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久遠の神話

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第七十九話 次期大統領としてその十三

 彼は剣を出した、己の巨大な剣を。
 それを両手で持ち構えつつだ、こう言うのだった。
「最後の闘いをはじめさせてもらいます」
「残念です」
 聡美はスペンサーのその言葉を聞いて実際に暗い顔になった。彼女の左右にいる智子と豊香も同じだった。
 その残念な顔でだ、彼に言うのだ。
「戦われることが」
「流れと責任感というものですね」
「その二つに従ってですか」
「私は今から闘います」
 最後のそれをだというのだ。
「そうします」
『でははじめて下さい』
 声はスペンサーに対して淡々と述べた。
『貴女の最後の闘いを』
「戦いから降りることは止められないのですね」
『この戦いのルールにそうしたものはありません』
「ルールにないからですか」
『私はそれはしません』
 決してだというのだ。
『降りられるのならご自由に』
「無理強いはなしですか」
『そうしたことは好みません』
 声はそこにある種の潔ささえ漂わせて言った。
『私はそうした神ではないので』
「貴女はよい女神なのですね」
 スペンサーは声に対して返す、そのうえで怪物と対峙しているのだ。
「そうしたお考えであることから考えて」
「お姉様は決して悪い方ではないのです」
 このことは聡美も保障する、常に姉妹の様に共にいた彼女が。
「むしろ素晴らしい方です」
「その様ですね」
「ですが」
 それでもだとだ、聡美は悲しい声と顔で述べる。
「この様なことを」
「誰にも過ちはあります」
 スペンサーが言う。
「国家もそうですが」
「ではお姉様もまた」
「特に。恋路に迷えば」
 その時はさらにだというのだ。
「人は余計にそうなります」
「神もまた」
「そうですか」
「貴女もそうでは」
「はい、確かに」
 聡美はスペンサーの言葉で彼女自身の過去を思い出した、それで沈痛な面持ちになりこう言うのだった。
「あの人とは」
「オリオーンね」
「あの方のことですね」
「はい」
 まさに彼のことだとだ、聡美は智子と豊香に対して答えた。自身の左右にいる二人に対して。
「私もあの時は迷っていました」
「純粋な愛だったわ」
 智子はその聡美を慰める様にして告げた。
「そして誰にも迷惑をかけていなかったわ」
「決してですか」
「ええ、けれど貴女のお兄さんは」
 アポローンのことだ、ギリシア神話では太陽と音楽、そして医学の神だ。聡美即ちアルテミスの双子の兄である。
「その愛を望まなかったから」
「それで私はお兄様に騙されて」
 海で泳いでいるオリオーンの頭を射抜いてしまった、そうして彼を殺してしまったのだ。
 聡美にとってはこのうえない悲しみだ、そのことを思い出して言うのだった。
「恋路に迷うと人は」
「時として過りますね」
「誰かを妬ませることもですか」
「過ちの一つでしょう」
 それが為にだ、聡美は不幸になってしまった。このうえなく幸せである筈の恋によって。
 それでだ、スペンサーは言うのだ。
「誰かに嫉妬を抱かせることも過ちなので」
「そしてお姉様も」
「貴女以上にです」
 紛れもなくだ、過っているというのだ。
「そしてそれが為に」
「今もですか」
「そうです、では」
 ここまで話してだ、そうしてだった。
 スペンサーはゲーリュオンを見据えた、そのうえで言うのだった。
「今から私の最後の闘いをはじめます」
「勝たれますね」
「必ず」
 こう聡美に応えてだ、そうして。
 スペンサーは怪物と闘う、今彼が言うその最後の闘いが幕を開けた。


第七十九話   完


                   2013・8・21 
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