SAO ~冷厳なる槍使い~
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SAO編
第一章 冒険者生活
2.怒涛
村への案内をしてくれるNPCの少女の護衛を受けた俺たちは、ゆっくりと一定のペースで歩く少女の周りを囲うように歩いていた。
俺は少女の右斜め前に位置し、三人は一定の間隔を空けて少女の後ろを半包囲すような位置に。護衛対象をあまり視界から離すのはいけないと思うゆえの配置となる。いつ襲われるか解らないので、既に四人とも各々武器を抜いて戦闘態勢になっていた。
現在の俺の《索敵》スキルの熟練度はまだ二十六だ。視界の中限定で、約25メートル以内にいるモンスターをカーソル表示する。ただ方向が解るだけで正確な距離までは解らないし、視界範囲だけなので、周囲を警戒するには常に周りを見渡しながら《索敵》を発動させなければいけない。極めて不便なスキルだが、それでも奇襲を防ぐには必要な物だ。
「むー、どんなモンスターが出てくるッスかねぇ」
NPC少女のやや右斜め後ろを歩くチマが、周囲を忙しなく見ながら、だがやや緊張感の欠けた声で呟いた。
「……今までは、動物とか虫っぽいモンスターが多かったよね」
チマの反対側、NPCの少女のやや左斜め後ろを歩くレイアが首を傾げながらチマに続く。
「どんな敵が来てもっ、よーく見て倒すだけだよ!」
少女の真後ろを歩くルネリーがやる気が溢れてるといった感じで言った。
ルネリーは熱血ッスねぇ、というチマとレイアの苦笑を聞きながら、俺は再び周囲を――
「! ……右方一匹、来るぞっ」
「っ……は、はい!」
前方、右方と《索敵》していた俺の視界に赤いカーソルが一つ現れる。暗闇で姿は見えないが、名前が表示されていないということはまだ見たことのないモンスターだろう。
俺はすぐさま声を上げて状況を伝える。そして三人が反応したことを確認し、急ぎ他の方向を《索敵》にかけた。
――後方、良し。左方……む!
「左からも一匹! お前たちは右を……!」
「うい、了解ッス!]
「わかりましたっ」
言いながら俺たちはNPCの少女の左右に移動する。
「同時に二匹なんて初めてですね……」
右方の暗闇を窺いながらレイアが強張った声を出す。
「……今後は恐らく集団で襲って来ることは増えてくるだろう。寧ろ此処で慣れておく、ぐらいに考えておけ」
「は、はいっ」
……レイアにはそう言ったが、二匹同時に襲ってくることなんて確かに俺たちにとって初めての経験だ。
今までは一匹相手に誰かが戦って、他は危なくなったらすぐに助けに入れるように見守る、というのが常だった。だが、今までの経験からすれば二匹程度なら恐らく問題は無いだろう。三人には考えて戦う方法を教えてきた。初めて見る敵だとしても、同数以下なら誰もが梃子摺る事無く戦えると思う。
「――来るぞ!」
少女の左方、俺の目の前に現れたのは、俺よりも体の大きい紫色の巨大なトカゲだった。
俺の後ろ、少女の右方からは「ねねね、ネズミッス!」「は、はやっ!?」という声が聞こえる。
俺はトカゲの頭に突きを放ちながら声を上げた。
「動きが速い敵を相手にするときは、その動きを制限させるような位置をとれ!」
あの三人は意外と物分かりが良い。これだけ言えば、後は自分たちで考える事が出来るだろう。
「……ハッ!」
しかし、心配は心配だ。出来るだけ早くこちらを終わらせるとしよう。
目の前のトカゲは動きもそんなに早くは無い。その姿勢ゆえにトカゲは頭から向かって来ることしか出来ないみたいだ。注意しなければならなさそうな場所は鋭い歯の並んだ口ぐらいか。だが射程の長い槍使いの俺は、余裕を持って目や首などの弱点と思わしき場所に攻撃が出来る。
攻撃力が無い分は数を当てることでカバーし、七度目の攻撃が当たってようやくトカゲは光に消えた。
「レイア、そっち!」
「うんっ」
後ろを見るとちょうど三人がモンスターを倒すところだった。ルネリーとチマに追い込まれた敵は、レイアの一撃により倒れた。
「ふいー。何とかなったッスね」
「ちょこまかと動きが速いのは初めてだったから、ちょっとビックリしたよー」
「……うん。ちょっと焦ったよね」
三人は疲れてはいないようだったが初めての敵に困惑した、と言ったところか。
だが今の敵がこの森で出てくるモンスターの全てだとは思えない。俺は三人に注意を促し、再び周囲を警戒しながら歩き出した。
それから二時間程経った現在、あれから俺たちはモンスターの引切り無しの襲撃に遭っていた。
「――後方二匹、来るぞ! 前方二匹は俺がやる……!」
何度も連続で襲われる状況が続いたため、結構時間は経っているが、歩みは全然進んでいないような気がする。
今まで俺たちの前に現れたモンスターは三種類。
額に10センチ程の角を生やした、体長70センチ強の焦げ茶色の巨大ネズミ型モンスター、《ホーン・ラットル》レベル3。
体長2メートル強の紫色のトカゲ型モンスター、《フォレスト・リザード》レベル3。
体長1.5メートル程、幅2メートル程の球根に大きな口と花が付いたモンスター、《プレデット・バルブ》レベル4。
これらのモンスターは、一匹一匹はそれほど強いという訳ではない。
《ホーン・ラットル》は動きが早く攻撃が当たり難いが、攻撃力の高い角攻撃にさえ気を付けていればソードスキルを使えば一撃で倒せるほどにHPも防御力も低い。
《フォレスト・リザード》は背後からの攻撃に弱いようだ。小回りが利かないようなので、一人が正面に立ち、もう一人が背後から攻撃すれば楽に倒せる。しかし、あまり近づき過ぎると毒のある牙で足を噛まれる。一度ルネリーが噛まれて、俺たちの中では初めてとなる毒状態というものになった。そのときはすぐに後退させて解毒ポーションを飲ませたので大事にはならなかったが、ルネリー曰く。
「すっっっごく気持ち悪かったです! なんかこう、お腹の中をぐるぐると回ってるような、頭をガンガン叩かれてるような……もう毒はいや――って感じでしたぁ……」
ということを、身振り手振りと涙目付きで力説していたので、それを聞いた俺たちは一層注意をするようになった。
《プレデット・バルブ》は動きが遅い。球根から生えている幾本もの細い根全てを使って自身を支えながら動いてるので、人が歩く程の速度しか出せない。しかし、球根の頭頂部に付いている赤い花からはキラキラと輝く花粉を噴出し、球根の根元付近にある大きな口からはシュウシュウと嫌な音を立てる液体を吐きだす。花粉は輝いていて視認でき、漂う速度も遅いために避ける事は可能。口から吐き出す液体も、通常開きっぱなしの口を閉じて、唾を溜めるようにもごもごした事前モーションがあるため楽に避けられる。頭頂部の花は斬り落とすことが可能らしく、斬り落とした後は液体噴射にさえ気を付ければ特に問題無く倒せた。
だが問題なのはその数だった。一匹では弱いとはいえ、それが三匹、四匹と現れれば対応も変化させざるを得ない。
現在はルネリーたち三人でモンスター二匹を相手にさせ、残りは俺が相手をするという戦法をとっている。戦運びに関して、まだまだルネリーたちでは二匹までがせいぜいだろう。対する俺はというと、この程度なら何匹でも変わらないが、如何せんやはり攻撃力不足が否めない。
NPCの少女を守りつつ、三人の様子を見ながら自分の担当であるモンスターを相手にするとなると、せいぜい三匹が限界だ。担当が四匹以上になると、敵の攻撃を防ぐことに手一杯となり、時間を稼ぐことくらいしか出来なくなる。
しかし、今はルネリーたちがいる。ソードスキルを使った連携を覚えたこの三人は今や攻撃力では俺の一歩前を行っていると言わざるを得ない。二匹以下なら三分もかからず倒すことが出来るので、俺は三人が援護に来るまでの時間を敵の攻撃を弾いて耐えていればいい。
ルネリー、レイア、チマ。この三人は俺の想像よりもずっと早く成長してくれた。既に俺が、三人に援護を頼めるくらいに。師匠としては、そんな自分が情けなくも思うし、手のかからない弟子たちに少し寂しくも思う。
だが、SAOというゲームでの戦う仲間だと思えば、寧ろその成長は喜ばしいし、頼もしいことだ。
戦術面では俺が補い、攻撃力では三人が補ってくれる。
これは俺だけが思っていることかもしれないが、俺は三人を――《戦友》だと思い始めていた。
「レイア! チマ!」
ルネリーの声で二人が、現在戦っている《プレデット・バルブ》の背後へ、左右から回りこむ。
そして、レイアが剣技《ホリゾンタル》で頭頂部の花を切り落とし、同時にチマが彼女の最も得意とする縦軌道の斬撃技《バーチカル》で敵の背中を斬り払った。
「…………」
三人が特に苦戦をしていないことを横目で見ながら、俺は目の前のトカゲに体重を乗せた下段突きを放つ。
俺が相手にしているのは、角ネズミと紫大トカゲだ。……はっきり言って、弱い。
基本的に頭は良くないのか、軽く速めのフェイントをかければ、狙い通りの動きをしてくれる。
HPの少ないネズミを最初に倒せば後は簡単だ。リーチのある槍での攻撃には、リーチの無いトカゲでは歯が立たない。一定の距離を保ちつつ弱点である頭に幾度も切っ先を突き立てれば、ソードスキルを使わずとも倒すことが出来た。
「ふぅ……終わったか」
襲いかかって来た四匹のモンスターを倒し終え、再度《索敵》をかけながら周囲を見渡す。
敵の反応が無いことを確認してから、ようやく槍を構えたままの残心を解いた。
「ハァァァ~……。もうこれで二十七回目の襲撃ッスよ? さすがにそろそろしんどくなってきたッスよぉ~」
チマの言う通り、俺たちは一息吐く暇も無いくらいのペースで、此処に来るまでに既に二十七回もの襲撃を受けていた。更に一回一回が二匹以上の混在モンスターのPTでもあった。一匹一匹の対応が違うものを同時に対処するというのは、確かに精神をかなり擦り減らす。
「……そうだね。武器の耐久値も半分を切ってるし、そろそろ村に着きたいね」
「ねぇねぇ、あとどのくらいで着くの?」
精神的疲労ゆえの溜め息を吐いているレイアの横で、特に疲れた様子を見せないルネリーが中腰になってNPCの少女に訊いた。
「うーんとね、あと五分も歩けば着くと思うよ?」
「そっか、じゃあ後少しだねっ」
笑顔で答える少女に、同じく笑顔で頷くルネリー。
「…………」
――しかし、改めて考えてみるとかなり不可思議だな……。
こんな年端もいかない少女が、化け物の犇めく森の中に居たということもだが、案内をしてくれている最中の挙動も可笑しい。
こちらとしては出来るだけ武器を振り回せる広い空間を移動して貰いたいのだが、この少女は近道だからと木々の茂る狭い場所ばかりを通る。モンスターが現れればその場に頭を抱えてしゃがんで震えているのに、居なくなればさっきまで怯えていたのが嘘のように笑顔で歩き出す。更に、こんな道しるべも無いような場所で迷いも無く村に向かえることも可笑しければ、先ほどのルネリーの質問に答えたように、正確にあと何分と答えられるというのも可笑しい。
それら全てをNPCだから、と片付けてしまうのが一番手っ取り早いのだろうが、個人的にはそれでは納得が出来ない。
まあだが、見る限りルネリーたちは気にしてはいないようだ。俺一人、答えの無いことを考えていても仕方ないか……。
俺は思考を切り替え、再度周囲に《索敵》をかけた。
「…………!」
――居る。
姿は木々で隠れて見えないが、赤いカーソルだけは視界に映っている。正確な距離は解らないが、そう遠くは無いだろう。
俺は横を歩く少女の前に移動しながら、後方にいる三人に声をかける。
「……敵だ。前方に一匹。お前たちは少女を守れ」
「! ……は、はいっ」
三人に指示を出し、俺は周りに他のモンスターが居ないことを確かめてから、前方の敵のもとへと走った。
このNPCの少女は、俺が敵を見つけたと言っても歩みを止めはしない。自分で視認してからでないと絶対に止まらないのだ。そのため、不意打ちを防ぐ為にはある程度こちらから先攻を取らなければ不要な危険を招きかねない。俺は隠れている敵に向かって囮となるべく先行した。
「…………っ」
少女から25メートル程先行した場所。藪を抜けると、そこには――。
「ギギ、ギーッ!!」
初めて見る《人型の異形》が居た。
名前は――《ロウアー・ゴブリン》。
身長1.5メートル程で深緑色の荒れた肌。大きい口にギザギザの歯、ボロボロの腰布以外は何も身に着けていなく、棘の付いた短い棍棒を右手に持って振り回している。
「…………」
人型のモンスターと戦うのはこれが初めてとなる。今までは動物か植物を模したモンスターだけだった。《はじまりの街》の図書館で読んだ資料によれば、人型のモンスターはソードスキルさえも扱うらしい。
普段、自分たちが頼りにしている攻撃力が、そのまま自分に返ってくるのだ。これほど恐ろしいものはないだろう。
――だが……何故だ? 何故、俺はこんなにも落ち着いているんだ?
目の前で奇声を放っているモンスターに、俺は脅威を全くと言っていいほど感じて無い。
「ギーッ!」
ゴブリンが大口を開けて棍棒を振りかぶりながら飛びかかって来た。
「…………」
右手を斜め上に棍棒を振り上げているゴブリン。この形から予測出来る攻撃パターンは《斜め軌道の叩きつけ》。攻撃のリーチは、腕と棍棒の長さを合わせても1.2メートル程か。
俺は左半身を下げることでゴブリンの攻撃を避ける。棍棒を下に振り切ると同時に、後退跳躍しながらゴブリンの喉仏に刺突を放つ。
――何だ……?
頭の中が冴え渡っていくような感覚。
敵の動きがよく見えて筋肉の緊張と間接の動きから、相手の次の行動が解るこの感覚。
――この感覚は……どこかで……。
「……ギッ、……ガッ、……グエッ!?」
ゴブリンの行動に先回りしておくように槍の切っ先を放つ。前に踏み出そうとする足へ、棍棒を振りかぶろうとする腕へ、攻撃を避けて後ろへ回りこんだ俺を視認するために振り返ったその大きな頭へ。
相手の行動を読み、相手から当たってくれるように攻撃を仕掛ける。
――これは、この感覚は……そうだ。師匠との稽古だ。
相手の動きから次の攻撃の気配を読み取り、それを逆手にとって自身の攻撃を当てる。
動きがよく見えると思ったのは相手が人型だからだ。強敵だと思っていた人型こそ、俺が長年続けていた師匠との稽古を思い出し、逆に行動を読むことが容易となる。
二本の足が大地を掴む様子で重心の位置を感じ取り、腕の振りと武器の位置から攻撃の軌道を読み取り、視線から相手の狙いを予測する。
敵の動きが解る。狙いが解る。
――そうか。これが……俺がこの十五年間で、師匠との稽古で得た物なのか。
それはどこか虚しくもあり、この状況においては嬉しくもあり、何とも複雑な気持ちだった。
「ギ……ギィ――ッ!」
「!?」
既にHPバーは二割を切っているゴブリンの動きが一瞬止まったかと思った矢先、突如その動きが加速して橙色の光に包まれた棍棒が俺に迫ってきた。
――迂闊っ、ソードスキルか!
このSAOの世界特有の技である《ソードスキル》。師匠との稽古では――現実世界では有り得なかった技を失念していた。如何にその動きが遅く見えても、ソードスキルは動きを加速させて実力以上を攻撃を放つことが出来る。
――この攻撃は避けることは出来無い……っ。
「……ぐっ、う」
そう思った俺は、あえて左腕で相手の技を受けた。この木柄の槍では攻撃を受けると耐久値の減少が大きい。HPはポーションで回復出来るが、武器は街か村の武器屋、鍛冶屋でしか直すことは出来ない。この場面では俺は先のことを考え、自分のHPよりも武器の耐久値をとった。
「…………っ」
相手の攻撃を受けた左腕に痺れた感覚が残る。喰らったソードスキルの効果か、この戦闘中は使うことが出来なさそうだ。
これは俺の不注意だ。相手がソードスキルを扱うことも、ソードスキルが能力以上の攻撃を放てることも知っていた。
しかし、自分の十五年を懸けた稽古の成果を感じることが出来たのが嬉しくて浮かれていた。
「……未熟」
だが、もう覚えた。次からは同じ失敗はしない。
ソードスキルの技後硬直から解き放たれたゴブリンがこちらを向いた。
俺は未だ痺れる左手の変わりに、左の肩に槍を中腹を置き、相手にやや背中を向ける形で半身で構える。
「ギーッ!」
「……」
ゴブリンは再びソードスキルを放ってきた。恐らく俺に一撃入れて気を良くしたのだろう。
しかし、今度は問題無く避けれる。ただで攻撃を受けるほど俺も甘いつもりは無い。
今までの経験から、ソードスキルには三つの弱点があると考察できる。
一つは初動の形に構えたとき。システムアシストが起ち上がるための硬直が一瞬だけ生じる。これでソードスキルが出ることを予測できる。
二つ目は初動の構え。その構えの形は技によって一つ一つ違うらしく、一度見ればその構えから技を割り出すことができる。
三つ目は技後硬直。技さえ避けてしまえば、その後は数コンマ無防備になっている所を攻撃できる。
ゴブリンの初動でソードスキルによる攻撃とその技を察知し、攻撃範囲外に移動することで避ける。
後は技後硬直で固まっているゴブリンの頭目掛けて攻撃するだけだ。
左肩を発射台のように滑らせて勢いがついた所を体を回転させて更に押し込むように刺突を放つ。
「グ、ギーッ」
正確に眉間を貫かれたゴブリンは、パリーンという破砕音と共に粉々に砕け散った。
「……ふぅ。…………んく、んく」
俺は槍を地面に突き刺し、腰のポーチから回復ポーションを取り出して飲んだ。渋味と酸味の混じったような味が口に中に広がるのを感じながら、俺は自分のHPを見る。
――六分の一、といったくらいか。
武器で受けなかったにしては思ったよりダメージが少ない。当たる瞬間に僅かに後方に下がったことが功を奏したか……。
少しずつだが回復していくHPを確認した俺は、周囲に《索敵》をかけた。
「キリュウさーん、大丈夫ですかー!?」
間も無く俺が来た方向から三人と少女が現れた。
三人は俺を心配そうに見ていた。恐らく俺のHPが減ったことを見て不安になったのだろう。
「……ああ。少し油断したが、大丈夫だ」
俺の言葉を聞いて安堵の溜息を吐く三人。その様子を見て、俺はこの三人の師匠として、これ以上心配をかけるわけにはいかないと思った。
――もう、決して油断はしない。
そう俺は固く心に決めた。
その後暫くすると、俺たちは大きく開けた場所に出た。
そこは森に隠れるように存在する村だった。周りを簡素な木の塀で囲んでいる二百人も住めなさそうな小さな村だ。
村の入口であろう小さな門に着くと、NPCの少女が俺たちの前で振り返って両手を広げた。
「此処がわたしの村、《エウリア村》だよっ」
疲労困憊な俺たちとは正反対に明るい声で少女が言う。
ようやく着いた。言葉は出さずとも皆同じ思いだったに違いない。
《ロウアー・ゴブリン》を倒した後は、二匹以上のモンスターが同時に現れるといったことは無く、それは非常に助かった。武器の耐久値も既に三分の一を切っていた事もあるが、何より休み無しの連続戦闘にこの三人がかなり精神的に参っているのを感じていたからである。
「……だが、まずは武器を修理しなければな」
誰に言うでもなく小さく呟く。
【少女の護衛】というクエストは、彼女の家に辿り着かないと終わらないらしい。
三人を早く休ませてやりたいという気持ちも勿論あるが、それよりも武器の耐久値が全快ではないという状況に不安を感じる。
何故なら、この村の敷地内に入ったときに視界に出た【エウリア村】という表示の上に、《はじまりの街》では見慣れたあの文字列が出なかったからだ。
そう、この村は――《犯罪禁止コード圏内》ではないのだ。
「ここが、わたしのお家よ」
少女の案内の最終地点は二階建ての小さな家だった。小さな家、と言っても周りにある家と比べてという意味で、現実世界で見れば結構な敷地があるのではないだろうか。
少女に続いて家の中に入った俺たちは、少女の母親にお礼を言われてクエストを達成した。
クエストの報酬はこの家での一宿一飯と、かなりの量の経験値だった。正直苦労した割には大した報酬ではないが、こんな小さな村の更に小さな家の一家庭にそれを求めるのもどうなのだろう、とは思う。
しかし今回の報酬の経験値で、あの三人はレベル5に上がることができた。また一つ、三人が死の危険から遠ざかったことに安堵しつつ、逆に更に自分たちは取り返しのつかない場所へと向かってしまっているのではないか、という思いも俺は感じていた。
レベルが上がったことを喜んでいた俺たちに、少女の母親が午後六時ちょうどに夕食を用意するので、それまで村を見て回ってきてはと提案してきた。
現在は午後一時半。夕食までの暇潰しとして、俺たちはまず武器の修理を行うことにした。
少女の母親に教わった場所に行くと、商店街とも言えないようなまばらに店が並んだ場所に、鍛冶屋の印である金鎚のマークの付いた看板を見つけた。
「……いらっしゃい。珍しいな。こんな辺鄙な村によ」
店に入った俺たちを迎えたのは、物語に出てくるドワーフもかくやと言った大層な髭を蓄えた背の低い初老のNPCだった。
はじまりの街では鍛冶屋と武器屋は別々だったのだが、この村では全てを鍛冶屋が担っているらしい。内装は殆ど武器屋と変わらないが、武器に混じって包丁やら鍬やらが棚に並べられている。そして、カウンターの向こうには鍛冶工房も見えた。
「……店主。武器の修理を頼みたい」
「あいよ。んじゃ、武器を出してくんな」
俺たちはカウンターの上に自分たちの武器を置いた。武器が《非オブジェクト状態》の場合はウィンドウ上でのやり取りの方が楽だが、《オブジェクト状態》ならばそのまま渡すことも出来る。
「んーと、全部で二十分ほどかかるな。ここで待ってるか? それとも後で取りに来るか?」
――余り武器の無い状態で動き回りたくは無いな……。
NPCの問いに待っていると答えた俺たちは、暫く店内を見ていることにした。
「おお!? この包丁、武器にもなるッスよ! カテゴリ《ナイフ/ワンハンド》、固有名《キッチンナイフ》。ぷくく、そのまま過ぎッスよ!!」
「……フライパンとかフォークとかも武器として装備できるみたいだね」
「ねーねー、やっぱりあったよー! 見て見てっ、お鍋ヘルメットとお鍋の蓋の盾~!」
「…………」
さっきまで青い顔をしていたというのに、今はもう三人は元気に店内を物色している。
それが悪いとは言わないが、何故だろうか。あの三人の子供のような光景を見ていると、逆にこちらは老けてきたのではないか、という思いに駆られる。
そんなことを考えながら俺は、武器の修理が終わるまでの二十分の間、壁に寄りかかって三人のはしゃぐ様子を見ていた。
その後、修理が終わり代金を払って店を出た俺たちは街の中を散策した。
軽食屋で遅めの昼食を取り、雑貨屋でドロップアイテムを売ってポーションを補充した後は、各自自由行動とした。
三人は村にある店を梯子するらしい。俺は村のNPCたちに話しかけて情報収集をしていた。
NPCの持つ情報というのは結構重要だ。噂の様な荒唐無稽の話が、本当にあったりすることもある。しかし、それらが全てプレイヤーたちにとってプラスとなるかは、また解らないが。
「旅人さんや、色んな話が聞きたいのなら村長に訊くのが良いぞぃ」
俺が今、話しかけていた老婆のNPCがそんなことを言った。
「……その村長は何処にいる?」
「ほら、あの家だよ。この村の中央にある赤い屋根の大きい家がそうさね。……ああ、そう言えば今日は出かけると言っていたね。確か戻ってくるのは明日の昼頃という話だから、明日時間があれば訪ねてみるとええ」
――NPCが出かける? いや、それとも昼間にしか会えないということなのだろうか……?
何か妙な感じはするが、NPCに話を聞きに行くだけなら心配はないだろう。
とりあえず、俺は明日村長の家を訪ねることにした。
そしてNPCの少女の家に泊まった翌日。
俺たちは朝から森で一狩した後、武器の修理と持ち物の整理をしてから、丁度お昼頃に村長の家に向かった。
「なんか面白いお話聞けるといいねー」
「……これまでの傾向からすると、お話を聞くとクエストが受けられるって感じかな」
「それならそれで、簡単なクエにして欲しいッスね~」
俺の後ろを歩く三人はいつも通りの会話をしている。
昨日の経験から学んだのか、今日の狩りでは一段とキレの良い連携を三人は見せていた。
モンスターと言えども行動パターンと弱点が解れば怖くはない。俺たちは着実に強くなっていると感じた。
だが、一つ気になることもあった。結局、《ロウアー・ゴブリン》はあの一度きりしか出てこなかった。護衛クエスト限定のモンスターだったのか。それともただ個体数が少ないだけなのか。
そんなことを考えていると、目の前に大きな家が見えた。このエウリア村の村長の家だ。
赤い屋根付きの立派な玄関の扉を、俺はノックした。
「はーい」
家の中からは初老のご婦人と言った感じのNPCが現れる。
村長の話が聞きたいという旨を話すと、そのNPCは俺たちをリビングと思われる広い場所に案内した。
「へ~、良い感じの調度品みたいなのも…………え?」
家の中を見回していたルネリーがリビングを見て固まった。
そこには――
「何(ん)だぁ? やけに此処にプレイヤーが集まるなぁ、オイ」
「……偶然にしちゃ、出来過ぎてますね」
「お、可愛い子いるじゃんっ」
そこには、十人以上もの武器を携帯した者たち――プレイヤーが集まっていた。
何故此処に? そんなことを考えている俺たちに、更に追い討ちをかけることが起こる。
「――村長! 大変です! 魔物の群れです!」
「!?」
俺たちの後ろから、突然リビングに入って来て叫んだ男。
その男の言葉に、俺たちだけではなく、その場に居た全員が息を呑んだ。
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