少女1人>リリカルマジカル
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第十一話 幼児期⑪
ついにこの日が来たか、と少年は心のどこかで思っていた。
「アルヴィンはどうしたい?」
そう問いかけてくる男性を、アルヴィンはただ静かに見つめていた。ようやく歩くのも話すのもおおよそできるようになった時期。このぐらいになると自我が芽生え始め、自分の意思を主張することができる。
だから、わざわざ2歳の子どもにも聞いてくれたのだろう。大人だけで決めずに、少年の意思をこうして目を合わせて真剣に聞いてくれる。この男性といた2年間で、アルヴィンは男性の性格をある程度理解していた。
仕事馬鹿で、責任感もある。けど色々ルーズすぎて、見ていて心配になるところもある。あまり一緒にいられる時間は多くなかったけれど、時間の限り遊んでくれた。子ども好きで、……優し過ぎる人。
「……俺は」
この問いかけの答えは2つ。だからこそアルヴィンは言葉に詰まる。今の年齢通りの思考だったのなら、この男性の質問の意味もわからなかっただろう。応じた答えによってどう未来が変わるのか想像もできなかっただろう。
だけどアルヴィンには、それを思考することも想像することもできた。いつか来るかもしれないと、この日を予想していたのだから。彼なりにこの未来を回避するために動いてはいた。
もともと仕事の関係上、お互いに忙しい身だった。顔を合わせる機会が減るにつれ、互いに遠慮し出すようになるぐらいには。それでも子どもがいるのだからとやり繰りをしていたが、それに止めを刺したのは、駆動炉の開発の主任に彼女が選ばれてしまったことだった。
寮生活になり、今住んでいるクラナガンを離れる必要がある。しかし彼はクラナガンを離れられない。それが、今まで以上に2人の距離を開けてしまった。
でも2人が随分悩んでいたのを知っていた。最後の最後まで俺たちを心配して、何度も話し合っていたのがわかっていた。だから、アルヴィンはどんな結果になっても、それを受け入れることにしていた。
そして受け入れたからこそ、この2択が自身に迫られることも理解していた。アルヴィン自身、彼が嫌いではない。むしろ好感を持っている。どこかほっとけないし、1人にさせるのは心配だと思っていた。それに双子の妹は彼女と一緒じゃなきゃいやだ、と絶対に譲らなかった。
大切な妹と離れ離れになるのは寂しいが、それでもこの男性のためなら我慢できるほどには、アルヴィンにとって大切な人だった。
「ごめんなさい…」
「……そうか」
それでも、アルヴィンは選んだ。男性の表情が一瞬、寂しげに映ったことに揺らぎそうになりながらも、ずっと決めていた答えを口にした。
迷いはあった。でも、譲れないものがあった。将来いやなことや、辛いこともあるかもしれない。誰かを失うことや、今度こそ本当に死んでしまうかもしれない。だけど、自分が選択して決めたことだけは、絶対に後悔だけはしないと心に誓ったから。
「あ、でも。お願いはある」
「お願い?」
突然の頼みに男性は目を白黒させる。まだ言葉を話すのはたどたどしいが、それでも伝えたいことが少年にはあった。アルヴィンは相手の反応に小さく笑いながらも、大きくうなずいた。
「俺、作ってほしいものがある。で、やっぱりすっごいのがいい」
「作るって……私の仕事関係か?」
「うん」
アルヴィンの急な申し出に、男性は驚きながらも同時に少し嬉しかった。この少年はあまりわがままを言わない。謎の行動力を発揮することはあるし、唐突に話題をふってくることはあるが。少ないわがままが今までになかったわけではないが、自分のためのわがままはほとんどなかった。
「まほぉー使ってみたい! ビーム撃てる!」
「いや、ビームは危ないんじゃないか。もう少し簡単な魔法から使った方がいい」
「じゃあ、……SMプレイ?」
「待て、アルヴィン! どこでそんな言葉……しかも、なんで今の会話からそうなる!?」
いや、だってなのはさんが……と呟きかけた少年は慌てて口を閉じる。なのはさんって確かビーム使う前に、敵相手に縛りプレイしていなかった? ぐるぐる巻きにしていた気がするんだけど、と超あやふやな記憶から思考する少年。アルヴィンの中にある魔法のイメージに、彼は冷や汗を流した。
「いいか、魔法はきちんと教えてもらいなさい。絶対に1人で使おうとしない。……あぁやっぱり心配だ」
「だいじょーぶだよ」
「その自信はどこから来るんだ」
子ども相手に少し熱くなりすぎたかな、と思いながら男性は嘆息する。しかし、少年はにこにこと笑みを浮かべていた。自信ありげに伝えたのは、何も根拠がなくて言った訳ではない。転生云々もあるが、なによりもアルヴィンの周りには魔法に詳しい人が多いことが要因だった。
「みんな教えてくれるでしょ?」
「……まぁ、事故が起きたらまずいからプレシアが教えるだろうが」
「ん」
「ん?」
突然アルヴィンに指をさされて、戸惑う。人に指をさしてはいけないと今教えるべきか、とちょっと悩んだ。
「教えてくれるでしょ?」
再度同じ言葉を投げかけられ、ようやくこの少年のいう『みんな』に彼自身も含まれていることに気付いた。もう子どもたちに会えるのかはわからない。だから最後のお願いだと思ったからこそ、アルヴィンの願いを聞き入れてあげようと考えたのだから。
「アルヴィンそれは…」
「プレゼントの使い方は、作った本人がいちばん知ってる。もしかしたら、壊しちゃうかもしれない。だから、魔法と一緒に教えてね」
「もう会えるかはわからないんだ」
「じゃあ、話そう。確か、あれってメッセージとか送れたでしょ。作って終わりじゃなくて、ちゃんと修理や保険付きにもするべし」
だからどこでそんな言葉を…、と頭を抱えながら男性はアルヴィンの意図を理解した。何も考えていないようで、なんだかんだで考えている子だから。そして、それがこの子らしいやり方で、ただでは起き上がらない子だと改めて認識した。
「俺がちゃんと使えるか心配でしょ?」
「……あぁ」
「連絡するから。忙しくても遅くてもちゃんと返信プリーズね」
彼は自分がこの子たちの―――として相応しくなかったのではないかと思っていた。仕事ばかりでほとんどかまってもあげられなかった。だから、彼女と離れたらそのまま関係を断とうと思っていた。
彼女ほど素敵な女性ならきっと新しい家族も作れるだろう。自分よりもっと幸せな家庭を築けるかもしれない。昔の男と関係があれば、その分難しくなると考えたからだ。
だというのに、アルヴィンの言葉を拒否することができなかった。アルヴィンのためにという理由をわざわざ作って、関係を継続させようとする提案に。わかっていても、本当は心の中で望んでいた。それがわかっているからこそ、男性は何も言えなかった。このわがままが、自身のためのものでもあると薄々感じていたからだ。
「おまえは、相変わらずわがままを言わないな」
「ん? 今言ってるじゃん」
「……そうか。ならせっかくのお願いだから、最高のものをプレゼントしなくてはな」
「やった! ありがとう!」
一度は手放しかけた想い。そこにはお互いに、穏やかに笑い合う彼らの姿があった。
ちなみに数年後
『うわぁああぁぁん! あんなの魔法じゃねぇよ!! 昔から馬鹿よりあれすぎると言われてきた俺に喧嘩売ってんだろ!? 魔法なんて名ばかりの知恵熱、または悟りの道開くための量産機だろォ!!』
『アルヴィン本当に落ち着け! あ、あれだ! 魔法使えるために簡単な問題集見繕ってあげるから!!』
『魔法はクリーンな力ですってなんだよ!! 俺の頭クリーンにする気か!? 魔力やリンカーコア云々よりも前に馬鹿には使えませんぐらい注意書きしとけよ!!』
『大丈夫だ! できるから、いつかできるようになるはずだから!! 魔法……いや、理数は私にまかせなさい! とりあえず今日はここの化学式を教えてあげるから…』
なんだかんだで彼らの関係は続いている。……最初の思惑とはちょっと…うん、ちょっと違った形になりながらも。
******
「お兄ちゃん、こんな感じでどうかな?」
「お、いいじゃん。アリシアもだいぶ書けるようになったな」
「にゃーにゃ」
「リニスもほめてくれるの? ありがとう」
アリシアの膝の上に乗っていたリニスも、満足そうに鳴いている。テーブルの上には便箋が広げられ、俺たち2人はそこに今までに習った文字を書き込んでいる。半年ぐらい前までは短文で精一杯だった妹も、かなり上達している。
季節的には秋に入り、太陽が沈む時間も夏に比べて早くなった。晩御飯もお風呂も終わり、後はもう寝るだけだ。今日はリニスとの決闘も一時休戦し、みんなで手紙に書く文章をずっと考えていた。去年のこの時期は紅葉や銀杏といった秋の風物詩を2人で拾って、工作を作っていたな。
「せっかくだからこの前のピクニックのことも書かないか?」
「うにゃ!」
「リニスも賛成だって」
『後はそうですね…。料理について書かれてもいいのではないでしょうか』
「それもいいな」
コーラルの提案を忘れないように、脇に置いておいたメモ帳に書き込んでおく。今年のプレゼントは何にしようか悩んでいたが、アリシアから手紙を書こう、と案を出されたがなかなかいいアイデアだ。
「お母さんの誕生日もうすぐだね」
「だな。アリシアも読む練習しとけよ。本番はこの前みたいに噛まないようにな」
「むー、あれはちょっと間違えちゃっただけだもん!」
前に絵本を音読している時に、噛んだことを思い出したのだろう。少し恥ずかしそうにしている。唇を尖らせる妹に苦笑しながら、ごめんごめんと謝っておいた。
そんなやり取りをしていた最中、コーラルが何かに気付いたのか点滅する。不思議に思い、視線を向けるとそっと俺の方に念話をとばしてきた。
『……ますたー。どうやら来たみたいです』
コーラルの言葉に俺は目を見開き、小さくうなずいた。そろそろ来る頃かもしれないと思っていたが、ついに来たか。そんな俺の様子にアリシアとリニスが揃って首をかしげていた。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「あ、大したことじゃないさ。さて、そろそろ寝ないとな。続きはまた明日だ」
「えー、もうなの」
「アリシア朝起きるの苦手だろ。そろそろ寝ないと朝起きれなくて、母さんに笑われるぞー」
俺がそう言うとしぶしぶ筆記用具の片付けに入った。リニスも散らばった便箋を集め、運んでいる。なんだかんだで素直な妹の姿に、俺も口元に笑みを浮かべながらそれを手伝った。テーブルの上を綺麗にして、俺はアリシア達に声をかけた。
「よし、これでOKだな。俺はまだやることがあるから、先にベットに行っといてくれ。それじゃあおやすみ、アリシア、リニス」
「え、今日も一緒に寝られないの?」
「ごめんな、問題集がまだちょっと終わらなくて。理科なんか全部生物にすればいいのに。科学も物理もいらな…ごほんっ。とにかく明日は絶対一緒に寝るから、今日もリニスと一緒に寝てくれるか? リニスもいいかな?」
「……にゃーう」
俺の言葉に仕方がないわね、というようにリニスは一声鳴いた。リニスは何となくだろうが、俺たちが何かをしているのに気付いているのだろう。アリシアの傍まで行き、抱っこされると寝室へ向かおうと妹に向かってもう一鳴きしていた。
最初はこんな風にばらばらに寝ることはしていなかったが、リニスが来てからは時々アリシアと一緒に寝てもらっている。5歳になった今、俺自身やらなければならないことがある。足りない時間を夜に使うようにしたのだ。
リニスとの戦いは未だに継続中だが、それなりに認識はしてもらっているらしい。だって挨拶してくれるようになった。まじで嬉しかったです。
やっぱり上層部闇討ちでちょっと仲良くなったからかな。俺が転移でリニスを運んで、俊足のもとに無慈悲に毛刈りを行い、認識される前には風のように去っている。まさに辻斬りカット。転移させる時に、ちょっともふっと出来るのが幸せです。
「俺も少ししたら寝るからさ」
「むー、わかった。……お兄ちゃんだってお寝坊さんしてお母さんに笑われても知らないからね」
「ありゃ、それは手厳しい。その時はフォローをお願いします」
「やーだ」
アリシアの返事にガーンって効果音がついた様な顔をすると、くすくす笑っていた。ちょっといじられたらしい。だって俺がジト目で見ると、妹は舌をペロッと出してきた。まったく誰に似たんだか…。
「それじゃあ、おやすみ! お兄ちゃん、コーラル!」
『はい、おやすみなさい』
「にゃー」
妹はそのままいたずらっ子な笑みのまま寝室へとパタパタと入っていった。なんか素直でかわいい妹であることは変わらないが、こうやって俺にいたずらするぐらいにはなったらしい。成長かな、と思うと微笑ましくなる。
だから、これからもずっと…。
「コーラル、行くぞ」
『えぇ、ますたー。でも、後で本当に問題集は終わらせましょうね』
「……やーだ」
『はいはい。今日は化学式の勉強ですから』
アリシアの真似をしてみたが、現実は厳しかったです。
******
「……私じゃ、何も出来ないのかな?」
「にゃ、にゃにゃ」
寝室に入り、ベットに身体を沈ませたままアリシアはぽつりと呟いた。リニスはそんなアリシアに寄り添いながら、手で肩をぽんぽんっと叩いている。少女は仰向けになり、白い天井を眺めた。
「にゃーにゃ」
「そんなことないって? でもお兄ちゃん達なんか隠し事してるもん」
アリシア自身なんとなくでしか答えられないが、おそらくそうだろうと思っている。たぶん2人で何かしている。仲間外れにされたようでアリシアとしては面白くなかった。それでも質問しないのは、アルヴィンなら笑って誤魔化すか、困った顔でごめんと謝って来るだけだろうと思っているからだ。
「よーし、お兄ちゃん達が秘密にするなら私だって…」
「にゃう?」
「私ね、お兄ちゃんをびっくりさせちゃうの!」
アリシアはいい考えだ、と思いついた方法に何度もうなずく。アルヴィンの隠し事が気にならない訳ではないが、それを詮索しようとする気はアリシアにはなかった。調べたら兄は困る。それがわかるから、アリシアは別の方法で意趣返しをしようと考えたのだ。
「……困らせちゃうぐらいなら、お兄ちゃんがうれしくなるびっくりを用意してあげるの。だからリニス、お兄ちゃんにもコーラルにも内緒だよ」
「ふー、うにゃ!」
「えへへ、ありがとう」
アリシアはぎゅっとリニスを抱きしめる。アリシアにとっても兄の顔を見るなら、やっぱり笑顔がいい。少女はサプライズに驚く兄を想像しながら、楽しそうに笑った。
******
『ますたー、これが先ほど届いた返信です』
「サンキュー。前に相談したことかな、どれどれ?」
俺はコーラルが受け取ったメッセージを画面に出し、読んでいく。今も続くリニスとの仁義なき戦いをしている間も、俺たちはいつも通り遊んだり、情報収集を行っていた。それと同時に、俺はあの人にメッセージも送っていた。
『マイスターは、元気そうですか?』
「あぁ、元気そうみたいだぞ」
コーラルの問いかけに、返信された文面を読みながら答える。前文には俺たちを心配する心情と、向こうのことについて簡単に書かれていた。仕事一筋なところのある人だから、健康面がこちらも心配だったが大丈夫そうかな。
コーラルも2人によって作られたから、親みたいなものだしな。俺の言葉を聞いて、どこかほっとしているようだった。
『それはよかったです。マイスターって常識人っぽい方ですけど、実は結構色々ずれている人ですからね』
「この前仕事に熱中し過ぎて、栄養失調、睡眠不足のまま工房に籠りっきりみたいだったからな。さすがにやばいと感じた仕事仲間の人が、俺に連絡してきた時はびっくりしたな」
『あれ結局どうしたのですか?』
「とりあえず関係者の方に許可をもらって、転移して空中突撃して眠らせた。仕事仲間の人が何度言っても効果がないから、俺にお鉢が回ってきたんだしな。次こんなことがあったら、アリシアと母さんの秘蔵写真もうやらないぞって言ったら、土下座して謝っていたかな」
『ますたーもマイスターも相変わらずですね…』
メッセージにはちゃんとご飯も睡眠も取っていると切実に書かれていた。そこまで写真欲しいのか。
「……今度動画でも送ってあげようか」
『……わぁ、ものすっごく喜ばれそうです』
こういうことに対するテンションは、2人とも似た者同士だと思うよ。
さて、俺とコーラルは現在家の一室にいる。ここは書庫というか物置のようなところで、本棚や研究資料の一部、洋服なども置かれている。寮にしてはなかなかの広さがあるため、余った部屋の使い道がこんな感じになったのだ。
母さんが調べ物をする時とかによく使っているが、俺たちはあまり入ることはない。入ってはいけないとは言われていないので、時々本を借りに来たり、かくれんぼで遊ぶのに使わせてもらっている。
そんな一室に俺たちはこうして度々集まっている。それもアリシアとリニスを先に寝かせ、母さんの帰りが遅い時を見計らってである。やっぱ密談にはこういう雰囲気が大事だよね。暗がりの狭い部屋って内緒話に最適です。
「いつもは打倒リニスの会議だが、今日は報告会だからな」
『いつもがそれって、ますたーもなんだかんだで暇人ですよね』
それに付き合ってくれるお前もな。
「俺だってそこまで馬鹿じゃない。リニスとガチンコしても、今の俺では勝てないだろうということはわかったさ」
『苦節約3カ月間でようやくですか』
だけどな、俺は気づいたんだ。相手と戦う場合に最も大切だったことは何なのかがな。初歩的なことを忘れていたのさ、俺たちは。
「あいつらと同じだ。強大な敵相手には、まず情報を集めることが重要だったんだ!」
『上層部=ねこな扱いって…』
「ゆえに俺はまず知ることにしたんだ! そのための情報入手も抜かりないしな。まずは一般知識から探ることにしたんだ」
そう言って俺は、先ほどの返信メールの内容をスクロールして続きを読む。俺の行動に疑問符をつけながら覗きに来たコーラルはメールを読み、固まった。
『……あの、ますたー』
「どうした? …ふむ、なるほどな」
『なるほどな、じゃないですよ。とうとうマイスターまで巻き込みましたか』
メッセージの本文には山猫に関する情報が載せられていた。自然豊かな地域で育った猫は、家猫になっても本来の習性に則って、野猫のように狩りをすることがあるとかなんとか。猫の習性についてはなんとかかんとか。すげぇ、めっちゃ詳しい。
「わからないことは素直に聞くのが一番」
『ましなこと聞いてあげてよ。マイスターもスルーすればいいのに、変にまじめな方だから…』
そんな哀愁漂うなよ、コーラル。ほんとにまじめが空回りする人なだけなんだからさ。
「……あ」
スクロールし続け、俺はメッセージの最後の一文を見つけた。それは、俺が送ったメッセージの返答。無茶で理屈もあやふやなあるお願いの答え。
『例のことだが、わかった。私なりに協力する』
ただ1行。俺は何故と返すだろうと考えていた返事に、了承がもらえるとは思わなかった。こんな推測ばかりな話に、5歳の子どもの言葉なんかに了承してくれた。信じてくれた。何も聞かないでくれた。
「……ほんと、ありがとう」
俺はその一文を画面越しにそっと指でなぞった。そういえばあの時もわがままを言ったっけな。わがままじゃないって言われたけど、あの時も2歳児の言葉を真剣に聞いてくれた。俺はあの時の光景を思い出しながら、相変わらず優し過ぎて心配になる人に感謝を向けた。
******
それでは、ようやくですが本日の重要会議。報告会の開始である。
『最低よ! このすけこましッ!!』
『ぶぅッ、ま、待ってくれッ! 私を捨てないでくれェ!!』
『ふん。本部の受付嬢しているあの女がいるでしょ!』
『彼女とはなんでもないんだ! 私の一番は君しかいない! だから私を捨てないでくれぇええぇぇ!!!』
「……すごい修羅場だな」
『はい。撮っている間も手に汗握っちゃいました。ないですけど』
報告会といっても、俺が転移でとばしたコーラルが隠密で撮ってきた映像の上映会でもあるけれど。
しかし、これは保存だな。この管理局のおっさん、前に母さんのことエロい眼で見てたしな。いやー、裏でこそこそするお偉いさんや悪い奴らって、スクープがいろいろあって助かるわ。
『しかし、ますたーの転移って絶対バグってますよね』
「機械にバグってるって言われた」
『だってそうじゃなければ、こんな映像は普通撮れませんよ。こういう方々は用心深い人が多いですから』
コーラルの言葉は事実でもあるため、俺も手で頭をかきながら、再び映像に視線を移す。事実だけど、バグと言われて肯定はしたくないし。無言で通した。
コーラルの言う用心とは、魔法の存在だ。あいつらだってばれたらまずいことは当然隠したい。今の映像だって、彼らの周りには結界魔法がはられ、一般人、魔導師でもそうそう中に入れない。結界に近づくものがあれば、術者に気付かれるし、触れれば当然弾かれる。
結界魔法は管理世界ではメジャーな魔法だ。敵の侵入を防ぎ、時には捕縛もできる。原作でもユーノさんやシャマルさんがよく使っていた。さらに術者が許可したもの以外には魔法による侵入も脱出もできないし、できても必ず魔力で気づかれるだろう。なのはさん、力ずくだったし。
魔導師なら見られたくない場面ができたらすぐに使われる。防音や見ることも遮断できるのだから。
「ま、俺には問題ないんだけどね」
転移魔法ではない、レアスキルの転移を持つ俺にはまったく意味のないものであったのだが。俺の持つ転移はまじで点と点を移動する。死神に『どんな時でも』ってお願いしてたから、『結界が張られている時でも』問題なく発動する。結界に触れたら気づかれても、触れてもいないから結界で感知される心配がない。それに俺の転移は、魔力も何も使ってないからな。魔力による力ではないため感知もされない。
堂々と結界に侵入・脱出ができ、しかも気付かれない。これに確信を持ったのは、我が家に張られている母さんの結界のおかげである。
母さんは家に結界を張っており、内容は侵入を禁止する遮断の力と、俺たちを護るための防護の力である。俺たちが扉から家を出たら結界にふれるため、母さんも俺たちが外出したと離れていても気付くのだ。
ところが転移で移動した場合は、まったく母さんに気付かれず、さらに当たり前のように家に帰れた。Sランク魔導師の張った侵入禁止の結界にだ。ゆえに俺たちが放浪する時は、必ず事前に母さんに伝えておくことが条件になっているぐらいに。
「リリカルの結界って実は穴があるよな。一度結界に侵入できてしまったら、侵入者に気付けない」
俺は小声で呟き、にやりと笑った。結界に触れる、近づけば気づかれても、中に入ってしまえば結界の力では気づかれることはない。これは母さんにも確認済み。第2期の原作でバーニングさんとすずかさんが結界に侵入してしまっていたのに、魔法が放たれるその時まで、なのはさん達は存在に気付けなかったはず。さらに仮面をかぶったロッテリアさんの時も、不意打ちされるまで周りは気付かなかった。
リリカルの結界魔法は、結界内の存在を感知する力はない。サーチャーで探されない限り、見つかることはないのだ。もし気づかれるようなら、コーラルが事前に教えてくれるしな。しめしめ。
「次はこいつにしようか。この企業、『ヒュードラ』の完成を急かしているし、やばくなったらいつもトカゲのしっぽ切りみたいなことをしてるみたいだ。社長の首根っことっ捕まえれば何もできないだろう」
『なるほど。しかし同僚さんの情報もすごいですね』
あぁ、うん。確かにすごかった。まさか上層部やそれに関連した人物だけでなく、視察に来る管理局員やアレクトロ社と関わりのある会社まで調べていたとは思わなかった。
たまたまこの前、家に来てお酒を母さんとかっくらっていた同僚さんが、視察の管理局員や他会社の人物に呪詛吐きまくっていたのを聞いたのだ。俺は飲み会が終わり、帰ろうとした同僚さんにさりげなく聞いてみたら、ビンゴだった。同僚さんはかなり知っていたのだ。
「……まぁその理由が、いい男探しのために、いろいろ調べてリスト作っていたのにはびっくりしたけど。『なんで上層部関連にはまともな人がいないのよォー!!』って資料叩きつけてたからもらったんだけど」
『よくもらえましたね』
「うん。ほら、ちょっと前に放浪して見つけた新しいお店あったじゃん。ピクニックで行った場所を紹介してくれた人。その店員さんがすごくイケメンで性格もよかったよ、って教えたらくれたんだ」
『この人、堂々と恩を仇で返したよ』
「いやいや、お前も同僚さんに対してひどいこと言ってるよ。俺は新規のお客さんを紹介しただけだから」
実に言葉は言い様である。
さて、俺たちはこんな風によく上映会や『ヒュードラ』の設計状況などを報告し合っている。事故の日取りがわからないため、少しでも情報を集め、予想を立てる必要があるからだ。もし万が一でも失敗だけは許されないからな。
そして、大よそだがそのおかげである程度の見立てはたてることはできた。完成予定はおそらく来年ぐらいになる。これはまず間違いない。スケジュールや開発の様子を見ても、それぐらいには出来上がるように組まれていた。
大型魔力駆動炉の開発計画が始動したのは、俺が3歳ぐらいの時。完成は俺が6歳ごろになる。たった3年で完成を指示する上層部の身勝手さと、開発チームの優秀さがよくわかるな。俺としては、あんな悪環境でミスを起こさない方がおかしいと思うが、それでも正直母さんたちが事故の引き金を引いたとは考えづらい。
というのも、母さん達は本当に安全設計に気を付けているからだ。辛い身体に鞭を打ちながらも、仲間同士で必ず確認しながら作業を進めている。これだけ慎重な作業を見た時は、俺も事故なんて起こりうるのかと思ってしまうほどだった。
だから、おそらく引き金を引くのは上層部の連中だと考えている。今年はたぶん事故は起きないはずだと思う。まだ開発に必要な作業がたくさんある。危ないのは完成間近になった春、または夏だろう。そう思うのは、今までの情報収集と俺のなけなしの原作知識を照らし合わせたからだ。
リリカル物語の2次創作を読んでいた中で、アリシアの回想場面も作品ごとに何回かでていた。2次創作は空想のことで原作には載っていないことも書かれることもあるが、多くの人が同じセリフを書いている場合、それは原作のセリフである可能性が高い。
俺はまだアリシアのあのセリフを聞いていない。もちろん俺がいたことで変わった可能性はあるが、あのセリフはまだ時期ではないだけの可能性も高い。昔ちらっと見た動画の場面では、花であふれた場所にアリシアと母さんがいたのを見たことがある。俺には花畑の記憶はまだないのだ。
さらに母さんがミッドを追放されることだ。事故が起きれば、当然母さんも他の開発チームのみんなも駆動炉の開発につくことはない。つまり未完成になる。だが、上層部は駆動炉の権利を持っていたはずだ。
母さん達がいなくても開発を進め、完成させられるだけの下地がすでに出来上がっていたら、また新しく作れる。まだ必要な作業が残っている今年に事故が起きれば、駆動炉を完成させるなどあいつらには出来ないはず。
だからまだ時間があると俺は考え、コーラルとぶっちゃけ弱味にぎりに勤しんでいる。出来る限り妹の傍にいるように心がけているのは変わらないけどね。
「……なぁ、コーラル。時空管理局にこの情報渡したら、開発止められるかな?」
『……難しいですね。管理局の上層部にもかなり食い込んでいます。これでは権力でこちらが潰されますよ。それにどれだけすごい情報でも、ますたーはまだ5歳です。信憑性がありません。信頼できる管理局員がいるならいいのですが、実際に起きなければ誰も…』
「そっか…」
俺は自分の手をじっと見つめてみる。小さな子どもの手を握っては広げ、今度はぎゅっと握り込んだ。本当に今ほど原作から20年以上も前なのが悔やまれることはないな。少なくとも、20年先なら信頼できる管理局員を見つけられるのに。俺の知識にいる人達は、みんな子どもか産まれていないんだから。
「……うまくいかないもんだ」
『ますたーは頑張っていますよ。僕は知っています』
俺もコーラルには感謝している。母さんにも黙っていてくれるし、5歳の子どもにはない俺の異常性を誰よりも知っているはずなのに、俺の手伝いを何も言わずにしてくれるのだから。
『とにかく地道にやっていきましょう。必ず結果に結びつきますよ』
「そーだな。焦ってもしょうがないしな」
秋が過ぎたら、冬が来る。すぐにでも季節は巡るだろう。すべての始まりの日が刻一刻と近づいてくるのを感じる。俺に出来ることなんて少ない。でもだからこそその少しぐらいは、俺に出来ることを精一杯に頑張ろうと思ったんだ。
「頑張ろうか。コーラル」
『頑張りましょう。ますたー』
未来を変える決意をしたんだ。例え―――頑張った先を考える覚悟が、まだちゃんとついていなかったのだとしても。
「でも一番簡単なのって、集めた裏情報全部ネットに流しまくって、あいつら社会的に叩き落とすことだよな」
『問答無用の犯罪行為ですから、本当にやめてくださいよ』
後書き
結界魔法について:原作からの考えと作者解釈です。結界に触れたらわかるけど、もともと中に入っていたり、中にいきなり現れた場合は感知ができない。または難しいのではないかと思いました。ちなみに原作でもプレシアさんは家に結界を張っています。
ヒュードラの事故:事故が起きる日を私も調べてみましたが、わかりませんでした。しかし、原作で事故当時のアリシアの服装が、薄着であることから温かい時期であると推測。さらにプレシアが、アリシアがもうすぐ学校に入る年齢というセリフから、もうすぐ6歳になる時期であるとも推測。まぁ作者なりの解釈ですが、はい。
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