ジンクス
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第三章
第三章
「長嶋は任せた」
「ああ」
「それでうちが勝つんや」
「日本一になるんや」
こう誓い合うのだった。そしてだった。
杉浦は何と四連投だった。次の試合もその次の試合もだった。投げ続けそのうえで勝っていきだった。最後の第四試合もだった。
勝った。見事完封を成し遂げそうして南海を日本一に導いたのである。
血マメがつぶれそれでも投げてだった。杉浦は偉業を成し遂げたのだ。
勝利を祝う宴の後でだ。野村は杉浦に話した。酒が飲めない彼は茶を手にしてそのうえでビールを楽しんでいる杉浦に話すのだった。
「長嶋は確かに凄いわ」
「ああ、凄かったな」
杉浦もだ。マウンドからこのことを実感していたのだ。
スイングを見て打つのを見てだ。彼はそれで言えたのだった。
「やっぱりシゲは凄いわ」
「けれど御前はその長嶋を抑えた」
野村はまた言った。
「その御前はや」
「僕は?」
「同じや。御前も長嶋と同じや」
「シゲと同じか」
「凄い奴や。二年目のジンクスなんて完全に打ち消してやったからな」
彼はこの年二年目だったのだ。長嶋と同期入団だからそうなる。だがそれでもなのだった。彼はそれをものともせずだったのだ。
「よおやったわ」
「二年目のジンクスか」
「わかったわ。それに苦しむ奴は確かにおる」
これもわかっていた。見てきたから言えることだった。
「けれどや。それでもや」
「それでもかいな」
「そや、御前はそれを乗り越えた。長嶋と同じくな」
「それで同じなんやな」
「その御前は忘れられん」
温かい笑顔だった。その笑顔で話したのだった。
「絶対にな」
「そうか。有り難うな」
杉浦は野村のその言葉に微笑みになって返した。
「じゃあ。これからもな」
「ああ、頑張れや」
「そうさせてもらうな」
こう言い合ったのだった。昭和三十四年のことだ。
そのことを思い出してからだ。野村は言うのだった。
「長嶋も凄かったがスギも凄かったからな」
「あの人ですか」
「確かに凄い成績でしたよね」
「成績だけやわからん。見なわからんもんがある」
野村は周りにこう述べた。
「その目やないとな」
「よく言われますけれどね」
「そういうものなんですね」
「そや。まあ長嶋は確かに凄い」
何だかんだでそれは認める野村だった。若しかすると長嶋を好きなのかも知れない。野村はとかく憎まれ口を言ってしまう男だからだ。
「けれどスギもや」
「凄かったんですね」
「それだけ」
「あいつのこと、ずっと覚えておいて欲しいわ」
野村は温かい微笑みと共に話した。
「皆な。それがわしの願いや」
「じゃあ監督はどうなんですか?」
「御自身は」
「わしは決まっとるやろ」
自分に話が向かうと大きく笑ってだった。
「わしは月見草や。しんみりとでええわ」
「いえいえ、目立ってますよ監督は」
「そうそう」
「実際に」
「それでもや。やっぱりスギや」
また彼のことを言うのだった。
「あれはほんまに凄かったからな」
「それでその杉浦さんをですね」
「何時までも」
「忘れんといて欲しいんや、長嶋は確かに凄かった」
またこのことを話した。
「けれどスギもや」
「同じだけ凄かった」
「それをですね」
「覚えておいてくれ。ええな」
「はい、わかりました」
「それは」
彼等も笑顔で頷く。そうしてなのだった。
彼等の中にも杉浦忠の名前とその実績が刻まれるのだった。野村にとってそれは何よりも喜ぶべきことだった。満面の笑顔でその様子を見ているのが何よりの証である。
ジンクス 完
2010・12・1
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