ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
番外中編
蒼空のキセキ4
デスゲーム、『ソードアート・オンライン』において必要不可欠なプレイヤースキルとして、「己の力量を正しく把握する」という技術を上げることに、異論がある人はいないだろう。このHP全損が現実世界の死へと直結する世界に置いて、油断や慢心は文字通り命取りとなる。
そして、この世界がはじまり、幾年月。
未だこの世界で生き抜く……戦い抜く人間たちが皆その力を正しく有していたのか?
その答えは、残念ながら「ノー」と言わざるを得ない。
自己評価を正しくできていないプレイヤー。
ギルド《冒険合奏団》にはそんな人間が、少なくとも二人いた。
もっともそれは、まったく逆の意味で、だったのだが。
◆
『変幻』。それは、彼女の特異な戦闘を讃えてつけられた呼び名。
『ソードアート・オンライン』とは、「剣が持ち主を象徴する世界」だ。魔法というファンタジー系RPGにおいて重要なポジションを占めるスキルが存在しないこのMMOにおいて、『愛用の武器』というのは文字通りその人物の代名詞と言える。
『黒の剣士』キリトが漆黒の大剣、『エリュシデータ』を使い。
『閃光』アスナが白く輝く細剣、『ランベントライト』を振るうように。
あるいは『武器を持たない者』という変わった存在である『旋風』シドでさえ、彼の奇妙なほど細長い手足が彼を象徴していたと言えるかもしれない。
彼女はそんな世界において、自らの特定の武器を持たなかった。
戦いの世界に置いて、特定の武器を持たない戦士。
もちろん、それはシステム的に不可能ではない……むしろ、ある程度までは推奨されているといっていいだろう。相手の武器を奪うMobに対する対抗手段として『持ち替え』のスキルがあるように、一種類の武器だけでなく複数の武器を使う技術を求める、といった形で、だ。
だが、それをメインの戦法として扱おうとすれば、それはまさに茨の道。
火力。防御。探索。あらゆる面でそれは定石通りの成長をしたプレイヤー達が当たり前にできることを、非常に困難にする。だからこそその定石が「定石」と呼ばれるのだ。そこから外れた道をすすむのは、単なる物好き、酔狂の類。デスゲームであるこの世界では、気狂いと言われても違わないかもしれない、変わり者。
そんな「変わり者」、ソラ。
だが彼女は、そのスタイルで堂々と『攻略組』に渡り合っていたのだ。
◆
「やぁっ、とぉっ……命中っ!!!」
高らかに叫ぶソラ。その声の通り、投げられた投擲槍は飛行する巨鷲の腿を貫いていた。直後に上がる、けたたましい悲鳴。それはクエストボス、《いにしえの巨鷲》にその一撃が決して少なくないダメージ量を与えたことの証だった。
「ねえねえっ、見たっ!? カンペキだったよっ、今のっ!」
「ああ見てるとも、その前にかすりもせずに空の彼方に放りだした一発もなっ!」
「うっ、そっ、それは言わないでっー!」
自慢するソラに、シドがツッコミを入れる。
だがそれは、照れ隠しだ。
「ほらっ、さっさと次を投げろ! レミ一人じゃたりねーぞ!」
「うーっ、人使いが荒いぞーっ、もっと褒めてよーっ。褒めてメンバーの能力を引き出す戦い方をシドはもっと学ぶべきだぞーっ」
「うっせ、次右からっ!」
本人が「褒めて」と言うのもなんだろうが、それは本当にすごいことなのだ。
《投擲》というものは、決して容易い攻撃手段ではない。ただ振り回すだけでも一応は武器としての役割を果たしうる近接武器と違い、正確な狙いと相手の動きを先読みする思考、そして的を狙う命中精度があって初めて可能な技術なのだ。
そのため、《投擲》系のソードスキルにはそれらのアシスト機能がしっかりとそなわっている。でなければ、レミの武器たるブーメランを空飛ぶ敵に当てるなど到底不可能。続けざまに放たれる刃は高レベルのソードスキルで威力と精度を付加され、大鷲の体を次々と切りつける。
だが、ソラは。彼女の投擲槍は、そうではない。
「うっしもう一発っ、《シングルシュート》っ!」
それは、投擲のソードスキルに置いて、基礎の基礎。とるスキルによっては一層からでも使えるようなそのスキルは、この四十九層でそれもクエストボスを相手に使うようなスキルとは到底言い難い、そんな初歩スキルなのだ。
なのに。
「よーし命中っ!!! 今度はクリティカルっ!」
それが、当たる。
巨大とはいえ、それでもすさまじい移動速度を誇るうえに狙いのつけづらい飛行系の敵に対して、それはレミの放つブーメランと同等の精度で敵を貫いていく。胸の中央に突き刺さった槍は先の一撃を超えるダメージを与えたようで、巨鷲が再度の咆哮。
なぜ当たるか。答えは簡単だ。彼女の狙いが、ソードスキルのアシストを必要としないほどに精確だからだ。なぜ威力が高いか。彼女の一撃は、ソードスキルに頼らずともクリティカルポイントを的確に貫くからだ。この世界の存在意義たる《ソードスキル》を、彼女は自前の戦闘センスで補完している。
(ったく、信じらんねえぜ……)
(私のソードスキルより……威力出てる……)
レミ、シドの二人が舌を巻く。ソラ本人が気づいているかどうかは定かではないが、少なくともこの二人は気づいていた。その戦闘センスがいかに規格外のものであるのか。まあ、それが分かっているのなら褒めてもいいのだろうが、そのあたりは二人の性格だろう。
と。
「っ、くるッス!」
「おっけーっ、ファーちゃんはレミぽんをっ!」
「りょーかいッス!」
戦場たる足場の雲の周囲を旋回していた巨鷲がその軌道を変える。
その道は一直線、こちらに対する突進攻撃。
受け止めるべくファーがその手の盾を掲げ、レミがその後ろで衝撃に備える。遠距離攻撃専門の火力職であるレミがボスの攻撃の直撃を受けるわけにはいかない。先ほどまでは戦闘の主役の一人だった彼女は、ここパターンではかばわれる側だ。
だが、彼女は。ソラは、違う。
「さぁーこいっ、デカブツくんっ!」
先ほどまでの投擲槍をストレージに終い、構えるのは巨大な戦斧。
彼女の持つ武器の中で最高の硬度を誇るその装備は、突進を迎え撃つにはもってこいの重装備。
ファーと肩を並べての、巨鷲との衝突。響く、凄まじい轟音。
だが、赤く輝いたその戦斧は、ボスの突進すらも受け止めて見せた。
◆
竜と見紛う強大なる鷲の王、《いにしえの巨鷲》の攻撃パターンは三つだ。
一つは先ほど見せた、「近接攻撃の届かない位置で旋回しながら使い魔を召喚しての攻撃」。これは本来はただ待つしかない攻撃であり、このパターンを比較的強力な遠隔攻撃でほぼ無力化できるのは《冒険合奏団》のほかにはない強みだ。
二つ目はその「旋回」パターンの次に訪れる、「突進、のち停止しての近接戦闘」。これが最も反撃に適したタイミングであり、彼らもファーをメインの壁役、シドをサブの回避壁役として、ソラがHPを激しく削っていく。
そして、最後の三つ目。
このクエストが敬遠されるゆえんたる、所謂『即死攻撃』が、彼らに対して襲い掛かった。
◆
「っ、くるよっ! シドっ!」
「りょーかいっ、っと!」
巨鷲がHPを残り一割まで削られたとき、これまでよりもさらに大きな声で一声嘶いた。
先ほどまでのパターンとは異なるそれは、……シドが前もって教えてくれていた『奥の手』モードに突入したっていう合図。足場を固めてのくちばしと両翼での接近戦を演じていたボスが、凄まじい勢いで羽ばたき始める。発生した風が、群がっていた私たちを風圧で押し離していく。
三つ目の攻撃パターン。
とうとう追い詰めた空気に、心のワクワクが止まらなくなっていく。
さあ、とうとう大詰めだ。
「さあ来いっ!!!」
私の声が聞こえたわけじゃないだろうけど、敵がまるで弾丸のように大空へと舞い上がる。それはさっきまでの旋回ではない、もっと急な角度での飛行。複雑な軌道を描いての飛行でそのまま雲の合間へと隠れて姿をくらまして、
「ソラっ、後ろに跳べっ!!!」
それは私たちに襲い掛かった。
今の私たちの足場は……びっくりなことに……「雲」だ。もちろん、それを模した足場に過ぎず、そして私のイメージとは違ってあんまりフカフカでこそないが、紛れもない「雲」。そしてそれはこの巨鷲にとっては、『破壊可能オブジェクト』なのだ。
巨鷲の襲撃は、下から。
私がさっきまで立っていた足場を貫くような、強力な突進。
「っ、とぉっ! なかなかやるねっ!」
ゾクゾクする。
シドに言われて後ろに跳ばずさっきまでの場所にとどまっていたら、私はきっとアレをまともに喰らっていた。それは私のHPを吹き飛ばすほどではないだろうけど、もしアレが私の体を「足場の外」へと弾き飛ばせば。
それは、塔の下……あるいは方角によってはこの鋼鉄の城の下……までまっさかさま。
それの意味するところは、単純明快「げーむおーばー」。
でも。
「あまーいっ! シドの《索敵》にかかればねっ!」
「それをなぜおまえが自慢するんだよ!」
高らかに笑う。
この攻撃は、《索敵》であらかじめ攻撃範囲を察知できる。シドの《索敵》は、……詳しく聞いたことはないけど……たぶんこのゲーム内でも指折りに高い。最前線でもない中層フロアのクエストボス程度では、到底隠れきれるものじゃない。
渾身の一撃を躱された巨鷲が、いったん空中で止まって憎々しげにこちらを見やる。
「さぁっ、グランドフィナーレですよっ!!!」
その顔に対して誇らしげに叫んで、《投擲槍》を一発叩き込む。
同時にレミのブーメランも飛来して、巨鷲のHPを削り取っていく。
そして。
「おおおおっ!」
きょーれつな気合の声。
彼には珍しい、力のこもった叫び。
《体術》スキル、『ネプチューンストーム』。大きく体を躍らせての、空中での高速の四連回し蹴り。シドの特異な手数とスピード重視の小技とは真逆の、連撃と重攻撃の高位ソードスキルでの一撃が、彼の非力なアバターからはにわかに信じがたいほどのダメージを叩きだす。
嘶く大鷲。
再びの羽ばたき、飛行。
だが。
「次はファーっ! 左に跳べっ!」
「わ、分かったッス!」
何度やっても、シドの《索敵》を破れははしまい。あわてて跳んだファーはしかし器用に槍を操り、足元から突き出たその頭に強烈な一撃をお見舞いしていた。
迫るスリル。
雲の上でのファンタジー。
心躍るクライマックス。
胸の高鳴りのままに、私は再び槍を構えた。
◆
四度目の、足場崩し。
本来の人数……六人のワンパーティーでの戦いであればそろそろポジション取りに困るあたりだが、少数精鋭の我らが《冒険合奏団》ではまだまだ余裕がある。今回の足場崩しの標的となったシドは悠々とその突進をかわして、再びの飛び蹴りを叩き込む。
レミのブーメラン。
ファーの槍。
二つが続けて炸裂して、相手のHPがガクンガクンと削れていく。
残りは、あとわずか。
「いけるっ!!!」
反射的に叫んで走りだし、右手でストレージを操る。シドが褒めてくれたタイピングの速さで紡ぎだされた装備変更が、私の左手の武器を投擲槍から片手剣へと瞬時に変更する。突進の勢いのままの跳躍で、バランスを崩して空中で立ち往生する巨鷲の背へと飛び乗って。
「もらったあっ!!!」
深々とその首筋に剣を突き立てる。
ゼロになるボスのHP。
湧き上がるみんなの喝采。
私のガッツポーズ。
そして、満面の笑みでポリゴン片へと変わる前のその背を蹴って、雲へと跳び―――
「……え……?」
移れなかった。
◆
それはまるで、わたしという機械人形の電源を切ったみたいだった。
唐突に私の足から力が抜けて、跳ぼうと曲げた膝ががくりと崩れ落ちる。
世界がぐわんと回って、意識が遠のいていく。
手足が、……ううん、私そのものが、世界から切り離されていく感覚。
―――下。雲の、穴。
ぼんやりとかすんでいく頭に、ちらとよぎる。
真下は確か、さっきあけられたばかりの足場の穴だった。
―――落ちちゃう……。
ふわりと体が浮かぶ。
そして、この世界の法則……重力に引っ張られて、下降をはじめて。
意識が、ぶわんと消えていく。
…………らぁぁぁああああ!!!
その直前、誰かの声と腕が、私を包んでくれたような気がした。
ページ上へ戻る