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三年目の花

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2部分:第二章


第二章

「キャッチャーは繊細なもんや。そうでなくては指示も出すことはできへん」
 野村のキャッチャーの考え方は決して強気ではない。リードも作戦もデータに基づいた緻密なものであった。ここは強気のリードを旨とし、ピッチャーに怒声を浴びせることもあるダイエーの城島健児やかっての近鉄の有田修三等とは少し違う点である。
「つっぱり過ぎたら折れるもんや」
 野村はそういうところがあった。強引な采配やリードは好まなかったのだ。
 古田の考えにそれは大いに生かされた。そして彼は名実共に司令塔、そして野村の後継者としての地位を築いていったのである。
 人材はともかく揃った。そして野村率いるヤクルトは三年目の公約を果す為に出発した。目指すは一つ、優勝である。 
 だが下馬評は低かった。毎年のことで最早食傷気味であるが予想は誰もが彼もが巨人。そして対抗馬には広島や中日である。誰もヤクルトなどとは予想していなかった。 
 実際に野村もそれは危惧していた。特にストッパーがいないのだ。
「開花が遅れるかも知れへんな」
 野村も開幕直前に呟いた。かって江夏豊をストッパーに抜擢した彼である。ストッパーの不在がどれだけ深刻な問題であるか痛感していた。
 それが早速顕著に現われた。ヤクルトは継投に四苦八苦することになる。
「五点差守ることの出来ないストッパーなんてはじめて見たぞ」
「これが甲子園なら野村さん死んでるぞ」
 温厚なヤクルトファンはこの程度では怒鳴らない。怒ってはいても阪神ファンの様に過激にはならない。阪神ファンの熱狂ぶりは今更言うまでもないだろう。
 そう、阪神である。このチームは前年もその前の年も最下位であった。かっての優勝は最早遠い昔のことであった。この五年間で何と四回も最下位を経験していた。常に話の種になる程弱かった。弱いからこそ阪神だともまで言われていた。
 それ程までに弱かったのだ。時には一〇〇敗まで言われる始末であった。全てにおいていいところがなかった。将にセリーグのお荷物であった。ヤクルトを最下位に予想する者は殆どいなかった。だが阪神の最下位はほぼ全員が確信を以って予想していた。
「首位はわかりませんがこれだけは確定です」
 こう言う者までいた。
「今年もやってくれるでしょう」
「高校野球の優勝チームの方が強いかもな」
「論外!」
 皆阪神の盛大な敗北を願っていた。そうでなくては面白くはなかった。阪神は幾ら惨敗しても許された。それが話の種になるからだ。敗北しても人気があるのが阪神の不思議なところであるが。その敗北の仕方があまりにも素晴らしい、だから阪神ファンは止められないというファンまでいる。勝った時の喜びはそれだけにひとしおであるらしい。
 この前の年の阪神も見事であった。六月には十連敗の後で一勝したがそこから華麗に七連敗を達成した。しかもその最後はよりによってこのヤクルトに十九対三で惨敗したのだ。関西、いや日本全国に散らばる阪神ファン達はこれに対し血の涙を流した。
「よりによってヤクルトに・・・・・・」
 無論この年も宿敵巨人には負け越している。
「かっては散々遊んでやったちゅうのに」
 しかしヤクルトは歯牙にはかけていなかった。しかしそのヤクルトに徹底的にコケにされたのだ。
 野村はここぞとばかりに嫌味を言った。彼の毒舌は巨人に対するよりも阪神に対する方が遥かに辛辣であった。
「御前は阪神に恨みでもあるんか!」
「阪神が御前に何かしたか!」
 黒と黄色のファン達が血涙を流しながら叫ぶ。野村はそれを聞きながら毒舌を発揮し悦に入るのであった。
 彼がもし巨人の監督だったならば命はなかったであろう。だが阪神ファンというのは不思議な人種であり巨人以外に対しては極めて寛容なのである。野村も恨みこそ買えど極端に憎悪されてはいなかった。
 ともかくこの年も阪神は最下位になることを予想されていた。記念すべき三年連続の最下位は最早十月を待たずして、いや三月で既に確実視されていた。
 バースもいない。江夏も村山も過去の伝説であった。最早阪神は何もなかった。いよいよか、皆その期待に胸を膨らませていた。しかしそれは見事なまでに裏切られた。
「もうダメ虎やないぞ!」
「わし等かてやれるんや!」
 それはかっての優勝した時の戦士達が言った言葉ではなかった。いないと思われていた若手の選手達からのものであった。
 阪神は復活した。何の前触れもなく、だ。まずその先陣を切ったのは亀山努であった。
「前へ!前へ!」
 ヤクルトとの四月五日の戦いであった。試合はヤクルト岡林、阪神は猪俣隆の先発であった。二人は好投し八回まで二対ニの同点であった。だがこの回の裏に広沢のホームランが飛び出す。
 
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