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えすえふ(仮)

作者:えすえふ
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第二話 「宇宙の彼方にカレーパンを」

 
前書き
ふかふかのベッドで寝たらのーみそがとろけました
寝なくてもとろけました 

 
「――ここが美術室。で、そこの廊下の先が体育館だ」
「ふむふむ、これが地球の芸術か。興味深い……」

春香は美術室を好奇に満ちた目で見渡した。室内には彫刻や絵画など、多数の作品が雑多に置かれており、薄暗い室内にもかかわらず明るい雰囲気を感じられた。今は使われていないが、放課後には美術部員達とともに、賑わいも戻ってくるだろう。

「む、これはなんだ?」

春香は教室の隅あるプラモデルを指差す。
そのプラモデルは十年ほど前に放送された『機甲傭兵ゼルビス』というアニメに出てくる人型を模したロボットで、敵勢力の機体ながらも、無骨なデザインと劇中での痒い所に手が届くような活躍により、今なお根強い人気を持っている、というものだった。

「ああ、それはロボットのプラモデルで――って何で美術室にこんなものが……」

何故こんな所にあるのだろう。まさかこれをモデルにして絵を描いたりするのだろうか。

「なるほど、地球にもこのような兵器があるのだな」
「いや、これはアニメの中のやつだから……へ?地球にも?」

同じようなものが宇宙にもある。春香はそんな言い方をした。

「よし、西館も大分回ったな。冬二、次はどこへ――」

――キーンコーンカーンコーン。
彼女の言葉を遮って、昼休みを告げるチャイムが鳴った。

「もうお昼か。結局、授業サボっちまったなぁ……」
ホームルームの後、春香は過直ぐに

「それはいかん。学生たるもの勉学に励まなければいけないぞ」

どうやら、春香は自分が教室から連れ出したことを忘れているらしい。

「誰の所為だと思ってんだ!」
「え!もしかして私の所為なのか?!」

そんなこと考えもしなかった、という顔で彼女は驚いた。勉学に励まねばと言っておきながら、自分がその機会を奪ってしまった――そんな自己嫌悪をしたのだろう、春香は立ち止まり、俯いてしまう。

「そうか、私が考えなしに案内を頼んだから……冬二、本当に申し訳ない」

春香は沈痛な面持ちで深々とお辞儀をした。それは角度にして90度、風紀委員や先生たちが見たら思わず拍手を送るぐらい、美しい姿勢だった。

「あ、いや……そこまで謝らなくても……」
「いや、私が悪いのだ!冬二のことを考えず、私は自分のことばかり――!宇宙刑事失格だ!」

顔を上げた春香は目に薄っすらと涙を浮かべている。

「そんな真剣に捕らえなくてもいいって!さっきのは軽い冗談みたいなものだから。授業の一つや二つ、三つや四つくらい、出席しなくても、どうってことないよ」

「そ、そうなのか……?むぅ、まだまだ地球の文化への理解が足りていないな」

普段は強気な彼女が、今回のような暗い顔を見せたのは、母の形見だというイヤリングを見せたときだけだ。
自分が悪いと思ったときは素直に謝る、そんな態度に面を食らって、許してしまった。
(まあ、泣き顔が予想外に可愛くてつい興奮してしまった、というのもあるけど……)
行動や言動はハチャメチャだが、根はまっすぐないい子なのだろう。

「しかし冬二に迷惑をかけたことには変わりない。何かお詫びをしたいのだが……」
「いいって、俺のことよりまず学校に慣れることを考えて――」

グゥ~~~。
朝から春香の案内で歩き詰めだったので、自然とお腹が鳴ってしまう。
彼女はその音を聞いて、にっこりと微笑む。

「――お詫びに何をするか、決まったな」
「……そうだね」

知らなかった。女の子にお腹の音を聞かれることが、こんなに恥ずかしい事だなんて。





「ここが購買部か。中々賑わっているじゃないか」

西館1階の中程、昇降口と階段に挟まれる形で購買部がある。
昼食を買う生徒達が我先にと押し合い圧し合いをしており、受付のおばちゃんは慣れた手つきで、素早く生徒達の会計を済ませている。

「さあ、遠慮は要らない。いくらでも好きなものを買うといい」

春香は先ほどのお詫びに昼食を奢りたいと申し出た。
女の子に奢ってもらうのは男としてどうかと思ったが、春香がどうしてもと言って聞かないので、結局素直に従うことにした。

「そうだな。んじゃ、よいしょ、よいしょ――」

生徒達を押し分けて今日の売り出し商品を確認する。
普通、この学校の購買に列はできない。受付の最前列にいる生徒も実は品定めをしているだけという場合が多く、買う商品が決まり次第、生徒を押し分けて受付で会計をする。そんな暗黙のルールがあるのだ。

「じゃあまずはカレーパンを……ん?んん?」
「どうした?冬二」
「いや、またカレーパンが売り切れてるなぁと思って」

パンを入れているカゴに、『本日カレーパン売り切れ』と書かれた紙が貼ってあった。
最近、好物のカレーパンが毎日売り切れている。特に人気商品というわけでもないのだが、一ヶ月ほど前から売り切れる日が続いている。

「カレーパンが売り切れ……まさか――」

突然、春香が真剣な面持ちになる。顎に手を当て、考え事をしているようだ。

「どうしたんだ?」
「私が逃走した宇宙犯罪者を捕まえるために地球に来たのは、前に話しただろう?実はその犯罪者の中に、カレーパンの密輸犯もいるのだ」

「……は?カレーパンの密輸?」

いったいカレーパンのどこに密輸する要素があるというのか。
それとも宇宙人にとってカレーパンは、地球のイケナイお薬的な効果を持っているのだろうか。

「ああ、私達宇宙人の間ではカレーパンは非常に高値で取引されていてな。特に地球産のカレーパンは高級品として富裕層に人気があるのだ」

地球では一般的なものがひとたび成層圏を抜けると、とたんに高級品に。宇宙人の感性はよく分からない。

「カレーパンの何が宇宙人を惹きつけたんだ……」
「しかし販路を広げようにも、地球は宇宙連邦にも加盟してない発展途上惑星。我々宇宙人の存在を公表して混乱させることは、現在の宇宙法では許されない。だから、今は厳しい監視の下、ごく少数の地球産カレーパンのみが流通しているはずなんだ」

地球人が宇宙人を確認できない理由の一つはカレーパンにある。
知りたくない真実を、またひとつ知ってしまった。

「なるほど、まあそれ程高級品なら、密輸する奴も出てくるわな」
「冬二、問題を軽く考えてないか?これは経済的な問題だけではない。もし宇宙人によるカレーパンの密輸が地球人にバレてしまったら、地球は大混乱になるかもしれないんだぞ」

確かにそれは問題かもしれない。密輸がバレるということはすなわち、宇宙人の存在が知られてしまうということでもあるからだ。何の準備もなくこの事実が世間に出たのなら、地球の混乱は間違いないだろう。
しかしそれ以上に、カレーパンによって大混乱に陥った惑星という、不名誉な称号を得るのは、地球人としてはできれば避けたい。

「しかも校内のカレーが買い占められているところを見ると、どうやら犯人は学校関係者の可能性が高い。生徒に紛れ込んでいるということも十分考えられる」

春香が説明したとおり、おそらく犯人は学校関係者なのだろう。
売り切れ状態ということはつまり、誰かの手によって買われた証だ。学外の人間が購買を利用したという話は聞いたことがないし、教員も昼食は食堂を利用する。

「冬二、ここから先は宇宙刑事の仕事だ。犯人の追跡、確保には危険が伴う。宇宙刑事として一般人を巻き込むわけには行かない。君は購買で買い物をしたらすぐに教室に戻って――」
「……」

――どうやら、宇宙刑事というものを誤解していたようだ。
刑事の前に宇宙がつくものだから、ファンタジーで現実味がなく、彼女がお遊びで宇宙刑事をやっているのではという思いも、少なからずあった。
しかし、先ほどの話を聞く限り、どうもそうではないらしい。
地球の刑事や警察官と同じように、その業務には危険が伴い、下手をすれば殉職の危険だってあるかもしれない。やっていることは地球のそれと、何ら変わりないのだ。
でも、それでも彼女の力になりたいと思った。
常識はずれの行動で場を引っ掻き回したと思えば、ほんの少しだが、心の弱い面も覗かせる。
そんな姿を見せられたら、どうしようもなく支えたくなってしまった。
宇宙刑事だなんだといっても、中身は外見どおりの少女なのだから。

「――俺にも、協力させてくれないか?」
「冬二……」

春香は驚いた様子でこちらを見る。

「一般人を巻き込むわけにはいかない?冗談じゃない。家をぶっ壊されるわ、居候されるわ、学校に転入するわ……俺はとっくに巻き込まれてるんだよ」
日常は既に、春香の髪の様な艶やかな黒で塗りつぶされている。
「だから、俺のことなんて気にするな。せっかく乗りかかった船なんだ、俺に出来ることがあるなら協力したい」
「……」

春香は黙っている。悩んでいるのだろう。
宇宙刑事としての立場と、仲間のいない地球で独りぼっちになった、少女としての心細さ。
どちらが正しいとはいえない。ただ、後悔はしてほしくなかった。
そして一分ほど考えた後、春香は答えを口にした。

「――分かった」
「本当か?!」
「ああ……結城冬二!」

春香は突然大声を出した。

「は、はいっ!」
「地球での捜査にあたり、現地協力員として貴方の同行を許可する!そして捜査中、貴方の行動の一切の責任は、私にあることを、ここに誓う!」

春香の声は廊下中に響き渡った。
宣誓が終わると、彼女は満面の笑みで、手を差し出した。

「ありがとう、よろしくな、冬二!」
「……こちらこそ!」

手をとり、お互いしっかりと握り合った。
これからは嫌なこと、逃げ出したいこともあるだろう。しかし、苦には思わなかった。
青春のスパイスは、ほんの少しの好奇心。
それだけがあれば、どんな辛いことでも平らげられる。





「……でも春香、ここで大声を出すのは勘弁してくれ。他の皆がいるし」

購買に人が群がっていたのを忘れていた。さっきの恥ずかしい会話は間違いなく聞かれているだろう。

「安心しろ冬二!スイッチ一つでお手軽消音。皆に大人気の『宇宙ノイズキャンセラーくん』をさっき使ったからな。私達以外には誰も聞こえていない!」
「わぁお!凄いや春香!」
「お値段何と日本円にして――」

春香と下らない寸劇をやっていると、彼女の背後の女子生徒が目に入る。
その少女は、白いビニール製の大きな袋を背に担ぎ、重い足取りで廊下を歩いている。袋の中には大量の何かが入っていた。

「……おい春香、あれ……」
「ん?どうした?」

春香は振り返り少女をみる。そして、彼女を指差し、

「いたぁーーーーーーー!」と叫んだ。

少女はその声に驚き、急いで昇降口のほうへ走っていく。

「冬二、おそらく奴がカレーパン密輸の犯人だ!追うぞ!」
「お、おうっ!」

春香とともに廊下を駆ける。
意外なことに、春香は足が速かった。宇宙刑事として鍛えているからだろうか、先にスタートした彼女に一向に追いつけない。

「な、なな、何でバレたんですかーーーーっ?!」

少女は必死に逃走を試みるも、重い荷物を持っているからか、瞬く間に距離は縮まってしまう。

「宇宙刑事から逃げられると思うなッ!」
「くっ――速い!これ以上は逃げてもだめみたいですね……!」

これ以上の逃走は不可能だと悟った少女は、昇降口から二十メートルほど先にあるグラウンド、その中央で足を止め、こちらを振り返る。
彼女はこの学校の制服を着ていた。しかし、その姿に見覚えはなかった。身長は低く、亜麻色で、ひざ裏まで届く長い髪は、リボンによってお尻の辺りで纏められている。少し幼いが整ったその顔立ちは、学校にいれば噂が立つほどの可愛さだった。

「どうやら観念したようだな……『アランシア・カスペーゼ』!貴様をカレーパン不正流通の容疑で逮捕する!」

そう言うと、春香はポケットから手錠を取り出す。地球のものとは少し違っており、輪の淵にセンサーのようなものが付いていた。

「…………」
「ふん、大人しくお縄につく気になったようだな。さあ、痛くしないから手を出して――」

春香はアランシアと呼んだ少女に手錠を向けながら近づく。しかし、手錠がその手に掛かろうという直前に、アランシアは春香に睨みをきかせ、突き飛ばす。
不意を突かれたのか、春香は地面に尻餅をついた。

「うわっ!――くぅ~、よくもやったな!公務執行妨害も追加だ!」
「春香!大丈夫か?!」

春香を助け起こそうと駆け寄る。そして、彼女に手を差し伸べようとした時、アランシアが声を張り上げた。

「私は――私は捕まらないッ!私は、私の夢を――こんな所で終わらせないッ!!」
「お前、何を言って――」

声を掛けようとするが、アランシアはもはや聞く耳を持たなかった。

「もうなりふり構っていられません!こんなこともあろうかと用意しておいた、アレを使う時――!来なさい!カレーパン強襲強奪用機動陸戦兵器……『インドラブレッド』ッ!!」

アランシアの声が辺りに響くと、突然地面が激しく揺れる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

「うわぁ!な、何だ?地震か?!」
「落ち着け冬二!……まさか、アレを用意していたとは――!」

そして、アランシアが立っていた地面が盛り上がり、地面の中から巨大な人型のロボットが姿を現す。ダークブラウンのカラーリングと、肩部装甲にカレーパンを手で掴んだ絵が塗られており、いかにもカレーパンを狙っていますと宣伝しているようなデザインだった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!なんじゃこりゃぁ!?」
あまりの出来事に一歩も動けず、ただ仰天するばかりだった。
ロボットの手のひらに乗っていたアランシアは、腹部のコックピットと思われる場所にカレーパンの入った袋とともに乗り込んだ。
コックピットが閉まると、アランシアはロボットをマニュアル操作に切り替える。

「こんなことで人を殺したくない……でも、私は……捕まるわけにはいかないッ!」

アランシアはロボットの腕を二人に近づける。その巨大な手のひらの中で二人を圧殺させるようだ。

「は、春香!このロボットはいったい……っていうかこんなやつどうしたらいいんだ……」
「大丈夫だ冬二。『こんなこともあろうかと』……そんなことはこちらも同じ!」
「……え?」
「来い!大型犯罪者捕縛用警察兵器……『デンファル』ッ!」

春香の声に応えるかのように、再び地面が鳴動する。

「こっ、この揺れは!まさかあちらにも?!」

アランシアは驚き、インドラブレッドを後退させる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
ロボットの出現によってグチャグチャになったグラウンドを、さらにグチャグチャにしながら、新たなロボットが出現した。

「うわわわわわ……は、春香もロボットを持ってたのか」
「ああ。そんなことより、早く乗るぞ!あちらが動揺している今がチャンスだ!」

春香がイヤリングに触れると、アランシアのものと同じように、腹部のコックピットが開く。基本的な構造はほぼ同じのようだ。
興奮しながらコックピットに乗り込み、春香が操縦者シートに座るのを待つ。しかし、春香は一向に座ろうとはしない。

「春香、どうして座ろうとしないんだ!?早くしないとあっちが襲ってきて――」
「……免許持ってない」
「……へ?」
「免許持ってない」
「は?」
「……わ、私……このロボットの運転免許を持ってないんだ!」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」

ロボットを呼んで、コックピットに乗り込み、さあ、後は敵と戦うだけだというところで、最悪の事実を伝えられた。

「え?え?じゃ、じゃあ何でこれ呼んだの?!」
「つい……」
「つい……、じゃねーだろッ!何で操縦できないのに呼んだんだよ?!」

春香は申し訳なさそうに俯く。

「そ、それでも俺よりかはずっとましだろ?ほら、早く座って――」
「さ、さっきの尻餅で腰を痛めたようだ……ほら、このシートカチカチだろ?こんなのに座ったら、きっと腰が爆発してしまう……」

「あああああああああああああ!我侭言ってる場合じゃないだろ!他に誰がやるっていうんだ!」

このコックピット内にはもちろん二人しかいない。春香の他にとなると、答えは明白だった。

「冬二!お願いだ、君が運転してくれ!」
「何で俺が……操作方法なんてまったく分からないんだぞ?!」
「大丈夫だ!たしか映像マニュアルがあるはずだから、それにしたがって操作すれば、きっと奴を倒せる!」

そう言って春香は無理矢理シートに座らせると、操縦席右横にあるタッチパネルを操作する。

「あった!これだ!」

春香の操作が終わると同時に、正面のメインモニターに一人の女性が映し出される。
容姿から二十代前半と思われるその女性は、画面に映し出されたことに気付き、声を掛けてきた。

「ん?誰だよ、リアルタイムマニュアルなんて起動させたやつは。こっちは忙しいってのに……」

その女性はぶつぶつと文句を言いながらも、春香が乗っていることに気付くと態度を改めた。

「あれ、どうしたんだ春香。お前免許はまだ持ってなかったはずじゃ……」
「先輩!今はそんなこと言ってる場合じゃありません!カレーパン不正流通の犯人が目の前にいるんです!しかも機動兵器まで持ち出して!」

「この人と知り合いなのか?春香」
「以前言っていた私の先輩だ。地球の文化を色々教えてくれた」

どうやら春香に地球の文化を教えた先輩というのは彼女らしい。

「はぁー?そんなことあるわけ……うわっ!ホントだ!」

メインモニターの映像はあちらと共有されているらしく、彼女は顔を引きつらせた。

「今は時間がありません!犯人が襲ってくる前に操縦方法を教えてください!――この少年、結城冬二に!」

「「お前はしねぇのかよ」」

春香の先輩と言葉が被る。

「しゃーない……おい少年!今からお前の乗ってるビックリドッキリメカの操縦方法――もとい、敵ロボットの撃退方法を教えてやる。いいか?耳かっぽじってよーく聞けよ」
「はっ、はいッ!」

もはや流れからして、自分が操縦するしかない。
展開の速さについて行けず、泣きそうな心持だったが、ここでやらねば自分はおろか、春香も死んでしまう。それを理解すると、覚悟を決めてレバーを握った。

「いいか少年の握ってる操縦レバーには、人差し指から小指までの四つのキーと、親指で押せる一つ……全部で五つのキーがあるはずだ」

「はい、これですね!」
「そいつを私の言うとおりの順番に押すんだ。いいか、右ハンドルの人差し指のキーを二連打。そして人差し指と中指のキーを押しっぱなしにしたまま、親指のキーを押すんだ」
「えーっと……こうか」

彼女の言われたとおりの順番にキーを押す。
すると、ビーッ!という音が鳴りメインモニターの右下に剣のマークが出た。

「押しました!これでどうなるんです?!」
「近接武器が装備される。聞いて驚け、少年も大好きであろう、ビーム兵器だ!」
「ビーム兵器?!いったいどんな……」

生き死にが懸かっている状況だというのに、ビームという言葉につい反応してしまった。
アニメやゲームの世界でしかないと思っていたビーム兵器を見られるということに、笑みを隠せない。

「ふっふっふ、それは……」
「そ、それは……?」

メインモニターについにその姿が現れる。
――そして、デンファルが手にしていたのは、巨大なカミソリだった。

「そう、ビームカミソリだ」
「――ってカミソリィィィィィィィィィィィィィィィッ?!」

しかもT字型。刃の部分が紅色の光を放っている。

「ちょっと待ってくださいよ!ビーム兵器ていったら、色々あるでしょう?!ビームサーベルとか!」

「どういうことですか先輩!通常はコンバットビームナイフが装備されているはずでは――」

春香もこんなトンデモ武器が装備されているとは知らず、彼女に問い詰める。

「えー、だめ?じゃあさっきの操作もう一回やって。第二近接装備に切り替わるから」
「今度はまともなんでしょうね?!」

一抹の不安を抱えながらも、再び同じ操作をした。

「大丈夫大丈夫、次は……」
「次は……?」

再び剣のマークが灯り、武器を切り替える機械音が聞こえる。
そして、モニターに現れたのは――

「ビーム歯ブラシだ」
「ビームの無駄遣いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」

現れたのは、巨大な歯ブラシだった。ブラシの部分が無数の針状のビームに変わっている。

「何で?!何でこんな武器しかないの?!っていうかこれ武器なの?!二つとも洗面用具じゃん!」
「せ、先輩!どうしてこんな武装しかないものを配備したんですか!おかしいですよッ!」

春香が先輩を問い詰める。それに対し先輩のほうは、目を横にそらし、気まずそうな顔を浮かべながら言った。

「いやー実はさー、その機体は元々、ある大型宇宙人から払い下げられたものでさー。洗面作業用機体だったんだけど、うっかり装備を変え忘れてたんだよねー」

「「うっかりで済むかぁーーーーーーッ!!」」

今度は春香と一緒に声を上げる。
しかし、文句を言っても状況は変わらない、手持ちの装備で何とかするしかないのだ。

「しょうがない……冬二!この二つの武器で何とかするぞ!」

春香はどうにかして自分を奮い立たせようとしている。しかし、彼女の先輩は笑いながら言った。

「いや、無理でしょ~。カミソリと歯ブラシで格闘とか……ププ」
「クソッ!この戦いが終わったら絶対あんたをぶん殴りに行くからなッ!」

ぞんざいな彼女の態度に怒りが頂点に達した。その怒気を感じたのか、彼女は少し驚いて、新たな指示を出した。

「まあ待て少年、ビーム兵器はまだある。ほら操縦席の左側に丸い機械があるだろう?それの蓋を開けたまえ」

左を向くと、確かに白い円筒状の機械がある。
今まで出てきた装備は見た目からして役立だった。状況も差し迫っているのだし、今度こそはこの人も真剣に対応してくれるだろう。そう考えてその機械の蓋を開けた。
中に入っていたのは――白いご飯だった。

「――ビーム炊飯器だ」
「だからビームの無駄遣いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!もはや兵器ですらないし!!」

炊飯器の釜の部分が薄い紅色を放っている。ビーム炊飯器というのは本当のようだ。
春香の先輩はゲラゲラと腹を抱えて笑っている。今PCの画面の向こうに行く力があったなら、真っ先にこの人を殴りに行きたいと思った。

「うぅ……もうだめだ、天国のお母さん、いまそちらに行きますぅ……」

春香は両手で顔を覆い、べそをかきながら独り言を言っている。
もはや万策尽きた。いや、それは正確ではない。ババ抜きで相手が出してきた札が、全てジョーカーだったようなものだ。
「諦めるな春香!絶対何とかするから……おいあんた!頼む!俺はこんな所で死にたくないんだ!他に武器はないのか?!」

この状況から抜けられるのなら、何をやってもいい。そんな心持で、彼女に尋ねる。

「あ~っはっはっは……!いや~笑った笑った。流石にこれ以上は気の毒だし、本気を出すか。よし、少年。次は親指以外の全てのキーを押しっぱにしながら、ハンドルを右に二回、素早く傾けろ」

「本当だろうな?!あ~もう、どうにでもなれッ!!」

祈るような気持ちで、彼女の言う通りに操作する。
すると、モニターには銃のマークが灯り、同時に、敵機体の脚部スラスターに火が点いた。





――
アランシアは相手の出方を探っていた。
敵は宇宙にその名を轟かせる、犯罪者にとっては悪名高き宇宙刑事である。そして自分がこの機体を持ち出すことを見越していたかのように、同じく機動警察兵器を出してきた。
このことから、アランシアは敵の宇宙刑事は相当の手練だと考えた。
カレーパンを誰にも気付かれないように購入するための装置、『存在感クリーニングくん』を打ち消したことからも、それは明らかだと思った。
今現在の敵は奇妙な装備を入れ替えして、動く気配もないが、それすら罠だと考えていた。
実際は宇宙ノイズキャンセラーくんの出す波長で、存在感クリーニングくんの効果が打ち消されただけの、単なる偶然であり、敵機体が動かないのもコックピット内でドタバタが繰り広げられているだけだった。

「しかし、動かないままではいずれ敵の増援が来てしまう……ここは危険を承知で突撃するべきでしょうか……?」

一番恐れるのは増援が到着し、包囲されてしまうことだ。そうなればいくら強襲用に高機動改造されたこの機体でも、包囲の中を突破するのは難しい。
ふと、アランシアはコックピット内に貼り付けてある、家族の写真を見る。





――アランシアが八人兄弟の三女として生まれたのは、地球から遠く離れた惑星で、カレーパンの産地・流通拠点として有名な地だった。しかしカレーパンで名を馳せたのは今は昔。何百年にも渡る過剰な宇宙香辛料と宇宙小麦の採取で、惑星の環境は悪化。現在、主だった産業は天カスの製造しかない、廃れた星となった。
家は貧乏だったが、両親はアランシアと兄弟に心配を掛けさせたくないため、昔を懐かしむようなことは口にしなかった。アランシアたち兄弟も両親を支えようと懸命に働き、生活は苦しくとも楽しい毎日を送っていた。
そんな日常を送っていたある日、アランシアと何気ない会話をしていた母が、ポツリと思い出を洩らした。

「昔はこの星も賑やかだったよ。カレーパンで溢れててさぁ。あの宇宙に並ぶものはないとされる地球産のカレーパンだって、ここで取り扱ってたんだ」

日々の疲れからか、つい洩らしてしまったのだろう。しかし、そのたった一言で、アランシアには夢ができた。

「かぞくみんなに、ちきゅうのカレーパンをたべさせたいっ!」

彼女はその夢を叶えようと、様々な仕事を探した。しかし地球は発展途上の惑星。貧しい彼女が行く手段は無いに等しい。
そんな時、ある組織から彼女に声がかかる。

「地球産のカレーパン、見たくないかい?」

その誘いに彼女は、まんまと乗ってしまった。
組織の仕事はカレーパンの密輸。中でも地球産カレーパンの密輸は、組織の収益の三分の一を占めており、危険も伴うため、多くの構成員が使い捨てられてきた。
しかし、彼女は生き残った。才能があったのか、ロボットの扱いはメキメキと成長し、多くの密輸作戦を成功させてきた。組織の決まりで、地球産のカレーパンを得ることは許されなかったが、これからも仕事を続けていけば、特別に分けてやると言われた。
その言葉を愚直に信じて、彼女は働いてきた。
いつか家族皆で、カレーパンを食べる日を夢見て――





「……やだっ、私、何泣いてるんだろう……」

いつのまにか、彼女の瞳から涙がこぼれていた。
この戦いで自分は死ぬかもしれないという恐怖と、遠く離れた家族への思いが重なることで、涙が溢れ、頬を伝った。
今まで家族と過ごした思い出が、走馬灯のように駆け巡る。

「お父さんお母さん、兄弟の皆……迷惑かけてごめんなさい。……でも、私は負けられない。カレーパンを皆で頬張る、その日まで――」

アランシアは数個のスイッチを素早く操作し、強襲戦闘モードを起動させる。
インドラブレッドが今か今かと待ちかねるように、唸りを上げた。

「ごめんなさい、インドラ。もう少しだけ、私の我侭を聞いてください」

そして、彼女は深呼吸をすると、両手のレバーをしっかりと握る。
この手を前に突き出せば、後には戻れない。
しかし、もはや彼女の目に涙は無い。レバーを渾身の力で突き出し、彼女は叫んだ。

「私は絶対……皆にカレーパンを届けるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

その叫びに答えるように、インドラブレッドは脚部スラスターを爆音と共に点火させ、彼女の願いを阻む巨人に、突撃する。
アランシアの決死の突撃が始まった。





「うわあぁッ!来たぁぁぁぁぁぁぁ!!」
インドラブレッドが砂埃を巻き上げながら突撃してきた。
「少年!レバーを握れ!思いっきりッ!!」

春香の先輩が初めて、引き締まった声で叫んだ。
目を瞑りながら、力の限りレバーを握りしめる。
ガシャッ!ガシャンッ!
デンファレの両手には銃が握られていた。大きな口径に対し銃身は短い。敵に向かって照準を合わせたそれは、光と音を炸裂させ、火を放った。
ドガガガガガガガガガガガガッ!
デンファルの銃から放たれた光弾は、空中で分裂し、インドラブレッドの身体全体に襲い掛かった。一発受けた程度では、強襲モードの彼は止まらない。装甲もあまり傷つかず、ダメージは軽いように思われた。
しかし、放たれた弾丸は一発だけではなかった。
刹那の間に、何発もの光弾が発射され、分裂し、彼の全身に当たる。

十発目、速度が落ちる。
五十発目、装甲が焼け、穴が開く。
百発目、突撃姿勢が保てなくなる。スラスターが破壊される。
百五十発目、突撃が完全に止まる。立っていることすら難しい。装甲はもはや穴だらけ。
二百発目、身体が後ろに倒れる。空が青かった。



「……なぁ、この銃は、どういうものなんだ?」

春香の先輩はにやけた顔で答える。

「私の特製、暴走機動兵器制圧用連射型ビームショットガンだ」

――ビームって凄い。そう思った。





「――午後2時17分、アランシア・カスペーゼ。貴様をカレーパン不正流通の容疑で逮捕する」

アランシアの両手に手錠が掛けられる。彼女は顔を泣きはらして、しかし懸命に泣くのをこらえながら、「はい……」と頷いた。
最初は宇宙犯罪者なのだから、見た目に反して性格は凶暴なのだろう、そう思っていた。
だが、今この場にいるのは(非常に可愛らしい外見以外は)ごく普通の、泣き虫な少女だった。
ヒック、ヒックと、嗚咽は一向に鳴り止まない。その姿があまりにかわいそうで、つい声をかけてしまう。

「なぁ、アランシア……だっけ?どうしてこんなことしたんだ?」

彼女は今回の事件に何故自分が関わったのか、自分の生い立ちを含めて説明した。
「――なるほどなぁ。今まで宇宙について色々な妄想をしてきたけど、そんな人たちもいるなんてことは、考えもしなかったな」
「地球もそうだろう?いろんな人がいて、いろんな境遇の人がいる」
「……なぁ春香、この子、どうにかできないかな?」
「?どうにか、とは」
「アランシアの話を聞いてくると、この子よりも、その組織のほうが悪いと思うんだよ。必要ならカレーパンぐらい俺が毎日でも買ってあげるし、わざわざ逮捕するっていうのは……」
「――っ?!」

まさか自分をこんな目に合わせた人から、そんな言葉が出るとは思っていなかったのか、アランシアは驚いてこちらを見る。
彼女は多くの人に迷惑をかけたかもしれないが、それらの行動は全て、家族を思ってやったことだ。私利私欲に走った、典型的な犯罪者ではない。
しかし、春香は首を横に振る。

「ダメだ。彼女が犯罪に加担したのは事実。理由があれば罪を犯してもいいとなれば、宇宙の治安など守れはしない」
「そんな……」

春香の厳しい言葉に、アランシアは再び顔を曇らせる。
彼女の言うことも、もっともなのだ。
いかなる理由があろうと、アランシアが罪を犯したことに変わりは無い。
だがその後、春香は意外な一言をつぶやいた。

「まあ、執行猶予1週間は確実だな」
「……へ?執行猶予?」
「ああ、懲役1年、執行猶予1週間が妥当だろう」

春香の口から出た言葉は常識では考えられないほどの、罰の軽さだった。

「そ、そんなんでいいのか?執行猶予1週間て……」
「いいも何もこの程度の規模の犯罪であれば、私の一存で量刑を決められる。言ってなかったか?」

「初めて聞きました……」
「宇宙では今回を遥かに凌ぐような犯罪が、数え切れないほど発生している。いちいち拘置所に犯人を送ったり、裁判をしたりする暇は無いんだ」

だから宇宙刑事には、量刑判断の権限が与えられているんだと、春香は言う。

「やったことと言えば、カレーパンを宇宙に流した程度だからな。さっき購買の人から聞いたが、ちゃんとお金を払って手に入れたようだし、それ程の重罪でもない」
「いいのかそれで……」
「いいんだ、これで……」
それを聞くとアランシアは、何度も何度も頭を下げて、

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

と言った。





――1週間が経った。
当たり前だが、あれだけの騒ぎを起こせば学校も大騒ぎになった。
しかしそんな時は春香のイヤリングの出番。あっという間に事件を目撃した人の記憶を消し、建物を修復。全てを無かったことにした。
あのロボットはどうしたかというと、二つとも没収。
春香のはビームショットガン以外があまりにもお粗末な性能なので、宇宙粗大ゴミ行。
アランシアのは逆に、あまりにも高性能の改造が施されていたので、研究対象としてどこかの星へ送られたらしい。
ともあれ、今日もまた学校だ。教室に入り、席に座る。
春香も学校に慣れて友達も徐々に増えているらしい。
顔と外面の雰囲気は美少女そのものだから、1週間経っても人気なのは変わらず。いや、むしろ上昇中だ。今日も春香の机には女性とが集まっている。

「今日も平和だ~……」

日常の平和をかみ締めているところへ、幹也がやってくる。

「よう冬二!春香ちゃんとはよろしくやってるか~?」
「よろしくやってるって何だよ……別に、なーんもないよ」
「何も無いってお前、一緒に住んでるんだろ?いとこだったら結婚できるんだから、やらなきゃ損だぞ!」
「朝っぱらから下ネタかよ……」

幹也とそんな下らない話――いつもの日常に浸っていると、ホームルームのチャイムが鳴った。

「おっともう時間か、冬二、また後でな」
「お~う」

クラスメイトが席に着き始めると、いつもどおり、先生が入ってきた。
「え~皆さんおはようございます。今日はですね~突然ですが、また転校生を紹介します」

「へぇ~転校生……って転校生?!また?!」

クラスがざわめきで満たされる。女子は「イケメンだといいなぁ~」などと言い合い、男子のほうも「可愛い子がいいな~」と顔を緩ませる。
嫌な予感がする。あの事件から1週間後ということは……。それだけで、嫌な予感がしてきた。

「皆さん静かに。おーい君、入ってきなさい」
「はい」

返事と共に扉が開き、転校生が入ってくる。
転校生は教壇の横で立ち止まり、教室を見渡す。

「んじゃ、自己紹介を」

予想は的中。そこにいたのは――

「アランシア・カスペーゼです。よろしくお願いします!」

低い身長に亜麻色の長い髪。少し幼いながらも端整な顔を持つ、アランシアだった。
教室は再び、男子と女子のざわめきで埋め尽くされる。

「きゃー何あの子!カワイイー!」
「外国人かな?すっげー綺麗ー!」

幹也どうしているかというと、手を合わせ、涙を流しながらアランシアを見ている。

「神よ、この奇跡の出会いに感謝します……」と、そんなことを思っているのだろう。

教室の喧騒が少し落ち着くと、アランシアはこちらを見て、クラスメイトの目もはばからず言った。

「冬二さん!約束、覚えてますよね?」

転校生が突然名前を出してきたことで、クラスの全員がこちらを見る。
春香だけは例外で、微笑みながら、握りこぶしに親指を立てていた。

「や、約束?って何だっけ……?」

そう言うと、アランシアはこちらに駆け寄り、両手を取って、晴れ晴れとした笑顔で答えた。


「カレーパン、毎日食べさせてくれるんですよねっ!」


青春に混ぜたスパイスが多すぎたようだ。
日常は当分、戻って来そうにない――
 
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