ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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番外中編
蒼空のキセキ3
シドのことが好きになったのは、いつからだったろう。
シドのことを、自分が心から好きになれるって思ったのは、いつだろう。
私にはそれが、はっきりした一場面として思い浮かばない。
―――気づいたら、好きになっちゃってた。
驚いた、こいつはすげえ、これがふぉーりんらぶか、っていうくらいに。
目で追うことすら困難なほどの疾走。視界から唐突に消えるステップ。鞭のように鋭く撓り、相手を貫く腕の一撃。ギルドの仲間として、横で肩を並べて戦ううちに、その姿にいつのまにか見惚れてしまってた。
それからの日々で、彼を見て、思ったよりずっと面白くて、優しくて、素敵な人なんだって知った。私たちのくだらない掛け合いの意味をちゃんと理解して、そして自分の役割を理解して。私たちの、私のしてほしいことが、ちゃんとわかってるって伝えてくれるような、そんなささやかな優しさ。
ねえ、伝わってるよね? 私の想い、分かってるよね?
私は、待ってるよ? あなたのこと、待ってるんだからね?
それが私の……女の子の、お姫様の、ヒロインの、夢なんだから。
◆
「ファーっち、右お願いっ! 左は私がさくっとやっちゃうよっ!」
「了解ッス!」
「レミたん、支援はそっちにっ! シドは惹きつけよろっ!」
「……おっけー」
「りょーかい、っと!」
四十九層空中ダンジョン、『スカイステップ』。辺境村であるスカイネストから数分の場所にあるそのダンジョンで、私たちは何度目かの戦端が開かれていた。この場所は通常のダンジョンとは違い、円形の階層を階段で登るだけのダンジョンだ。そのためここでは「ザコ戦」なるものがなく、代わりにまあ「中ボス戦」とでもいう戦闘を数回繰り返す構造になっている。
ああ、そうそう。ギルド、『冒険合奏団』における司令塔は、私だ。
なんというか、気分はさながらジャンヌダルク。皆の者、私に続けーっ、みたいなそんな感じだ。
三人は私の声に力強く答えて、それぞれの獲物を構える。
指示通りに右に駆け出す二人を見送り、私も左を見据える。
その視線の先には、信じがたい速度で疾駆する黒服の影。
それを確認してから、私は右手で自分のストレージを開き、コマンドを打ち込む。
使うスキルは、《両手槍》。
取り出すのは、私の背丈をはるかに超える、重厚な突撃槍。
シドがフロアの左翼を旋回していた一体の大鷲にとび蹴りを喰らわせて反転、そのままなめらかに身を翻してこちらに帰ってくる。眠たげな瞳が……私の気のせいかもしれないけど……少しだけ笑うように細められる。私もそれに応えて、満面の笑顔を浮かべる。
「さあっ、かかってらっしゃいなっ!」
前方のシド、その後ろに接近しつつあるだろう大鷲に狙いを定めて槍を構える。
槍はソードスキルの黄金色の輝きを放って、その周囲に風を撒くようなエフェクトを生み出す。
瞬間、減速する世界。
私との交錯の直前の、シドの跳躍。
肩越しに私を飛び超える黒い影。
その後ろの両翼を広げたモンスターの影が見えた瞬間に、両手の槍を全力で突き出す。
両手槍突進系ソードスキル、《グランストライク》。
繰り出した黄金に輝く槍は、敵の眉間をドストライクに、
「にゅおっ!?」
入らなかった。……ちこっとズレた。
クリティカルポイントを僅かにずらした……というか、シドを追っかけたせいで、ちょっと相手が上に動いちゃった。あちゃあ、急所を外したせいで削りきれんかった。それでも両手持ちの巨大槍はさすがの威力で敵のHPの大半は吹き飛ばせたが、……残っちゃった。てへ。
「っ、おいコラ!?」
「ういういっ、おっけーよっ! ノープロブレムっ!」
弾かれた大鷲が再び旋回、今度は私に狙いを定めて、上方からの急降下。
これでは硬直が解けても今度は両手槍では迎え撃つのは難しい。
じゃあ、どうするか?
答えは簡単。
「次はこっちっ!!!」
武器を替えればいい。
硬直が解けると同時に再び右手を奔らせて、ストレージ操作。
左手に現れるのは、片手剣。
一歩跳び退って、縦切りの単発ソードスキル、《バーチカル》。
羽に当たった剣はHPをさらに削る。よし、あと一歩。
バランスを崩して減速した、しかし剣技は届かない高度に逃れていく大鷲。
だが、逃がさない。
「ふふっ、あまいよんっ!」
左手の剣をストレージにしまうと同時に右手に出現するのは、今朝できたてほやほやのリズ特製の投擲槍。目いっぱい振りかぶったそれが薄紫のエフェクトフラッシュを放ち、直後引き絞った屋の様に一直線に空を裂いて目標を貫く。
「うんっ、今日も絶好調!」
にこやかにブイサインを一発。だったけど。
「ってだれも見てないじゃんっ!!!」
「たりめーだ、片付いたらこっち手伝えっ!」
それはちょっとばかし不発だったようだ。
◆
ソラが一体を速やかに殲滅したとき、右翼は同型の大鷲三体の襲撃を受けていた。
前線を支えるのは、《冒険合奏団》のメインタンクたる、ファー。
「っりゃあっ!!!」
襲い掛かった異形の大鷲達……《Great Eagle》の嘴での突進を、ファーの左手の盾が真正面から受け止める。その体でなぜ飛べると問い詰めたくなるほどの巨体の重量に、滑空の勢いのたっぷりとのった一撃が、ファーの大柄な体が押し負けてずるずると後退する。
が、舐めてもらっては困る。
「くぅっ、……ま、まだまだ、ッスよ!!!」
彼だって、この『攻略組』の一歩後ろレベルのギルドである、《冒険合奏団》の壁戦士なのだ。ふつうなら盾を弾かれて体制を崩しかねない突進を、どっしりと重心を落としての前傾姿勢でしっかりと堪えてみせる。ダメージこそあるものの、それは盾越しのわずかな分量。
「さぁ、反撃ッス!」
ファーの声が聞こえたわけではないだろうが、敵の大鷲が舌打ちするように一声啼いて盾を足蹴に再び飛び上がる。羽ばたきながらの垂直上昇だが、そこに滑空時の速度も勢いもない。そんなふらふらした飛行では、
「……ぐっじょぶ」
レミのブーメランの、いい的だ。飛び上がった瞬間を薙ぐように空中を奔った刃が、その体を真一文字に切り裂いていく。嘶く大鷲の体力がガクンと削られ、その動きが一瞬完全に停止、無防備な瞬間を生み出す。
「もらいっ! ファーたんっ、肩借りるよっ!!!」
その隙を捕えたのは、攻撃特化型、ソラ。
ファーの頑丈な鎧の肩を蹴って跳躍、そのまま空中で流れるように片手剣の一閃。ナナメに走る《スラント》は決して高位のソードスキルでこそないものの、隙を突かれて急所を切り裂く一撃はそのHPを吹き飛ばし、鷲の巨体を爆散するポリゴン片へと変える。
「うっしっ、次っ! シドっ!」
「りょーかい、っと!」
満面の笑みで指示を飛ばすソラの声に対する答えは、シド。
鷲が三体の同時突進だったのを確認した段階で、彼は既に動いていた。敵とファーの衝突の直後に、横からすり抜けるように盾を霞めるようにその場を駆け抜けての小攻撃。急浮上しようとした一体はレミに任せ、真横に滑るように飛行した二体のヘイトを煽って自分を追うように仕向けていたのだ。
「おし、いくぞ!」
「おっけーッス!」
再び滑空の姿勢に入った二体にその背後を追われながら、シドが声を上げる。答えるのは、受け止め役たるファー。今度の交錯は一体分衝撃が減った分、彼の体に押し勝つには至らず二体の鷲は苦々しく嘶いて羽ばたく。
あとは、この繰り返しだ。
《冒険合奏団》は、空戦という難しい戦闘を完全にパターン化してこなしていた。
◆
「ふっふっふっ!」
「ずいぶんご機嫌だこったな、我らがギルマスは」
横のシドからそう声をかけられて、私は初めて自分が声を出してしまっていたことに気づいた。ちょっと気恥ずかしい気もしたが、それよりもずっと大きな興奮が私を突き動かして大きくブイサインを作る。
「だってっ、このシチュエーションっ! ワルモノにとらわれたお姫様を取り返す勇者ご一行なわけですよ私たちっ! これで燃えなきゃうそだよっ!」
クエスト、《大空の主》。
それはラスボスたる巨鳥、《いにしえの巨鷲》が麓の村、スカイネストから攫った女の子を私たちプレイヤーが救い出すというなんとも王道、実に勇者といったクエストだ。ちなみに私はもう、依頼を受ける段階でテンションは上がりっぱなしだった。
「でもオイラ、ギルマスの気持ち分かるッスよ。やっぱこういうのは男として燃えるッスね!」
「……確かに。……でも、ソラは、女の子……」
「いやいやっ、心はヒーローですよっ! そうだよねっ、たのしーよねっ!」
「にしてももーちょい緊張感をだな……」
「もーっ、シド君は固いなーっ、楽しい時は楽しいでいーじゃんっ!」
ファーたん、レミっちは私の言葉に同調してくれたけど、シドは口の上ではちょっぴり不満気だ。
でも私は……ううん、この場所ではみんなが、それが「役割分担」だってわかってる。私は嬉しい時、楽しい時にはしゃぎすぎちゃう。それをシドはよくわかっていて、……もしかしたら「いっしょにはしゃぐのが恥ずかしい」っていう子供っぽい心もあるのかもだけど……その役目を買って出てくれているのだ。そしてレミちゃん、ファーっちの二人も、「シドなら大丈夫」と認めてくれているのだ。
そのことが、すごくうれしい。
なんだか「二人はお似合い」って言われてるみたいで。
「まーそんなこといってもさっ! ボス戦なったらシドだっていけいけなんでしょっ?」
だから、そうだって見せつけてやる。
シドの腕をからめ取って、胸に抱きながら、にんまりと顔を見上げる。
そこにあるのは、幽かな笑み。
そうだ。私には分かっている。
「……まあ、な。今回は久々に、なかなかガチだしな」
彼だって、心に熱いものを、ちゃあんと持ってるんだってこと。
◆
さて、ここでひとつ。
私たちのギルドのちょっと「変わった」ところを話そうと思う。
―――より冒険を、よりスリルを。
―――身の安全より、心躍る危険を。
このデスゲームで、一見すれば頭がおかしいように思われれかもしれないし、アスナっちやリズは聞いたら眉をひそめるかもしれない。それのせいで私たちは「中層エリア」と「攻略組」の中間という妙な扱いを受けていることだって知ってる。
これは、私のお願い……ううん、わがままだった。
この世界が消えればもう二度とそれが叶わない私の、わがまま。
(そのわがままのために、私は皆の命を危険に晒してるんだ……)
そのことを、二人には口に出して伝えてはいない。
でも、口に出したことはないけど、レミはきっと気づいてる。
ファーは知らないだろうけど、それでも分からないなりに何か感じているかも。
唯一それを伝えたのは、シドだった。
―――私は、この世界が好き。
―――この世界の全部を、楽しみ尽くしたい。
そう伝えたとき、彼は何を思ったのだろう。
私にも読み取れないような表情のあとの、一言。
―――分かった。
それだけだった。
それ以降、彼は私のためにたくさんのクエストを探してくれた。冒険ものが大部分だったが、製作ものや謎解きもの、勝負ものもあった。その中には危険なものも、そうでないものもたくさんあったが、共通していたことは彼はそのどれもに細心の注意を払ってくれたこと、そして危険な時はいつだってそばに……いや、一歩前にいてくれたことだった。
今回のクエスト、《大空の主》も、「危険なもの」になるだろう。
決して少なくない命の危険のあるもの。
―――でも、それがなんになるのかな。
私たちの生き死になんて、あっけないものだ。たとえ第一層の『始まりの街』に引きこもったとしても、ふとした拍子に圏外に出て命を落とすことだって……いや、人間は死ぬときは石ころに躓いたって死ぬのだ。
そして逆に、どんな死地にあったって、生き抜くことはできる。
実際『攻略組』のみんなは、そうやって苛烈な日々を生き抜いている。
だから私は、決して妥協しない。
そして彼は、いつもそんな私と一緒にいてくれた。
◆
クエスト、《大空の主》の舞台は、ダンジョン、『スカイステップ』。
それの形状を説明すると、古びて所々の壁の崩れ落ちた円柱形の塔、と表現できるだろう。
全四階層、そしてその天井部分が崩れ落ちた形の塔。
その最後の戦いとなる空の主との決戦は、その最上階……の、さらに上。
雲の上を舞台とした、不安定な足場での三次元的戦闘が求められる空中決戦となる。
後書き
執筆が思った以上に大変ですね、そういえば最近は改稿しかしてなかったもんな……。
できればもう片方投稿している方ともども毎日投稿したいのですが、ちょっと大変そうです。
出来る限り次回もお待たせしないようにがんばりますね。
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