここから逃げますっ!」
少女が2人。どちらもエリーゼ程の年齢だろう。服装も似通っている。そんな少女たちは、肩で大きく息するほどに走ったのだろう、顔色は蒼白。それにしても、逃げます、か。やはり何か起きているんだな。イシュリエルから送られてくる映像を確認。燃える街。逃げ惑う住民。
(甲冑を着こんだ連中が街を襲っている・・・!?)
状況は最悪と見ていい。くそっ、私がこんな状態に限って・・・。イシュリエルに割いている魔力をラファエルに回すため、イシュリエルの数を3つにまで減らす。その間にも2人の少女は私を車椅子(何処の世界にでもあるものだな)に乗せるために抱き起そうとした。その時、ドォン!と階下から爆発。
「「きゃあああああっ!?」」
少女たちが頭を抱えて蹲る中、ガシャガシャと金属音を鳴らして階段を駆け上がってくる何者か。おそらく街を襲っている連中の仲間だろう。まだ動けるほど回復はしていないが、迎撃するしかないな。そして奴らは現れた。血色の甲冑を纏った騎士たち。手にする武器には血が付着している。住民たちや襲撃を防ごうとしていた街の警備兵たちのものだろう。騎士の一人が部屋に入って来た。2人は「ヒッ」と小さく悲鳴を上げる。
「大人しくしろ。抵抗しなければ命までは奪らん」
さらに1人2人と入って来て、「へぇ、良い体してるなガキのクセに」「どうせならちょっと遊んで行こうぜ」とふざけたことをのたまった。2人が息を呑み、身体を強張らせる気配を感じた。ただでさえ襲撃を受けた恐怖と、殺されるかもしれないという恐怖に襲われているのに、犯されるかもしれないという新しい恐怖を突きつけられたのだ。さらに廊下に居る仲間であろう奴らが、
「先遣部隊の特権だよな。現地人で弄ぶっていうのは」
「隊長、ちょっと時間くださいよ。どうせ街の制圧は団長の本隊がやっちまうんだから」
「制圧完了のそれまで待機なんて暇すぎですって」
口々に下種なことを。この連中は生かして帰す必要はない。少なくとも隊長と呼ばれた奴以外は。だが隊長とやら。返答次第では貴様も一緒にここで死んでもらおう。
「・・・・好きにしろ。だが殺すな。自殺された場合はやむを得ないが」
「そうこなくっちゃ!」
残念だ。貴様の放つ雰囲気からして真っ当な騎士だと思ったんだが。どうやら私の見当違いのようだ。と、隊長の視線を感じた。目だけを動かして、フルフェイスの奥にある隊長の目を見詰め返す。しばらく視線をぶつけ合うと、「その怪我、どうした?」と尋ねてきた。部下の連中がようやく私を見て「男にしては綺麗だよな」「高額で売れそうだな」「やばい、俺好みだ」とぬかす。最後の奴の言葉に他の連中が一気にソイツから離れた。今のは私も引くぞ。
「聞いてどうする。どうせこの場から生きては帰れないのだから知る必要はないだろう?」
そう言って鼻で笑ってやる。部下の連中は少し呆け、すぐに大笑いし始めた。人生最後の笑いだ。今の内に存分に笑っていろ。しかし隊長だけは笑わずに、ジッと私を見る。そして「そんな怪我で何が出来る。たとえ何か出来たとしても、こちらには2人の人質が居る」と、少女の1人に戦斧の先端にあるパイクを突きつけた。その少女は「死にたくない殺さないで」と大粒の涙を零し、助けてくれるよう隊長に懇願している。そうだな・・・まずは「我が手に携えしは友が誇りし至高の幻想」と詠唱。
「武器殺し」
「何を言って・・・・なんだ!?」
隊長の驚愕の声。そして同時に隊長の持っていた戦斧が床にズンッと落ち、バキバキと床板を突き破って階下へと落ちた。大笑いしていた部下たちもあまりの事態に黙りこむ。静まり返る室内。そして一気に「貴様何をしたっ!」「コイツも騎士かっ!」「なんの魔導だ今のはッ!」と一斉に私に武器を向けてきた。よし、少女たちから私に意識が向いたな。とりあえず「その武器を下げろ、クズ共」と、
――武器殺し――
先程と同じ魔術を発動する。連中の武器が一斉に床に落ち、隊長の戦斧と同じように階下に落ちていった。インパクト・ヴォイド。私の固有魔術ではなく、実妹シエルの固有魔術だ。効果は重力操作による武器封じ。武器限定に重力を掛け、持ち上げられないようにしてやる。もちろん人体にも重力を掛ける術式がある。だが今は武器殺しで十分だ。
「隊長! 今すぐこの男の殺害を!」
本来、固有魔術は術式を組んだ本人にしか扱えない。シエルの重力操作術式もそう。だが私の固有能力・複製。それで複製することで、私の術式として自在にとは言わずとも扱うことが出来る。先程詠唱したのは、人間だった頃の戦友“アンスール”達の術式や神器を具現させるための専用の呪文だ。
「さて、ようやく私のダメージも回復した事だし、本番と行こうか」
ラファエルによってようやく動けるだけ回復できた。上半身を起こすと少女たちが「うそ・・」と驚愕の声を上げた。目を覚まさないかもしれないと言われるほどの重傷人だった私が動いたんだ、当たり前か。
「さあ、始めよう」
左手の人差し指を連中の1人に向ける。ここに来るまで何人かの命を奪ったのだろ? ならば自分の命を奪われる覚悟は当然出来ているよな。そう、人を殺すというのなら、それはいつか自分も殺されるという覚悟を持たなければならない。どこかの契約先世界で、
――撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ――
こんな言葉を聞いた。覚悟もないのに人を殺める事は許されない。だから貴様たちの命は私が貰い受ける。
――暴力防ぎし、汝の鉄壁――
――轟き響け、汝の雷光――
少女たちを巻き込まないように障壁を展開したあと、中級攻性術式・雷撃系砲撃バラキエルを発動。射線上に居た3人の敵性騎士を吹き飛ばした。家に大穴が開いてしまったが人命には代えられない。再び静まりかえる部屋。戦場など知らないであろう少女たちは仕方ないとはいえ、敵性騎士たちが現状に呆けている。よほどの想定外だったんだろうな。私という存在が居たことが。
「命のやり取りをする戦場で呆けるなど正気か?」
「くっ・・・! 各騎、階下へ降下!」
階下へ降りて武器を拾おうと隊長が指示を出したが、すでに遅い。この部屋に来て私をすぐに殺さなかった時点で貴様たちの敗北は確定していた。
「降りたいのなら私が降ろしてやろう」
まず最初に少女たちを球状の魔力障壁に包んで浮遊させる。突然の事に「きゃっ?」と短い悲鳴をあげたが、いちいち断りを入れるほど余裕はない。
続けて足元の床に、
――煌き示せ、汝の閃輝――
閃光系魔力砲撃を放ち、ボロボロだった床板を完全に崩壊させる。私と少女たちは浮遊しているため落ちないが、敵性騎士たちは為す術なく階下へ落ちた。今ので死んではいまい。武器を携え、私を殺すために戦闘を仕掛けてくるだろう。それでいい。全力を以って挑み、そして無力を噛みしめ死んでいくがいい。
「恐い思いをさせてすまないが、もうしばらくそうして待っていてくれ」
少女たちが安心出来るよう微笑みかける。すると「はい❤」と良い返事をした。それを確認した事で私も階下へとゆっくり降下。一階にまで降りると、連中のほとんどが気を失っていた。気を失っていない奴らも居るが、落下の衝撃によるダメージの所為か動かない。そんな敵性騎士たちの中でまともに動いているのが隊長だ。戦斧を手に私を待ち構えていた。
「貴様は何者だ。これほどの魔導を媒介もなく発動させるとは、余程名のある者なのだろう?」
「先程も言った通り答える必要はない」
――無慈悲たれ、汝の聖火――
蒼炎の大蛇プシエルを発動する。床からの最初の出現でプシエルに呑み込まれた4人の敵性騎士は灰も残らず燃滅。轟々と燃えるプシエルを呆然Tと見上げている隊長。後悔してももう遅い。
「プシエル、力を示せ」
そのまま隊長以外の敵性騎士数人をプシエルに呑み込ませる。ようやくここで隊長が「やめろっ!」と戦斧を手に突撃してきた。その場から動くことなく待ち構え、
――暴力防ぎし、汝の鉄壁――
あと少しで戦斧が私に届くかどうかというところで魔力障壁を展開して防御。隊長は弾き返され後退。明らかに動揺が見える。私のようなタイプと戦った事が無いのだろうな。
「殺した者には必ず殺される報いが訪れる。貴様にも、私にもだ。貴様は今この場で。私はいつかの未来で、だ」
隊長以外を焼殺し終えたプシエルを解除、消滅させる。これ以上はここで時間はかけられないな。早々に片付けて街へ向かわなければ。
「悪いがこれで幕にさせてもらう。街へと向かい、貴様たちの仲間をどうにかしないといけないからな」
――舞降るは、汝の麗雪――
蒼い氷で構成された槍を15基展開。槍の穂先は全て隊長に向けられている。それが判っているからこそ隊長は身構え、いつでも迎撃か防御か回避かに移れるようにしている。しかし残念。私の周囲に展開されている14基のシャルギエルにしか意識を向けていない。己の背後で待機している15基目のシャルギエルに気付かないまま逝け。
「凍衝粛清」
指を鳴らし号令。隊長は目の前から迫り来るシャルギエルを対処しようとしたところで、背後からのシャルギエルに胸を貫かれた。終わりだ。続けて前面から迫るシャルギエル14基に全身を蹂躙されて、隊長は即死。せめてもの慈悲で苦痛なく逝かせてやった。
「そこの2人! 街を見てくる。大人しくそのまま待っていてくれっ!」
2人を包んでいた魔力障壁を解除。周囲に敵が居ない事はイシュリエルで確認済みだ。プシエルによって開いた所から外へと出て、背に12枚の剣翼アンピエルを発動。一気に黒煙の立ち上る街へと空を翔ける。目指すは街で一番豪華な屋敷。エリーゼは高位の身分だ。おそらく彼女の住まう家はそれなりのモノだろう。
「とりあえずは片付けと行こうか」
目的地と定めた屋敷に向かうまでの間、地上に居る多くの敵性騎士に向け、
――殲滅せよ、汝の軍勢――
600と展開した様々な属性を宿す魔力槍を、「蹂躙粛清」と撃ち放つ。標的は血色の甲冑を着た騎士限定。一発も誤射してはいけない。とは言え長距離戦を最も得意とする私だ。誤射をすることなどありはしない。街中に居る敵性騎士を空から殲滅しながら屋敷上空に到着――と、まずい状況だった。エリーゼと従者らしき少女が包囲され、今まさに討たれようとしていた。
「させるか・・・!」
――護り給え、汝の万盾――
エリーゼ達と敵性騎士の間に円盾を組み合わせて大盾としたケムエルを展開。ギリギリのところで間に合った。騒然となる敵性騎士たち。私はゆっくりと降下して行き、高度4m付近で停止。
「その娘と先約があってな。それを済ます前に居なくなられては困るんだよ」
そう全員に聞こえるように言う。空を見上げたことで私の姿を確認した敵性騎士たちから緊張が伝わってきた。私はエリーゼへと視線を移し、「命を救ってくれた恩を返す前に死ぬのはやめてくれ、エリーゼ」と微笑みかける。エリーゼの目は泣き腫らしたのか真っ赤で、先程までの気丈さがサッパリと無くなっていた。
「オー・・・ディン・・さん・・・!」
うわ言のように私の偽名を言うエリーゼ。頷くと、エリーゼの目に強い光が宿った。そして「助けてくださいっ、オーディンさん!」と必死の形相で懇願してきた。断るという選択肢は私に無い。コクっと頷いて、
「ああ、任せろ。これより一方的な殲滅戦を見せてあげよう」
左腕を空に突き上げる。敵性騎士たちの視線は空には向かなかった。真っ直ぐに私を注視している。完全に私を警戒しているようだ。
「命の恩人の願いにより、これより貴様たちの掃討を開始する」
――懲罰せよ、汝の憤怒――
蒼い閃光と火炎と雷光で構成された3頭の龍、マキエルを生み出す。そのまま剣翼アンピエルを解除し、地上に降り立つ。せめて同じ土俵に立たなければな。一斉にざわつき始める敵性騎士たち。それらを気にも留めずにエリーゼに「君の友達らしき2人は無事だ、安心してくれ」と報せる。
「本当ですかっ? よかったぁ・・・・ありがとうございます、心配でしたから」
「ああ。すぐに終わらせるから、少し待っていてくれ」
エリーゼがコクリと頷いたのを確認。すぐに騒がしい連中に視線を戻す。そこで連中の長(さっきの連中が言っていた団長だろう)が「静まれッ!」と声を荒げた。それだけでシンと静まる。目の前の団長はよほど部下達に信頼されているようだな。団長は大剣を下げ、「お前はアムルの者か?」と尋ねてきた。
「違うが」
「ならば去れ。我々イリュリアに忠誠を誓いし血染めの死神騎士団は、アムルの制圧に来ただけだ。部外者まで殺せという命は受けていない。我々とて騎士の端くれ。無闇矢鱈な殺生はしたくないのでな、速やかに立ち去ってくれると助かる」
これはまた随分と優しい事を言ってくれる。虐殺の銘を冠した騎士団を率いている団長とは思えない言葉だ。しかし私の背後に庇っているエリーゼともう1人の少女からは強烈な憎悪と殺意がビシビシ伝わってくる。そうだよな。ここまで自分達の街を滅茶苦茶にされたんだ。解るよ、私も。
「そうはいかない。それに、もう私を殺す理由が出来ているぞ」
「なに・・・?」
「気付かないか? この屋敷の外が静かなのが」
両手を耳の後ろに添えて、耳をすませるようなポーズをする。団長の放つ空気がガラリと変わる。警戒から敵意へと。「何をした?」と声色を低くして訊ねる団長に、私は出来るだけ嫌な笑みを見せて「戦場で起こりうることは2つだけだ」と人差し指と中指を立てる。
「殺すか殺されるか、だ」
「馬鹿なッ! 我らはイリュリアの上位騎士団だぞ!」
「お前ひとりに潰されるほどやわではないわっ!」
他の連中は騒ぐが団長は取り乱すことなく「・・・各隊長に連絡はついたか?」と1人の騎士に問う。問われた騎士は首を横に振るのみ。それで団長も含めた全員から狂気じみた殺気が放たれた。
「名を問おう。我はイリュリア所属、敵国強襲騎士団が一、血染めの死神騎士団団長、ワイリー・ゾエ」
大剣を構えた団長――ワイリーの双眸がフルフェイスの兜の奥でギラリと光った。この男、相当強いな。さすがは一個騎士団の将と言ったところか。私も今まで以上の警戒を以って対峙し、名乗りを上げる。
「オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード」
「大層な名だな・・・・どこぞの国の貴族か?」
「いいや。単なる旅人だ。この地へ訪れたのも偶然に過ぎない」
「ならばどうしてこのような・・・!」
私は背後に居るエリーゼを見る。隙だらけだが、さすが騎士という事もあって連中は奇襲をしてこない。レイピアを携えた少女がエリーゼを抱きしめる。警戒、されているな・・・。だがエリーゼだけは真っ直ぐ私を見詰めてくる。
「決まっている。私が死にそうだったのを彼女は救ってくれた。その恩を返す」
そう告げ、すぐさま「粉砕粛清!」と左腕を振り下ろし、三頭のマキエルを突撃させる。
†††Sideルシリオン⇒????†††
オーディンと名乗った男が放った三頭の龍。我は「散開!」と指示を出し、部下をバラけさせる。かなり強力な魔導。防御の上から喰い殺されてしまうだろう。
「各騎、葬送の陣! 龍は我に任せ、オーディン本体を狙えっ!」
各騎が刺突の構えを取り、オーディンとシュテルンベルク家の令嬢と召使いの3名を包囲。いかに強くともエリーゼ嬢という邪魔者が居ては防御に力を割かざるを得ず、本気で力を振るえまい。ならばあとは消耗させて弱ったところで討てばいいだけのこと。その間に我が龍を狩る。我が宝剣“シュナイト”を脇に構え跳躍。標的は蒼く輝く光龍。大きく口を開いて我を喰おうとしている光龍へ、
「炎塵一閃!!」
緑炎を纏わせた“シュナイト”を叩きこむ。口を横一文字に斬り裂き、光龍を霧散させた。これでまずは一頭だ。続けざまに迫って来ていた雷龍の眉間に“シュナイト”を突き立て、
――炎塵一閃――
前転して縦一文字に斬り裂き、消滅させる。予想よりは大したものではなかったな。迫り来る最後の炎龍を片付けるために、視線を炎龍に向けたところで我は見てしまった。
「馬鹿な――ぐあっ!?」
現状に思考が停止していた隙を突かれた。至近距離に着弾した炎龍が起こした爆発に呑まれ、大きく吹き飛ばされた。地面を無様に転がる。止まったところですぐさま起き上がり、我はもう一度見る。そして確かめた。夢でも幻でもない現実を・・・。
「さすが名高きベルカの騎士だが、戦闘経験と戦力の差があり過ぎたな。私の勝ちだ」
オーディンがそう告げる。地面に倒れている我が血染めの死神騎士団の盟友たちの中心で。盟友たちの胸に突き立っているのは漆黒の影のような槍。我に気付かせもせずに容易く盟友たちを殲滅したのか。
何なのだ、あの男は。見る限りまだ若い。そうだというのに、これほどの魔導を気配もなく発動させる。戦闘経験の差・・・か。我らは物心ついた頃より実戦に近い修練をしてきたのだ。
「(それでも足りないと?)・・・街に散っている我が盟友たちもそうやって槍で貫いたのか・・・?」
「そうだ。こんな風に・・・」
――殲滅せよ、汝の軍勢――
あまりの光景に、我は目を疑った。我らの頭上、そこには数えきれないほどの槍が浮いていた。光、闇、雷、炎、氷、風・・・様々な形をした槍がすべて我に穂先を向けていた。アレらを一斉に放たれれば我も無傷では済むまい。仕方がない、あれを使うしか・・・。
『聞こえるか。ワイリーだ。緊急事態だ、今すぐプロトタイプをアムルに飛ばせ』
ラキシュ領制圧の為に設置しておいた野営地に思念通話を繋げる。野営地に構えている交信主が息を呑むのが判った。
『プロトタイプをですか!? ですがアレはまだ実戦で使うには不安定ですし、団長の身が却って危険に――』
『急げっ! 我ら血染めの死神騎士団の先遣隊はすでに壊滅状態! 生き残っているのはおそらく我一人だけだ!』
オーディンの言葉は事実として受け入れるしかないだろう。これほどの実力者だ。ここに来るまでにあの男の目に留まった盟友たちは間違いなく討たれただろう。全てにおいて想定外だ。いや、元々全てがおかしかった。
イリュリアとブルグントの二国と隣接しているシュトゥラ・ラキシュ領は防衛能力が高い。だから今まで攻め入ることが出来なかった。それなのに今日、ラキシュ領の国境防衛の要である第一~第三騎士団がラキシュ本都に一時戻るという情報が入り、好機だということで派遣されればオーディンという怪物が居た。確かに第一~第三騎士団は居なかったが、それ以上の猛者がここに居た。
(偶然かそれともハメられたか・・・)
どちらでももう構わん。我が騎士団は終わった。立て直す事も出来ず、我もおそらくこの地で息絶える。だがせめて任を全うせねば。それゆえにプロトタイプの助力を借りる。オーディンよ。我が誇りを踏みにじったお前に一矢報いる。
『りょ、了解しましたっ。プロトタイプを先行させますっ。援軍も今すぐそちらに送りますので、持ち堪えてください団長!』
思念通話を切る。オーディンは一歩も動かずに我を見据えていた。折角の好機。「・・・どうして攻撃しなかった」と問う。オーディンは少し考える素振りを見せ、「私にも誇りくらいはある」と答えた。
「・・・我の誇りはもう無い。お前に壊された。だが最期に、我は意地を通す」
エリーゼ嬢を見る。すると召使いが背に庇い、オーディンもまた2人を背に庇う。我はここぞという時の為にとっておいたカートリッジを“シュナイト”に装填。
≪Explosion≫
一時的にだが魔力を爆発的に底上げする。これでプロトタイプが到着するまで保つだろう。
†††Sideワイリー⇒エリーゼ†††
「・・・すごい・・・」
わたしは夢かと思えるような現実を見た。他国にまで名を轟かせていたイリュリアのマサーカー・オルデンが、こんなにも簡単に滅ぼされるなんて・・・。どこからともなく真っ黒な槍が出てきたかと思ったら、次にはアイツらの胸を貫いていた。
それにオーディンさんの話を信じるなら、他の死神騎士たちもすでに斃したって・・・。そして今は団長を追い詰めてる。アンナが「一体なんなの彼は・・・!?」って警戒心丸出しで睨む。
「どうして怯えるの? オーディンさんはわたし達を守ってくれているんだよ」
「エリー! 彼は普通じゃない! たった1人で、あんなにも簡単に死神たちを殺したのよっ!」
アンナがわたしの両肩を掴んで、真っ直ぐ目を見て怒鳴ってきた。本気だ。確かにオーディンさんは普通じゃないよ。それくらいわたしにだって解ってる。武装も無しで魔導を使って、しかも魔力変換資質が1つだけじゃない。だけど、ちょっとしか話してないけど、でも悪い人じゃないっていうのも判る。だから怯える事もないし、恐れる事もない。
≪Explosion≫
アンナと見つめ合っている中で聞こえたソレ。2人して一緒に声の出所を見る。団長が携えている大剣からだ。カートリッジシステム。高位の騎士が持つ武装に備え付けられた機能。
「うおおおおおおおおおおおッ!」
団長が大剣を構えてオーディンさんに突っ込んだ。対するオーディンさんは「ジャッジメント!」って指を鳴らす。それが号令だったんだ。空に浮かぶ槍が一斉に振って来て、団長を貫こうとする。
――パンツァーガイスト――
団長を覆う緑色の魔力障壁。団長はそのまま突っ込んで来てオーディンさんに肉薄。振るわれる大剣。オーディンさんはグッと後ろに下がって一撃目を避けた。大剣が斬り返される。オーディンさんに当たるというところで空から四本の炎の槍が落ちてきて、それが盾となった。さらに空から雷と氷の槍が十数本と振って来て、団長を後退せざるを得なくようにした。
――烈火一閃――
後退の最中に大剣を振るって炎の斬撃を飛ばす。オーディンさんは左人差し指を向けて、
――煌き示せ、汝の閃輝――
見惚れるほどに綺麗な蒼い砲撃を撃った。二人の間で衝突した斬撃と砲撃。視界が潰れるほどの爆発が起きた。そんな中でも聞こえる≪Explosion≫っていうカートリッジの装填を報せる声。
「エリー、ここに居たら巻き込まれるっ。離れよう!」
「でも!」
「それよりも私たちの仕事をするべきよっ! 街の人たちの安否確認!」
そう言われたらわたしは頷くことしか出来なかった。生き残っている人が居たら助けないと。出来ればカール先生も無事でいてほしい。煙幕の中に居るオーディンさんを見る。「ごめんなさい」って謝って踵を返して街に出る。
†††Sideエリーゼ⇒ルシリオン†††
カートリッジシステムなんて随分久しぶりに見たな。効果は未来も過去も同じで、ワイリーの魔力を爆発的に上げている。
――炎塵一閃――
煙幕の中に緑色の炎が揺らめいているのが見える。大気を操って突風を起こし、煙幕を晴らさせる。その直後にワイリーが突っ込んできた。ベルカの騎士はやはり接近戦か。しかし油断はするな。シグナムやヴィータの用に中距離魔法を有している可能性もある。
それに警戒しつつ、“神槍グングニル”を具現させる。ワイリーから驚愕している気配が。何処からともなく武器を出したからの驚愕だな。それでも揺るぎなく緑炎を纏う大剣を振り下ろし一閃。“グングニル”の腹で軌道を逸らして弾き返す。衝撃が凄まじく左手が痺れたが、間髪いれずに横薙ぎ一閃。
甲冑の右わき腹部分を破壊するが、体には届かなかったようだな。手応えが無い。甲冑の破損を気にも留めずに振り上げ一閃を放つワイリー。緑炎を纏っていないため半身ズラしての紙一重で回避し、その場で時計回りに一回転して薙ぎ一閃。
――パンツァーシルト――
ベルカ魔法陣のシールドだ。しかし至高の神秘の塊である“グングニル”の前に、神秘の無い魔法という単なる技術に止められるわけもなく。“グングニル”は容易くシールドを切り裂き粉砕。胸部の装甲を破壊する。また本体へのダメージを逃した。間合いを計るのが上手い。だがもう終わりにさせてもらう。トンっと地面を蹴り、僅かに接近する。
――刻め、汝の天災――
空いている右手の五指に蒼雷の長爪を作りだし、薙ぎ払うように振るう。射程圏内に入っていたワイリーに直撃。大剣と甲冑を斬り裂き粉砕し、その衝撃で大きく吹き飛ばされたワイリーは、体勢を整える間もなく地面に落下。地面に倒れ伏すワイリーを見つめる。見れば30代くらいの気難しそうな顔をしている男だった。
「私の勝ちだ。生身で逆転できると思うな」
「くっ・・・・間に合わなかったか・・・」
間に合わなかった? 援軍でも呼んだか? まあいい。とりあえずは終戦だ。問題は生かして帰すか殺して終わるか。ワイリーは「殺すがいい。戦場においては殺すか殺されるかの2つなのだろう?」と私を見上げた。死の恐怖は感じていない。真っ直ぐに見詰めてくる。
「恨むなら恨め。憎むなら憎め。それらを含めてお前の命を背負おう」
「・・・騎士として決闘を挑んで敗北した。殺されるとしても恨みも憎しみも抱かん。だから気負うな、オーディン」
ワイリーが静かに目を閉じた。それでも私は背負うよ。この世界に来て初めて騎士と呼べるお前の命だからな。“グングニル”を振り上げる。苦しまずに逝かせるために心臓を一撃で潰す。心臓目掛けて振り下ろそうとしたところでそれを起きた。
――炎塵一閃・零式――
紫色の炎の斬撃。狙いは私ではなく・・・
「オリバー兄上!?」
ワイリーだった。ワイリー以上の火力を有した紫炎の斬撃が彼を呑みこみ、焼殺した。斬撃の出どころである空を見上げる。そこには紫色のベルカ魔法陣の上に立つ一人の男。
刈り上げられた真っ赤な髪に高圧的な栗色の双眸。他の騎士たちと違い、身に纏っているのは重甲冑ではなく軽甲冑と襟の立ったマント。そして手にはロングソード型のアームドデバイス・・・だな。カートリッジシステムがある。
「ワイリーは兄上と言っていたが、それが事実なら何故弟を殺した? オリバーとやら」
殺気を叩きつける。するとソイツは「敵に殺される恥を晒すよりはマシだろ?」と口端を歪めた。笑っている。実の家族である弟を殺したというのに、ソイツは笑っている! 血の繋がった家族を殺す・・・。如何な事情でもそれだけは許せない・・・。
「だからと言って殺すのか・・・!?」
「弟を殺そうとしていたあんたに言われる筋合いはないぞ、あ?」
「ワイリーは騎士として私と決闘をし、騎士としての最期を認めた。そして私も彼の死の十字架を背負う覚悟もした。それを貴様は・・・!」
騎士の在り方に私は尊敬の念を抱いている。愚直で、それでいて誇り高い。自分の手を穢してでも大切なモノを守る。私が人間だった頃に戦ったレーベンヴェルトの騎士がそうだ。ベルカの騎士は彼らの末裔だ。今回出遭ったマサーカー・オルデンには下種な連中も居たが、ワイリーは違った。彼には誇りがあった。だから真っ向から私と一対一で闘った。まぁその誇りは私が穢したようだが・・・。
「So ein bloedsinn」
「なに・・・?」
ゾー・アイン・ブレードズィン・・・くだらん、といったかあの男は。ソイツは「騎士の誇りとかめんどくせぇ。戦場で必要なのは誇りじゃなく勝利だ」と言いながら地面に降り立った。ゴツゴツとブーツを鳴らし、間合いを計るためか私の周りを歩く。
「にしても凄いよな、あんた。たった独りで俺たちの騎士団を潰すとはさ。どんな軍勢が居るのかと思えば優男がたった独り。だがその実は怪物の如き強さ」
「怪物、か。遠からず当たっているか。それで? 貴様はその怪物相手に独りで挑もうというのか?」
「騎士っつうのはよ、己の身一つで強さを示さなきゃいけないんだと。愚弟はそれに命と誇りを懸けていた。だから迷った。プロトタイプを使う事に」
(プロトタイプ? それを使う事で私との戦力差を埋められる、というのか・・・?)
ソイツはマントを仰々しくバサッと左腕で跳ね上げた。ソイツの腰には鳥籠のようなモノがあった。何かが入っている・・・? 目を凝らし、その何かを視認した私は息が詰まるかと思った。紅色の長髪。生気の無い紫色の瞳。長く尖った耳。一糸纏わずに白い肌を全て晒している。そして背より一対の悪魔のような羽。身長は30cmほどの少女。彼女の名はそう・・・
「・・・・アギト・・・・!」
アギトで間違いなかった。ジェイル・スカリエッティ事件で知り合った、古代ベルカ式の真正の融合騎。後にはやてたち八神家に引き取られ、シグナムの正式な融合騎となったアギト。そんな彼女が目の前に居る。だが私の知っている元気の良い彼女じゃない。鳥籠の中でペタンと座り込み、生気の無い目で私を見ていた。
「イリュリアの技術部が心血を注いで作りだした、融合騎の試作機だ」
奴は鳥籠を外し、アギトを乱暴に鷲掴んで自分の目の前に持ってきた。奴は手の中でグッタリしているアギトに向かって、「おい、初陣だぜ。しっかり働けよ」と勢いよく自分の胸に押し当てた。その時にアギトから「ぅぐ」と呻き声が漏れた。それを聞いて、自分の凶気が目覚めるかと思った。
(私の知るアギトと目の前に居るアギトは別人だ。だが・・・!)
それでもアギトは友人だ。だったら私は彼女を助け出したい。それが彼女にとって良いことなのかはどうかは判らない。
しかしあんな生気の無い顔をさせておけない。彼女には輝かしい笑顔が似合う。
「融合!」
奴がそう告げると、アギトもまたか細い声で「ゆう、ごう」と囁いた。一瞬の閃光。次に姿を現した奴の体に変化が。ユニゾンした者特有の変化で、髪や瞳、騎士甲冑の色が変わる。血色の軽甲冑は最早どす黒く、赤い髪は朱色になり、栗色の瞳は金色に。奴はニタニタと笑みを浮かべつつ、ロングソードの刃の付け根にあるカートリッジ装填口にカートリッジを三発装填。
「さあ狩りの時間だ。あんたを討てば俺は一気に出世できるだろうぜ・・・! ピュロマーネっ、カートリッジロードぉっ! 燃えろ燃えろ燃えちまいなッ!」
≪Explosion≫
ロングソード(放火狂という銘らしいデバイス)がカートリッジをロードし、薬莢を排出した。奴の足元に紫色の魔力光のベルカ魔法陣が展開され、紫炎が噴き上がって刀身を包み込む。振り上げられた“ピュロマーネ”を一気に振り下ろす。すると刀身の紫炎が三日月状の斬撃となって回転しながら迫ってきた。
――紅蓮旋・零式――
フェイトのハーケンセイバーのような攻撃だ。奴は「そらそらそらそらぁぁーーーーッ!!」と連続で“ピュロマーネ”を振るい続け、いくつもの炎の斬撃を放ってきた。“グングニル”を霧散させ無手になり、「我が手に携えしは確かなる幻想」と詠唱。対火炎の複製能力を、複製術式・能力などが貯蔵されている創世結界“英知の居館アルヴィト”より取り出し発動させる。
――熱エネルギー吸収――
両手を炎の斬撃に翳し、手の平に直撃したところで吸収する。それを見た奴が目を見開いた。防御や回避を取ると考えていたんだろうが、残念だったな。だが奴はそれで失意に陥ることなく「あんた、面白いな」と笑う。自分の火炎魔法が通用しないというのにまだまだやる気を見せている。余程の自信家か救いようのない馬鹿か・・・。
「そうか。じゃあまずは貴様の炎を返しておこう」
――第四波動――
吸収した熱エネルギーを火炎砲撃として放つ。直撃はさせない。アギトを傷つけてしまう可能性がある。奴の頭上を過るようにして空へと消えていった第四波動を見送る。
「・・・はは・・・はははは! すげえすげえ! 殺すのが勿体無いくらいに――」
――炎塵一閃・零式――
「――すげえよっ!」
紫炎を纏わせたピュロマーネを振り上げて突撃してきた。こうも真っ向から突っ込んでくるとは、奴は自滅好きか? アギトを傷つけないように注意して、奴を墜とさないといけない。ならばまずは・・・・確保、だな。
(なのは、君の魔法を使わせてもらうぞ)
――レストリクトロック――
桜色の縄状のバインド。かつての親友・高町なのはが誇る最高の捕縛魔法だ。こいつに一度捕まってしまうとかなり厄介だ。破壊するのに結構苦労するから時間が掛かる。だが奴はレストリクトロックを完全に見切り、紫炎纏う“ピュロマーネ”で斬り裂き破壊。甘く見過ぎていたか。だがそれで終わりだと思うな。私の捕縛結界は容易くないぞ。
――チェーンバインド――
――リングバインド――
奴の全方位から鎖状のバインドを12本と伸ばし、四肢を狙って円環のバインドを4つ発動。奴は「確信したぜっ。アンタ、シュトゥラどころかベルカの人間ですらねぇなっ!」と私を睨み、「まあどっちもでいいがな!」と言い放ち、跳躍してリングバインドを回避し、チェーンバインドをパンツァーシルトで防御。防ぎきれなかったチェーンバインドは“ピュロマーネ”で破壊。おお、結構すごいな。
「プロトタイプ! 炎熱強化だ!」
――烈火刃――
“ピュロマーネ”の刀身に紫炎ではなく紅蓮の炎が生まれた。アギトの烈火刃で間違いない。炎熱付与武器強化魔法。第四波動の前に火炎は無意味だと判らないのか、奴は。いや、それは油断だな。クズだが剣の腕は良い。
「喰らいやがれぇぇーーーーッ!!」
――真・炎塵一閃――
刀身より伸びる火炎の刃。魔力は莫大で、火力もまた尋常じゃない。大気を焼いていて、周囲の酸素が一気に薄まっていく。火の粉が宙に舞う。
(シグナムとアギトのユニゾン時とは比べるまでもない強化だな・・・)
私へ振るわれる炎剣。横薙ぎの一閃だ。回避してもいいが、それでは屋敷を傷つけてしまうな。なら防御か迎撃だ。私はもちろん・・・
――熱エネルギー吸収――
真っ向から受け止め、炎剣の吸収を開始する。その間にも奴を捕らえるために先程と同じ捕縛結界を発動。この状態では2つの道しかないぞ。捕らわれるか、攻撃を中断して回避するか。どちらもゲームオーバーだがな。奴は炎剣を解除――攻撃中断という道を選んだ。それで3つのバインドの対処に移り、先程と同じように斬り裂いていった。ここで最後の一手を打つ。
――鋼の軛――
ザフィーラの使っていた古代ベルカ式の捕縛魔法・鋼の軛を発動。地面から拘束条を突き出させ、捕縛結界の対処に追われている奴の四肢を突き刺す。
「んだとぉっ!?」
非殺傷設定としたから人体に傷は付かない。宙で磔になった奴に歩み寄る。さて、どうやってアギトを引っ張りだそうか。と思ってたところで奴は「融合解除!」と告げた。ユニゾン解除で起こる発光で目の前が白くなる。すぐにバックステップで後退。
――捕獲輪――
ガクッと体勢を崩してしまう。視界が戻ったところで原因を視認。炎のリングバインドだ。奴は「いいぞ、プロトタイプ!」とアギトを褒める。アギトは無表情で「有難う御座います」と応じた。こんな奴に礼など言う必要ないだろうに。
――ブレネン・クリューガー――
アギトは続けて炎球を放ってきた。しかし狙いが甘く、直撃コースはない。直撃する前にバインドを破壊しないとな。念のために戦闘甲冑の防御力を上げる。その間に奴が鋼の軛から脱出した。それには正直驚いた。まさか抜けられるとは思いもしなかった。
奴は「対拘束魔法くらい修めているぜ。拷問官としてな」と肩を回している。こちらとしてもすぐにバインドを破壊できる。もう少しで、というところでアギトの攻撃がバインドに直撃した。右腕と左足のバインドが壊れた。あとは簡単に残りのバインドを自力で破壊する。
「このがらくたがぁッ!」
奴はそう怒声を上げてアギトを殴った。小さな悲鳴を上げてアギトは地面に真っ逆さまに落ちた。奴はすぐさまグッタリとしていたアギトを拾い上げ、握り潰すほどの力で締め上げた。苦しむアギトに「何やってんだテメェはっ! 折角捕まえたのに逃がしてんじゃねぇよッ!」とさらに怒鳴る。アギトは「ごめんなさいごめんなさい」と繰り返して謝った。完全に怯えている。今までどんな辛い処遇を受けたのか。
「忘れたのかっ? 死んででも役に立てってことをっ。チッ、役立たずはもう要らねぇよっ!」
奴はアギトを地面にもう一度叩きつけようと腕を振り上げた。それ以上は見過ごせない。いや、アギトが外に出た時に救い出すべきだった。
「やめろっ!」
具現した“グングニル”を投擲、標的はアギトを掴んでいる左腕。気付いた奴が右手に持つ“ピュロマーネ”で“グングニル”の迎撃に入る。が、デバイスと神器では勝負にならない。“グングニル”は“ピュロマーネ”の刀身を切断した。奴の驚愕の隙を突いて最接近。
ハッとした奴は握っているアギトを私へと突き出し、「今度はヘマするなよ、クラム!」と怒鳴る。またアギトをガラクタと言いやがった。アギトの目には怯え一色。しかしそれでも命令を聞こうと、
――フランメ・ドルヒ――
炎の短剣を三十基と展開した。それははやてのブラッディダガー、リインのフリジットダガー、ルーテシアのトーデス・ドルヒのような短剣だ。それらが一斉に高速で打ち出され、私を討とうと迫る。しかし残念だが、今の私の防御力なら魔術を使って防ぐまでもない。
私に着弾していく炎の短剣が爆発を起こしていく。爆炎で視界が潰されるがそれは向こうも同じ。奴の気配を感じ取り、私の手元に戻ってくる“グングニル”の軌道を操作。黒煙の中で確かに聞こえる奴の「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」と言う悲鳴、遅れてドサッと倒れる音。魔力で突風を起こし、黒煙を晴らさせる。視界がクリアになった事で見る。
「・・・・貴様の負けだ」
“グングニル”に腹を貫かれて地面に倒れ伏すオリバーの姿を。私はアギトを鷲掴んでいる奴の左の手首を踏みつけ、左手を無理やり開かせる。ようやくアギトが解放された。手の平の上に座り込むアギトは死に逝く奴の顔をまじまじと眺めるだけ。
「主が死んで、君はやはり悲しいか・・・?」
「・・・わからない・・・。それに、この人は主じゃない・・・」
放心状態の様なアギトがボソボソと呟くように答えてくれた。
「君、これからどうする・・・?」
「・・・敵地で孤立した場合、自壊しろって命令されてる・・・」
捕らえられたアギトから機密が漏洩しないようにするための指示だな。私は「その命令を、君は実行するのかい?」と質問をする。アギトは答えない。迷いがあるんだろう。迷いが無ければ即答するはずだ。
「君、名前はあるのか?」
「名前・・・。融合騎プロトタイプ、ヌンマー・ヌル・ヌル・ヌル・ゼクス・・・」
ナンバー0006・・・それは名前ではなく開発コードだな。そう言えば、アギトという名前を付けたのはルーテシアという話だったか。ここで私がそれを付けるのはあまり良くない気もするが・・・。
「私はオーディン。オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード」
「???」
いきなりの名乗りに首を傾げるアギト。そして小さく「オーディン・・・?」と呟いた。
それに「ああ、オーディンだ」と微笑みかけ、
「私はこの地で独りでね。よかったら私の友達になってくれないか?」
戦闘甲冑の裾を分解し、分解した切れ端でアギトの首から下の身体を包み込む。いつまでも裸のままで居させるのもダメだろう。アギトだって一応女の子だ。アギトはどうしていいのか解らずと言った風の困惑を顔に浮かべている。
「自壊する必要なんてないよ。それにわざわざ辛い場所に戻る必要もない」
「あそこに戻らなくて、いい?・・・じゃあもうクラムって呼ばれない?」
「ああ、呼ばれないとも。呼ばせもしない」
「・・・もうクラムって殴られない?」
「っ・・・ああ、殴られないとも。君を傷つけようとする奴が居たら、私が守るよ」
「・・・もう、クラムは死んで役立て、って言われない?」
「当たり前だ。君はクラムじゃない。何せ私を捕らえたのだからな。君は、すごい子だよ」
アギトを右手の平に乗せて、その小さな頭をそっと撫でる。最初は呆けていたが、次第に目の端に涙を浮かべ始めた。漏れだす嗚咽。そして「戻りたくない・・・死にたくない・・・」と本音を口にした。開発目的がどうであろうと融合騎だって生きているんだ。それなのに勝手に命と心を与えておいて、使えないからお前は死んで役に立て、と? ふざけるのも大概にしろよ、今はもう死んでいるオリバー。そしてイリュリアの者ども。
「じゃあ決まりだな。・・・・アギト」
「?? アギト・・・?」
「そう、アギト。君の新しい名前だよ、アギト」
アギトは何度も確かめるように「アギト、アギト、アギト」と反芻する。目から大粒の涙がこぼれた。あ、あれ? 気に入らなかったのか? いや、そうじゃない。彼女の表情を見れば判る。
「気に入ってもらえたかな・・・?」
「アギト・・・・あたしは、アギト!」
涙を両の手の甲で拭い去り、私に笑顔を見せてきてくれたアギト。ずっと側に居られるわけではないが、それでもしばらくは一緒にいようと思う。アギトが独り立ち出来るまで成長し、そして“エグリゴリ”をこの地で殲滅するその時までは。
「これからよろしく頼む、アギト」
「うんっ、マイスター!」
今までの辛さを少しでも忘れてくれるようにアギトを胸に抱く。アギト。歴史が大きく変わらなければ君は将来、必ず真のロード・シグナムと出逢える。その前にはルーテシアとゼストさんか。どちらにしてもその時にはもう私は居ないだろう。
だから祈ることしか出来ない。君に、その時が訪れるまで平穏な日々が待っているように、と。私はアギトを右肩に乗せ、エリーゼ達の後を追う。生存者が居れば私のラファエルが必要になるだろうから。
後書き
そして前回のあとがきで書いた、古代ベルカだからこそ出来る事、である古代ベルカを生きたリリカルなのはキャラとの再会を描きました。
すいません、やはり戦乱期である以上、戦闘シーンが多くなってしまいます。もちろん古代ベルカでの日常も描くつもりです。
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