樹界の王
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18話
ボクは数種類の罠をつくり上げると、それの実験を始めた。
ある地点を踏んだ時、足にロープが絡まる簡易的なものだ。ロープが無い為、ツル性の植物で代用した。強度に不安が残るが、良いロープを使ったとしても亡蟲のような体格と知能を持つ生物相手では短時間の拘束しかできないだろう。罠がある、という事を相手に知らせ、その機動力を削げればいい。
昔、何度か由香とこうした罠を作った事があった。もちろん、ボクたちは罠猟の資格を持っていない。違法なものだ。人間が引っかかる可能性もある為に、それほど危険な罠は作らなかったし、実際に人間が引っかかった事もなかった。それは火遊びのようなもので、ボクたちは野生の猪を捕まえようと何度も罠を作っては、それを改良していった。その当時の記憶を掘り起こしながら、試験的に罠を設置していく。
罠の設置と動作確認には時間がかかった。いつの間にか昼を過ぎ、ラウネシアの点在樹が昼食を知らせた。
『カナメ。休憩を入れたらどうですか。果実を用意します』
ボクはその提案に甘えて、殆どの動作確認を終えた罠を置いて、ラウネシアの本体の元へ向かった。
この森は、基本的に不便だ。水は蒸散作用を利用してその辺りの植物から摂取する事ができるが、食料はラウネシア本体の果実しか今のところ発見できていない。食事の度にラウネシアの元へ戻る必要があり、ボクの行動範囲は自然と制限されることになる。
『今日は随分と熱心に何かをしていましたね』
ラウネシアの元に戻った途端、彼女が探りを入れてくる。
行動範囲が自然と制限されるだけでなく、点在樹によってボクの行動はラウネシアに筒抜けになっている。そのことに、少しだけ息苦しさを覚えた。
「罠を作っていたんです。ボクも何か手伝えないかと思って」
ボクは控えめに言って、ラウネシアが落とす果実を受け取った。
『不必要です。亡蟲の迎撃は私だけで可能です。カナメの手を煩わせる事はありません』
果実を囓りながら、ラウネシアの思考を探る。
やはり、戦闘においてラウネシアはプライドのようなものを保持している、と考えるべきか。少なくとも、ボクの介入をラウネシアは望んでいないようだ。
それを理解しながら、徐々に踏み込んでいく。
「ラウネシアは自在に周囲の樹木を変容させられるんですよね。例えば、果実を投げれば中身が四方に炸裂し、周囲の生物を殺傷するようなものは作れますか?」
『試した事はあります。しかし、砲撃時の衝撃において炸裂する可能性が高く、実用段階までは進みませんでした』
「では、砲撃ではなく人が投げる事を仮定すれば、それは実用可能ですか?」
一瞬の間があった。
『カナメ。言ったはずです。私はあなたを積極的にこの戦いに巻き込むつもりはありません。その必要もない』
どこか突き放すような感情を、ボクの感応能力が拾い上げる。
「はい、理解しています。でも、自衛の為に、そうした武器があったらいいな、と思って。以前みたいに墜落した亡蟲と出会う可能性もあるじゃないですか」
正面から意見が対立することを避けながら、ラウネシアが納得しやすいように、あくまで自衛の為である事を強調する。
ラウネシアはじっとボクを見つめてから、そうですね、と短く同意の言葉を発した。
『……時間がかかりますが、一部の樹体に改良を施します』
「ありがとうございます」
小さくを頭を下げてから、ボクはニコニコとラウネシアを見つめた。
「ラウネシアは、やさしいですね」
一瞬、ラウネシアは何を言われたのか分からない様子で、ぱちぱちと瞬いた。
その様子が少しだけおかしかった。
残った果実を口に放り込む。甘い果汁が口の中を満たした。
『カナメは、人としてはまだ若いですよね』
不意に、ラウネシアが言う。
ボクは少しだけ迷った後、ええ、と頷いた。その真意がよくわからなかった。
『相手が、いたのですか。つまり、つがいが』
「……いえ、いません」
僅かな躊躇の後、正直に言った。
『そうですか』
露骨な安堵の感情が、ラウネシアから溢れる。
このラウネシアは、ボクを生殖対象として見ている。それは、明らかだ。
ボクの安全には、相応の注意を払うだろう。
それを利用すれば、ある程度までのコントロールは可能と思われた。
『人は、一生のうちを一体のつがいと添い遂げる、と聞きました』
「そういう人種も、そうではない人種も存在します。個体によって大きな差があります」
ボクはそれだけ言うと、立ち上がった。
「少し、辺りを見まわってきます」
逃げるように、ラウネシアから離れる。
あれ以上、話を長引かせたくなかった。
現時点で食料を依存してしまっているラウネシアから、ストレートな愛情表現を受け取る事は避けるべきだ。
ラウネシアから離れ、トゲトゲ植物のバリケードを目指して進む。
途中、周囲に注意を払いながら進んだが、鳥類はやはり確認できない。
果実意外の食料になりうるものが見つからない。
それどころか、土壌生物も見当たらない。この森は独立した生存能力を保有しているのだろうか。
ふと、足を止める。弱った樹木があった。何らかの病気でダメージを負ったのか、根本が欠け、自重によって大きく疲労している。
日本なら、外科手術が行われていてもおかしくない状態だ。一般的に樹木の外科手術、というと多くの人が怪訝そうな顔をするが、樹木に対する手術や医療といった技術が存在し、実際に行われている。栄養剤を注射で中に送り込む事だってある。
簡単な処置を行おうか迷った時、森中がどっと震えた。
感じたのは、攻撃意思。
反射的に身を伏せ、周囲を素早く見渡す。
異常は、ない。そこでようやく、この攻撃意思がボクに向けられたものではないことに気づいた。
亡蟲。
森の外へ向かって、駆け出す。
ある程度の地形は、頭の中に入っていた。
前よりもずっと早く、バリケードを超えて亡蟲が侵攻するであろう方面に走る。
遠くで太鼓の音がした。
間違いない。亡蟲だ。
ラウネシアの話と食い違っている。亡蟲の侵攻には十日ほどのスパンがあるはずだった。
活発な動きを見せる亡蟲に、何らかの意図があるのは明白だ。
長期間に渡って戦闘を続けたラウネシアなら、その真意を汲み取れるかもしれない。しかし、ラウネシアに全てを依存するつもりはなかった。
この目で、亡蟲の行動様式を確認するため、ボクは深い森の中を駆け抜けた。
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