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IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―

作者:★和泉★
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Development
  第二十三話 Boy meets boy(?)

「箒!」

 目の前の出来事にも動揺していた僕に、さらに追い打ちをかけるように男性の声が道場に響き渡る。誰、と考えるまでもない。

 ……最悪だ、いつから見ていたのだろう。入り口からこちらに駆け言ってきた織斑君はそのまま箒さんのもとに走り寄る。その際に一瞬、目があったけど心なしか睨んでいるような印象だった。無理もない、か。目の前で幼馴染が怪我をして、間接的とはいえ少なからず僕にも責任はある。
 できればもう少しまともな形で会いたかったのだけどこうなっては仕方がない。

「篠ノ之さん、手当をしましょう」

 しかし、織斑君のこともだけどそれよりも今はまずは彼女の怪我をなんとかしなければ。
 既に織斑君は箒さんの横にいて、彼女が起き上がるのを手伝っている。まだいまいち状況が掴めていないのか、困惑気味だ。僕はとりあえず彼の事は後回しにして、道場に備え付けられている応急箱を取ってきて彼女に近づく。

「……放っておいてください」
「そうはいきません、それにあなたは負けたんですから一つくらい言うことを聞いてください」
「な!?」

 予想通りというか僕の手当ては拒もうとしたので嫌らしい言い方だけど勝者の言ということで半ば強引に顔をこちらに向けさせる。

「あ、おい!」

 隣で織斑君が驚いたように何かを言うけど、今はそれどころではない。傷は浅いようだけど傷ついたのは顔で、下手に痕が残ろうものなら大変だ。
 僕の言葉に箒さんが少し大人しくなった隙に、手早く処置を済ませる。

「はい、これで大丈夫です。ですが、傷が残ったら大変なので念のため保健室には行ってくださいね」
「……。あ、……う……ます」

 ほとんど聞き取れないような大きさで何事か呟く箒さん。処置が終わったらすぐに顔をそらしてしまっているので、口元を見ることもできなかった。
 でも、ここで聞き返すのも野暮だろう……だいたい想像できたしね。

「なぁ箒、なんで防具もなしに試合なんかしてたんだ? それに……」

 織斑君がこちらをチラリと見やる。先ほどのような睨んだ視線ではないものの、どう接すればいいのか迷っているような表情だ。

「一夏には関係ない……」

 僕が口を開こうとする前に、箒さんが突き放すように応える。

「だけど……」
「関係ない!」
「……はぁ、わかったよ」

 頑なな箒さんの態度に、織斑君も渋々という形で引き下がる。でもその表情はやはり納得していない。
 当然、その矛先はこちらにくるわけで……。

「えっと、あなたは……」
「1年4組の西園寺紫音です。ただ、試合の経緯については彼女が話さないなら私からも話すことはありません、ごめんなさい」
「あぁ、同じ一年だったのか。でも、う~ん……」

 彼はアテが外れたのか、何か納得いかないことがあったのか困ったように頭を掻きながら唸る。

「なぁ、なんで千冬姉の構えを……」
「一夏、もう行くぞ」
「あ、おいちょっと待てよ」

 これ以上、話すことは何もないと言わんばかりに箒さんが織斑君の腕を引き出入り口へと向かう。彼は半ば引きずられるような格好になっている。
 まぁ、実際にこれ以上は無理に話しても碌な結果にならない、時間を置いたほうがいいだろう。

「えっと、西園寺さん。俺は織斑一夏! 何があったのかわからないけど、聞きたいこともあるし今度ゆっくり話をさせてくれ!」
「いいから、行くぞ!」

 下手に返事をしても箒さんに睨まれそうなので、笑顔を返すに留めた。箒さんは引きずる力を強めたのかそのままズンズンと門をくぐり、織斑君と一緒に出て行ってしまった。



「……はぁ」
「それは何というか……災難だったわね」

 道場での一幕のあった日、放課後になったら僕は楯無さんの部屋にきていた。僕がいなくなったことで、彼女は部屋に一人なので、気軽に来ることができる。……いや、女子の部屋に気軽に立ち入るって問題ある気がするけど今まで同部屋だったんだから気にするだけ無駄だよね?

「簪さんといい箒さんといい、知り合いの妹たちにことごとく嫌われてるんだけど……何で? っていうか二人とも姉と仲悪いよね、僕はとばっちり? ねぇ、楯無さんと束さんのせいじゃないの?」
「う……言い返したいけど否定できないわね……」

 僕の言葉に珍しく申し訳なさそうな顔をする楯無さん。
 言い過ぎな気もするけど、実際その可能性は否定できない。だって二人とも面識ないのに、何故か初対面であれだけ拒否反応をされたのだから。……僕が知らず知らずのうちに何かをやった可能性もあるけど、その場合何をしたらあれだけ嫌われてしまうのだろうか。

「あぁ、本音さんは本音さんでよかった。彼女にまで嫌われたら僕の心は折れてたかもしれない。あの二人はちゃんと姉妹やってるよね~。それに引き替え……、千冬さんのところも複雑みたいだし楯無さんも束さんも……」
「ち、ちょっと紫苑君? お願いだから戻ってきて!」

 いろいろと限界だった僕は一人でブツブツと無意識に呟いていたらしい。楯無さんに声を掛けられながら体を揺らされてしばらく、漸く我に返る。

「……はぁ、でも実際どうしたものかな。とりあえず織斑君には致命的な誤解は受けずに済みそうだったけど、箒さんの手前あまり気軽に接触できなくなりそうだし……」
「まぁ、護衛ってだけなら私たちもいる訳だし急いで無理に接触する必要はないんじゃないかしら?」

 それもそうか。千冬さんや束さんのこともあって、自分でどうにかしないといけないっていう固定観念にとらわれ過ぎだったかもしれない。同学年っていう立場はあるけど、余計な軋轢を生んでもいい結果にはなりそうもないし、しばらくは生徒会メンバーに任せたほうがいいかもしれない。……信頼できるしね。

「そうだね。なら……僕は簪さんとの関係をなんとかしないとね。お姉さんも気が気じゃないみたいだし」
「妹の心配して何が悪いのよ! 昔は簪ちゃんも、『お姉ちゃん』っていっつも横についてて本当に可愛かったんだから!」

 その後、触れてはいけないものに触れてしまったのか楯無さんの妹自慢が止まらない。数時間に及ぶ妹トークの末、ようやく解放された僕は若干ウンザリしつつ自分の部屋に戻る。

「……」

 その諸悪の根源……という言い方は違う気もするけど元凶ともいえるその妹はいつも通りそっけない。
 チラッとこちらを一瞥しただけで、すぐに目の前のディスプレイに視線を戻して端末操作を続けている。
 
「……学校はお姉ちゃんと一緒じゃなきゃいや」
 
 なんだかその様子に悪戯心を刺激された僕は楯無さんから聞かされた『簪ちゃん語録』の一つを呟く。
 すると簪さんはあからさまにビクッとした様子を見せる。本人は動揺を見せないようにしているつもりなのか視線はそのままでも、手の動きは止まってしまっている。
 ちなみに、これは中学校入学時の言葉らしい。有数の進学校に既に通っている楯無さんに対して簪さんも頑張ってそこに通うと言い張ったそうだ。結果的に偏差値を10近く上げて入学を果たしたらしいから大したものだと思う。

「私もお姉ちゃんに負けない操縦者になるね」
 
 この言葉に再び彼女はビクッとすると、油の切れた動作不良の機械人形のようにゆっくりとこちらに首を回す。
 これは仲が悪くなる少し前、楯無さんが代表になる前の言葉。このころはまだ簪さんは純粋に憧れていたのが言葉から窺える。二人の関係がギクシャクし始めたのはこの少しあと、楯無さんが自由国籍を取得したあたりだという。

 ようやく首が回りきってこちらを向いた簪さんと目があった。動揺が隠しきれなくなったのか若干顔を赤らめながら口をパクパクしている。今まで無表情でいることが多かっただけに、その感情を如実に表している表情はなかなかに新鮮だ。

「もう少し素直になったらどうなのかしら?」

 簪さんは、楯無さんという高すぎる壁に絶望してしまっている。今までは純粋に憧れとして見ていたそれも、自身が比べられる対象となったことで一変した。
 偉大過ぎる姉に対する劣等感。楯無さんに、彼女の演算処理能力や整備能力などは自身を超えるとまで言わしめているのに、簪さんはそれに気付かない。いや、知ろうとしていない。
 それも仕方がない、今の世間はISに関しては操縦能力の一点のみが評価され過ぎている。女尊男卑の流れがその証拠だ。裏方には優秀な男性のサポートスタッフも多くいるはずなのに。

 もっとも、楯無さんによると簪さんの場合は操縦者としても優秀らしいんだけどね。ただ、比べる相手がアレなだけで……っていうか楯無さんには僕だって勝ったことないんだし。それに僕も負けっぱなしでいるつもりはないけれど。

 しばらくそのまま視線を交し合ったあと、無言で彼女は顔の向きを戻してしまった。
 それでも、いまだにその頬は赤い。

「……意外と嫌な性格しているんですね」
「あら、私が聖人君子か何かだと思っていましたか?」

 僕だって理由もわからずに避けられたら凹みもするし、ちょっと悪戯したくもなるんだよ。それがきっかけに仲良くなれるかもしれないしね。少なくとも、今回は反応を得られただけでも前進だと思う。
 まぁ、あんまりやり過ぎたら姉が怖いからこれ以上はやらないけど。

「やっぱり……私はあなたのことが嫌いです」
「ふふ、私は更識さんのこと好きになれそうです」

 その言葉にさらに顔の赤みは増し、完全にそっぽを向かれてしまった。その後の会話はいつも通りなかったが、寝る直前に初めて『おやすみなさい』と言ってくれた。素っ気なく気まずそうで、気のせいかと思うくらい小さい声ではあったものの、僕にとってはその後の展望を明るくさせるには十分な一言だった。







 紫苑にとって、一夏とのファーストコンタクトは望まぬ形となった。
 では、一夏にとってはどうなのだろう。
 
 彼はその時、目の前で起きている状況は理解できなかったが目の前で幼馴染が傷ついているということだけは分かった。だから、ただその場に駆けつける。その際に原因の一端を担っていたと思われる対戦相手らしき女性を睨んでしまったのは不可抗力だろう。事前に見てしまった彼女の構えもそれを助長した。

「箒、立てるか?」

 一夏の問いかけに箒は答えることなく、ただ差し出された手には素直に従い立ち上がる。
 すると、先ほどまで対峙していた女性が駆け寄ってくる。

「篠ノ之さん、手当をしましょう」
 
 その言葉に、一夏は戸惑う。
 先ほどの自身の行動を鑑みてだ。そもそも、試合に至った経緯はともあれお互いが構えた状態で行われた試合で、怪我も試合が決した後の箒の無茶な行動からであった。にもかかわらず、彼女はそのことを責めるでもなく箒の怪我の心配を第一にした。
 混乱していたとはいえ、一夏は先ほどの自分を恥じる。 

 目の前では何故か嫌がる箒に無理やり彼女が手当を施す。
 その際の強引な物言いも、箒の心配をしているのだと一夏には伝わった。逆に、なぜ箒が頑なに彼女を拒むような行動をとるのかという疑問もわきあがったのだが……。

「……。あ、ありがとう……ございます」

 絞り出すように、か細い声で箒はそう言った。それは相手に聞こえたかすら怪しい、それでも普段から素直ではない彼女にとっての精いっぱいだったのだろう。だが、一夏の耳には確かに届いていた。

 その後、一夏は箒に事の経緯を訪ねようとするも拒まれる。彼女から聞きだすのは難しい、なら、と。

「えっと、あなたは……」
「1年4組の西園寺紫音です。ただ、試合の経緯については彼女が話さないなら私からも話すことはありません、ごめんなさい」
「あぁ、同じ一年だったのか。でも、う~ん……」

 しかし、残る可能性も絶たれてしまう。
 それどころか、さらなる疑問もわき起こる。目の前の紫音という少女は自分と同じ学年だという。にもかかわらず、姉である千冬の構えを使いこなし全国優勝経験者である箒を倒した。
 今はほとんど剣に触れていない一夏であるが、だからこそそれがどれだけ異常なことかが理解できた。一朝一夕でできる構えではないし、無名の人間が簡単に勝てるような相手では決してない。

「なぁ、なんで千冬姉の構えを……」
「一夏、もう行くぞ」
「あ、おいちょっと待てよ」

 しかし、その疑問をぶつけようにも再び箒に遮られる。
 このまま連れ出される訳にもいかないのでせめて、と自分の名前だけでも伝える。もっとも、自己紹介などするまでもなく男子生徒など一人しかありえないのだが。……もちろん、一般的に見て、であるが。

「えっと、西園寺さん。俺は織斑一夏! 何があったのかわからないけど、聞きたいこともあるし今度ゆっくり話をさせてくれ!」

 紫音から返事はなかったが、その言葉に笑顔が返ってきたのでホッと安堵する。同時に、初めて正面から紫音のことを見た一夏は再びその姿に固まる。先ほどまでは得体の知れない相手、ということで緊張感のほうが勝っていてそれどころではなかった。それが切れた今、初めて目の前の女生徒……紫音の容姿を認識することできたのだ。

 女子校ともいえるこの学園に入学して数日、既に多くの女生徒に言い寄られている一夏であるが自身は気づいているのかいないのか、飄々としている。だが、それは彼が決して女性に興味がないわけではなくある意味感覚がマヒしているのだ。いや、マヒさせなければこの学園では初日で心が折れただろう。一種の自己防衛手段だ。
 そう、紫苑が既にそうであるように……。まぁ、本人は否定するだろうがまともな感覚では精神がもたないのだ。決して、一夏が朴念仁というわけではない……はずだ。いや、もとより鈍かったのがさらに鈍くならざるをえなかった、が適切だろうか。

 女尊男卑の世の中で、強い女性達。当然、この学園でもそういった女性も多い。それはつい先日に対立したセシリアや彼の隣にいる箒、彼の姉である千冬の例を見れば嫌というほど分かるだろう。
 そんな中で現れた紫音という女性の存在は、彼にとってマヒされた感覚を揺り動かすには十分だった。
 それも当然だろう。何故ならこの学園の『紫音』という女性は『紫苑』という男性が作り上げた理想の女性像によって演じられている存在なのだから。

「……はぁ、なんていうか綺麗な人だったなぁ」

 とはいえ、やはり彼はただの朴念仁だったようだ。それが目の前の不機嫌な幼馴染をさらに不機嫌にするとも知らず、ただ思ったままを口にする。

「お前という奴は……!」
「な、なんで怒るんだよ。ただ気になっただけだよ、クラスや周りにああいう人がいないからさ。なんていうか大人っぽいっていうか同い年に思えないし」

 そう、彼は知らなかった。紫音が留年をしているため、自身より年上であるという事実を。代表候補生の意味すらしらない彼が、そこまで情報に通じている訳がないのは当然だ。

「はぁ……全く。あの人は留年しているからお前の感じた通り年上だぞ。覚えていないか? 去年、西園寺グループの研究所がテロリストに襲撃されただろう、あのときの被害者である西園寺の令嬢だ」
「へぇ……って、えぇ!?」

 いくら情報に疎い一夏でも、去年の事件のことは知っていた。ISにより一気に軍事化が進んだとはいえ、まだまだ平和な日本で起きたテロ事件は衝撃的だった。
 それだけ有名な出来事だったら、この学園に入学するものなら知っていてしかるべきだろう、実際一夏以外の生徒は全員知っている。だからこそ、紫音は自分から何も言わなかった。……そもそも自身の紹介に留年していることなどあまり言いたくはないだろう。

 にも関わらず、一夏は同学年と知るや馴れ馴れしく話してしまった。ただでさえ自身の最初の言動を後悔していたのにさらに上塗りである。話を聞かせてくれと言ったものの、どの面さげて会えばいいのか。
 千冬のこと、箒のこと、聞きたいことは山ほどあるのにもう一度会うのが躊躇われるほどの失態に気づき、一夏は頭を抱える。

 ある程度の情報を持ち、お互いの心の準備を経たうえで落ち着いて出会うことができればあるいはお互いにとって有益な関係になり得たかもしれない。
 しかし、今の一夏にとって紫音という存在は、断片的に得てしまった中途半端な情報と自身の失態が気軽に会うことを困難にしていた。

 やはり、この出会いは一夏にとっても不幸な形だったのだ。





 ……知らず知らずのうちに僕もストレスが溜まっていたようだ。思わず簪さんをからかうような行動にでちゃったけど、いい方に転んでよかった。怪我の功名というべきか。もし、これが原因でより一層嫌われてたら目も当てられなかった。というより、嫌われる可能性のほうがふつう高いんじゃないかな?
 でも、今朝も一応は挨拶を交わすことはできたし少しずつでも改善の余地はありそうだ。本当によかった……。

 当然のように僕はご機嫌で、自然と笑みがこぼれる。外聞もあるから、なるべくいつも笑顔は絶やさないようには心がけてるんだけど、最近はけっこう精神的に辛いものがあったから……。

 まぁ、相変わらず教室では話しかけられることもないし、こちらから話しかけても事務的な返事しかこないのだけれど、今までとは違う心構えでいられる分精神的には楽になった。

 そんな今日、教室は……というより学園は俄かにざわついている。
 1組のクラス代表決定戦が今日行われるからだ。本来であれば、1組の生徒しか観戦できない予定だったのだけれど誰かが去年の僕らの例をあげて無理やり観戦許可を出させたらしい。……いや、誰なのかはもう想像できるけどね、ていうか一人しかいない。
 そういえば、去年の今頃も僕たちの模擬戦を前にこんな雰囲気だったなと懐かしい気持ちになる。

 そういう訳で、どこか浮ついた空気のまま時間は流れて模擬戦が行われる放課後となった。クラスメート達は席を確保するために我先にとアリーナへと向かう。

 僕も簪さんのことで浮かれていたが……どうあっても僕は何かに巻き込まれるらしい。と、いうのも授業が終わったあとに千冬さんに呼び出しを受けてしまった。
 なんでも、織斑君の専用機がまだ届いていないらしく時間ギリギリになってしまうとのこと。当然、調整する時間もないので手伝ってもらいたいのだとか。彼女は僕が束さんと開発に携わったことを知っているから、僕の整備能力なども把握しているんだけど……千冬さんにしては珍しく公私混同しているな。
 当然、一教師が無関係の生徒に他人の専用機の調整を行わせるなんて問題になるから非公式になる。織斑君の許可があれば別にいいかもしれないけど……できれば今はそこまで踏み込みたくないな。昨日の一件もあるし慎重にいきたい。

 とはいえ、状況もわからないし頼まれた手前顔を出さないと……とアリーナに向かう僕に向かって背後から声がかかる。

「ちょっとよろしいでしょうか」
「はい?」

 そのまま背後を振り返り声の主を見やると、それは縦ロールの金髪に碧眼の女性……というか模擬戦の当事者セシリア・オルコットさんだった。
 なぜ僕にこのタイミングで……何が何でも僕を厄介事に巻き込みたいのだろうか。いや、誰がって言われても困るんだけど。

「セシリア・オルコットさんですね、私に何か御用でしょうか?」
「……ご存知でしたか、光栄ですわ。西園寺さん」

 本当になんの用件なんだろうか、正直見当がつかない。それに話に聞いていた印象とは違って、どことなく穏やかに見えるけど……。 
 
「オルコットさんこそ、私のことをご存知なんですね」
「あなたのことを知らない人なんていませんわ。それに、サラ・ウェルキンさんはご存知でしょうか? わたくしは本国で彼女に操縦技術を教えてもらっていた時期がありまして……その際にあなたのことはよく伺ってましたの」

 なるほど、そういえば彼女もイギリスの代表候補生だった。そのときに交流があったんだろう。彼女が僕のどんな話を聞いたのかは気になるけど。

「わざわざ日本なんかに来たのも、彼女が嬉しそうに話すあなたの操縦技術や人柄をこの目で見るためでもありました」

 その言葉は、内容こそ僕を褒めるようであってどこか棘がある。そしてそれは次の言で決定的となった。

「ですが……正直、失望しましたわ」

 大きくため息を吐くように、オルコットさんは言い放った。

「……自分が憧れを抱かれるような高尚な人間だとは思っていませんが、参考までにどうしてそう感じたのかお聞かせいただけませんか?」

 実際、身に覚えがない。勝手に僕の人物像が独り歩きして失望される。……ここ数日で幾度か経験していることだ。失望というより嫌われているんだけど、現在進行形で。
 いまこのタイミングなら自然に理由を聞き出せる、そうすれば簪さんや箒さんへのアプローチの手がかりになるかもしれない。

「……逆にこちらがお聞かせいただきたいですわ。なぜあなたは代表候補生にならないのですか?」

 僕が代表候補生……ね。考えたことがないわけではないけど、実際のところ国家の直属になる訳で。そうなった場合、束さんに関する事項や僕自身のことなんかで話せないことが多すぎる僕なんかが認められるわけがないし、僕もごめんだ。
 でも、そんなことをオルコットさんに話すわけがいかないので、どうしようかと思案しているとこちらの返事を聞く気もないのか、そのまま捲し立ててくる。

「日本の同年代の代表候補生に至っては専用機すらまだない、その上姉に比べて不出来と言われている妹。一方、期待していた男性操縦者も織斑先生の弟であることが疑わしいくらいの野蛮な猿ではありませんか。その上そんな素人とわたくしが戦わなければならないなんて……勝敗なんて戦う前から決まってますわ!」

 ……半分愚痴のようになっているが、今のは聞き捨てならない。
 織斑君のことはよく知らないから何とも言えないけど、簪さんは違う。操縦技術なんかはまだ直に見ていないけど楯無さんもある程度認めている。それ以上に目を瞠るのは演算処理だ。以前、彼女が開発している自身の専用機の作成中のディスプレイがチラッと目に入ったことがあったけど、あれだけの処理を一人でやってのけるのはそうそうできることではない。
 姉補正がたぶんに含まれるとはいえ、楯無さんの評価はあながち的外れではない。

「……油断をしていると足元を掬われますよ? 今の慢心しきったあなたなら、更識さんはもとより織斑君にも負けるとはいかないまでもいい勝負になるかもしれませんね」
「なっ!?」

 僕の言葉に、オルコットさんは言葉を詰まらせる。次第にその顔が怒りからか赤く染まる。漫画かなにかなら頭から煙が出ていそうな勢いだ。

「わたくしが、あんな素人といい勝負になると!? ありえませんわ!」
「そうですね、見誤りました。……やはり負ける、かもしれませんね」
「くっ!? いいですわ、そこまで仰るのでしたらわたくしと模擬戦してくださいまし! 幸い、今日はアリーナの使用許可が下りていますし、どうせあの男との模擬戦などすぐに終わるのですから!」

 その言葉に、僕はふとある考えに思い至る。
 これを利用してオルコットさんとの模擬戦を織斑君と彼女の前に入れ込めば時間が稼げるんじゃないだろうか。そうすれば届いたあとの調整や、試運転をしてのフォーマットやフィッティングの時間も作れるだろう。それに、うまくいけば僕と彼女の試合を見て織斑君も戦い方を考えられるし、オルコットさんの慢心を消すこともできるかもしれない。
 

「……いいでしょう、ただし出来れば先がいいですね。どうやら織斑君の専用機がまだ届いていないようなので、その方が許可もおりやすいでしょう。それとも、戦っているところを彼に見られるのはお嫌ですか?」
「そんなことありませんわ! わかりました、先にアリーナでお待ちしております!」

 そう言うや、彼女は走って行ってしまった。
 やれやれ、嫌われ役は慣れないな……でも、このまま彼女が織斑君と戦ってもお互いのためにならないし、自分の慢心を自覚してもらわないと。まぁ僕が油断して負けたら笑い話にもならないけど、彼女の専用機の情報も彼女自身の情報もある程度あるし、ここで負けるつもりはない。

 先ほどまでの上機嫌だった自分はどこへやら、それでもなんとか笑顔は保ちつつ千冬さんもいるアリーナの管制室に向かった。

「で、どういうことなんだ西園寺」

 当然のように説明を求められる。オルコットさんは千冬さんに事情を一方的に話してアリーナに出てしまったらしい。……千冬さんにそんな態度とれるってけっこう凄いことだと思うけど。頭に血がのぼっているとはいえ、ね。

「成り行き……ですね。申し訳ありませんが、許可を頂けないでしょうか。どうやら織斑君の専用機は届いたようですが、まだ調整中ですよね? 私が模擬戦を挟むことでその間に試運転もできますし。オルコットさんは連戦になりますが、そもそも彼女と織斑君では経験などのハンデが大き過ぎますし彼女も了承の上です。それに……二人の今後のためにもこの模擬戦は必要だと私は判断しました」

 簪さんを不必要に侮辱されたことに対する私情もゼロではないけど、間接的に織斑君のプラスになるしオルコットさんにとってもいい機会になるだろう。勝ち負けはともかく、彼女に何かしらを伝えられる試合にしないといけない。
 まぁ、あとは今織斑君に直接かかわるのは避けたい、というのもあるんだけど。

「……ふん、いいだろう。お前の企みにのるのは癪だが、許可しよう」

 あぁ、この人僕の考えてることお見通しなんだよね、忘れてた。

「ありがとうございます」

 若干の冷や汗をかきつつも、許可を得られた僕は準備をする。

「いや、まぁ学園としてもお前の模擬戦はプラスになるだろう。ファーストシフトしたお前の専用機のスペックを実際に見ることができるしな。再提出されたデータを見たが、お前がどのように操るのか楽しみにしているよ」
  
 そういえば、こうして模擬戦をするのは本当に久しぶりになる。復学以降は授業も行事もISを使ったものはなく、年度末ということもあり訓練場が上級生に優先的に割り当てられたこともあり、僕自身もシミュレータを使った訓練にとどめていた。束さんのところでのリハビリ中はもちろん、実機を使った訓練もしたのだけれど。

「よし、では行って来い。奴の専用機のことは……まぁこちらで何とかする」

 一瞬だけ、姉の表情になった千冬さんが僕を送り出す。

「西園寺紫音……」

 奇しくもこの時間は今から丁度一年前、僕が初めて学園生徒の前に『月詠』で出た時と同じ。

 そして、紫音(・・)からの借り物だった『月読』は、ようやく完了したフォーマットとフィッティングにより本当の意味で僕、紫苑(・・)の専用機になった。……もっとも、フォーマット後も消えていない紫音の遺伝子情報を借りて(・・・)動かせることには変わらないけど。
 それでもこれから先、共に歩むことになる僕の専用機になったことは間違いない。その名は……。

「『天照(あまてらす)』、いきます」

 かつての吸い込まれるような漆黒の装甲は、まるで降り積もる雪のような輝かんばかりの白銀にその身を変えていた。
 
 
 
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