まぶらほ ~ガスマスクの男~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第七話
「いい景色ね、ジョニー」
「だろう? キャサリンのために用意されたようなものさ」
大海原を一台のクルーザが悠々と進む。
まるで「この海域は俺のものだ!」と主張するかのように我が物顔で水しぶきを上げながら。
「世界があたしを祝福してるわ」
「女神すら君の美貌の前では霞むさ」
クルーザーには金髪にサングラス、アロハシャツを着た男が操縦桿を握り、その隣では日に焼けた色黒の肌にくすんだプラチナの髪を結い上げた女が面積の少ない水着を着込みタバコをふかしている。
男は自慢げに百万ドルのクルーザーの薀蓄を述べている。どうやら金は腐るほど持ち合わせているようだ。
女は女で世界が自分を中心に回っているかのような口ぶりで自画自賛の言葉をつらつらと口にしている。その遊び人のような見た目に反してボギャブラリーは豊富のようだ。
「ここから少し先に珍しい回遊魚の群れが見られるポイントがあるんだ。そこに行こうぜ!」
「いいわね。その回遊魚って美味しいのかしら?」
「珍味な味なんじゃね?」
なにが面白いのかゲラゲラと笑いながらクルーザーを進める。
しかしふと、男は眉を顰めた。
「んん……? なんだ?」
男の見つめる先には凄まじいまでの水しぶきを上げながら物凄い勢いで迫るナニかがいた。
「……ぅぅぅぅぅ……んんん……」
なにか声らしきものも聞こえてきた。
「なにかしら?」
「さ、さあ?」
豆粒サイズだったナニかは次第に視認できるほど距離を縮めてくる。
「……ずぅぅぅぅぅ……さあああぁぁぁぁぁんんんんんんんんん…………!!」
どうやら少女のようだ。信じられないことにこの太平洋のど真ん中で豪快なクロールをしながら凄まじい勢いで迫ってきている。
少女が通った後ろは海面が二つに割れている。まるで人間ジェットスキーだ。
そのありえない光景に二人は開いた口が塞がらない。
少女はクルーザーの真ん前まで近づくと勢いよく海面から飛び出し、あろうことか船室の窓を突き破って侵入してきた。
「うわぁぁぁ!」
「きゃぁ! な、なんなのよ!」
少女は血走った目でギョロギョロと周囲を見回すと、おもむろに男たちの頭をむんずと鷲掴みにした。
「へ?」
目を白黒させる二人。状況把握が追いつかない二人なんて知ったことかとばかりに、少女は突き破った窓から男たちを投げ飛ばす。
「えええぇぇぇっ!?」
「なんなのよー!」
信じられない膂力で投げ飛ばされた二人は砲弾のごとく空の彼方へと消えていった。
今し方、大型クルーザーを占拠した少女は肩を震わせながら唇を歪めた。
「……待っていてくださいね、和樹さん。いま行きます!」
爛々と目を光らせ、海の彼方へと顔を向ける少女の名は――宮間夕菜。
キシャーの化身。災厄を呼ぶ少女とも呼ばれる現役女子高生だった。
† † †
場所は変わり、名の無き島。その海岸の沖合いに停泊している船団があった。
全部で三艘ある。大きな船だ。一見すると海賊が乗っている船のようにも見える。
しかし、海賊とは違った点が一つだけある。
乗組員の男女比が二対八であり、その中の女性は皆、パジャマを着用しているという点だ。
パジャマを着た女性が所持している武器は自動小銃や軽機関銃。男性の姿は少ないがほとんどの人が人物像がプリントされているシャツを着込み頭にバンダナをつけている。日本の秋葉原に生息していそうな容貌だ。
所持している武器は銃器に代わり何故か一眼レフの高級カメラ。首からぶら下げた姿が妙に似合っていた。
彼らは水銀旅団。マーキュリーブリゲードと呼ばれるテロ組織の一員だ。
そんなある意味テロ組織でも異様ともいえる一団のトップ達は現在、船長室で作戦会議を行っていた。
議題は憎き敵であるMMMの誓約阻止。
船長室には大きな円卓があり、それぞれ豪奢な椅子に腰掛けている。
確認できる人数は五人。この水銀旅団の幹部であり将校たち。
彼らの指揮官である優雅に紅茶を嗜んでいた口髭を蓄えた四十代前半の男が唐突に切り出した。
「同志諸君、すでに承知の上かと思いますが、我々には一刻の猶予もありません」
男の言葉に頷く同志たち。
「すべての女性に汚らわらしきメイド服を着させてしまう、悪魔の化身であるメイドたち。その彼女たちの新たな君主が今、生まれようとしています」
重々しい口調で語る男の言葉にゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。
「言ってしまえば今まさに魔王が誕生しようとしているのです。しかも誓約日がいつなのか、我々はまだ把握出来ていない。これは由々しき事態です。そうは思いませんか!」
「まったくもってカーボン卿の言うとおりだ! 誓約だけはなんとしても阻止せねばならん!」
男――カーボン卿の言葉に呼応して一人の男が立ち上がった。
彼、ミハイルはメタボな体系をした典型的日本のオタク的な風貌の持ち主だ。
どこぞのアニメキャラをプリントしたシャツには【アイたん☆ラブ!】の文字があった。
「誓約日が判らん今、全勢力を動員してあのメイドたちが住まう城に強襲を掛けるべきだ! というか、ネリーたんのパジャマ姿を撮影したい!」
「まあ落ち着けよミハイル。君の気持ちも理解できるが、それは難しいだろう」
独り気持ち悪い闘志を燃やすミハイルに目もくれず諌める男、カインツ。
パジャマ姿の女の子がプリントされたトレーディングカードを並べながら、知的な雰囲気を醸し出している。
「向こうにはあの鬼メイド、リーラ・シャルンホルストがいるんだ。しかもその右腕のセレン・ラドムスキーもいる。強襲を仕掛けたところで返り討ちにあうだけだ」
「ではどうしろというのだ! このまま手をこまねいてみすみす誓約を見逃すとでもいうのか!」
「そうは言っていない。無策では無謀だと言っているだけだ」
「なら何か策があるのか?」
「ない」
「駄目じゃないか!」
くっそう、どうすればいいんだー! 独りヒートアップするミハイルに、どこまでも冷めた様子のカインツ。この二人はいつも衝突し合っているのか、他の将校たちは肩をすくめているだけだ。
カーボン卿は閉じていた目をくわっと見開いた。
「我らは女王陛下からサーの称号を賜りし者。そして、メイドなどという奴隷制度を存続させるMMMに制裁を加えるべく上陸した一騎当千の強者たちもいます。さらに我らには精鋭部隊のピンクパジャマ中隊がいます。少数精鋭部隊ですが彼らの実力は皆さんも知るところでしょう。まさに鬼が金棒どころかビームサーベルを持っているようなものです」
この言葉には賛同しているのか意見を挟まないカインツ。
「ですが、綿密な計画があれば成功率も格段と上がります。ここは皆さんの忌憚なき意見を聞かせて頂きたい」
「では」
一人の将校が手を上げた。
「この島に上陸してからかなり時間が経ちましたが、いまだ我が軍は完全に整っていません。どうでしょう? ナイトパレードと洒落込む前に兵たちに紅茶を振る舞って英気を養っては?」
「だが、紅茶はすでに一人当たり二リットルを支給して大休止も可能な限り行っている。兵たちの士気も高い。ここは一気に攻めるべきでは?」
「いや、兵に必要なのは菓子と紅茶と萌えアニメだ。菓子と紅茶は全員に行き届いているが小休止でもインターネット閲覧の許可は出していない。ダウンロードを待ちわびている者たちも多いだろう」
「うぅむ……兵士たちにとってインターネットは体の一部。ライフラインといっても過言ではない。著作権違法サイトのいくつかは時限式でアップロードが行われている。時期を逃したら消去され二度と見られない」
「そうなれば兵たちの士気はだだ落ちですぞ!」
「エンジェルクラブの配布はどうなっている?」
「日本からは届いているが翻訳が追いついていない。なかには原文がいいという強者もいるが……」
「日本人の描写は他と違って官能的だからな」
「しかし兵たちは日本語が読めない者もいる」
「それは深刻だな……」
ざわめきが大きくなる。本人たちは真面目に議論しているのだろうが、傍目からすればただの変態の集まりである。これで世界的に有名なテロ組織なのだから世の中分からないものだ。
カインツが眉間に皺を寄せたまま口を開いた。
「……我々、水銀旅団は手厚い福利厚生を与えることを信条としている。ここで手を抜くことは今後の募兵にも影響を与えるだろう」
参謀風の男が小さく手を上げた。
「現在我らはメイドたちが占拠する島に上陸しています。これだけでも偉大な功績と言っていいでしょう。このままカメラ小僧中隊にメイドたちの働く姿を撮影して帰れば、世間は負けたと罵ることはないはずです」
「確かに!」
「それどころか我らの戦果を大々的に公表できる!」
「だが、流石に一戦も交えないのはまずいのではないかね?」
色々な意見が飛び交う中、黙して耳を傾けていたカーボン卿が口を開いた。
「ミハイル卿が先程指摘した通り、誓約日を把握できていない我らに猶予はありません。後ろ向きなことばかりでなく、前向きな作戦を立てようではありませんか」
全員が押し黙る。一人の男が手を上げた。
「人員はこちらの方が上とはいえ戦力的にはあちらの方が上です。なにせメイド一人に対して六人がかりでないと倒せないのですから。幸い、明日の昼には援軍が到着します。強襲を仕掛けるにしても無暗に戦えば痛手を受けるのは目に見えています」
「ではどうする?」
カインツが後を継ぐように言葉を続ける。
「やはり、最優先するべきは誓約日の把握だろう。そのためには情報を仕入れなければならない」
「情報入手に関してはどうするんだ? メイドに扮して潜入するのはかなり難易度が高いぞ」
「うむ。正体が露見してしまったら……考えるだけで恐ろしい」
「あの悪魔たちのことだ。誇りあるパジャマを廃しメイド服を着させるに違いない!」
「なんたる下種の極みだ!」
「落ち着け。潜入が難しいのなら捕まえて尋問してしまえばいい。あわよくばそのままパジャマの良さをその身にたっぷり教え込んで仲間にしてしまえ」
ヒートアップする同志たちを諌めるミハイル。
「それと真水の量も不足している。この問題も早急に解決しなければならないだろう。現在確認できている使用可能の井戸は一つだけだが、やっかいなことにメイドたちの前線のすぐそばだ」
「混戦になる可能性があるな。隊長にはベテランを任命しないと」
大分話がまとまってきたようだ。
満足げに頷いたカーボン卿は一同を見回した。
「では、まずは井戸の確保を優先。その際にメイドを一人捕虜にします。なんとしても誓約日を聞き出すのです!」
指揮官の声に皆が一斉に頷いた。
後書き
キシャーがinしました。
感想および評価お待ちしております!
ページ上へ戻る