SAO ~冷厳なる槍使い~
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SAO編
第一章 冒険者生活
3.後ろではなく
どもども、お久しぶりッス!
わたし、チマこと筑波 佳奈美でございますッス。
さて、何か変なことになってきましたッスね。
村長さんの話を聞こうとして、村長宅に来たのはいいんだけど、何故かそこに居たのは十人以上ものプレイヤーたち。
そして、それに驚くわたしらの後ろから現れた「魔物の群れです!」と叫んだ中年のおっちゃん。
何と言うか、ネリーの言ったとおり、冒険な臭いがぷんぷんしてきたッスねぇ……。
「……魔物の群れ、じゃと? どういうことじゃ、ドルマン」
リビングに犇くプレイヤーの人たちの後ろから、髪やら髭がフォッサフォッサのお爺ちゃんが現れた。多分このお爺ちゃんが村長なんだと思う。頭のカーソルの下に【NPC】ってあるし。
「は、はい。先ほど、狩りをしていたウルジが魔物の群れがこちらに向かっているのを確認したそうです。報告によるとあと二時間ほどでこの村に到着すると……」
「な、何ということじゃ……っ」
中年のおっちゃんとフォサフォサのお爺ちゃんが何か深刻そうに話している。すっごく真剣そうなんだけど、第三者的な位置から見てるとお芝居っぽく見えていまいちシリアスになり切れないよね。
そんなことを考えていたら、お爺ちゃ……村長さんが室内のプレイヤーを見渡して言った。
「……申し訳ありませぬ、冒険者の方々。此処に集まって下さったのも何かの縁。どうか魔物の群れからこの村を守っては頂けませぬか?」
言い終わると同時にお爺ちゃんの頭の上にピコリンと金色のハテナマークが現れる。
【クエスト:エウリア村防衛】
えー、まっさか~……。
「…………レイド……クエスト……なのか?」
「?」
今まで驚いて黙っていたプレイヤーの一人、灰色髪オールバックの盾剣士のお兄さんがボソッと呟いた。
「レイドクエストだぁ?」
オールバックさんの横に居る赤髪ロンゲ槍使いの柄悪いお兄さんがリピートアフタヒー。
その言葉にオールバック盾剣士がお爺ちゃんから目を離さずに頷く。
「《大規模戦闘クエスト》。複数のPTで挑むこと前提の大規模クエストだ。大規模というわりには人数が少ないが……。恐らく今の状況から考えて、正午ちょうどに村長の家に約二十名のプレイヤー、もしくは4パーティー以上が集まることでこのフラグが立つ……ということかな」
「ちょっと待てよっ。第一層にレイドはボス戦以外に無かったんじゃないのか? 少なくともベータじゃ無かったって聞いたぞ?」
オールバックさんの影に隠れて見えない人が言った。
「いや……だが、もうSAOは変わった。今ならベータじゃ無かったことがあっても不思議じゃないだろう? それに、ただベータ期間中にフラグが見つかってなかっただけ、とも考えられる……」
――大規模戦闘クエスト……。ん~、名前からして嫌な予感しかしないッスねぇ。
「ちっ……おい、おっさんっ。魔物の群れとやらの数はどれくらいなんだ?」
赤髪ロンゲさんが舌打ちしてからNPCのおっちゃんに訊いた。
「え、ええと、報告によれば二百匹ほどだと……」
「!?」
おっちゃんが言ったその数に、一部を除いたプレイヤーたちが驚愕に絶句する。
正直、わたしも驚いた一人だ。
――うぇ~無理ッスよ無理ィ! ようやく五匹同時襲撃に慣れてきたと思ったのに、二百匹同時なんて勝てるわけ無いッスよー!? いくらなんでも増えすぎッス!
と、そんなわたしの肩に手を乗せる人物がいた。我らがキリュウさんである。
「……問題無い。此処には二十人のプレイヤーが居る。一人十匹倒せばいいだけだ」
「あ……た、確かに……」
思わずわたし以外のプレイヤーもキリュウさんの言葉に納得してしまったようだ。此処ら辺のモンスター十匹程度ならまあギリギリ何とかなるんじゃないかなぁと思ってしまった。
「……そう簡単にいくか?」
そうキリュウさんに向けて言ったのは、金髪サラサラヘアーの――――オタクっぽい太った男の人だった。
「俺はベータテスターじゃねぇが、テスターのSAOスレは暗記するほど読みまくったぜ。はっきり言ってSAOのサドさは誰もが愚痴るレベルだ。通常フィールドでさえ一箇所に百匹を超える湧出が出ることもあるらしいしな。まあ、その大抵が何らかの罠だったみたいだが……。それからすれば、襲ってくるのが二百匹しかいないなんてレイドクエだっつぅわりには敵が少な過ぎる。……何かあると思ったほうが良いと思うぜ?」
――眼つきわっるぅ……。
なんであんなに世の中舐めきってますー、みたいな荒んだ目をしてるんだろう。
というか、通常フィールドでも百匹以上とか……罠には気を付けよう、うん。
でも、あの金髪デ……ポッチャリさんが言うことも一理ありそう。あの人は多分わたしのイトコの同類だ。二次元に全てを懸けちゃってるような人だ。きっとSAOを始める前に色んな情報を集めてたんだろうと思う。わたしのイトコも、そういうのに無駄に時間を注ぎ込んでたのを覚えている。
うわぁ、奴のことを思い出したら目の前の金髪デ……ポッチャリさんのこと、なーんかムカついてきたぁ……。
「……つぅことは何だぁ? 強ぇモンスターがうじゃうじゃってことか?」
話を聞いていた赤髪ロンゲさんがデ……ポッチャリさんに訊いた。
「っ……そ、それは解らない。だけど、SAOの難度決めた奴がドSってのはベータやってた奴らの殆どが言ってたみたいだからな。その可能性は高いと思うぜ」
柄の悪い赤髪ロンゲさんにちょっとビビったのか、ポッチャリさんが最初ドモッた。ぷぷ。
「じょ、冗談じゃない! ここまで来るのだってかなり苦労したんだ! お、俺はやらないぞ! ……そうだ。あと二時間もあるんならこの村から逃げることも出来るじゃないか!?」
また別の人だ。短いツンツン黒髪の神経質そうな男の人が叫んだ。そして、その人は仲間の人たちを促して部屋を出て行こうとしている。
「お待ち下され。今、村の外に出るのは危険ですぞ」
「……はぁ!?」
村長さんの言葉でツンツンさんがドアの前で振り返った。
「あと二時間で攻めて来るということは、ここら一帯の魔物が集結しているはずです。つまり周囲の魔物の数も増えているでしょう。普段以上の数の魔物に襲われる可能性があります」
――えーと? ということは、今外に出るとめっちゃモンスターとエンカウントするってことッスかね?
「なっ…………クソッ!」
ツンツンさんがヒステリックに近くの壁を殴る。バンッという音と一緒に出た【Immortal Object】という破壊不能の表示が少し間抜けだ。
「……状況的に考えて、村から逃げたほうが危険だと思ったほうがいいかもしれないな。街道では敵に包囲される恐れもある」
シーンとなった室内にキリュウさんが呟きが響く。……何ていうか、状況が逼迫しすぎてわたしらワキ役は発言出来ないッスよっ!?
「んじゃあ全員に確認するが……このクエストはかなり危険なクエストらしい。逃げるのも無理そうだしな。ここは協力するのが一番だと思うが、異論のある奴ぁいるか?」
赤髪ロンゲさんが此処に居るみんなを見渡して言った。
――っていうか、何であんたが仕切ってるんスかー!? なーんかムッと来るッスねぇ……っ。
ロンゲさんの言葉に一部渋々ながらも全員が頷いた。
それが合図だったのか、村長さんの頭の上のハテナがビックリマークに変わった。更に視界の隅に時限爆弾なノリのデジタルなカウントダウンが現れた。
モンスター襲撃までの残り時間【1:59】
「よしっ。んじゃまずはお互いの自己紹介と戦力の確認からするか。時間無ぇから簡潔にな。……俺の名はリック、この五人のパーティーリーダーをしている」
何故か仕切りだした赤髪ロンゲ――リックさんが自分の後ろの五人を指差しながら簡単に自己紹介をした。長槍一人、盾剣三人、短剣二人の六人PTで、この村へは《はじまりの街》からあの村長さんを護衛するクエストで来たらしい。
――なるほど。だから昨日は村長さん居なかったんスね。でも、この村にはどうやって来たんだろ?
わたしたちと同じ道……なわけは無さそうだけど。別の道があったのかな。
次にリックさんの隣のオールバックさんが口を開いた。
「僕はクラウドだ。五人PTのリーダーをしている。全員盾剣士だ。この村へはNPCに聞いて来た」
――むむむ。同じ盾剣士でも装備がちょっと違うみたいッスね。色違いもあるようッスし……。
わたしらもちょっとは差別化というか、全く同じ装備ってのはやっぱりねぇ……うーん。
オールバック――クラウドさんのPTにはあの金髪ポッチャリさんも入ってるようだ。
ていうかNPCに聞いて来た? わたしらの来た道かな? それとも、NPCによって教えてくれる道が違うのかな。
と、さて次は……おお、ついに我らがリーダー。キリュウさんです。
「……キリュウと言う。一応、この四人PTのまとめ役をしている。PT構成は長槍一、盾剣士一、片手剣二。同じくNPCにこの村のことを聞いて来た」
――なんかキリュウさんが喋ると、こう、背筋がピーンとなる感じがするんスよねー。他の人とは何処か違う雰囲気を持ってるって言うか……。
わたしが腕を組んで、うんうんと頷きながらそんなことを考えていると、最後の一人であるさっきのヒステリックなツンツンさんが吐き捨てるように言った。
「……ジョーストだ。五人PTのリーダーをしている」
――え……それだけッスか? てか、どーやってこの村に来たんスかー!?
わたしはあくまでもペコ○ゃんみたいなすまし顔でジョーストって人に脳内抗議をしていた。
「……と、一応の自己紹介は終わったな。まだ時間はあるが、何か言っておきたい奴いるか?」
リックって人がまたもや仕切る。でもこの人、仕切るわりには他人任せな言い方だよね……。
自己紹介にもなってない自己紹介だったけど、それでも全員の顔合わせ的なものは出来たみたいだった。
でもあれだね。正直、女子ってわたしらしか居ないっていうか……すっごく視線を感じます。いや自意識過剰とかじゃなくてっ。
みなさん、きっとわたしらよりも年上だ。高校生……にぎりぎり見えるか見えないかぐらいの人たちばっかり。ほとんど大学生とかかな。
「……ドルマン、と言ったか。……質問がある」
「は、はい。なんでしょう?」
キリュウさんだ。うーん。ほとんど年上しか居ない状況で発言できるって、考えてみると凄いよね。っていうか、キリュウさんあの乱入おっちゃんNPCの名前覚えてたんだ……。村長さんが確か言ってたような気はしけど、特に覚えてなかったよわたし……。
「……魔物の群れとやらは何処から来る? 俺たちは村の何処を守ればいい?」
――おお……! 確かにそれは大事だ。っていうか、そんな当たり前のことに気付かなかったなんて……。
周りを見るとわたし以外も「おおぉ……」てな顔してる人が何人もいる。きっと魔物の数を聞いて、二百匹との戦いっていうのが強烈でそんな当たり前のことにも気付けなくなってしまったんだと思う。
「あ、は、はい。えーと……」
そうして始まった作戦会議。
まず、村長さんが大きな地図を持って来て、リビングにあるテーブルに広げた。
それはこの《エウリア村》を中心とした周辺地図だった。その地図によると、この村は円形をしていて、村の六割を森に面し、四割が川に面している。森と川に挟まれた位置にあるようだ。そして木の塀に覆われた外周には森側に一つ、川側に二つの門がある。
わたしらが入ってきた森側の門。地図を見る限り、こちらは森ばっかりで道らしい道はない。はっきり言ってわたしらが来た方向って通常ルートじゃないっぽいね……。
あとの二つは、森側の門を頂点とした二等辺三角形の底辺の二点のような位置にある。そして、3つの門からまっすぐ伸びる通りがぶつかるように繋がっている。
大雑把に言えば、○な村の中にYな道がある。エウリア村はそんな形だ。
ちなみに、Yの下に伸びている道の先端にある門がわたしらの入ってきた門で、Yの左上側の門が他のみなさんが来た門。右がはじまりの街から遠ざかる、つまり先へ進む門らしい。
ドルマンっていうおっちゃんNPCが聞いた報告によれば、魔物の群れを見たのは村の川側二つの門から伸びる街道に挟まれた山だという。
恐らく二つの門の内のどちらか、もしくは両方から攻めてくるのではないかとの村長さんたちの見解だ。
それを聞いたプレイヤーの一人が、門以外からの、つまり塀を乗り越えて襲撃して来る可能性をNPCの二人に質問したが、それは考えなくてもいいそうだ。何故なら村の外周に面する川はかなり堀が深く、村の中へ入るには門のある場所に作られた石橋を渡るしかないという。
此処にいるプレイヤーは4PTで二十人。守る場所は二つの門。なので、一つの門に対し2PTの十人で対応するということになった。
そうなると、四人PTのわたしらは必然的に六人のリックさんPTと組むことになった。
正直、男の人のロンゲは好きくないのだけど、まあ仕方ないか。
そして各PTLたちがお互いにフレンド登録をした。どちらの門にモンスターが襲ってくるか解らないので、離れた場所でも連絡が取り合えるようにしておくためだ。
ふとチラリとカウントダウンを見る。モンスター襲撃までの残り時間【1:32】だった。
みんな時間は気にしていたようで、早口の応酬みたいになっていたから思ったよりは時間は経ってない。だけど、それでも段々と時間は近づいている。二百匹ものモンスターたちが、この村へ押し寄せて来るその瞬間(とき)が……。
防衛メンバーが決まって、さて次はどうするという場面に来てクラウドさんが言いだした。
「……そうだ。皆がこの周辺で戦ったモンスターを教えてくれないか? 襲ってくるモンスターの対処法が分かっているかどうかで危険度も随分違ってくると思うんだ」
クラウドさんの言葉に全員が頷き、各PTの代表がモンスターを言い合った。
まあ結論から言えば、わたしたちが今まで倒してきたモンスターだけだった。対処法もおおよそ解っているし、味方と離れずぎて孤立とかしなければ十分に戦えると思う。
これならば、と全員が少しばかりの安堵をしたとき、キリュウさんが発言した。
「……待て。まだ言っていないモンスターがいる」
「?」
ネリー、レイア、わたし含め、その場にいたキリュウさん以外のプレイヤーが顔に疑問を浮かべた。
――はて? まだ出てないモンスターなんていたッスかね?
キリュウさんPTの一員であるわたしも知らないモンスター?
横を見るとネリー、レイアも同様に首を傾げている。
「……この村に来る途中で、俺は《ロウアー・ゴブリン》というソードスキルを使う亜人型のモンスターと戦った」
キリュウさんが全員を見渡しながら言った。
――ってあああ! そういや言ってたッスね! キリュウさんしか戦ってないし、わたしらは姿も見てないから忘れてたッス。
ネリーたちも思い出したようで、そういえば、というような顔をしている。
「!?」
でも、私たち以外のプレイヤーの顔は、どう見てもかなーり驚愕していた。
「なっ……嘘だ! はじまりの街から此処ら周辺一帯には、まだソードスキルを扱うMOBは出てこない筈だ!」
リックさんの影に居たひょろひょろなモヤシっ子という印象の男の人が、ジョーストさんの如くいきなりヒステリックに叫んだ。
怒声というよりは悲鳴に近い声で叫んで、両目を見開いてぷるぷる震えながらキリュウさんを凝視するその人。ほとんど肉の無さそうな体に装備している防具が、かなり不釣合いに見える。
「ああ、悪ぃ。こいつはな、《ベータテスター》なんだよ」
「なっ!?」
リックさんがそのモヤシさんの肩に手を置きながら言った。何故か数人ほど驚いている人が居る。
《ベータテスター》。
わたしのイトコも一応そうだったと聞いた。もっとも、仮想(VR)酔いが酷かったらしく、本人は三日で諦めたらしいけど……。
ベータテスターだったイトコの協力もあり、わたしら三人はSAOを手に入れることができたんだ。
まあ、そのせいで今大変な目に遭ってるんだけどね……。
「でもコイツよ、テスターのくせに戦闘はからっきしでなぁ。まあ、SAOの知識は人一倍だから? 俺らのPTに入れてやってるわけだけどよ」
バンバンとモヤシさんの背を叩きながらドヤ顔で言うリックさん。
っていうか、此処って確か《犯罪禁止コード圏内》じゃないらしいから、あれでもHP減るんじゃ……?
わたしがそんなことを考えていると、その人に向かってキリュウさんが言った。
「……嘘ではない。確かに俺は、ソードスキルを使うロウアー・ゴブリンと戦った」
「で、でもっ」
モヤシさんが何かを言おうとしたのを、クラウドさんが片手を上げて遮った。
「ちょっと待ってくれ。もしかしたら、今の情報は凄く重要かもしれない」
クラウドさんが指摘したのは、さっきの金髪ポッチャリさん――ボルグという名前らしい――の言ったことだ。
先ほどボルグさんが言った、大げさなクエストのわりには敵が少な過ぎる。何かあると思ったほうが良い、という発言。
はじまりの街からこのエウリア村の周辺まで、普通ならばソードスキルを扱うMOBは居ないらしい。
少なくてもベータ時代はそうだったと、モヤシさんが鼻息荒く言ってた。
もしも通常ではこの周辺には現れない亜人型MOBが大量に襲ってくるのだとしたら……。
それは、未だソードスキルを扱うMOBとの戦闘に慣れていないプレイヤーには、かなり不利な戦いになるんじゃないかと思う。
そうして話し合った結果、その可能性が高いという結論になり、全員がキリュウさんから《ロウアー・ゴブリン》の特徴と戦い方をレクチャーしてもらった。
みんながキリュウさんの言葉に頷きながら聞いている様子を見てると、別にわたしが何かしたわけでもないんだけど、なんか得意気な気分になるね。
……ちなみに、ベータテスターだというモヤシさん――ネルソンさんは、その後は黙ったままだった。
幼馴染だというリックさん(超ビックリ!)が言うには、先ほどはつい叫んでしまったようだが、普段はヒッキーも逃げ出すほどのすっっっごい人見知りなんだという。ポッチャリさんは「……けっ。テスターだってぇのに、宝の持ち腐れだな」とネルソンさんをずっと睨んでいた。何かベータテスターに特別な感情があるのかもしれない。知らないけど。
モンスター襲撃までの残り時間【0:58】
残り、一時間を切った。
「……そろそろ、移動した方が良いな」
クラウドさんがポツリと言う。
いつの間にか仕切り役がリックさんからクラウドさんに代わってるけど、それに突っ込む人は居ない。……まあ、正確にはわたしが心の中で突っ込んでるんだけどねっ。
そうして村長宅のリビングに居たプレイヤーが、ぞろぞろと外に移動する。
――あれ? そういえば、キリュウさんて説明会以降発言してないッスね。
キリュウさんを見ると、なにやら地図を見ながら難しい顔をして考え事をしてるみたいだった。
「……えーと、キリュウさん? あたしたちも行きませんか?」
ネリーがそんなキリュウさんに声をかける。
「…………ん? ……ああ、そうだな」
「……どうかしたんですか?」
少し上の空なキリュウさんに、レイアが心配そうに訊いた。
今、リビングに残っているのはわたしらだけだ。
「……いや、先ほどの話の中で何か違和感を感じたのだが……それが何かが解らないんだ」
「違和感……ですか?」
わたしたち三人が同時に首を傾げた。
――ふーむ、違和感ッスかぁ……。正直、話についていけなかったわたしに解るわけもなく……。
結局、キリュウさんの言った違和感が何かは解らずに、わたしたちは村長宅を出た。
モンスター襲撃までの残り時間【0:41】
わたしらはキリュウさんの要望で鍛冶屋にいた。
「あれ? 買いたい物って《それ》だったんスか?」
「……ああ、敵が多いらしいからな。もしもの時のためだ」
そう言って購入ボタンを押すキリュウさん。
確かにキリュウさんはわたしらよりも、もしものことが起こる可能性は高い。それを考えたらやっぱり必要かなと思う。
でもわたしら三人にはキリュウさんのように繊細な動きはまだ出来ない。だから動きを妨げるような余計な重さは極力なくした方がいいとのことなので、わたしたちは何も買わなかった。
モンスター襲撃までの残り時間【0:19】
防衛担当であるエウリア村の川側の左の門に着いたわたしたち。
教えてもらった通り、村の外周のこちら側の塀は深い川に面していて、門へは幅約6メートル、長さ約10メートルほどの石橋を渡る他は辿り着けそうにない。守るには良い場所だと、素人意見だけどそう思う。
「お、ようやくご到着か。逃げたかと思ったぜ」
先に来ていたリックさんがニヤニヤしながら話しかけてきた。……てか、わたしらをジロジロ見るのはやめて欲しいッス。
ここでこの門の防衛担当メンバーを改めて言うと、
キリュウPT:キリュウ(長槍使い)、ルネリー(盾剣士)、レイア(片手剣士)、チマ(片手剣士)
リックPT:リック(長槍使い)、ネルソン(短剣使い)、その他の人(盾剣士×3、短剣使い×1)
こんな感じ。
右側の門はクラウドPTとジョーストPTの担当だ。正直さっきヒステリってたジョーストさんが逃げ出さないかすっごく不安……。
2PTで協力するといっても、いきなりの連携なんて逆にお互いの足を引っ張り合う結果になりかねない。なので、基本的には各PT自身で何とかする。でも、助けを呼んだらお互いに出来る限り助ける。話し合った結果そういう事になった。
モンスター襲撃までの残り時間【0:12】
もう、何処に行くということも出来ない。
この場に居る誰もが、黙って門の外、石橋の向こうをじっと見ていた。
「…………来た……」
誰かが呟いた。
「……あ」
全員が目を凝らす。
「…………ひっ」
わたしの近くいる人が息を呑んだ。
「…………クソがっ」
リックさんが悪態を吐く。
「う、うわああああああ!!?」
ネルソンさんが叫んだ。
「キ、キリュウさん……っ」
ルネリーとレイアがキリュウさんの服を掴む。
「…………っ」
わたしは――いや全員が、《それ》から目が離せなかった。
《それ》は最初、門から続く街道の先に揺らめく陽炎だった。
陽炎は段々と横に広がり、次第に輪郭を確かにしていった。
透明な揺らめきに色が付き始め、まるで何処か異界から次々と実体化しているような、そんな光景。
ド……ドドド……ドドドドド……と《それ》がこちらに近づくにつれて大きくなる重低音の地鳴り。
ギーギー、ギャッギャッと其処彼処から聞こえて来る、何故か言いようも無い不安に駆られる耳障りな奇声。
その地鳴りのような音と、奇声に感じる不安が合わさって、実際に足元が揺れているような錯覚を起こす。
きっと俗に言う《足が震える》という状態になっていたんだと思う。経験したのは初めてだ。
そして、ようやく《それ》がしっかりと視認出来る位置まで来た。
「…………魔物の……群れ……」
――そう。まさに《魔物の群れ》。それ以外に言いようがない。漫画で見た百鬼夜行の妖怪たちのような数十匹からなる異形の大群。
確かにそのほとんどは、これまでわたしらが倒してきた種類のモンスターたちのようだ。
……だけど、これだけの大群を見ると、それらは何故か《別の何か》に見えてくる。
別の何か。未知の何か。知らない何か。
知らない解らないは、人間に《恐怖》という感情を呼び起こす。
その恐怖は、はじまりの街の外で初めて戦ったイノシシの比なんかじゃなかった。
さっきまで「なんとかなる」と思っていたわたしの頭に、「あれは無理だ」という思いが生まれる。
――やだやだやだっ、逃げたい……っ。此処に居たくないッスよぉ……っ!!
モンスターの群れのシルエットが段々に大きく鮮明となっていくのと同時に、わたしの両目もじわじわと熱くなっていくのを感じた。
たぶん、《あれ》を見ている誰もがわたしと同じことを考えていると思う。
――あんなの勝てるわけがない。
理屈では、勝つのは不可能では無いのかもしれない。これはクエストなんだ。つまり、普通なら達成できること前提のモノのはずだ。
でも……《あれ》は理屈じゃない。
巻き込まれたら確実な《死》が訪れるという予知にも似た予感。
大昔の人と人が大勢で斬り合う戦の雰囲気というのはこういうものなのかなと、現実逃避しそうになるわたしがいる。
「……無理…だ。……あんなの、無理に決まってる……っ」
誰かが震える声で力無く叫ぶ。
前に茅場晶彦っていう人が言った言葉が、わたしの頭の中でこの状況にピタリとハマった。
『諸君にとって、《ソードアート・オンライン》は、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ』
そう、この恐怖は現実のもの。
こんな無情な現実に、救いの無い仮想(リアル)に、わたしたちは絶望し、誰もが戦う気力を奪われた。
奪われたと思った。――なのに。
「……………なん、で……スか……?」
なんで……なんでなんスか?
どうしてっ、あんたはそんなにも堂々とっ、まるで日課の散歩にでも行くような自然さでっ、そこまで平然と前に出ているんスかっ!?
――キリュウさんっ!!!!
「………………」
キリュウさんは、目の前の光景に魅入られたかのように身動きの取れないわたしら防衛メンバーの数メートル前、石橋に差し掛かる所までトコトコといつもの無表情で歩いていった。
そして、ウィンドウを開いて何かを打ち込むような操作をした後、左手に持っていた槍を両手で持ち直し、切先をモンスターの群れに向け――
「っ!?」
ダンッッッ!! と、いきなり大きな音を立てながら石橋を叩き踏むように腰を落とした。
当然わたしら全員はその音に驚き、モンスターの群れではなくキリュウさんに視線を向ける。
わたしらの前で、ただ一人モンスターの群れに立ち向かうかのように構えるキリュウさん。
この位置じゃ顔を見ることは出来ないけど、その背中は何故か凄く大きく見え、なんでか自分の心を支配していた恐怖もスーっと薄らいでいく感じがする。たぶんそう感じているのはわたしだけじゃないはずだ。
それはきっと《安心感》によるものなんだと思う。
想像してみて欲しい。誰もが死の脅威にビビッて絶望している状況で、たった一人だけ平然とその脅威に立ち向かおうとしている人の姿を。
きっとそんな人がいるだけで、絶望の中に希望が見えてくる。
一緒に立ち向かおうという想いが沸いてくる。
――もうあんた、ほんとスゴイッスよ。キリュウさん……っ。
数瞬前のブルってた自分のことも忘れて、わたしはキリュウさんを見ながら口が緩むのを感じた。
「…………予想よりも、敵の数が少ないな……」
「は? ……はあああ!?」
そんなキリュウさんがしれっと呟いた言葉に、今までの雰囲気をぶち壊すくらい全員が呆れたように驚愕した。
――って、うお――いっ! あれが少ないってどういうことッスかー!?
確かに一面を埋め尽くすって程じゃないかもッスけど、何十匹というモンスターが集まってこちらに向かって来てるっていうッスのにっ!
…………ってあれ? 何十匹?
「……よく見てみろ。モンスターの数は五十よりは多いかもしれないが、明らかに百も居ない。左右の門のどちらに来るかは解らなかったが、分散している可能性が高いな」
キリュウさんの言葉を聞いて、あたしたちは改めてモンスターの大群を見る。
……本当だ。確かに多いは多いけど、最初に聞いていた二百匹という数にはどう見ても見えない。
ということは、左右の門にそれぞれ分かれて襲撃してきたってこと?
じゃあ今ごろ反対の門は、二百匹からわたしらの目の前のモンスターの数を引いた数が向かっているってことなの?
「……ん、じゃあ、クラウドたちが守ってる門の方に残りが行ったっつぅのか?」
リックさんが、声を搾り出す、といったようにわたしが思ったことをそのままキリュウさんに訊いた。
「……それ含めて先ほどメッセージを送ったが……今、返信が来た。……む、向こうにもどうやらモンスターが現れたようだが、どうもその数も百匹は居ないらしいな」
既に向こうと連絡を取っていたというキリュウさん。……あ、さっきウィンドウ操作してたのはそれか!
――ってあれ? 向こうも百匹居ない? どういうことだろう?
最初の情報では、モンスターは二百匹ということだった。NPCが言ったことだから間違いは無いと思ってたんだけど、そうでもないのかな。
でも、はじまりの街でNPCに聞いたこの村への道の情報も微妙におかしかったし……。
NPCの言う事も絶対じゃないのかな。と、そんなことを考えてしまうわたし。
だから、次の瞬間はホントに心臓止まりそうになるぐらいビックリした。
「――ルネリー! レイア! チマ! 来るぞっ……交戦準備!」
「!? ……ひゃ、ふぁいっ!」
前を見れば、キリュウさん越しの100メートル向こうには既にモンスターの群れが来ていた。あと一分もしない内に戦闘が始まりそうだ。
わたしは再びキリュウさんの背中を見る。また心が落ち着いてくるような感じがした。
思えば、出会ってから今までずっとこの背中を見てきた気がする。
そして、その背中に何処か安心感を抱いていた。その安心感を何故感じたのか。今なら解る気がする。
わたしがキリュウさんの背中を見ているということは、当たり前のことだけどキリュウさんはわたしの前に居るということなんだ。つまり……。
――ず~っと守ってもらって来たんスよね……。今までずっと、わたしらの前で……。
今、改めてちゃんと理解した。キリュウさんは、物理的だけじゃなく精神的にもわたしらを守っていてくれてたんだということに。
それは知ってたつもりだった。あのとき気付いたはずだった。だけど、それが当たり前になり過ぎてて、ちゃんと意識するということをしなかった。
――でも、あれッスよね。ずーっと後ろにいるポジションってのは、やっぱり嫌ッスよねぇ……。
モンスターの群れは、もう50メートルほどの先まで来ている。
「……うしっ」
わたしはパンッと自分の両頬を叩き、気合を入れた。
今はまだ、わたしにキリュウさんの隣に並ぶだけの力は無い。
だけど、いつか……いつか必ず隣(あそこ)にっ。
――んで、そのためにはまず、目の前の《アレ》ッスよね。
もうわたしは、モンスターの群れを見てもそれほど怖いとは感じなかった。
乗り越えなきゃいけない壁。思ったのはただそれだけだった。
――ふっふっふ、覚悟を決めたオンナの強さ……見せてやるッスよ!
わたしは、迫り来るモンスターたちを睨みながら剣を構えた。
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