IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~
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number-13
結局ろくに試合もしていないが、クラス代表戦は中止となり、当然の如く賞品も出る訳もなかった。その結果に納得できないものもいたが、あの時アリーナ内で起こったことには箝口令が敷かれ、言ったもの、聞いた者に罰則を与えるという徹底ぶりだった。
特に関与していない蓮はさほど関係なかった。ただ、額を切って少し出血していたところを見られて騒がれた程度である。山田先生が騒ぎに飛んできたが、何でもないと押し返した。楯無も何かを言いたそうに傷を見ていたが、特に何も言おうとせずにただ黙って手当してくれた。後で何かお礼をと蓮は思う。
そして、二日が経って。今はISの飛行訓練をするためにISスーツに全員着替えてアリーナに並んでいる状況だ。代表候補生や専用機持ちは、このあたりの基礎訓練ならばこれといってすることもないので、教える立場に回る。織斑先生は、セシリアと一夏の二人に空に飛んでみるようにといっている。ここで蓮の名前が上がらないのには、聊か疑問があるが特にこれといって気にする蓮ではない。むしろ、面倒なことから逃げられると嬉々としていそうだが。
「御袰衣。お前も飛んでみろ」
そのまま飛ばずにあの二人を見ていようかと思った矢先、織斑先生からの命令が。無視したかったが、ここで変に歯向かうのもよくない。大人しく従うことにした。二人の飛行を下で見ている生徒の列からずれて前に行く。この時に所々から不愉快な視線を感じたが、一々気にしては負けだと思い、これといった反応も見せずに言われたことを実行する。
心の中で強く念じるとか、そんなことは一切せずにただ思うだけで蓮のISは展開される。展開されるときにライトエフェクトを放つ。が、その時にはすでに蓮のISは展開されているため、光が収まるのを待つことなく、空に向かって飛び立つ。
ゴウッと風を切る音が辺りに響くとすでに蓮は空中にいる。真上にはセシリアと一夏の二人が並んで飛んでいる。すぐに追いつく距離ではあるが、悪戯心が働いたのか蓮は瞬時加速を用いて、あっという間に二人を追い抜いていく。空を飛んでいる二人に真下から迫る形となり、驚いていた。しかし、すぐに抜き去ってアリーナを覆うシールドまで迫り、衝突はしたくないためやむを得ず、一気に慣性を殺してスピードを落とす。当然体にかかる圧力も半端ではないが、蓮には影響はない。
アリーナを覆うシールドには当たることなく止まることが出来た。重力に逆らってその場で滞空し、体勢は地面に頭を向ける形になっているが、まあ大丈夫であろう。
『御袰衣っ! どこに行った!』
「どこって、あなたたちの真上ですけど」
『何っ』
千冬は蓮の言葉に思わずといった感じで上を向いた。その際晴れ渡る空から降り注ぐ光で若干目がくらんだが、その程度だ。――――確かに真上にいた。蓮は目を逸らすことはなく千冬を見続ける。千冬はそれに応じるように目を合わせる。と同時に、内心舌を巻いていた。正直、蓮を過小評価していた。
束から事前に連絡があり、実技を受けさせてから入学と考えていたが、蓮の体調不良でできなかった。始めて実力を見たとき、ここまで圧倒的に代表候補生を倒せるのかと思うほど。無論、千冬なら容易い。あの称号は嫌いではあるが、千冬を一言で表すには相応しい。だが、あの機動は片手間にできるほど容易ではない。
もう少し実力を見て確かめなければ。そう思う千冬。
「地上への急接近と急停止をやってみろ。目標は5cmだ」
まずはセシリア。流石は代表候補生といえるだろう。安定した機体操作になっているため、安心してみていられた。だが、千冬の目からはまだまだといったところだ。伸び代はある。これからといったところか。そして――――
次は一夏。見るからに危なっかしくて見ていられない。しかも急停止をしろと言ったのに、逆に加速して地面に大きな穴をあけた。初心者であることを贔屓目に見てもこれはないだろう。後で復元作業と反省文だ。…………?
いつまで経っても蓮が降りてこない。蓮にすぐに連絡を繋ぐ。
「おいどうした。さっさと降りて来い」
『そうしたいのは山々なんですが、5cmは難しいかと』
「そんなことか、別にいい。さっさと来い」
『了解です』
連絡を切った瞬間。上空からキイィという甲高い音と共に蓮の黒いISが一気に下りてきた。その速度は肉眼で捉えることは難しく、地面に急接近した時に土煙が巻き上がった。しかし、蓮はそれをすでに考慮していたのか生徒たちから少し離れた位置に降り立ったためほとんど被害はなかったといっていい。ほとんどである。一部の生徒――――一夏と箒とセシリアは、まともに土煙の中に入った。
千冬は何も言わない。言われたことをただ行っている生徒には何も言えないのだ。ただ、やはりスピードの出し過ぎだろうか。土煙が晴れ、蓮がこちらに向かってホバー移動してくる。千冬は、蓮の存在に危機感を感じた。何がと言われると分からない。けれども、何かが危ない。そう感じたのだった。
一夏と箒、セシリアが穴の中から出てきた。土煙をまともに被ったため、砂を少し被って薄汚れてしまっていた。すぐに三人は蓮に向かって抗議しに行くが、動かないで見学していろと言われていたのに動いたやつを考慮に入れる必要はないとバッサリ切られた。納得がいかない三人ではあったが、蓮に言われたことがなまじ正論だっただけにぐうの音も出ないといった様子だった。
ただ、ここで捕捉を入れさせてもらうと、先ほどの蓮の機動は全速力である。あの速度でまたさらに上がるとなれば、人体にかかる圧力がキャパシティを超える。そんな危険なことを製作者の一人である篠ノ之束が許すだろうか。そんなもの目に見えている。
蓮は、若干やり過ぎたとも思ったが、まあ険悪な雰囲気だったので頭を覚ましてもらうためにも丁度よかったのかもしれない。一夏のことは本当にどうでもよかったのだが。
「オルコット、織斑。早くISを再展開して武装を展開しろ。御袰衣もやれ」
千冬に言われてすぐにセシリアと蓮は武装を展開した。蓮は、片手に一丁ずつアサルトライフルを展開し、動くことなく終えた。しかし、セシリアは右手を横に突き出してイメージをまとめ、自身の主武装であるレーザーライフル《スターライトmk.Ⅲ》を展開。その銃口が蓮に向かっていた。
ISが警鐘を鳴らし、蓮は半ば反射的に左側にいるセシリアにアサルトライフルの銃口を向け、安全装置を外した。
セシリアはいきなり鳴る警報にギョッと目を見開き、どこかと辺りを見渡すが蓮を銃口を向け合っていることが分かるとさらに混乱した。蓮は蓮で、セシリアを睨みつけたまま動かない。もともとつり目気味だったこともあって、かなりの威圧感が出ている。
「やめろお前ら。こんなところで撃ち合いを始めようとするんじゃない。――――御袰衣は特に問題はない。展開の速度も申し分なかった。だが、オルコット」
千冬は蓮に対しての評価を終え、セシリアに顔を向ける。蓮に向けていた時は、優等生だったためかいくらか表情が緩んでいたが、セシリアに向けた時の表情はいつもの少しも笑いもしない憮然とした表情だった。
「オルコット、誰に銃を向けているんだ。その無駄な動作をなくせ、いいな?」
「でっ、ですが、これはイメージを纏めるために必要な――――」
「直せと言っているんだ」
「……分かりました」
そんなこんなで今日も授業は終わる。相変わらず蓮に向けられる視線は、軽蔑や敵対の視線がほとんどだったが、それはもういつものことで慣れてしまった。終わって、蓮は脇目も振らずに真っ直ぐ、更衣室へと向かっていく。
織斑一夏?
あいつはたった一本しかないブレードのために数秒を無駄にした上に、自分で開けた大穴の修復作業だ。蓮に助けを求めてきたが、知らない。自分でやったことなのだ。自分の尻は自分で拭けということである。
◯
寮の部屋に戻ってきた蓮だったが、中ではベットに楯無が寝ていた。最近は忙しそうにしていたし、かなり無茶していたみたいだったから疲れが来ているのだろう。
制服のまま、布団もかけずに寝ているもんだから風邪をひいてしまうかもしれない。蓮は、楯無に掛布団をかけてやる。
「……んっ、んあっ……? ……蓮?」
「あ、悪い。起こしたか?」
そんなことはない、と、楯無は首を横に振ることで蓮に伝える。
蓮は、寝起きで若干辛そうにしている楯無を落ち着かせるために、お湯を沸かして即席ではあるが、ミルクココアを作って楯無に渡してやる。
「……ありがと」
そう言って熱いミルクココアを息を吹きかけて冷ましながらちびちびと飲んでいく。それから少しの間は沈黙が場を支配する。楯無は、寝起きでぼやっとする頭を回転させながら少しずつミルクココアを飲んでいく。蓮は、特に何をするわけでもなく窓越しに茜色に染まった空を見ていたが、何を思いついたのか、カバンを取って中身を出し始めている。
それからさらに数分が経った頃。ようやく頭が覚めて回転し始めた楯無が、蓮にあることを問いかける。そして、その質問はいつもの楯無ならば絶対に口にしないことで。蓮の回答次第では、二人の関係性までもが壊れかねない。そんな質問だった。
「ねえ、蓮。蓮ってさ、亡国機業って知ってる?」
その瞬間、時が止まったような感じに陥った蓮。表面上は取り繕っているが、内心は混乱している。だが、まだ楯無は蓮が亡国機業に所属、尚且つ最高幹部であることを知らないようだった。まだ誤魔化しがきく範囲である。
「……いや、知らないな。何かの宗教団体か?」
「ううん、知らないならいいの。忘れて頂戴」
――――更識家に情報を掴まれ始めたか。そろそろ離脱も視野に入れ始めないといけないな。刀奈には悪いが……一度だけダメもとで勧誘してみて退散。期限は長くて……夏休み明け、か。
◯
翌日、一年一組では転校生が来るとの噂で持ちきりだった。どんな人かは正直蓮にはどうでもよかったが、無関係ではいられなかった。
一人は、ドイツ軍の中佐。こちらは見知った顔……というよりは、お互いに知らないことはほとんどないぐらいの仲だ。もう一人が問題なのだ。
考え事をしているうちに山田先生が教室に入ってきて、転校生がいることを明かした。そして合図する。
扉からは入ってきたのは、同じぐらいの身長で髪は金と蓮と同じ銀。長さは、銀髪の方が長い。余談になるが、胸の大きさでいえば銀髪だ。しかしそれは当たり前なのかもしれない。なぜなら――――
「初めまして、シャルル・デュノアです。よろしくお願いします」
――――男だったのだから。
そしてもう一人。蓮にとってこの四面楚歌状態の学園で味方である人物。気兼ねなく話せる人としてもいいのかもしれない。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
ラウラは、自分の物凄く簡単な自己紹介を終えて一夏の前に立つと一言二言会話を交わした後に、手の甲で振り抜きざまに一夏の頬を思いっきり叩いた。何が起こったか分からないといった表情をしている一夏は、状況を把握するとラウラに掴み掛ろうとするが、千冬に目で制される。
そんな感じで何とか挨拶も終え、朝のHRの後はまたIS操作のため移動となるが、蓮とラウラは並んで教卓にいる千冬のもとへと向かう。
次の時間は二人とも休ませてほしい旨を伝えると、案外すんなりと許可をくれた。意外ではあったが、許可を貰えるのであれば早々に移動するのが良いのだろう。ラウラと並んで移動を始める。
その際背中に声を掛けられて、動きを止めた。
千冬である。何を話すのかと思えば、
「御袰衣とボーデヴィッヒは兄妹みたいだ。お前らの関係を差し当たりのない範囲で話してくれないか」
ということだった。その言葉に思わずラウラと目を合わせる蓮。そしてまた千冬に目を合わせて一言。
「「秘密」」
合図があったわけでもないのに息がぴったりと合う二人。その関係を教えようとはせずにいたずらに微笑みそう言って、教室を去っていく。残された千冬は、教師に対して敬語を使っていないことにさえ気づかないで、ただ茫然とするしかなかった。自分の知っているラウラ像とは大きく変わっていたような気がする。蓮は、ああいった表情も出来たのかと一か月ぐらい経つが知らなかったことに驚く。そして、そんなことに気付かなかった自分が可笑しく思えてくる。
その後の教室が、生徒の歓声に湧いたのは言うまでもない。
後書き
いつだったか、日間ランキングで5位で舞い上がったテンションで書きました。いやあ、嬉しいなあ。
学校がついに始まってしまいましたが、頑張って投稿していきたいと思います。はい。
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