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魔法科高校の神童生

作者:星屑
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Episode21:Project of color

「深雪!」

「はい!」

達也に返事を返した深雪の指がCADを軽やかに走る。魔法式が展開され、発射された圧縮空気弾が敵の一人を撃ち抜いた。
直後、達也が自身の拳銃型CADの引き金を引いた。狙いは深雪に襲いかかろうとしていた三人の男。脳を細胞レベルから分解させられた男達は、同時に眉間から血を噴出させて倒れた。

「お兄様、ありがとうございます」

「いや、問題ないよ。さて殲滅は完了したことだし、速く隼人のところへ行こう」

律儀に感謝を述べる妹の頭を撫でながら、達也は上の階へ続く階段へと向かおうとした。
そのとき、突如として上の階から爆発音が鳴り響いた。

「お兄様!?」

「ああ、急ごう」

上の階には隼人と、そして囚われたほのかと雫がいる。最悪な事態を想像した二人は、それを防ぐべく急いだ。















殲滅されたかに見えた敵の反撃は一瞬の内に行われた。
達也と深雪を人質が囚われているであろう部屋の扉の前で待つ隼人は、硬化魔法で身動きを封じられたことに素早く気づいた。だが、先ほど同様、それを解除している暇は隼人にはなく、突如開いた扉の奥から銃弾の雨が隼人へ襲いかかった。それだけではない。複数の手榴弾も混ざっており、相当な火力、殺傷性があった。正に息もつかせぬ間の制圧攻撃。それは普通の魔法師では防ぎようのない攻撃だった。
だが、それでも隼人には無力だった。一斉に放たれた銃弾や手榴弾、それら全てが隼人に届く前に、通常の数倍に加重された重力によって地面に叩き落とされた。
部屋の奥で銃を構えていた敵に動揺が走った。その隙を隼人は見逃さず、手を振る動作だけで硬化魔法を解除すると未だ機能停止している敵の陣形の中心に突っ込んだ。
陣形を崩されたらもう、十字の道化師(クロスズ・ピエロ)の組員たちは隼人に抵抗することはできなかった。流れるような体捌きにワイヤーアクション、そして魔法。数十人もいた組員は、たった一分で全滅させられた。




















「お兄様、気になってはいたのですが、九十九家とは何者なんでしょうか?」

二階へと続く階段を上っている最中、達也の後ろを走る深雪がおずおずと聞いてきた。恐らく隼人のことを心配しているのだろう。彼は新入生ナンバーツーの成績で魔法科高校に入学したとはいえ、その結果は学校が定めたルールの上での実力であり、こういった実戦の結果ではない。
お膳立てされた実技の成績がよくても、実戦では使い物にならない魔法師は多くいる。
逆に達也のように学校での結果が悪くても、実戦となればそこらの兵士よりも活躍する魔法師も存在している。
深雪は、隼人がどちら側なのかはかりかねているのだろう。
そのことを素早く理解した達也は、妹を安心させるために自分の知っていることを話すことにした。

「九十九家は百家の一つとして知られているけど、他の家のように何代も連なってできた家系ではないんだよ。聞くところによると、隼人でまだ二代目だそうだ」

背後で息を呑む気配があった。
普通、魔法の名家とは何代も連なってやっと名家と呼ばれるようなレベルに達することができる。だが、九十九家はそれをたった二代、正確に言えば初代から魔法の名家である百家の一つと数えられる。その異常さは、十師族である深雪だからよく理解できた。

「九十九家は表では何でも屋をやっているみたいだけど、実際の本業は裏世界だろうね。近隣国での武器類の密輸管理をしているそうだ」

それも異常なことだ。たった二代までしかない家が、他家を差し置いて裏取引の一切を取り仕切っているとなると、いよいよ『九十九家』という組織の異常さ、そしてどれだけ恐ろしいのかは容易に想像できた。

「けど、九十九家の真の本業…それは、暗殺なんだ。一応政府が手綱を握っているみたいだけど、いつ命令を無視してこの国自体に牙を剥くか分からない。その面では、九十九は四葉より危険視されている、んだが……」

言葉の途中で兄が歩みを止めたのを見て、深雪もそれに倣う。
丁度踊り場となっているそこに、一人の男が立っていた。

「…ふむ、司波兄妹か」

二人の姿を見てそう呟くと、男は唐突に地面を足で踏み鳴らした。途端、達也と深雪の足元のコンクリートが崩れた。

「くっ…!」

「きゃっ!?」

二人の足場を崩す程度だった穴はやがて広がり、大穴となって二人を下の階へ突き落とした。

「さて、私も自分の責務を果たすとしようか」

静かな声音でそう呟いた男は、下の階まで落ちた達也たちを追うように自分も穴から飛び降りた。

















(遅いな…これはなにかあったと考えるのが妥当かな)

いつまで経っても上がってくる様子のない達也と深雪にしびれを切らして、隼人は先ほどの奇襲によって開け放たれた部屋へ入った。注意深く周囲を伺うが、地面で倒れ伏す男達以外の気配を感じることはなかった。

「なら、あとはあの部屋だけだね」

薄暗い部屋の奥に、隠されるように存在している扉。そこは、隼人が二人の囚われている場所だと目星をつけた部屋だった。
用心して、扉のドアノブに手をかける。そして、世界の心眼(ユニバース・アイズ)を発動した。途端、隼人は扉を勢いよく開いた。

「くそっ」

慌てた様子で駆け寄ったのは、壁に寄りかかるように気絶させられていたほのかの下だった。他に、この部屋に人の気配はなかった。

「…ほのか!起きてくれ!」

誘拐された被害者であるほのかには酷だが、頬を軽めに叩く。呼びかけながら数回叩いたところで、ほのかはうっすらと目を開けた。

「ん…九十九、さん…?」

「うん、助けに来たよ」

弱々しいほのかの声に顔を僅かに顰めたが、すぐに表情を引き締めて隼人は周囲を見回した。

「…雫は?」

隼人の質問に、ほのかの顔がハッとしたものとなる。

「あ、そうでした!雫は、この組織のリーダーのような女の人にこの奥の扉から繋がってる地下室に連れて行かれてしまったんです!」

「…地下室か、わかった。ほのか、今から俺は地下室に向かう。もう少ししたら達也と深雪が来てくれるはずだから、それまでここで待っててくれる?」

立ち上がりそう言った隼人は、頷くほのかを見て満足そうに微笑んだ。

「じゃあ、行ってくるね」

そう言った隼人の顔からは、既に笑みは消えていた。


















男の開けた穴によって一階まで落とされてしまった達也と深雪は現在、どこから出て来たのか、更に現れた十字の道化師(クロスズ・ピエロ)の組員と戦闘を行っていた。
深雪が凍結魔法で足元を凍らせて身動きを封じ、達也が分解魔法で確実に殺して行く。時には氷の礫を作り出し相手にぶつけたり、シャープな動きで敵を蹴り飛ばす。
相変わらずその二人に傷は与えられていないが、確かな焦りが二人にはあった。

(さっきの爆発から大分経ったが、あれからなんの物音もしない…隼人になにかあったのか?)

襲いかかってくる組員に左拳を叩き込んで吹き飛ばし、頭上を薙ぐように振るわれたライフルを屈んで躱して足を払う。倒れこんだ組員の男の体を踏み台にして、達也は次の標的に急接近した。慌ててライフルの引き金を引くのを懐に入り込んで避け、腹部に掌底を叩き込む。

「お兄様!」

「っ!」

深雪の声が聞こえてきて、達也は上体を倒した。頭の上を重厚ななにかが風を孕んで通過するのを待って、達也は地面を転がった。

「…バスターソードか、また古典的な…」

立ち上がり正面を向いた達也は呆れた目を先ほどの男に向けた。

「ふん…敵を殺せるのなら武器なんてなんでもいい。丁度、私の戦い方に合っていたのがコイツだっただけだ」

そう憮然と返し、男は長大な刀を肩に乗せた。

「コイツの相手は俺がやる。深雪は周りの雑魚の一掃を頼む」

背後から頷く気配がして、達也は意識を男に向けた。

「お兄様、気をつけて」

「ああ、深雪もな」

男が達也に向けて突進を始めたのと同時に、二人もそれぞれの方向へ駆け出した。

「ぬぅん!」

気合いの乗った声、直後に襲いかかる巨大な刃。達也はそれを左へ飛んで躱した。ぶつける対象をなくした大剣はその勢いのまま地面を砕く。
反転。バスターソードは地面を削りながら達也のことを切り上げた。

「くっ…」

無理矢理な攻撃に防御が遅れ、威力はなくせたものの達也の体は空中に浮いた。その隙を逃さず、男はバスターソードを振り上げる。空中にいる達也を叩き斬るつもりなのだろう、男は大上段に剣を構えてぐっと力を溜めた。
その一瞬だけで達也が対策を講じるのには十分だった。
達也の体が重力に従って落下する。剣の射程に入った瞬間、男が気合いを迸らせた。
だが、

「なっ!?」

振り下ろした大剣は、その姿を失っていた。驚愕する男の手から残った剣の柄が抜けた。すっぽ抜けた柄をキャッチして、達也は空中でそれを男目掛けて投擲する。達也によって加速の術式をかけられた柄は通常ではあり得ない速度を以って男の左肩に突き刺さった。

「ぐっ!?」

分解魔法によって男の得物を分子レベルで消し去った達也は、着地してすぐに次の行動を開始した。
痛みを訴える左肩を押さえる男との距離を一息に詰めると、反応しきれていない男の顎を掌底で強打。上を向いた男のガラ空きになった足を払い、倒れ込んだ瞬間、達也の拳が男の胸を打ち据えた。

「ゴハッ!?」

口から血を吐き出す男を一瞥して、達也は男にトドメを刺した。
血に染まった右手を眺めて、これを見た深雪はどんな反応をするのだろうな、と考えて、達也は苦笑いを漏らした。
自分よりもずっと早く殲滅を終えて、達也を待っている深雪に、彼は無事を伝えるべく歩き出した。























コツコツ、と靴底が硬い地面を叩く音だけが暗い周囲に響く。世界の心眼(ユニバース・アイズ)を常に発動させた状態で、隼人は研究所の地下施設へ足を踏み入れていた。長らく使われていなかっただろうこの施設は、足元の青いライトだけが光となっていた。それでも、隼人にはそれで十分。最奥の部屋目指して歩みを進める。
ベレッタへの装填は済んでいる。ワイヤーの動作に問題なし。短剣も既に括り付けてある。シルバー・フィストも既にポケットの中で、今の俺はどんなところから奇襲を受けても即時対応できる状態だった。
だが隼人の警戒は徒労に終わったようだ。辿り着いた重厚な扉の向こうに、二人分の生体反応を感知した隼人は一度目を瞑って心を落ち着けると、腕を振った。
ドアを消失(デリート)で消した隼人は、ゆっくりと部屋に入った。途端に鼻に突き刺さる腐敗臭に思わず顔を顰めながら辺りを見回していると、目の前に一人の女が現れた。

「…九十九隼人だな?」

セミロングの黒髪、黒い瞳にすらっと通った鼻筋。凛とした雰囲気を纏う女。なぜ敵が自分の名前を知っているのかと疑問になったが、取り敢えずそれは棚上げしておいて、隼人はこの女が今回の黒幕であることを悟った。

「…そうだけど、貴女は?」

「緑川佐奈、十字の道化師(クロスズ・ピエロ)の一人だ」

緑川。少なくとも隼人は聞いたこともない姓だった。

「貴女の部隊はもう壊滅したよ。貴女も追い詰められて、もう逃げられない。さあ、大人しく人質を解放してもらおうか」

殺気を滲ませながら隼人がそう言うと、女はそれに臆した様子を見せず鷹揚に頷いた。

「構わない、誘拐した少女もそこに寝かせてある。好きにしろ。ただし、私の話を少し聞いてもらおうか」

「話?」

隼人が思わず疑問符を浮かべると女は「ああ」と言って小さく頷いた。
勿論、隼人にこれを承諾しなくてはならない義務はない。可能ならば今すぐに雫を保護してこの施設から逃げ出すのが得策だろう。
だが、何故わざわざ人質をとってまで自分と話したいのか、隼人はそこに興味を持った。だから隼人は、話を聞くことを承諾した。
隼人が殺気を収めるのを感じて、女は口を開いた。

「簡潔に言う。九十九隼人、私達の仲間になれ」

「………は?」

たっぷり数秒間固まって、隼人はなんとかそれだけを返した。それほどまでに、この緑川佐奈と名乗った女の言葉に驚愕していた。

「お前は私達と同じカラーズ計画によって生み出された人間だ。私達十字の道化師はカラーズ計画によって誕生した人々を保護している」

女の言葉に、隼人の頭の中の疑問符は増えていくばかりだった。
ただ、隼人にはもう一つの答えがでていた。
なにを考えているか分からない女に対して、隼人は思わず溜息をついた。

「…カラーズ計画?保護?貴女の言っていることは全く分からないんだけど、これだけは言っておくよ。俺は、『九十九家』という組織以外は属さない」

強い意志を湛えた瞳が、佐奈の光を映さない瞳と交わる。

「交渉決裂か。ならば仕方ない、力づくでも連れて行かせてもらう」

次の瞬間、なんの予兆もなしに隼人の足元の地面が砕けた。気絶している雫以外に他に人はいないのだから、隼人の目の前にいる佐奈がこれをやったのは明白だが、隼人の目に魔法式は映っていなかった。
舌打ちを漏らして、隼人は素早くその場から右へ飛んだ。先ほどまで自分がいた所が、黒いなにかに押し潰されるのを見て背筋に冷や汗が流れる。
戦闘が開始されて隼人がまず行ったのは雫の救出だった。
先ほどは好きにしろと言っていたが、交渉決裂した今、佐奈がなにをするか分からない。もしかしたら雫を人質にして自分の行動を制限するかもしれない。そう判断してのことだった。
加速魔法を発動して一気にトップスピードに乗った隼人は、一瞬で雫の元に辿り着くと彼女を抱えて後退した。
迫る黒い波を躱しながら、上の階へ続く階段まで来ると隼人は雫をそこに寝かした。彼女を抱えながら撤退するのは困難だった。
佐奈の操る黒い波が隼人を飲み込もうと迫る。だが、それは右手の一振りで空間の裂け目に消えていった。
消失(デリート)で黒い波、砂鉄を消し去った隼人は雷帝(ライズ・カイザー)を発動した。
筋力強化の恩恵を受けた隼人は、一気に佐奈との距離を縮めた。隼人のスピードに追いついていない彼女に向かって左拳を突き出す。だが、雷を纏う隼人の拳は砂鉄の壁によって防がれた。
ならばと佐奈の背後に回り込んで蹴りを放つも、素早く移動してきた砂鉄がそれを完全に防いでしまう。
前後左右、どこから攻撃しても砂鉄の壁に防がれる。その間、佐奈は一歩たりとも動いていない。
埒が明かないと判断した隼人は一旦攻撃をやめて佐奈と距離をとった。

(さっきの魔法式無しの魔法といい、この砂鉄操作といい…まるで自分と戦ってるみたいだな)

距離をとった状態で、隼人は太股のホルスターからベレッタを抜いた。そのまま銀の銃口を佐奈に向け、引き金を引く。

(…砂鉄で防ぎ切れるかな?)

射出された9mmの弾丸は一直線に佐奈の心臓目掛けて飛んだ。
普通、魔法を発動させるのは魔法師の意思だ。故に、魔法師の反射スピードで追いつかない攻撃、不意打ちや銃器に狙われたなら予め魔法を発動させていなければ間に合わない。隼人が放った弾丸は、ほぼ必中、そのはずだった。
カンッ、と音がして、ベレッタから放たれた弾丸が硬い地面に落ちた。佐奈の胸には、傷一つない。蠢く漆黒の盾が、弾丸を弾いていた。

「…砂鉄を硬化魔法で盾状に硬めて、情報強化の術式で防御力の底上げ……あの一瞬で…?」

隼人に戦慄が走った。少なくとも、魔法の発動スピードでは目の前にいる女は隼人を上回っている。

「私の魔法を既存の概念で計るのは少々無理があるぞ」

「なっ!?」

佐奈の言ったことが気になるが、落ち着いて考えている暇は隼人にはなかった。
佐奈の操る砂鉄が隼人の左右から迫る。取り敢えず考えることを後にした隼人は、消失で砂鉄を消し去ると佐奈に向かって突進した。

(発動スピードは向こうが上、このまま攻撃しても全部防がれる。だったら…!)

右裾から短剣を弾き出し、雷でコーティングをする。柄の短い短剣を逆手に持って、隼人は佐奈へ斬りかかった。だが、当然、その漆黒の刃が佐奈へ届く前に砂鉄に邪魔をされてしまう。だが今回は様子が違った。
隼人が砂鉄の壁に構わず短剣を振り切ると、壁を形作っている砂鉄に綻びが生じた。その結果に笑みを浮かべて、立て続けに刃を振るう。すると、壁の斬られた部分が徐々に薄くなっていっているのが分かった。

(よし、干渉強度は俺のほうが上だ。一発デカイのかまして、砂鉄を全部俺の支配下に置く!)

恐らく女は電流を流して磁場を作ることによって砂鉄を集め、そして移動魔法などを使ってそれを操作している。そこは隼人の使う砂鉄操作と同じ原理だ。この隼人の攻撃をことごとく防いできた盾も、磁場によって集められた砂鉄を硬化魔法によって相対位置をこていすることで形作っている。それを崩すには、どうするか。
簡単なことだ。佐奈よりも強い磁場を作って砂鉄をこちら側に集めてしまえばいい。この際、隼人の雷魔法によって佐奈の硬化魔法の干渉度も落ちている。
一層電力を増した雷を纏う短剣を順手に持ち替えて、盾を斬り上げる。その時、致命的な亀裂が砂鉄の盾に走った。

(もらった…!)

雷を纏った左手が、亀裂の走った盾を引き裂いて佐奈に伸びる。そしてその手が佐奈の体に触れる、刹那ーー

「がッ!?」

右脇腹に凄まじい衝撃を受けて、隼人は大きく吹き飛ばされた。
完全に意識外だったところからの攻撃により、隼人は受け身もとれずに地面を転がった。

「ぐっ…ぅ…」

「私の魔法が砂鉄操作だけだと思ったか?生憎と、圧力操作も扱える」

痛みを訴える脇腹を手で押さえながら、隼人は佐奈を睨みつけた。
これは完全に隼人の油断であった。砂鉄の壁を破ることだけを考えて、他の魔法への警戒を怠っていた。
これだから、俺はまだ弱いーー
苦笑いを浮かべてそう心の中で呟いた隼人は、痛む脇腹を無視して勢い良く立ち上がった。

「圧力操作ね。なるほど、俺を吹っ飛ばしたのは熱膨張した空気ってとこかな?」

「御名答だ。だが、たった一つの攻撃方法が分かったとして、お前の不利は変わらないぞ?」

佐奈の言う通り、今の隼人に厄介な二つの魔法を打ち破る策はない。
だがその事実が、隼人の対抗心に火をつけた。策がないなら、それでいい…今まで通り、力で押すまで。
そう決断してしまえば、隼人の行動は速かった。瞬間的に雷帝を発動させて、再び佐奈へ接近する。
彼我の距離を半分にした所で、砂鉄が津波のごとく押し寄せてくる。それを、空中へ跳ぶことで回避する。投擲したワイヤー付きの短剣が天井に走るパイプに突き刺さり、隼人の体が浮いた。リールを巻いてパイプの上へ着地した隼人は、佐奈に向けてドライアイスの弾丸を打ち出した。だが、ベレッタよりも遅い弾速に砂鉄が追いつかないはずがなく呆気なく弾き飛ばされた。
全てのドライアイス弾を砂鉄が弾き終わったとき、パイプの上に隼人の姿はなかった。
代わりに、背後でなにかが弾ける音が聞こえた。直後、恐ろしい程の殺気を感じて佐奈は慌てて砂鉄を背後に回した。

「なっ!?」

振り向いて状況を確認する前に防御を優先した佐奈が、遅れて見たのは、隼人の蹴りによって弾け飛ぶ砂鉄の壁であった。
魔法が、ただの物理攻撃によって崩された。
だが今の佐奈には戦慄する暇さえない。隼人の姿が消えた。急ぎ、殺気を感じるほうへと砂鉄を向ける。そしてまた弾け飛ぶ。まだ完全に砂鉄の壁を突破されたわけではない。幸いにも、隼人はヒットアンドアウェイで一撃ずつしか与えてこない。その度に壁を作り直せば、まだ突破される心配はないはずだ。
既に、圧力操作の魔法を扱う隙さえなかった。ただひたすらに防御に徹しなければ殺される。

(完成体(オリジン)が、これほどとは…っ!)

「おオッ!」

気合いの乗った一撃。佐奈の正面での回し蹴りが、遂に砂鉄の壁を蹴散らした。驚愕に目を剥く佐奈の視界から、隼人の姿が再び消えた。

(くっ、どこに)

急いで周囲を見渡すも、隼人の姿はない。舌打ちを漏らした佐奈は、不意に頭上から冷気を感じた。

「上か!」

「御名答ッ!」

佐奈の頭上で、隼人は獰猛な笑みを浮かべていた。
今までで最大の攻撃が来ると、そう直感した佐奈は、今自分にできる最大出力で砂鉄を集め始めた。
その様子を見て、隼人は左の手の平に右の拳の親指側をつけた。
これから発動させる魔法は、まだ一回も試したことのない魔法。成功するかは分からない。だが成功したならば、隼人の切り札級の威力になる魔法だ。
合わさった両手の周囲に黒い光が灯り、同時に冷気が噴き出した。
隼人の、どんな自然現象でも引き起こしてしまう異能、世界への干渉(コズミック・アルター)が発動。隼人が、サイオンに直接『凍てつけ』と命令を下すと、彼の両手から始まった空気の凍結は目に追えない程のスピードで加速していった。

「う…オオオッ!」

「はぁァァッ!!」

雄叫びを上げ、隼人が空間を侵食する氷を突き出した。
その氷が形造ったのは、巨大な剣。隼人のあらん限りの魔法力を持ってして顕現した氷剣は、佐奈を守るべく広がった砂鉄の壁に接触した途端に、それすらも飲み込んだ。原初の魔法使いに最も近いとされる、九十九隼人の圧倒的な干渉強度だからこそ為せる、全てを凍てつかせる斬撃(デュランダル)

遅ればせながら地下研究室に入ってきた達也たちが見たのは、氷でできた剣の中に囚われた佐奈の姿だった。





















「これは、また…」

隼人が造り出した氷の剣を前に、流石の達也でさえも息を飲んだ。恐らく、こんな芸当は深雪にもできないだろう。同じ出力で氷を造ることができても、これほど精巧に剣を象ることはできない。

「ハァ…あ、達也、深雪さん…遅いじゃないか」

疲労のせいか、隼人の注意は散漫で、すぐ傍に来るまで達也たちの存在に気づくことはできなかった。弱々しく笑みを浮かべながら文句を言ってくる隼人に、達也は苦笑いした。

「すまなかったな、少し足止めを食らっていた」

「なるほどね。ああ、置いてきちゃったけどほのかと雫は無事?」

「ああ安心しろ。二人に怪我はない」

その報告に、隼人は大きく溜息をついて地面に座り込んだ。正直、腐敗臭の酷いこの部屋に長居はしたくないが、魔法の酷使のせいで隼人は体力、精神力共に限界だった。

(ほんと今夜はこの女に振り回されたな……)

疲労でぼぅっとする隼人の脳裏に浮かぶのは、緑川佐奈と名乗ったこの女が言っていた言葉。
『カラーズ計画』。その言葉の意味を隼人が知るのは、まだ先のことであった。

「…はあ、そろそろここから出ようよ。警察たちが来たら厄介なことになりそうだし」

「それもそうですね。お兄様、ほのか達はどういたしましょう?……お兄様?」

深雪が、自身の兄の異変に気付いたのは偶然だった。なにかを察知したかのように、しきりに視線を動かす。その集中度は相当なものだ。只事ではない、と瞬時に判断した深雪は反射的に自身のCADに手を添えた。
その深雪の様子を疑問に思ったのか、隼人が気怠そうに立ち上がるのと、空間が小刻みに揺れ出したのは同時だった。

「なんだ…!?」

もうその異変は誰にでも気づくことができた。未だかつて経験したことのない緊張感が、隼人達を包む。

『あーあー…全く、好き勝手やってくれたじゃん』

「っ!?」

その声は、唐突に響いた。流れ出す冷や汗を無視して、中心に気を失っているほのかと雫を囲んで隼人達は背中合わせに固まった。

「どーもー、みなさん。オレ様はここで氷漬けになってるお姉さんの同僚ね!よろしくぅ」

「なっ…!?」

氷の剣の横に、まだ幼い少年が立っていた。どこにでもいるような容姿に、平均的な身長、体格。ただ、そこから発せられる殺意と敵意は異常だった。

「九十九隼人だっけぇ?お前は特によろしくなぁ」

「…なるべくなら、君みたいなガキとはよろしくしたくないね。疲れそうだ」

『ガキ』という言葉に若干少年の頬が引き攣って緊張感が霧散しかけたが、彼の纏う雰囲気は邪悪そのものだった。今まで裏世界の組織を相手取ってきた隼人と達也ですら、恐れを為すほどの異様な空気。

「ま、いーや。取り敢えずっ、と」

パチン、と少年が指を鳴らした。すると、今まで佐奈を捕らえていた氷の剣が、粉々に砕け散った。
キラキラと氷の破片が舞う中で、氷からでてきた佐奈を抱きとめ肩に抱きかかえると、少年は隼人を見た。

「じゃあね、完成体(オリジン)

そう言って、少年の姿は霞のように消えていった。

「なっ…どこに?」

慌てて隼人が世界の心眼(ユニバース・アイズ)を発動するが、もう、少年の存在を感知することはできなかった。

「…あの殺気、化け物だったな」

「お兄様…」

珍しく弱音を吐いた達也のことを深雪が支えるように寄り添った。そんな二人の様子を見て溜息をついた隼人は、取り敢えず懐から携帯端末を取り出した。

「…もしもし父さん?うん、人質二人は無事に救出したよ。これから帰還します」

櫂へ報告を済ませ、隼人は未だ眠る雫を抱きかかえた。

「早くここから出よう。それで、俺が雫を運ぶから達也たちはほのかをお願い」

「わかった。行こう、深雪」

「はい」

流石に、腐敗臭の酷いこの空間に長時間いるのは厳しいものがある。達也がほのかを抱きかかえ、階段を上り出したのに深雪が後をついていく。隼人も、地下施設の出口となる階段の一段目に足を乗せて、そして振り返った。

(…カラーズ計画に、十字の道化師(クロスズ・ピエロ)。もっと詳しく調べる必要があるか)

もう一度、先ほどの少年がいた場所に目をやって、隼人は萎える足に力を入れて階段を上り始めた。




















「……ん」

「あ、雫気がついた?」

先ほどまで誘拐され、人質として気絶させられていた雫が目を覚ましたのは地下施設から出る階段の途中でだった。
寝惚け眼のまま声がした方へ目を向けると、安心したように笑う隼人の姿。

「隼人、さん…?」

「うん、もう大丈夫だよ。あの組織はここから撤退させたから」

あの組織、とは雫を誘拐した組織のことを言うのだろう。それを理解した雫はそっか、と隼人に返すと、ハタと自分の体勢に疑問を覚えた。
自分は今まで寝ていたのだから、移動しているのは誰かに運ばれているのだろう。それで、少し顔を上げれば、まだ少し幼さの残る顔立ちの少年の姿。つまり、これは所謂お姫様抱っこという状態なのだと、雫はゆっくりと、冷静に理解していった。しかし、理解してしまったら冷静でいられなくなって、雫は頬に熱を感じた。

「あ、の…は、隼人さん?」

「ん?どうしたの?」

今更ながらに自分の体勢を理解した雫は、恥ずかしさからか隼人に話しかけていた。しかし話しかけてから考える。もし、自分がこの体勢が恥ずかしいと言ったら隼人はどうするのだろう?女心の分からない彼のことだ。下手をしたら担がれるかもしれない。
などと、本人が知ったら本気で落ち込みそうなことを考えた結果、雫は誤魔化すことにした。

「ううん、なんでもない…」

「?」

そんな雫に疑問符を浮かべていた隼人だったが、階段を上り切ったときに思い出したように口を開いた。

「雫、疲れてるでしょ?寝てていいよ」

「え?」

隼人にそう言われて、雫は急に体が重くなった気がした。それと同時に睡魔もやってきて、視界がぼやける。
ただ気絶させられていただけの雫だったが、その精神には多大なストレスがかかっていたようだ。
触れている部分から、隼人の体温と心音が伝わってくる。その穏やかなまどろみに意識を委ねようとして、薄れた視界に、唐突に、黒い記憶が蘇った。

「っ!?」

それは、雫のトラウマとなっている記憶。幼い頃に刻み込まれた、恐怖の記録。
何故か、今それを思い出して雫は身を固くした。まどろみに落ちていきそうだった意識は今は完全に覚醒してしまっている。トラウマによる恐怖が、雫の体を震わせた。

「雫」

怖い、そう思ったとき、穏やかな声が雫の耳に届いた。そして、彼女を抱く手に少し力が篭る。

「俺がついてるよ」

抱き締められて、彼のゆっくりとした心音が聞こえてきた。トクン、トクンと穏やかなリズムを刻むのを聞いている内に、恐怖で震える体が落ち着いて行くのを感じた。
隼人は、恐らく雫のトラウマを知らないだろう。彼女が震えているのは、今回の事件を思い出して怖くなったと思っているに違いない。
けど、「俺がついてるよ」という言葉は、暗く沈みそうになっていた雫の気持ちを支えた。
勘違いだけど、結果的に慰める形になる。それが、隼人を『天然タラシ』と言わしめる由来の一つであった。

「おやすみ、雫」

すっかり安心したのか、眠ってしまった雫に、隼人は小さく囁きかけた。




















「じゃあ、ほのかは俺たちが責任持って家に連れ帰るから、隼人は雫を頼む」

「うん任せて。それじゃ、お疲れ様、達也、深雪さん」

そう言って隼人は茂みに停めていた電動二輪に跨った。そのタンデムシートに眠っている雫を乗せて、落ちないように硬化魔法でバイクと雫の相対位置を固定する。
見送る達也たちに手を振って、隼人は来た道を戻っていった。


「オリジン…完成体、か」

「お兄様?」

隼人が消えていったほうを見つめて小さく呟いた達也に深雪はよく聞き取れなかったのか首を傾げた。

「いや、なんでもないよ。さあ、早く帰ろう」

達也がなにかを悩んでいることに深雪は鋭く気づいた。だが、達也ならば時が来れば自分にも教えてくれるのだろうと判断して、深雪は追求するのを諦めた。その代わりに、笑みを浮かべる。

「はい、お兄様」

深夜を過ぎた東京郊外の空は、灰色の雲に覆われていた。
















ーーto be continuedーー 
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