ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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天使炎上篇
12.仮面の真実
翌日の金曜日の放課後。
猫の最後の引き取り手の彩斗たちと同じクラスの内田遼に引き渡して少し安堵したところで日傘をさした小柄な少女がまた厄介ごとを持ってきた。
「暁古城、緒河彩斗。今夜、私につき合え」
「……え!? いやあの、それはいったいどう言う意味で……?」
「なに動揺してんだ、那月ちゃんが言いたいのは攻魔官の仕事につき合えってことだろ」
「話が早くて助かるが私のことをちゃん付けで呼ぶなと言っておるだろうが」
那月は彩斗へと冷ややかな視線を向ける。
「まあいい。本題にはいる」
改まったように那月は、話し出す。
「二、三日前に、西地区の市街地で戦闘があったことは知っているな」
「……ああ。なんか、未登録魔族が暴れてたって話は、クラスのやつらに聞いいたけど……」
古城は曖昧に頷く。
「暴れてたのは未登録魔族じゃない。あまり大っぴらにはできない情報だがな」
「魔族じゃない……? じゃあ、いったい誰が?」
「知らん。容疑者の片割れは確保したが、そいつの正体はまだ不明だ」
那月が乱暴な口調で言った。
「片割れってことは、もう一人はまだ逃走中ってことか」
「ああ。それに市街地での戦闘があったのは、昨夜が初めてというわけじゃない。規模こそ小さいが同様の騒ぎは、ここ二週間で五件確認されている」
「五件……!?」
その件数に驚きを隠せない。
「じゃあ、また今夜あたり似たような事件が起きるかもしれないわけか……」
「察しがいいな、緒河彩斗」
那月は満足そうに微笑んだ。
「──というわけで、おまえたちには私の助手として犯人確保に協力してもらおう。いくら私でも、一人で複数の犯人を捕らえるのは難儀だからな」
「「いやいやいやいや……!」」
二人同時に首を横に振る。
那月は、古城と彩斗の正体を知る数少ない人物だ。彼らが未登録魔族でありながら普通の高校生として暮らせているのは、彼女が裏で手を回してくれているおかげで感謝しなければいけないのだが、彼女はごく稀に彩斗と古城を攻魔官の仕事を手伝わせる。その度に死にかける思いをする。
「事情はわかったけど、なんで俺と彩斗が那月ちゃんの助手なんだよ? ほかに誰かいないのか!?」
「アスタルテはまだ調整中だ。ガルドシュに撃たれた傷が治ったばかりだからな……しかし、おまえらが拒むなら、あいつに手伝ってもらうしかないが?」
怪我人の少女をこんな事件に巻き込むわけにはいかない。
はぁー、深くため息を吐く。
「やるよ。で、どこに行けばいいんだ」
「おまえは話が早くて助かるな。今夜九時にテティスモール駅前で合流だ。遅刻するなよ。一秒でも遅れたら、おまえと藍羽が美術室で生着替えしている写真をクラス全員の携帯に送りつけるぞ」
「な、なんのことだか……」
ふふん、と不敵な笑みを浮かべる那月。彩斗は彼女のことが苦手だ。底の知れない感じが少し苦手なのだ。
「いいか、暁古城。貴様も今夜来るのだぞ」
那月はそう言い残し、夕焼け燃える空を背に去って行く。
「……勘弁してくれ」
テティスモールは、商業地区である絃神島西地区のほぼ中枢。繁華街の象徴にもなっているショッピングモール。
週末の夜、駅前の人口密度は殺人的ですらある。そんな中、待ち合わせ時刻から二時間ほど過ぎた、午後十一時近くに那月は約束の場所に現れた。
「──遅ェよ! ていうか、なんだよ、その格好!? 攻魔官の仕事じゃなかったのかよ!?」
華やかな浴衣姿で歩いてきた那月を古城は睨む。
「騒ぐな、小僧。この近くの商店街で祭りをやっているのを見かけてな。アスタルテに夜店を堪能させてやろうと思ったのだ」
「それならそれで連絡しろよ!」
「まぁ、そう怒るなって、古城」
騒ぐ古城に落ち着かせるような口調で彩斗は話しかける。那月の後ろでは、同じく浴衣姿の人工生命体のアスタルテの表情はどこか嬉しそうだ。
「それでどうしておまえがここにいるんだ、転校生」
「わたしは第四真祖の監視役ですから」
ギターケースを背負って立っていたのは制服姿の雪菜が、いつものように監視役であることを告げる。
「それよりも、どうしてこんな物騒な任務に、暁先輩みたいな危険な人物を連れ出したりしたんですか。こんな街中で先輩の眷獣が暴走したら、いったいどんな大惨事になるか……」
「だからといって、こいつがなにも知らないまま戦闘に巻き込まれたらどうする気だ、剣巫。そっちのほうが危険だと思わんか?」
「そ……それはそうかもしれませんけど……」
「危険物だからこそ目の届かない場所に遠ざけるよりも、手元に置いていたほうが安全だろう」
「うー……」
雪菜は那月に軽く論破される。二人に危険物扱いされて落ち込む古城に対して、彩斗はどこか違和感を感じていた。
彩斗たちはエレベーターへと乗り込んだ。
「メールで送った資料は読んだか?」
「まあ、いちおう。“仮面憑き”だっけ? そいつを捕まえればいいんだろ」
「正確には、“仮面憑き”を二体とも、だ。って聞いているのか、緒河?」
那月の声に違和感から一度感覚を戻す。
「あ……ああ、いちおうは聞いてる」
「まさかなにか感じるのか?」
「ああ、少しだけどどこかで戦闘してる悪意みたいな気配をな」
“神意の暁”が従えし者たちの内、戦闘を好む荒々しい者が血を沸騰せんばかりに昂らせる。
上昇を続けていたエレベーターが、最上階に到達し、さらにエレベーターを乗り換えて屋上へと到達する。この辺りでは、最も高い建物のこの場所が飛行能力を持つ“仮面憑き”を監視するのに最適な場所だ。
屋上に辿り着いたと同時に血が昂ぶる。血の感覚を頼りに辺りを見渡すと真新しい建物の上半分がごっそり抉られた建物の光景が目についた。
「あんな巨大な爆発がおきていたのに、わたしは気づきませんでした。魔術や召喚であれだけの破壊力を生み出したなら、相当な魔力が放出されたはずですけど」
「獅子王機関の剣巫でも感知できなかった、ということは……やはりな」
那月が奇妙に納得したように呟いた。
「つまり“仮面憑き”ってやつらは、魔力を使わずしてあんなことをやってのけてるってことか……」
「わからん。本人たちに訊けばすぐにわかることだ……殺すなよ、暁、緒河」
彼女の目線の先には、繁華街の外れの巨大な電波塔の上空。
そこに二つの光源体が激しくぶつかり合っている。
「──“仮面憑き”!?」
「思ったよりも早く現れたな。アスタルテ、花火の時間だ、と公社の連中に伝えろ」
「命令受諾」
那月の指示にアスタルテが、浴衣の袖口から無線機らしきものを取り出して操作する。
「那月ちゃん、花火ってなんだ?」
「今どきの若者は、打ち上げ花火も知らんのか」
愛用の扇子を広げながら呟いた。その直後、彩斗たちの背後で、爆音が鳴った。色とりどりの大輪が夜空に咲き誇っている。
打ち上げ花火。発射地点は、“仮面憑き”と真逆の方向。
「これで庶民どもの目はあちらを向く。多少の爆発や騒ぎは誤魔化せるはずだ」
たしかに打ち上げ花火の轟音などは、“仮面憑き”の正体を隠すのに最適だ。
「花火に気を取られている庶民どもが、異変に気づく前に片をつける。跳ぶぞ」
「えっ? 跳ぶって──」
那月の声に嫌な予感を覚えて古城と彩斗は振り返る。
その瞬間、強烈な目眩に襲われ、少し遅れて、地面に着地した感覚を味わう。
赤と白に塗り分けられた電波塔。戦闘中の“仮面憑き”たちの真下である。那月の空間転移で無理やり連れて来られたのだ。
「先輩たち、上です! 気をつけて──!」
その声につられて顔を上げたさいとと古城は、息を呑んだ。
二体の“仮面憑き”は、共に小柄な少女のような姿。
だが彼女たちの背中には、血管まみれの醜悪な翼が何枚も不揃いに生えている。
剥き出しの細い手脚には不気味な模様が浮かび上がり、無数の眼球を象った不気味な仮面が、彼女たちの頭部を覆っている。
二体の戦闘が激しくなるに連れて、市街地に被害が広がる。
「……なるほど。たしかに違和感があるな。あのような魔術の術式、私は知らんぞ」
「はい。あれはまるで魔術というよりも……わたしたちが使う神憑りのような……」
那月の言葉に頷いて、雪菜が背中のギターケースから銀色の槍を取り出した。
「“七式突撃降魔機槍”か……ちょうどいい。手を貸せ、姫柊雪菜。まとめて仕留めるぞ」
その瞬間、那月の周囲の空間が、揺れる。虚空から銀色の鎖が矢のように撃ち放たれ、空中の“仮面憑き”二体を拘束する。
直後、雪菜が鉄骨を蹴り、空中に張り巡らされた鎖を駆け上がる。
「──“雪霞狼”!」
雪菜の詠唱に呼応して、彼女の槍が光に包まれた。
雪霞狼──“七式突撃降魔機槍”は、魔力を無効化し、ありとあらゆる結界を斬り裂く、獅子王機関の切り札。
予期せぬ乱入者に戸惑う“仮面憑き”たちめがけて雪菜は槍をいびつな翼に突き立てる。
「えっ!?」
激突の瞬間、雪菜の“雪霞狼”は“仮面憑き”を覆う禍々しい光が輝きを増して拒む。
ありとあらゆる結界を斬り裂くはずの刃が、見えない壁に阻まれた。
“仮面憑き”が咆哮する。すると彼女たちを縛っていた鎖が弾け飛び、その衝撃に雪菜も吹き飛ばされる。
「──姫柊!?」
「“戒めの鎖”を断ち切っただと……!?」
古城と那月が、同時に叫んだ。
空中に投げ出された雪菜は、そのまま地上めがけて落下して行く。その時だった。彩斗の魔力が昂り、魔力の塊が雪菜めがけて飛来する。
それは形をなし巨大な梟の姿へと変化する。“神意の暁”が従える眷獣、“真実を語る梟”が雪菜を助けたのだ。
知恵を司る眷獣の“真実を語る梟”は、“神意の暁”意思を読み取り、出現することがある。
“真実を語る梟”は、彩斗たちがいるところで静止、雪菜は電波塔に着地した。
「無事か、姫柊!?」
「わたしは緒河先輩のおかげで大丈夫です。でも……」
雪菜の“雪霞狼”は、“仮面憑き”には通用しなかった。
二体の“仮面憑き”は、攻撃に警戒している。一体は、上空に逃れ、もう一体は、怒りを露わにして電波塔のほうへと突っ込んでくる。
「いかん!」
“仮面憑き”が咆哮し、紅い光をはなつ。咆哮は、電波塔の根元をごっそり抉り取る。
支えきれなくなった電波塔は傾きだし、ゆっくりと倒れていく。
「暁、緒河、やつらは任せる! 手加減はするな、おまえらが死ぬぞ!」
その言葉を言い残し、那月は空間移動をする。
「え!? ちょ……」
唖然とする古城と彩斗はなんとか傾く鉄塔にしがみつく。
だが、その傾きは突然として停まった。それは無数の鎖が、鉄塔に絡みつき倒壊を防いだ。
倒壊が停まった瞬間に“仮面憑き”と彩斗は同時に動いた。
「──降臨しろ、八番目の眷獣、“狩人の二牙”!」
彩斗の呼びかけに魔力が形をなし実体化する。
二つの大牙を持つ猪。
“神意の暁”が従えし、不死身の肉体をもつ吸血鬼さえも殺す魔力の塊。
“狩人の二牙”は、“仮面憑き”へとめがけて一直線に真っ正面から突進する。二つの大牙が“仮面憑き”のほっそりした身体へと直撃する。
「なっ……!」
思わず言葉を失った。一撃の破壊力でいえば、“神意の暁”が従える眷獣の中で最強を誇る猪の突進を正面から受け止めた。しかもその肉体には傷一つかなかった。
「うそだろ……彩斗の眷獣の攻撃に耐えるなんて……!?」
いびつな翼を広げる“仮面憑き”。古城と雪菜も驚きが隠せない。“神意の暁”の眷獣が効かないということは、真祖の眷獣を持ってしても倒せないことを意味する。
「疾く在れ、九番目の眷獣、“双角の深緋”──!」
古城の叫びに陽炎のように揺らめく二本の角を持つ緋色の双角獣。
緋色の眷獣が衝撃波を発する。強烈な振動波をまとう双角獣の突撃を、“仮面憑き”は悠々とすり抜ける。雪菜の槍と彩斗の梟のように魔力を無効化したわけでわない。同等のパワーで相殺したようには見えなかった。ただ受け流したのだ。
「やばい──!」
絶句している彩斗と古城はさらに全身を凍らせた。“仮面憑き”が巨大な光の剣を放とうとしていた。
それを止めるべく、雪菜が“雪霞狼”を投擲する構えを取るが、“仮面憑き”に槍は通用しない。それは、同時に“真実を語る梟”の翼が通用しないことを意味しているのではないか。
だが、“真実を語る梟”の翼が効かないと確証したわけではない。
わずかな可能性にかけ、彩斗は右腕を“仮面憑き”へと突き出した。その直後だった。
「なっ!?」
古城の声が洩れる。
突如として飛来した閃光が、光の剣を構える“仮面憑き”を貫いた。
その閃光の正体は、いびつな翼の小柄な影……もう一体の“仮面憑き”だ。
死角からの不意討ちに“仮面憑き”は絶叫を上げる。
閃光に貫かれたまま、彼女は電波塔に激突。鮮血を撒き散らす。
二体目の“仮面憑き”が、その上にのしかかり、鉤爪で容赦なく身体をえぐる。
「俺たちを庇った……のか……?」
「なのか……?」
返り血を浴びた彼女を見ながら呟いた。
彼女の行動は彩斗たちを助けるように入ってきた。
そんな中、彼女の顔を覆っていた仮面に突然と砕けた。
「……馬鹿な! あいつ……あの顔!?」
「嘘……」
“仮面憑き”と呼ばれた少女の素顔を目にして、彩斗と古城、雪菜は言葉を失った。
銀色の綺麗な髪、淡い碧眼──
いびつな翼、素肌に奇怪な紋様をまとった少女。
彩斗が知る少女の姿とは違った。いつものような穏やかな笑みとはかけ離れた表情の少女。
「……夏音……」
彼女の次の行動がわかった。
だが、今起きている状況が理解できない彩斗は動くことができない。
彼女は電波塔に倒れる”仮面憑き”の白い喉に、その牙を突き立てた。
「叶瀬──っ!」
絶叫する古城の前で、凄まじい鮮血が噴き出す。
それは吸血鬼の吸血行為に似ても似つかない行為だ。
喉を引き裂かれた“仮面憑き”が、痙攣する。
淡い碧眼から涙を流しながら、夏音は噛みちぎった肉片を喰らう。
今だこの状況を理解できずにいる彩斗は翼を広げて飛び立った少女を見送ることしかできなかった。
翌日。朝陽が昇る前に彩斗は一人動いた。古城と雪菜にも告げずに闇が辺りを包み込む絃神島を駆け抜けた。
夏音がどうして“仮面憑き”などになってしまったのかを探るために当てもなく駆け抜けた。
息が切れようとも片っ端から夏音に関係のあるところを周り続けた。吸血鬼の体質で夜に眠気が襲って来なかったのが幸いだ。
「くっそ……なんなんだよ」
いくら不老不死の吸血鬼であれども体力には限界がある。
もはや手がかりもない状態で深夜の歩道に一人膝をついて息を整える。
「困ってるみたいだね……?」
肩で息をしている彩斗の背後から聞こえてくる。
吸血鬼の目が暗闇であってもその姿をはっきりと視界に捉える。長い黒色の綺麗な髪。同い年か一つ下の歳。いやそれよりも歳下かもしれない顔立ちの少女がそこにはいた。
そんなことよりも彩斗の目は少女が背負っている暗闇に同化するような黒色の大きなギターケースへと向く。それは雪菜がいつも背負っているものに酷似していた。
瞬間的に彩斗の頭には、“獅子王機関”という文字が浮かび上がる。
だが、それとはまた違う彩斗はどこか懐かしい感覚を覚えていた。初めて出会ったような気はしない。
「叶瀬さんの居場所を探してるんでしょ?」
彩斗は少女の言葉に驚愕する。
「な、なんでお前がそんなことを……」
「今はそんなこといいじゃんか」
少女は誤魔化すように笑顔を向け、綺麗な瞳で四つ折りにされた紙を差し出してくる。
「なんだよこれ……?」
「これは、いまあなたが一番知りたいことが書かれてるメモだよ」
「俺が一番知りたいこと……」
恐る恐るその紙を少女から掴み取る。少女は紙を彩斗に渡すと彩斗に背を向けて小走りで闇の中へと消えていく。
「あっ、そうだ!」
何かを思い出したような少女の声が暗闇の向こうから聞こえる。
「島に行く時は、絃神島の反対側から入ることをお勧めするからね!」
暗闇の向こうで薄っすら少女が手を振っているのが確認できる。闇へと少女は完全に姿を消した。
「なんだったんだ、あの女は?」
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