【SAO】デスゲーム化したと思ったらTSバグに巻き込まれた件
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再び本来の姿を取り戻しつつあるゲームの中で、キリトはガクリと膝を付く。
後に残された一万人のプレイヤー集団もまた、呆然と空を見上げた後、然るべき反応を見せた。
すなわち、圧倒的なボリュームで放たれた多重の音声が、広大な広場をびりびりと振動させたのだ。
「嘘だろ……何だよこれ、嘘だろ!」「ふざけるなよ! 出せよ! ここから出せよ!」「こんなの困る! この後約束があるのよ!」「いやああああ! 帰して! 帰してよおおお!」
悲鳴。 怒号。 絶叫。 罵声。 懇願。 そして、咆哮。
たった数十分でゲームプレイヤーから囚人へと変えられてしまった人々の嘆きの声を聞いているうちに、不思議とキリトの思考は徐々に落ち着いていった。
この外見では自分が男であることは信じて貰えないだろう。 ならばどうするか。
――このバグが意図しての物でなく、あくまでも偶発的に起きたものであるのならば、粗があるはずだ。 そう、例えば――
不意にキリトはクラインの右腕を掴み、自らの胸にふにっと押し当てた。
「ふおぉ!?」
「やっぱりだ――ほら、ハラスメント防止コードが作動しない! あれは異性にしか発動しないんだ! つまり俺とお前は同性だということ! これで分かっただろ!? 俺は男だ!」
「わわわ分かったから手を離っ――いや! やっぱこのままで!!」
「分かってくれれば良いんだ」
クラインの腕をパッと離すと、クラインの手が名残惜しげに離れていった。
その後、何やらそわそわと視線を彷徨わせながらクラインが口を開く。
「な、なあキリト。 おめぇはこれからどうするんだ」
「俺は――」
クラインに男だと信じて貰えたことで、ようやく今後のことを考えられるようになった。
先ほど茅場が言っていたことはおそらく真実であろう。 アイツならばこれくらいのことをしてもおかしくない。 そんな天才性が魅力でもあったのだから。
だとするならばこの世界で生き残っていくためにはひたすら自分を強化していかなくてはならない。 そして、そうするために必要な知識を自分は持っている。
――効率的にレベルを上げられる狩場に、何人もは無理だが、クライン一人なら一緒に連れていける。
せっかく親しくなれたのに、ここでお別れはしたくないし、このデスゲームと化した世界で彼を見捨てるような真似は出来ない。
とりあえず、今後の話をするために場所を移した方がよさそうだ。
――そうクラインに切り出そうとした、その時だった。
「へぇ、本当だ。 ハラスメント防止コードが作動しねぇ」
「ひゃっ!?」
突然キリトの両脇の下から男の腕がにゅっと伸ばされ、キリトの胸を鷲掴みにした。
「な、何を――……んっ」
「てめぇ! 何してやがるっ!」
「あはは。 そんな怒らないでよ。 いいじゃん、どうせ俺たちみんな死ぬんだからさぁ。 お前、男なんだろ? じゃあ触られたって問題ないじゃん? 倫理コード解除してる変態なら嬉しいだろうしさぁ」
「くっ」
何とか振りほどこうとするキリトであったが、不利な体勢のせいで上手くいかない。 ちらりと見ることができた男の、暗く絶望に沈んだ瞳に背筋がゾクリと震えた。
「てめぇ……!」
男に掴み掛ろうとしたクラインであったが、すぐに後ろから羽交い絞めにされ地面に押し倒されてしまった。
「クライン!?」
「ざ~んねんでしたぁ。 俺と同意見の奴、結構多いんだよねぇ」
クラインを押し倒した男の他にも3人の男がニヤニヤと欲に眩んだ醜い笑みを浮かべキリトの周りに集まり、両腕両足を押さえつけられ身動きを封じられる。
「お前ら……こんなこと許されると――んんっ」
執拗に胸を揉まれ、今まで感じたことの無い熱い疼きがキリトを苛み始める。
「んー? どうちまちた? 気持ちよくなってきちゃったかな? くくっ、恨むんなら迂闊なことを大声でしゃべってた自分を恨むんだな。 キ・リ・トちゃん?」
「すげぇ……こんなかわいい子触りたい放題かよ……」
「はぁ……はぁ……」
キリトの右腕を押さえつける太った男が鼻息を荒くして顔を近づけてきたため慌てて顔を逸らすと、ベロりと頬を舐められる。 その湿った生暖かい感触に鳥肌が立つ。
後ろにいた男がキリトの耳に舌を差し込みくちゅりと湿った音を立てた。
「ひぅっ……」
「くくっ、か~わいい。 やっぱこのゲームの作り込みぱねぇな。 すげーリアル」
ふと、胸を揉みしだいていた手がするりと下腹部に這わされる。
「ぁ……や、やめっ――!」
「んー、やっぱ装備脱がせるのは無理か。 なぁ、キリトちゃん、装備解除してよ」
「……っ!」
助けを求めようと視線を泳がせたが、キリトを助けようとする者は誰もいない。
遠巻きにキリト達を見ている者はいるが、キリトに向けられる視線は同情的な物では無く、侮蔑を孕んだものや好色なものがほとんどだ。 おそらく、倫理コードとやらを解除している変態だと思われているのだろう。
「キリトぉ……すまねぇ、すまねぇ……」
何とか拘束を振りほどこうとしていたクラインが全身の力を抜いた。 もはや自分を助けてくれる者は誰もいないのだ。 キリトは「はぁっ……」と熱い吐息を一つ零し、全身の力を脱力させた。
「お? ついに諦めた?」
「おい! 俺にも後でちゃんと触らせろよっ!」
「分かってるって――っ!?」
全てを諦めたかのようなクラインに油断したのか、クラインを拘束していた男が身を浮かせた。 当然拘束が緩み、瞬間、クラインの目に光が戻る。
「っおりゃあああっ!!」
「ぎゃっ!?」
無理やり立ち上がり、バランスを崩して無様にしりもちをついた拘束していた男の鳩尾を蹴り上げる。 圏内だからダメージは無いはずだが、思い切り蹴り上げられた精神的ダメージで男は怯えたように後ずさった。
「ひ、ひぃい」
「やりやがったなっ!」
「そりゃ、こっちのセリフだろう、が!」
クラインが太った男の顔面を殴りつけ、その男も慌てて逃げ出した。 右腕の拘束が無くなる。
「あ! てめぇ逃げんなっ!! ちっ、おい俺がこいつ抑えてるからお前らなんとかしろっ!」
「えっ? ぼ、僕たちが!?」
「ふ、ふざけんな、お前が言いだしたんだからお前がなんとかしろよ!」
後ろにいた男がキリトを抱えたまま後ろに後ずさりし、足を抑えていた二人の男に命令したが、上手くいかず喧嘩が始まる。 所詮即席で集まった集団だ。 それも、クリアを諦めた精神薄弱なプレイヤーの集まり。 ちょっとした切っ掛けで簡単に瓦解する。
両足の拘束が無くなる。
全身の力を抜いていたため、後ろの男はキリトの体重を支え切れなくなり悪態を付きながらキリトを抱え直そうとした。
「くそっ、ちょっとは自分で立――!?」
「ふっ――」
この瞬間を待っていた。
男の腕が離れた一瞬で身体を沈め、スルリと拘束を抜け出し、両腕を地面につけて足で男を蹴り飛ばす。
「ぐわっ!?」
足を抑えていた二人の男のうち一人は逃げ出し、もう一人はクラインと乱闘中。 だが、明らかに戦意は殆ど残っていないようで決着は時間の問題だろう。
「クラインっ!」
助けに入ろうと呼びかけたが、クラインの鋭い視線で踏みとどまる。
「キリト、ここは俺が何とかする! お前は逃げろっ!」
「でも……!」
「お前が此処にいたら敵が新しく増えかね無ぇ! 行け!」
「――っ、わか、った」
一瞬悩んだキリトだったが、ゲームだから痛みは無いことと、圏内である以上ダメージは発生しないこと、そして、自分さえ居なければこの男達がクラインと戦う理由が無くなることを考え、クラインの言葉に従うことにした。
男として情けないが、これが最良の選択だろう。
「っ、逃がさねぇ――!」
「おっと、お前の相手は俺だぜっ!」
キリトに蹴り飛ばされた男が慌ててキリトを追いかけようとしたが、クラインが間に立ちはだかる。
「クライン――この借りは必ず返すっ!」
「おう! そんなら今度会った時デートでもしてくれ!」
「了解!」
その言葉を最後に全力で走り、その場を後にする。 後方でクラインの「マジで!?」という声が聞こえた。
デートというのは「またパーティを組もう」という意味だろう。 そんなのこっちからお願いしたいくらいだ。
なんて良い奴なんだろう……と感動しつつ、キリトははじまりの街を後にし、そのまま次の街へ向かった。 攻略を続けていればいつか必ずまた会えるだろう。 その時にこの恩を全力で返そう。 そのためにも、強くならなくては――。
だから――クライン……次に会う時まで、絶対死ぬなよ……!
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