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三年目の花

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5部分:第五章


第五章

「今までホンマに長かったわ」
 阪神ファンとは耐えることが仕事である。それは果てしなく長く、しかも何時終わるか誰にもわからない苦難の道である。ある日急に終わるものだ。だが次の日からその苦難の道は再開する。地獄かと言うとそうでもない。その苦難の道をファンは選んだのである。そしてその中で馬鹿騒ぎをしているのだ。阪神ファンとはそうしたものである。
 二十日まで怒涛の七連勝であった。最早終盤の疲れなぞ頭になかった。ただひたすら優勝に向かっていくだけだと誰もが思った。
 道頓堀では厳戒体制が敷かれた。ケンタッキーフライドチキンのカーネルサンダースの人形の土台には施錠が為された。それは何故か。
 あの八十五年の優勝の時である。日本中がタイガースフィーバーに湧いたあの時であった。
「二十一世紀まで優勝せんのや!思いっきり騒がせてもらうで!」
 不幸にしてこの言葉は的中したが彼等はここぞとばかりに騒いだ。特に道頓堀では凄まじく河に飛び込む者が続出した。ヘドロの中であったがそれに構う者はいなかった。
 その途中で思いも寄らぬ事件が起こったのだ。
「なあ、この人形バースに似とらへんか!?」
 似ていると思う者は少ないがこれが発端となった。
「おお、そうやそうや」
「バースやバース!」
 信じられない声が沸き起こった。そしてこの不幸な人形の運命は決した。
「バースも入れたるんや!」
「そやそや、神様仏様バース様!」
 ここまで言われた者は他には五十八年日本シリーズで超人的なスタミナで投げ抜いた鉄腕稲尾和久だけであった。バースの活躍はその稲尾の域にまで達していたのであった。彼は最早阪神ファンとっては英雄であった。
 そのバースに似ていると言われた人形はこうして狂乱状態のファン達によって道頓堀に入れられることとなった。このままでは単なるエピソードの一つとして終わった。だがそうはならないのが世の中である。警察さえ呆然となったこの事件には続きがあった。
 翌年から阪神は元に戻った。開幕から振るわなかった。
 それだけではない。翌年には最下位だ。主力は次々と脱落していった。そして遂には優勝をもたらした偉大な神バースまでも家庭の事情で哀しい退団となった。
「何かあるんとちゃうか!?」
 ファン達は続けて起こるこの不幸に不思議に思いはじめた。
「誰かけったいなことしたんやろ」
 こうした意見が出た。
「あの優勝の時えらい騒ぎやったしなあ。何処ぞのアホが神社にバチ当たりなことしたんちゃうか」
「住吉さんにやったら洒落ならんぞ」
「法善寺横丁のお寺にやった奴がおるかもな。道頓堀で飛び込んだ時に」
 大阪の法善寺は難波にある。狭い路だがここには美味い店が多い。特に夫婦善哉は有名である。織田作之助の小説夫婦善哉の舞台でもある。
「道頓堀か」
 誰かがここで気付いた。
「もしかすると」
「知っとるんか!?」
「ああ、実はな」
 そこでその時道頓堀にいた者が話をした。カーネル=サンダースの話を。話が終わった時そこにいた者は皆顔を青くさせていた。
「・・・・・・それホンマの話か!?」
「わしも信じられへんけれどな」
「じゃあもしかして今の阪神の不幸はケンタッキーのおっさんが」
 昔から甲子園には魔物が棲むと言われている。だがカーネル=サンダースとなると話はさらにややこしくなる。
「どないしたらええやろ」
「許してもらうしかないやろ」
「どないしてや!?」
「そうやなあ」
 ファン達は考えた。とにかく道頓堀に入れたのがまずかった。こうなったら引き出すしかない。
 早速ダイバー達が飛び込んだ。しかし人形は遂に見つからなかった。おそらく他の場所に流れてしまったのだろう。
 だがファンはそうは考えなかった。これはカーネル=サンダースが甲子園に移り阪神に祟っていると考えたのだ。そしてその呪いこそ今の阪神の不調だ。
「あんなことがあってはならん」
 こうして道頓堀のカーネル=サンダースの人形には施錠が施されたのだ。
 それだけではない。千日堂のすっぽんも亀山に通づるという理由で警戒されていた。とにかく大阪、そして関西は阪神の優勝を指折り数えて待っていたのだ。
 阪神圧倒的有利の雰囲気があった。ヤクルトは流石にもう無理だと思われた。
「ヤクルトもよくやってるけれどな」
「阪神には勢いがある。これはもうどうしようもないよ」
 世間はこう言っていた。流れは確実に阪神のものであった。
「流れか」
 野村はここに気付いた。
「勢いをこちらに引き寄せるには」
 彼はここで広沢の言葉を思い出した。
「救世主」
 それが出れば流れは変わるかも知れない。流れが変わればひょっとする。打線には自信がある。阪神投手陣といえど攻勢を仕掛ければ押し潰せる。野村はまだ諦めてはいなかった。
「しかし誰がおるんや」
 打線はいい。問題は投手陣だ。ならば救世主はピッチャーであるべきだ。長い間苦しんでいた伊東も高野光も出した。彼等は確かによくやっている。しかしそれだけでは駄目だ。もう一人必要なのは前からわかっていたことなのだ。
 だがいない。考えてみたが誰も思いつかなかった。
「いや」
 しかし野村はここで気付いた。
「あいつがおったわ」 
 彼はここで電話を手にした。程なくしてスタッフの一人が出て来た。
「おう、わしや」
 野村はスタッフに対して言った。
「あいつはいけるか」
「彼ですか!?」
 そのスタッフは電話越しながらも驚いていた。
「そうや、いけるかどうか聞いとるんやが。どや」
「そうですね」
 彼は明らかに戸惑っていた。だが暫くしてこう言った。
「いけます。すぐに一軍に上げることができます」
「そうか」
 野村はそれを聞いて頷いた。
 
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