鬼灯の冷徹―地獄で内定いただきました。―
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参_冷徹上司
三話
「お二人とも、昼食をご一緒しないかしら?」
鬼灯に連れられている途中、食堂の前でお香が言った。
ミヤコも空腹だったし、もちろん鬼灯も「では」と首を縦に振ると思っていた。
しかしそれは甘い考えだった。
「残念ですが、これから彼女を閻魔大王と面会させるつもりなのです。何しろこの方、よほどの爆睡タイプらしくて、軽く15時間ほど寝呆けていたもので」
「あら、そうなの」
「ですのでまた今度。失礼いたします」
ミヤコは黙って従うことにした。お香は二人に向かって手を振ると、食堂へと入っていった。
中は賑わっていて、おいしそうな匂いがした。
「あの・・・・・・鬼灯さん?」
「はい。何でしょう」
「閻魔大王って、どんな方なんですか?」
ミヤコの想像している閻魔大王は、赤い顔で立派な髭、鋭くて大きな眼光に剥かれた牙のような歯。
人が落ちる地獄を決めるような人物なのだから、相当怖いに決まっている。
彼女の質問に、鬼灯は少々呆れたような口ぶりで言う。
「ああ、閻魔大王ですか。そうですね。現世で描かれている絵の人物を、もっと太らせて眼光を鈍くして髭面にして、全体的なイメージとしては熊ですね」
「く、熊?」
「まあ、会えばわかります」
鬼灯に案内されたのは、昨日鬼灯と初めて会った広い部屋だった。
昨日は空いていた大きな椅子に、今日は人がいる。
まさに、鬼灯がたった今説明してくれたような人物だった。確かに熊っぽい。
「鬼灯君!」
あれ?思った以上に声のトーンが陽気。優しい校長先生みたいだ。
「あっ、その子がミヤコ君?」
「ええ。」
「ど、どうも。加瀬ミヤコです。よろしくお願いします!」
「どうも。よろしくねえ。わからないことは、鬼灯君とかわしに聞いてくれればいいからさ。君の仕事のことは、全部彼に任せることにしてるからね」
閻魔大王はニコニコしながら言った。
想像とだいぶと違ったが、どうやら怖い人ではなさそうだった。
きっと閻魔大王と鬼灯の間には、長い時間をかけて築かれた主従関係や信頼関係がきっちりあるのだろう。
素敵な上司と部下の関係性。ミヤコは憧れていた。
こんなに優しそうで温和な上司、そして仕事は完璧にこなすであろう冷静な部下。
刑事ドラマなんかでもよく見ることがある。
「ところでさあ、鬼灯君」
「何でしょう」
「午後からの仕事なんだけど、ちょっと今日のノルマ、減らさない?昨日も残業だったしさあ」
閻魔大王のこの一言のせいで、ミヤコは鬼灯の真の恐ろしさを見ることになる。
閻魔大王が言い終わるか終らないかの内に、鬼灯からは異様なオーラが放出されていた。
何だ、何か悪いことが起こりそうな予感だ。
「大王、この間もそんなこと言ってやるべきことを先延ばしにしていましたよね」
鬼灯が金棒をひょいっと肩に担ぐ。
「宿題を溜め込むタイプの子供を持つ、夏休みが終わる8月31日の親の苦労、わかりますか?」
「わし、小学生!?」
「絶対に今日の終わらせるべきところまではやっていただきます!さもなくば」
あの金棒はどれほどの重さがあるのかわからなかったが、相当な凶器である。
ミヤコは生唾を飲み込んだ。
「おわかりですよね」
いやいや、もはやどっちが部下でどっちが上司なのか。
というかそういう括りで表現することも微妙に合っていない気がする。
ミヤコは二人の様子を、蚊帳の外で窺っていた。
「その金棒・・・・・・」
「どうかしましたか」
「やっぱりぶん殴る用に持っているんですね」
「ぶん殴る、というか、まあそれもありますけど。これで殴るのはダメな亡者か、閻魔大王だけですよ。主に護身用ですね。地獄では、己の身は己で守る。鉄則です」
「サラッとわしの名前を言うの、おかしくない?」
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