Fate/EXTRA IN 衛宮士郎
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再会
泥濘の日常は燃え尽きた
魔術師による聖杯戦争
再び運命の車輪は回る
最も異端な者よ、己の剣を鍛えよ
その命が育んだ、己の命を試すために
≪1回戦 1日目≫
自分のすぐ隣りには白いカーテン、少し奥にはテーブルがあり、クロスが敷かれておりその上にはティッシュや温度計が置いてあり、さらにその先には体重計など、身体検査に使われそうなものがある。思い出した。清潔感溢れるこの空間、ここは保健室だ。しかし、その割にはどこか今までとは違う気がするのはなぜだろうか?
おそらく、自分はいまベッドで寝ているのだろう、未だに微睡みに囚われつつある頭を使って現状に到るまでの記憶を思い出そう。
行き止まりのはずの廊下。
扉の先に広がる世界。
行く手を阻む、意味不明の人形。
そして、召喚されたサーヴァント……。
(サーヴァントか……………)
サーヴァント、と聞いて思い出すのはあの騎士王である少女、セイバー。半人前以下の魔術師に剣を捧げ、付き添ってくれた女の子。
彼女と出会えなければ、己は何度も死んでいだろう……………………いや、彼女がいても何度も死にかけた。
紅の槍を持つ青い軽鎧を着た男、ランサーには心臓を貫かれた。
灰色の益荒男、ヘラクレスはその腕力のみで人を握りつぶすことが可能だろう。
花鳥風月を愛する寺の門番アサシンは騎士王と競い合った。
神代の魔術師はキャスターはたったひとことで人を殺すことができる。
紫の女性ライダーは学校の生徒、教師全員から生気を吸い上げた。
あの英雄王ギルガメッシュだって、簡単に人を串刺しにする。
(そして、あの赤い男は……)
そんなことをぼんやりと考えてから、ベットから起き上がる。 シャ――と隣りのカーテンが開け放たれる。突如として聞こえた音に意識が否応なくそちらへ向けられ視線を移し、その姿に思考が止まる。
「やれやれ、ようやくお目覚めか。随分とのんびりしたものだな。未熟者は何をやっても遅いわけだ」
どこかで聞いたことのある声と皮肉が飛んできた。傍らに立つのは真紅の外套を着た、浅黒い肌の男。
「……アーチャー……何でお前がいるんだ……」
かつて、俺の最愛の人のサーヴァントであり、そして俺の未来の可能性の一つでもあるアーチャーこと、英霊エミヤがそこにいた。
英霊エミヤ
『弓兵』のクラスのサーヴァント。
第五次聖杯戦争において、遠坂凛によって召喚された男。
とある未来の世界で死すべき百人を救うために世界と契約した未来の衛宮士郎の一つの可能性でもある。
しかし、理想を追い続けたその生涯は最後まで報われることなく、助けた相手からの裏切りによって命を落としたが、それでもなお、誰一人恨むことはなかった。
その後に待ち受けていたのは【霊長の守護者】という残酷な現実のせいで、かつての理想に絶望し、さらにその過程で人の暗黒面をまざまざと見せ付けられ、その結果信念は磨耗してしまう。
この経緯により、自分殺し|《タイムトラベル》の矛盾を起こし自身の存在つまり俺を消滅させることを心に決めていた。。
しかし、自分なりに答えを得たらしく遠坂に別れを告げ、英霊の座に戻ったはずなんだが………………疑問を浮かべている俺に対して、
「しれたこと。召喚されたからに決まっているだろう?それぐらいもわからないのか貴様は」
アーチャーはやれやれと呆れた様子で、首を振る。相変わらずすごくムカつ……………ん?召喚された?
「一体誰に?」
ベットに座りアーチャーに尋ねるとこめかみを抑えふぅ〜とため息をつく。
「貴様に決まっているだろうが、衛宮士郎」
「……………それはおかしくないか?聖杯はもうないんだし」
遠坂から聞いた話だと、聖杯は、セイバーの宝具約束された勝利の剣によって破壊された。サーヴァントは聖杯からの膨大な魔力のバックアップがあってこそ現世にいられる。聖杯のバックアップなしでサーヴァントを現世に留めるなんて、俺の魔力量では無理だ。
「………………………貴様どうやら大きな勘違いをしているようだな」
「勘違い?」
「ああ。ここは冬木市ではなくお前がいた時代よりも遥か未来で起きている聖杯戦争だ。冬木市の聖杯などなくとも、影響はない」
「………………………………はぁ?」
今、サラリとすごく気になることを言わなかったか?俺の言葉にアーチャーは顔をしかめる。
「貴様………………本当に何も知らないのか?」
アーチャーの問いに首を縦に振る。そんな俺の様子をみて、さらに大きなため息をつくアーチャー。
「まあいい……………それは後で説明するとしよう。それとお前に客人だ」
そういうとアーチャーは姿を消してしまった。あいつ…………結局何も話してないじゃないか。未来とか聖杯戦争とかすごく重要なことだろうに…………後で、絶対に聞いてやる。
「あ、衛宮さん目が覚めたんですか?良かったです」
ふっと聞き覚えがある声が聞こえてきた。声のした方に振り向いてみると
「さ、桜!?」
俺の後輩の間桐桜が白衣着て立っている。驚きのあまり思わず立ち上がってしまった。しかし、驚く俺に対し桜は
「あ、衛宮さん。目が覚めたんですか? よかったです」
「えっ?さ、桜…………何を言って…………」
「あれ、違いましたか?おかしいですね、ムーンセルから個人名をスキャンしたので間違えないと思いますが……」
さくらは首を傾げて何かしているのか、一端瞳を閉じ、再び開ける。
「間違いありません。あなたは衛宮士郎さんですよ。予選を突破したことでセラフから記憶は返却させていただきましたので、ご安心を」
用意された台本を読んでいるかのように淡々と説明をしていく。
……………それはとても俺の知っている彼女の対応ではなかった。
俺にとっては、今目の前にいる少女は家族同然だというのに…………その上、ムーンセル?予選?セラフ?メモリー?駄目だ、言葉の意味は分かるが内容が理解できない。しかし、一番気になったメモリーだけでも聞いてみよう。
「メモリーが返却とはどういうことなんだ?」
「はい。詳しく説明しますと、聖杯を求める魔術師は門をくぐる時に記憶を消され、一生徒として日常を送ります。そんな仮初の日常から自画を呼び起こし、自分を取り戻した者のみがマスターとして本線に参加する。以上が予選のルールでした」
つまり桜の話をまとめると一旦記憶を抜かれても自分を取り戻したのなら記憶が戻ってくるという話だ。しかし、
「……桜、俺、どうしてここにいるんだ? まるで思い出せないんだが……」
学園にいた頃は、普通の日常だと思い込まされていたということはわかった。けれど、どうしてこんなことに巻きこれてしまったのかと言う記憶が思い出せない。
「記憶の返却に不備があるのですか……?困りましたね……、そこは私の管轄外ですのでなんとも言えません」
「………………そうか」
「あ、それからこれ、渡しておきますね」
桜は何かを差し出してきた。差し出されたものを見てみる。見たところ携帯電話のようなものか?
「これは?」
「携帯端末機です。本戦の参加者は表示されるメッセージに注意するように、との事です」
端末メニューを開いて見てみる。そこにはいくつかの項目があった。一通り見て、どのようなものがあるのかを確認し、だいたい見終わって理解したので、閉じた。
(とりあえず、ここにいてもしょうがないな………)
じっとしていても仕方ないし、いろいろと調べてみよう。もらった携帯端末を胸ポケットにしまう。
「それじゃあ、俺は行くよ。ありがとうな桜」
「あっ………はい。衛宮さんも頑張ってください」
保健室を出た。廊下に出るとすぐさま壁にもたれて
「はぁ〜」
大きな溜め息をつく。
少し話して見てわかったが、あの桜は俺の知っている桜ではない。
だが、やはりと言っていいか、ちょっと精神的にくるものがある。
「溜め息をつきたいのはこちらの方だ」
そんな俺を尻目に、傍らに忌々しい赤いサーヴァントが現れる。
「貴様、どうしてここに来たのか分からないのか?」
「ああ、さっぱりだ」
「ふむ…………では質問を変えよう。貴様はどこまで覚えている?」
「覚えていることか…………そうだな」
アーチャーに俺が思い出せた部分だけを話し始めた。
まずは、俺の義父、衛宮切嗣のこと。
学校でランサーに殺されたこと
セイバーとの出会い。
冬木で起きた第五次聖杯戦争に参加したこと。
遠坂と恋人になったこと。
こいつや英雄王との死闘。
俺が知る限りのマスターとサーヴァント、真名などの知識。
そして、聖杯戦争が終わりアーチャーが消え、セイバーが残ったこと。
ロンドンの時計塔に留学したこと。
そこで出会った遠坂に似た金髪の女の子のこと。
「……………俺が覚えていることはこれくらいだな。そこからまったく覚えてない」
「…………そうか。彼女達は幸せそうだな」
話し終えると今まで俺の話を黙って聞いていたアーチャーは、一言だけぼそりとつぶやく。
普通の人なら無愛想な反応だと思うがその目は昔を懐かしむかのように優しい目をしているのがおれにはわかった。例え記憶が磨耗しても、あのセイバーとの出会いや遠坂との思い出をなくすことはないだろう。
(だけど、改めて振り返ってみると大変なことになった)
限られた情報と自分の名前。
それ以外は全く知らない。わからない。思い出せない。そんな状態のまま、よくわからない聖杯戦争が始まってしまった。 不安定要素がありすぎるだろう…………。
とりあえず、情報収集も兼ねて校内をあるきまわることにした。
校内には予選を勝ち上がったであろう参加者たちがおり、あの学校にいた時よりもどこか人間らしい。
歩きながら霊体化したアーチャーにいろいろと質問して見てわかったことだが、ここは俺がいた時代から何十年後の未来のようだ。
後、校内には、参加者だけでなくNPCと呼ばれる人たちもちらほらと見かけ、その中に、俺の友人である一成がいたのは驚いた。
話してみたが、桜同様俺のことを知らない。知らないと言われ、落ちこんだがある程度心の中で覚悟していたため、すぐに立ち直った。ついでにわからないことを聞こうと思ったが
「俺に聞かずとも管理者の言峰神父に聞いた方がいいぞ」
その名前を聞いて思い浮かべるのは……そいつのことを考えるだけで今でも嫌悪感がなくならずに、むしろ増大する胡散臭い神父。
あの神父が……管理者?
いや、同名だけなのかもしれないと言う可能性もあるから、変な偏見を持ってはいけないな。
「……そうしてみる」
言峰のことは信じたくないが、聖杯を手にするにはどうすればいいのかを知るために、玄関へと向かう。
「…………マジかよ」
『やれやれ、随分と皮肉なことをしてくれる』
そうぼやいたのも仕方ないと、思う。校舎の1階、玄関の前にその男はいた。
「本戦出場おめでとう。これより君は、正式に聖杯戦争の参加者となる。私は言峰。この聖杯戦争の監督役として機能しているNPCだ。何か御用かな?」
男……言峰は俺に気がつくと、そう挨拶をしてくる。これは俺の知る本物の言峰綺礼ではない。だが嫌悪感、というものはどうしても生じてしまうものらしい。
「ここの仕組みを説明して欲しい」
「よかろう。着いてくるがいい」
そう言うとは歩きはじめ、職員室へ向かって行った。突如動き出したことに驚き、戸惑いながら後に続いていく。
職員室の中はいくつもの机が並んでおり、その合間を縫って職員室の一角に存在する簡素なテーブルとイスに向かっていく。言峰は奥へ座り、俺は相対するように座る。そして、説明を始めた。
「ではまずここがどこで、何故いるのかを答えよう。ここは君たちが求める聖杯、ムーンセルによって構築された【SERAPH】と呼ばれる霊子虚構世界だ。そして霊子虚構世界とは仮想の電子世界で、君たち魔術師は自分たちの魂をデータに変換してやって来たのだ」
説明は思いのほか丁寧だった。未だに分からない部分もあるが、少なくともここが仮想の空間でという事が分かった。
「これからどうなるんだ?」
「君にはこの本戦で、殺し合いをしてもらう」
殺し合い。とても比喩に取れそうにないその言葉と、それが持つ意味に思わず身の毛がよだつ。
「つまり、たたかえってことか」
「その通り、今日この日より、君たち魔術師はこの先にあるアリーナという戦場で戦うことを宿命付けられた。この戦いはトーナメント形式で行われる。1回戦から7回戦まで勝ち進み、最終的に残った1人に聖杯が与えられる」
128人のマスターたちが毎週殺し合いを続け、最後に残った一人だけが聖杯に辿り着く。それがこの聖杯戦争のルールなのか。
「非常に分かりやすいだろう? どんな愚鈍な頭でも理解可能な、実にシンプルなシステムだ。
戦いは1回戦毎に7日間で行われる。各マスターたちには1日目から6日目までに、相手と戦う準備をする猶予期間モラトリアムがある。君はこれから6日間の猶予期間で、相手を殺す算段を整えればいい。そして最終日の7日目に相手マスターとの最終決戦が行われ、勝者は生き残り、敗者にはご退場いただく、という具合だ。何か聞きたい事があれば伝えよう。最低限のルールを聞く権利は、等しく与えられているものだからな」
たくさん戦う上に、その聖杯戦争の管理者がよりにもよって言峰綺礼。さらに気分は落ち込むやら綺礼への敵愾心やらで複雑な気分となるな。
だが……聞けば教えてくれる。反対に聞かれなければ教えてくれない。これは本物の言峰綺礼と同じらしい。変なところも再現しやがって……………もっと違うところを再現しろ。まあそんなことより、今言峰も言ったことだし、俺は試しに聞いてみた。
「なあ……聖杯戦争は一体何なんだよ。7日目に相手と殺しあうって……?」
「いま言った通りだ。6日間の準備の末に、相手を首尾よく殺せばいい。そのために、サーヴァントという強靭な剣が与えられただろう?」
「必ず、殺さなきゃいけないのか? 例えば相手と同盟を結んで……」
「結びたければ結ぶがいい。だが、必ず7日目には相手と殺しあってもらう」
必ず……最後まで勝ち残るのなら7回、相手の命を奪わなければならない。その事実をつきつけられ、目の前が真っ暗になりかける。それを堪え、俺は聞き覚えのない単語を口にした。
「猶予期間
って、何だ?」
「敵にも同様に、サーヴァントで君を殺す準備をしているということだ。猶予期間
は等しく与えられている。準備の手段など、私は知らん。煮るなり焼くなり、好きにすればいい」
素っ気ない返答。この六日間と言う期間の中でできるだけ、敵サーヴァントの情報を探れ、ということなのだろう。相手の真名、そして宝具が分かれば対策も立てやすくなる。
(そういえば……)
ちらりと姿を消しているアーチャーがいるはずの空間を見やる。
アーチャーの宝具……|固有結界
《リアリティ・マーブル》
魔法に最も近い魔術。魔術教会での禁呪であり、衛宮士郎に許された魔術。最大の奥義であり、魔術の到達点のひとつ。俺には、あまり実感のないことなのだが。
こいつが参加した第五次聖杯戦争ではアーチャー
は未来の英霊だったため真名は本人が明かさない限り知られることはなかった。
しかもマスターである遠坂凛にも「記憶が混濁している」と通していたわけだし。
だが、ここは俺のいた時代よりも未来。この時代の衛宮士郎がどうなっているかは知らないが、やはり知名度は低いのは変わらないはず。
真名が知られたとしても、あまり支障はない。いいアドバンテージと言いたいが、やはり知られない方がいい。何せ俺なのだから。
「……なあ、サーヴァント同士の戦いにマスターが介入することは可能なのか?」
「もちろんだとも。サーヴァントへの援護は認められている」
言峰が鷹揚に頷いた。人間を越えた動きをするサーヴァントに、どこまでマスターが介入できるかどうか。この時代は、いわゆる科学と魔術が合わさったようなものだ。恐らく、この時代の魔術師は俺が本来いるべき時代の魔術師とは定義が異なっている。
(そう考えるとここでも俺は異端か………………)
「質問は以上か?」
「最後に教えてくれ。おれの記憶はどうなっているんだ?」
なぜこの戦いに参加することになったのかがわからないが、もし記憶が元に戻るのであれば、そうして欲しい。言峰は「少しまで」というと目をつぶり、数秒後、元から喜悦を刻んでいた顔はさらに大きく変化する。
「それに関してだが確認したところ、一切の不備はなかった。だから君は元々その状態の記憶など、端からない」
「そんな…………」
一瞬、言われたことが理解できなかった。元々この状態?なら自分はそもそも参加する理由などなかったのか?なら何で、こんな場所にいるんだ?
「分かっていることはただ一つ、君が衛宮士郎という名前で君の持っている記憶が全てであることだけだ」
それだけ言って話は済んだと言わんばかりに言峰は俺を尻目に扉へ向かっていく。
「それと、言い忘れていたが本戦参加者には特典として個室がプレゼントされているはずだ。2-Bの教室に端末を当てればいい」
言峰はそれだけ言うと部屋を出て行った。広い職員室には他に人はおらず、驚くほど静かで、いまの俺にはちょうど良かった。悔しいことに言峰に気をつかってもらうことになるなんて………………。
「いつまで、落ち込んでいる。そんなことをしているなら、施設の内部でも把握でもしておけ」
「…………ああ、わかってるよ」
椅子から立ち上がり、廊下へと出る。立ち止まっている暇なんかない。俺は、この学校の情報収集を再開していく。
学校の中を一通り見て回り最後に学校の屋上を見るために階段を上っている。
「ここだな」
階段を登りきり、屋上に続くであろう扉の前に立った。扉を開け、屋上に出る。空は青空なのだが、いつも見ていた空ではない。0と1の数字の帯が見える。
屋上から見る空はやけに近く感じた。それも当然だろう、ここは地上の果てのない空と違い、ムーンセルによって創られた場所なのだから、限界は存在する。そのため、やや狭苦しく感じさせられるのは気のせいのはないと思う。立ち並ぶ0と1の羅列を眺めながら、途方に暮れていると
「ふうん……。一通り調べてみたけど、おおまかな造りは予選の時から変わってないわね……。あとは……」
(ん?)
屋上の端の方から人の気配がする。聖杯戦争の名残か気配には敏感になったからな…………。そんなことを思いながら視線を向けるとそこには壁や床をぺたぺたと触って、何やら呟いている一人の美少女がいた。
まず目についたのは、真っ赤な上着。つつましく膨らんだ胸元の上の方には、十字架をかたどった白いアクセントが入っている。腰から下は黒一色のミニスカート。これって、走ったら中がみえるんじゃないかという余計な心配をしてしまいそうなくらいに。
ミニスカートだからといって細い足を全部さらしているわけではなく、これまた黒のニーソックスを履いている。逆にミニスカートとニーソックスの隙間から見える太腿の白さが際立つ。
普通なら派手にしかならないそれらの格好が、彼女にはとても似合っている。間違いない。見間違いようのない。俺はそんな人物を一人しか知らない。
「遠………坂………?」
彼女は遠坂凛だ。
俺の魔術の師匠であり、アーチャーの元マスターであり、現在セイバーのマスターでもあり、そして、俺の恋人でもある遠坂凛。俺の知る遠坂凛と、この世界にいる遠坂凛。
ほとんど同じ外見と服の趣味に、期待してしまう。遠坂なら俺を【衛宮士郎】を知っているんじゃないかと………………。
「……あれ? ちょっと、そこのあなた」
ずっと立ちすくんで見つめていたからか、遠坂は俺の存在に気がついた。遠坂の顔を真っ正面から見たせいか、意志の篭った目が和らぐ。思わず周りを見回すが、屋上には俺たちしかいない。
「……俺か?」
恐る恐ると言った感じで遠坂に尋ねる。
「そう、あなたよ」
彼女の目がこちらを見てふっと和らぐ。俺に対する警戒心が、少しだけゆるんだろう。
「ッ!!」
しかし、俺はそんなところではなかった。原因は、遠坂の対応をだろう。やはり桜と一成と同じように俺とは初対面ということを如実に表していた。
「……そういえば、キャラの方は、まだチェックしてなかったわよね。うん、ちょうどいいわ。ちょっとそこ動かないでね」
遠坂はこちらに寄ってきたかと思うと……俺の頬に彼女の指が触れる。
細く、柔い指。俺の知っている遠坂に似ているが、この遠坂はまだあどけなさの残る少女である。俺の記憶にある遠坂とは違うということを改めて実感する。
「へぇ、温かいんだ。生意気にも。……………あれ? おかしいわね、顔が赤くなってるような気がするけど……………」
少女の顔が鼻先3センチまでぐっと近づく。その距離に、心臓がどきりと鳴ってさらに俺は動けなくなった。頬にかかる微かに温かい吐息。
首筋を掠める風に流れる長い髪。
無遠慮に肩やお腹をぺたぺたと触る指。
どれもが俺を混乱させ、動きを束縛する。頭の中は真っ白になり、ドクン!ドクン!と心臓の音は、やけにうるさい。
「…………………なるほどね。思ったより作りがいいんだ。見掛けだけじゃなく感触もリアルなんて。人間以上、褒めるべきなのかしら」
彼女が顔をしかめつつ、誰もいない後方を振り返る。恐らく姿は見えないが、彼女のサーヴァントがそこにいるのだろう。
『くっ、はっ!』
……………………俺の後ろで座りながら笑いをこらえ、アーチャーみたいにな……………ってあれ?こいつこんなキャラだっけ?
「……ちょっと、なに笑ってんのよ。NPCだってデータを調べておいた方が、今後何かの役に……」
それから遠坂ははっとしたように俺を見る。いや、睨むと言ってもいい。
「……え?彼もマスター?ウソ……だ、だってマスターならもっと……ちょ、ちょっと待ってよ。それじゃあ、いま調査で体をベタベタ触ってたわたしって一体…………」
つい先ほどの行動を思い出したのか、遠坂は顔を真っ赤にしてしまった。……………顔が熱い。どうやら俺も釣られて赤面してしまった。
「くっ、なんて恥ずかしい……。うるさい、わたしだって失敗ぐらいするってーの! 痴女とか言うなっ!」
後半の台詞は、恐らく遠坂のサーヴァントが余計な茶々でも入れたのだろう。でも、サーヴァントが見えてないから、遠坂一人でしゃべっているしか見えない。
「職業病みたいなものよ。これだけキャラの作りが精密な仮想世界も無いんだから、調べなくて何がハッカーだっての」
俺の方に向き、まくし立ててこちらの説明してくる。どうやら言い訳らしい。黙っていたのが悪かったのか、責任がこちらに転化されてきた。
「大体、そっちも紛らわしいんじゃない? マスターのくせにそこらの一般生徒と同程度の影の薄さってどうなのよ。今だってぼんやりした顔して!」
「えっ、いや!その…………」
剣幕に押されしどろもどろになる俺。この部分は、俺の知っている遠坂とは変わらないだ…………。
「…………まさかまだ予選の学生気分で、記憶がちゃんと戻ってないんじゃないでしょうね?」
自分はぼんやりした顔をしていたのだろうか指摘を受ける。ここは正直にはなすべきか?
いや、第五次聖杯戦争の時のように、味方になってくれるとは限らない。しかし、遠坂に嘘をつくというのも………………。
「そんくらいにしときな。嬢ちゃん。ボウズだって困ってるだろ?」
「っ!!??」
突然、俺と遠坂いない屋上で第三者の声が耳に入った。しかも、聞き慣れたことのある声だ。声のした方に視線を向ける。
「んなっ!?」
俺は、思わず、驚きの声をあげてしまった。そこには、真紅の槍を手にした、青い鎧とタイツを纏った長身の男性が立っている。口元には不敵な笑み。手には二mの莫大な魔力を秘めた槍。
「よっ!久しぶりだな。ボウズ」
第五次聖杯戦争で【槍兵】のクラスのサーヴァントとして召喚されたケルトの大英雄、光の御子クー・フーリンの姿があった
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