少女1人>リリカルマジカル
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第十話 幼児期⑩
「「いただきまーす」」
俺とアリシアは手を合わせる。目の前にはおいしそうな朝ごはん。ふわふわのオムレツと新鮮なサラダに柔らかそうなパンがテーブルの上に置かれている。
「はい、どうぞ」
母さんが俺たちの分をよそってくれる。ミッドチルダでの食事は、地球でいうところの洋食系が多い。和食系もあるといえばあるが、たまにはという感じだ。まぁ俺自身食べたくなったらお願いしているけれど。
それにしても、美人で仕事もできて料理もうまい母さん。さらに魔導師として優秀で家族思い。理数系もお手の物。漫画ぐらいでしか見られない様なステータスだぞ。実際アニメで漫画でもあるんだけどさ。
転生したとはいえ、頭の出来はちょっと受け継ぎたかったな。一応両親2人とも科学者なんだしさー。むむー、科学者か…。
「アルヴィンどうしたの? 難しい顔して」
「母さん、今からでもファンタジー系の魔法作れない?」
「魔法体系の根本から否定してきたわね…」
「俺の転移なんてあっち行きたいでとんでいくのに」
「そのレアスキルの方が、本当はおかしいのよ」
母さんがちょっと遠い目をしながら答えてくれた。やっぱりこのレアスキル、まじで便利だよな。もしかすると俺のファンタジー願望が、レアスキルにも移った可能性があるかも。イメージや想像力がだいじだー、とか。
「生まれて4日でいきなりベビーベッドから忽然といなくなることがあったわね。少しして病院の廊下で、ころころ転がっているのが発見された時は、心臓が止まるかと思ったわ」
「お兄ちゃん、赤ちゃんの時からほーろうしてたんだ」
いえ。ただ単に暇になってあっち行きたいなー、って思ったら転移しちゃっていただけです。
「覚えてないわよね。まさかレアスキルが生まれてすぐ使えるなんて」
「あはははは」
ごめん、めちゃくちゃ覚えてる。死神に「いつでも」ってお願いしたから、生まれてすぐにでもできたんだろうな。いきなり場所が変わってびっくりしたなー。
なんだかんだで要望通りの能力あるよな。とあるに登場する白黒さんみたいな演算とかあったら、本格的に泣いていた確信が俺にはある。むしろつんでいた。サンキュー、便利仕様。
「……あなたって結構結果オーライな性格よね。しっかりしているとは思うけど」
「そうかな?」
「そうよ。あなたは産まれた時から……、えぇ、本当にいろいろあったわね…」
母さん、そんなにも遠い目をしないで下さい。心当たりありすぎるけどさ。
「にゃー」
「あ、リニスおはよう!」
寝室の扉の開いた隙間から、1匹の子猫がリビングに現れた。アリシアが挨拶すると、また一声鳴いて返事をしている。俺たちの5歳の誕生日に拾った山猫のリニスである。
「お、リニスおはよう。よしよし俺から朝ご飯のネコフードを進呈してあげよう」
「しゃー」
威嚇された。
「にゃーにゃー」
「あら、お腹がすいたの? 今用意するわね」
「ふにゃぁー」
母さんがそう言って立ち上がると、嬉しそうにごろごろ言っている。薄茶毛の毛並みはもふもふしており、母さんの足をすりすりと身体を寄せて、甘えていた。かわいい。けど、おかしい。絶対おかしい。
「くっ、こうなったら猫じゃらしはどうだ! リニス、これであそ―――」
「ふしゃァァー!」
もっと威嚇されました。
朝ご飯を食べ終わり、食器を台所まで運んで片づける。視線の先には、アリシアがリニスを抱っこしていた。妹はもふもふの毛並みに気持ちよさそうにしている。時々顔をずむっと埋めて、堪能していた。リニスは母さんとアリシアにはすごく懐いているのだ。
「なぜだ。なんでこんなにも警戒されてるんだ」
『自業自得な気もしますが…』
あ、おそようコーラル。なんかぼろぼろになってないか。
「って、待て。自業自得とはどういう意味だ」
『そりゃ、ファーストコンタクトがあれでは仕方ないですよ』
えっ、俺なんかしたか。
「もふろうとしただけじゃん」
『……わかってるじゃないですか』
「え、なんで。あんな立派なもふもふだぞ。もふるだろ。数年間、俺は禁もふ生活していたんだぞ」
『そのよくわからない執念感じて、警戒されちゃったんでしょうが』
そ、そんな馬鹿な! 俺のこの溢れるもふり精神がぬこ様に届き過ぎてしまったというのか!?
俺はその事実にガクッと項垂れる。そんな俺の様子にコーラルが慰めるように、俺の隣に来て声をかけた。
『あのますたー。もともと山猫はあまり人に懐かない、気ままな動物ですから。そんなに気を落とさずに頑張りましょう。きっといつかもふらせてくれますよ。きっと、たぶん、おそらく』
「慰めてるのか、追い打ちかけてるのかどっちだ」
でも、そうだよな。諦めたらそこで試合は終了だよな。ありがとう、コーラル。俺もふるよ。頑張ってもふってみせるよ。
「にゃー」
「『え?』」
すぐ近くで鳴き声が聞こえて来たので振り向くと、そこにはリニスさんがいた。まさかいきなりのチャンス到来ですか。落ち着け、俺。ここでもふり魂を発揮したら、今までの繰り返しだ。俺は息を整え、真っ直ぐにリニスと向き合った。
コーラルもじっと静観している。あぁ見ててくれ、相棒。俺は……やってみせるよ。
「リニ―――」
「うにゃぁー!」
『え、ちょッ…! なんでまた僕に襲いかかって来るのですかァァーー!?』
リニスがコーラルを咥えて、駆け抜けていった。俺、素通りされた。というか「また」ってどういうことだ、コーラル。
俺は視線をリニス達に向ける。そこにはコーラルを投げたり、ころころ転がしながら戯れて遊ぶリニスの姿があった。おそらく朝もコーラルで遊びまくったのだろう。今は食後の運動とでもいうように、元気よく遊んでいる。リニスはすごく楽しそうだ。にゃーにゃー言ってる。
「……コーラルの裏切り者ォー!!」
『裏切ってなんかないですよォ! というか助けて下さァーい!!』
「うるせェ! もふもふできているくせに! 肉きゅうにぷにぷにされているくせに!」
『楽しんでいるのリニスさんだけですよ!? 遊んでいるじゃなくて遊ばれてるのですよォ!?』
「俺なんて遊ぼうとしたら逃げられるんだぞ! それだったら俺も遊ばれたいよ!!」
『大声で何とんでもないこと叫んでるの!?』
ひどい光景だった。
******
これは1人の少年と1匹の猫の軌跡である。
――リニスが来てから1週間後――
「リニスー、おやつだぞー。欲しくないかー?」
「にゃう?」
アルヴィンはおやつを片手にリニスに近づく。古今東西、動物を懐かせるために必要なことは何か。そう、それは餌付けである。
「さぁ、欲しいだろう。遠慮することはないぞ」
「……にゃぅ」
警戒はしているが、視線はおやつに集中している。リニスが恐る恐る近づいてきたことに、アルヴィンは心の中でガッツポーズした。やっぱ餌付けだよね。先人の言葉は偉大だ、と心から誉めたたえていた。
だから気付かなかった。リニスの目は明らかに家猫の目ではなく、野生溢れる狩猟の目であったことを。
結果:狩られた
――リニスが来てから2週間後――
「おやつは駄目。おもちゃも駄目か…」
アルヴィンは悩んでいた。先日おもちゃを用いて再戦したが、隙をつかれてまたしても狩られてしまった。猫に狩られる少年。数日間続くやり取りは、テスタロッサ家の日常風景の1つに収まりそうになっていて、さすがの少年も焦っていた。
おのれあくまで野生根性で攻めてくる気か、あのアマゾネス。だが、そこまで考えてアルヴィンは気づいた。もう1つ動物をおとなしくさせる方法を思い出したのだ。しかし、それは動物好きな己にとっても出来ればやりたくないことであり、相手は猫でしかも女の子だ。
「わかっている。だけど俺は……もふもふしたいんだ」
アルヴィンは決意する。野生を相手にする場合の対処法。そう、それは相手を屈服させることだった。
「悪いな、リニス。今日の俺は覚悟を決めたんだ」
「にゃ…」
リニスも今までとは相手の気迫が違うのを感じ取る。だが、それに怖気づくことはなく真っ直ぐに見据えている。対格差はアルヴィンが勝っている。だが、俊敏性を生かした速さはリニスに軍配があがるだろう。
そして、2人は激突した。
結果:猫パンチ炸裂
――リニスが来てから3週間後――
「猫に負けた…」
『本気で落ち込んでますね』
猫に本気の勝負を挑んで負けた少年。さすがに彼のデバイスもなんと声をかけていいのかわからず、戸惑っていた。
アルヴィンはこれまでの戦いを振り返る。素早く動く薄茶色の閃光に翻弄され、最後は猫パンチを顔面に食らった。少年がこの戦いで思った感想が1つある。
「良い肉きゅうだった…」
『実はあんまり堪えてないでしょ』
だてに半月以上挑み続けてはいなかった。
「リニスの強さはあの速さだ。あのスピードをなんとかしないと…」
『というか、なんでそこまでしますかね』
「意地」
『……簡潔で』
最近のスケジュールとしては、みんなで遊んだり、勝負したり、情報収集したり、ご飯食べたり、コーラルが隠密発動したり、修業したり、ある人にメッセージを送ったり、お昼寝したり、放浪したりしていた。
「そういえば、今日同僚さんが家に来るんだっけ。久しぶりだな」
『またお酒飲まれそうですね』
「テンション高いもんな…。前に来た時は『出会いがなさすぎるぅ!!』って母さんに泣きながら絡んでいたっけ」
麗らかな独身女性を、少年とデバイスは思い浮かべる。最近の彼女の趣味はワイン集めらしい。そういえば噂でMyワインも持っており、名前も付けて愛でていると聞いたな、とアルヴィンは思い出す。
以前男だからと、4歳児相手に「太ももが太い女性ってどう思う?」と真剣に相談しに来るような女性である。ちなみにその時の少年の返答は「いいと思いますよ。俺は細すぎるよりかは、健康的な女性だと思いますし」とまじめに返していた。おい、4歳児…。
「同僚さんっていつも全力全壊だよな…」
『方向性さえ間違えなければ、本当に優秀な方なのですけどね…』
「同僚さんかー」と呟くと、ふいにアルヴィンは考え込む。コーラルは自身のマスターの行動に不思議そうに疑問をこぼした。
『どうしました』
「俺、リニスに本気で向かっていたつもりだったけど、どこかでセーブしていたのかもしれない。同僚さん思い浮かべたら、そんな気がしてきた」
事実、アルヴィンは自身にある能力を使っていなかった。己の身体1つで立ち向かっていた。さすがに猫相手にそれは大人げなくね? と思っていたからだ。だが、果たしてそれは本当に全力だったといえるのだろうか。その問いに彼は眉を顰める。違うとそう感じたからだ。
「そうだ、俺は弱い。猫よりも弱い。なのに本当の全力を出さないなんて、俺はバカだった」
『いや、なにもこんなことでそんな悲しい宣言しなくても…』
「俺にはレアスキルがあるんだ。不意打ち上等。スピードも関係ない。転移してもふってやる!」
『えっとー、もういいや。いってらっしゃい』
「ふはははは。今日こそ年貢の納め時だー!」
結果:転移であらわれた瞬間、飛び蹴りを食らった
――リニスが来てから1カ月後――
「俺、お、れ……」
『ますたーもう諦めましょうよ。リニスさんはきっと産まれる星や種族を間違えた方なのですよ』
さすがに転移も効かなかったことには、落ち込んだアルヴィン。日に日に反応スピードが上がっていると感じていたが、まさか一瞬で蹴りを食らわしてくるほどの女傑だったとは。少年は自らの未熟さを痛感した。
「世界って広いな…。俺ってこんなにもちっぽけな存在だったんだ」
『そのセリフ絶対こんな場面で使うものじゃない。やめたって誰も咎めませんよ? むしろやめましょうよ』
「やだ」
『ますたー』
「だって、……家族なんだ。もふもふしたいのは本当だけど、このまま諦めたらリニスに認めてもらえなくなるかもしれないじゃん。俺はそれが、それだけはいやなんだ」
ばかでも、意地でも、譲らないとそっぽを向くマスターに、コーラルは呆れながらもこれ以上止めるつもりはなかった。自分のマスターの頑固さと意地っぱりさ、そして根性に折れたからだ。
『仕方ないですから、僕もお手伝いしますよ』
「ほんとか。何か手があるのか?」
『レッツ魔法』
すごい百面相が見られた。
「……いいだろう。俺だってな! ここまで追い詰められたらやってやろうじゃねぇか! 三角形の面積ぐらいなら俺だって解けるんだぞ!!」
『……嬉しいはずなのに、なんでこんなにも複雑なのでしょう。あと魔法が使えるまで、ものすごくゴールが長い気がするのは気のせいにしたい』
後にこのクエストが、半端ないぐらいの難易度であったとコーラルは語る。例え無理ゲーをしたとしても、あの時に比べたら……と乗り越えてしまえるぐらいのものだったらしい。
「やってやる! もふっともふっとずむずむにゃーん してやるんだ!!」
『え、何そのかけ声』
――リニスが来てから1カ月半後――
「にゃ! にゃにゃ!」
「リニス今日も元気だねー」
アリシアはソファに座りながら、リニスの修行風景を眺めている。1日の鍛錬を彼女は欠かすことなく行っている。部屋を駆け抜け、速さを磨く。猫パンチを繰り出し、鋭さを培う。
普通猫にこんな修行はいらないのだが、リニスが楽しんでやっているのがわかるため、アリシアは止めるようなことはしない。むしろどこか生き生きして取り組んでいる彼女を見て、微笑ましそうに思っていた。
「……みゃう」
アップも終わり、身体もだいぶ温まったらしい。満足そうに毛づくろいをした後、彼女は軽い足取りで目的地へと向かった。日照りの暑さがなりをひそめる時間。これぐらいの時間帯になると、そろそろテスタロッサ家恒例の日常風景が始まるからだ。
和やかな一時。彼女のしっぽは、小気味よいリズムで振られていた。
******
――リニスが来てから2カ月後――
「ジャックの豆の木って本当にあったらすごいよな」
「ジャックさんってだれ?」
質問されたので、妹に童話の説明をする。暇な時、俺は前世で読んだことのある物語やお話を妹に教えている。桃から生まれた桃の人の話や、それ関連で桃姫のさらわれ旅行記や、桃電の貧乏神あんちくしょうの話もしたことがある。
さっきまでぼんやり眺めていた駆動炉を見ていて、童話をふと思い出した。前に風を感じるために転移した時も思ったけど、ミッドって高いところ好きだよな。まじで雲まで届きそうな建物多いしね。
「ジャックさんはすごいんだぞ。天まで届きそうな豆の木をちょっくら登ってみようで登りだす人だ。命綱なしで。しかも結構頻繁に、短時間で。お前どこの伝説のクライマーだよってぐらいだ。しかも最後は豆の木を斧で切り落とすんだぜ。どんなパワーだよ」
「お兄ちゃんがツッコんでる」
「大きくなると自然とこうなる」
まだまだ純粋な妹のままでいてくれ。昔話は大きくなるとツッコミどころ満載過ぎて、話の内容よりそっちの方が気になりだすから。不思議だ。
妹はへぇー、という感じで感心している。話が終わると、アリシアはベランダに目を向けて、空を仰いだ。
「お空まで木が生えるんだー」
「らしいぞ。さらににゅるにゅる伸びるらしい」
「へびさんみたい!」
相変わらず動物関連には反応はやいなー。いやはや。
「そーれ、にゅーるにゅーる」
「にゅーるにゅーる!」
なぜか二人で不思議な踊りを踊っていた。妹とにゅるにゅるで白熱した。
「リニスも一緒にやるか?」
「ふっ」
このにゃんこ鼻で笑いやがった。ソファの上でごろごろしていたリニスにお誘いをかけたら振られた。だんだん容赦なくなってきた気がする。というか猫なのに、かなり感情表現がわかりやすくなった。なんでだろ。
あれから何度か立ち合ったけど、猫なのになんでこんなに強いの? 異世界の猫は、実はとんでもない進化をしているんじゃないかと最近思う。それにしても、まったくデレ期が来ないよ…。
ちょっと打ちひしがれていた俺の隣から、妹がきらきらした目でリニスを見ていた。リニスもその視線に気づき、微妙に焦っている。あっ、これはいけるかも。
「リニスもやろー? 面白いよ」
「ふにゃ!?」
「そうだ、そうだ。面白いぞー。アリシアの誘い断る気かー」
便乗した俺の言葉にリニスが唸る。唸りながらアリシアをちらちら見ている。彼女の中でおそらくすごい葛藤があったのだろう。
今まで見ていて思ったんだが、実はこのお猫様、女の人には優しいのだ。逆に男の人には警戒心が強く出るらしい。前に上層部のやつらに出くわした際、爪で一瞬にして髪の毛をご臨終させていた。あれはかっこよかった。
まぁつまり、リニスは女の子大好きだから悲しませることだけは絶対にしない。その優しさをもうちょっと俺にも分けて欲しいけど。
少ししてリニスはソファから起き上がり、俺たちの近くまで移動した。静寂が包むリビングで、ごくりと誰かが唾を飲み込む音が響いた。リニスのその目は、まさに覚悟を決めたものの目だった。
「ふ、ふにゃぁぁあああぁぁん!!」
「な、なんてすごいにゅるにゅるなの!?」
「タマだ! 磯○さん家のタマがいる!! ちょッ、カメラどこだ!?」
「負けない。私だってェー!」
「えっ、競うのォ!? これ競うものだったの!? えぇい、俺だって負けるかぁーー!!」
「うにゃぁぁーー!!」
すごい光景だった。
踊り疲れた。とりあえずお茶しばいて休憩しました。
「……すごかったね」
「若いってすごい」
「にゃー」
テンションって時々怖ぇ。リニスさん最初はやけくそっぽかったけど、後半はみんなでなぜかパラパラを踊っていた。いや、ほんとになんでだろう。
「でも、お豆さんもすごいよね」
「あぁ、うん。確かに天まで伸びるんだから、豆もすごいか。でもものすごくケチ臭いよなー」
「そうなの?」
そういえば、童話の話してたっけ。いや、でもやっぱりケチ臭いだろ。確かあの豆は掌サイズだったはずだ。
「空まで続くでかい木なのに、豆は普通に粒なんだぜ。そこは奮発しろよ。おっきい豆とか」
「おっきいお豆さん?」
「そうそう」
明らかにそう思うだろう。そんなにもでかいんだったら、当然豆も大きくていいはずだ。妹も大きい豆に興味をもったみたいで、わくわくしている。リニスもアリシアの膝の上に丸まりながら、耳がぴくぴく動いていた。
「そういえば豆って、袋の中にいっぱい入ってるんだ(果皮のこと)」
「お豆の家族さん?」
「そうそう。そんで袋から豆が飛び出すんだぞ(繁殖のために)」
「飛び出すの!?」
199X年 広大な大地の上に、1本の豆の木がそこにはあった―――
巨大な豆の木に実る無数の巨大な豆。そしていっせいに袋から飛び出していく。飛び散る豆流星群。空から飛来する豆ミサイル。それはまさしくメテオのごとく。阿鼻叫喚の世界。めり込んだ地面からまた生える巨大な豆の木。エンドレス。
―――世界は豆に包まれたのだった。
「……いや、おっきい豆なし」
「えー」
「いやまじなし。うん、さすが童話だ。きちんと考えられているんだな」
「そうなの?」
「みー?」
「あぁ。豆が小さい理由が、お兄ちゃんわかったよ」
童話って意外に深かったことに感動した、午後の日のことであった。
******
「ただいま…、あらあら」
「あ、おかえりなさいお母さん。今日は早かったんだね」
嬉しそうにプレシアのもとへアリシアは歩み寄る。プレシアは娘の言葉にうなずきながら、リビングの奥の方へ目を向ける。そこには珍しく寝息をたてているアルヴィンが、お昼寝用の布団の中で丸まっていた。
「寝ちゃってるの?」
「うん、だからしぃーなの。お兄ちゃん、にゅるにゅるダンスの後にお豆の家族さんがミサイルになるのにびっくりして、その後リニスとけっとーして、ひでぶにされちゃったの。それで疲れて寝ちゃった」
「(……働いて私の頭脳。今こそ娘の言葉を全力で翻訳するのよ)」
お母さん頑張った。とりあえずいつも通りの日常だったのだろうと予想をつけた。合ってる。
2人で小声で話しながら、アルヴィンの寝顔を覗きこむ。いつもはっちゃかめっちゃかしているが、どこか大人びたところのある少年の顔は、年相応の幼さが見えた。プレシアはそれに小さく笑うと、息子の黒髪を手で優しく撫でていた。
「アルヴィンもリニスも元気よね…」
「でも楽しそうだよ」
「ふふ、そうね。リニスももう素直になったらいいのに」
そう言って、アルヴィンの隣で同じくすやすや眠る子猫に目を向ける。アルヴィンと一緒で疲れていたのだろう。お互いに寄り添いながら布団に身を寄せていた。
「2人とも意地っ張りなんだから」
「お兄ちゃんとリニスは仲良しだもんね」
「えぇ、家族ですもの」
プレシアは少しずれた布団をかけ直してあげながら、笑みをのぞかせた。
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