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IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―

作者:★和泉★
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Development
  第二十二話 すれ違い

「し、しののん?」

 突如、聞きなれない呼び名で声を掛けられた僕は思わずたじろいでしまった。別の人に話しかけているのではと周囲を見渡すも、この場には二人だけなのでやはり僕に向けられた言葉なのだろう。

「ん~? しののん先輩でしょ?」

 あぁ、『しのん』だから『しののん』なのか。なんでわざわざ文字を追加して長くしているんだろうか。この子が僕の『しおん』を呼ぶとしたらどうなるの? 『しおおん』? いや、それはおかしいよね。というかこの子、どことなく雰囲気が束さんと似てる気もするな……。

 って、誰なんだろう、この子は……。僕のこと知っているようだけど。

「えっと、『しののん』というのが西園寺紫音のことなら確かに私ですね。失礼ですけどあなたは?」
「え~? 本音は本音だよ?」

 僕の問いかけの意図を察していない様子で、それでもニコニコしながら答えてくる。
 駄目だ、いまいち会話にならない。その仕草はなんとなく癒されるけど……。

「こら、本音」

 どう対応しようか悩んでいると、部屋の扉が開き虚さんが出てきた。

「あ、お姉ちゃん」

 ……そっか、生徒会室の前で会った時点でその可能性に思い至るべきだった。あまりに突然だったから思考が追いついていなかった。 
 
「あなたは紫音さんとは初対面でしょ? 自己紹介くらいちゃんとなさい」

 さすがはお姉さんといった風で、目の前で妹さんを諭す虚さん。う~ん、見た目は似ているような気がするけど、雰囲気というか性格といった面では今のところまるで似つかない。

「布仏本音だよ~、よろしくね? しののん先輩」
「えぇ。よろしくお願いします、布仏さん。私のことはご存知のようですが、改めて。西園寺紫音です」

 姉に注意されても、のんびりとした雰囲気は変わらず自己紹介をしてくれた。隣では虚さんが頭を抱えている。まぁ、虚さんはキッチリした人だからこの緩い雰囲気は許容できないのかもしれない。
 そんな微笑ましい姉妹を見つつも、彼女は僕のことは知っているようだけど一応僕も返す。

「本音~」
「え?」

 すると、彼女は自分の名前を再び口にする。意図が掴めず、僕は思わず間の抜けた反応をしてしまった。

「だから、本音って呼んで~? お姉ちゃんと区別できないでしょ?」
「え、えぇ。わかったわ、本音さん」
「えへへぇ」

 ……この人懐っこさはどこからくるのだろう。戸惑いつつも、彼女の言うように名前で呼ぶと、今まで以上の笑顔を返してくれた。なんだか、この子の出す空気には本当に癒される気がする。
 あ、もしかしたら小動物とかペットのような……アニマルセラピー的な何か?

「はぁ、まったく。申し訳ありません、紫音さん」

 そんな失礼なことを考えていたら、虚さんが先ほどの本音さんの対応を謝罪してきた。僕は全然気にしてないんだけどね、ほんとに真面目な人だと思う。

「いえ、構わないですよ。どうも今の一年生には避けられてるので、こうして気軽に話しかけていただけるの
は正直嬉しいんです。これから仲良くしてね、本音さん?」
「うん!」
「ありがとうございます、紫音さん。私からも、本音をよろしくお願いします」

 僕の言葉に、二人は満面の笑みになった。こうしてみると性格は違えどやはり姉妹なんだなと思える。何はともあれ、高島さんや小鳥遊さんに続いて一年の中にこうして話しかけてくれる人が増えたことに僕は安堵した。

「ところで、避けられてるってかんちゃんのこと?」
「かんちゃん?」

 ひっそりと新たな出会いに感動していたらまた見知らぬ単語が出てきて僕は首を傾げる。

「私はね~、一応かんちゃん付の専属メイドだからいろいろ話聞いたことあるの。しののん先輩のこと、会ったことないけど今はどうしても好きになれそうもないって言ってたよ? 最近はあんまり話せてないからわからないんだけど~」

 ……なるほど、簪さんのことか。それにしても、こう直接的な表現されるとさすがに凹むよ? 

「本音! ……あの、紫音さん。もうご存知かと思いますが簪様はいろいろと思い悩んでおいでで。私やお嬢様では取りつく島もなく、本音も……。ですが、本来はとても優しいお方なのです。同室である紫音さんにも今は厳しくあたっていますが、きっかけさえあればきっと……」

 簪さんの話が出た途端、先ほどまでの笑顔は一転深刻そうな表情になる。それだけ、入学前から周りにも心を閉ざしていたということだろうか。

「えぇ、まるで何かに追われるようでした。幸い、一緒にいる時間はたくさんありますので少しずつわだかまりを解いていきたいと思います。楯無さんにもお願いされてしまいましたしね」
「はい、私からもよろしくお願いします」

 そう言って、虚さんは深々と頭を下げてくる。その様子に恐縮してしまう。

「あ、頭をあげてください。先ほどはああ言いましたが、別にお願いされたからという訳ではなく私がそうしたいからなんです」
「はい……ありがとうございます」
「私もお仕事がんばろ~、最近かんちゃん一人でいること多くてお仕事できなかったし」

 簪さんのことを考えているのは一緒なんだろうけど、対極的な二人。きっと楯無さんに対してもそうなんだろうな。布仏家と更識家の関係は以前に聞いていたけど、いざ当人達を見ていると家に縛られているという訳でもなく、自分の意志で生きている。その関係がちょっと羨ましくなった。

 僕も、もう西園寺は関係ない。なら、この学園でも自分の意志で行動しようと改めて決意する。

「さぁ、皆さんお待ちでしょうし中へ入りましょうか」

 よく考えたらここは生徒会室の前だ。結構な時間が経っており、他のみんながここに来たのを見ていないということは、既に中にいるということだ。
 僕は二人を促し、僕の大事な仲間の待つ生徒会室へと入っていった。







「……虚とは全然性格が違うんだな」
「ん、でもなんか癒しオーラというか、ウチと似た匂いを感じるッス。ダリル先輩こういうの好きッスよね?」
「あ? それは暗にお前が癒し系だって言ってるのか? いくらなんでも図々しくないか?」
「そんなこと言って、知ってるッスよ! 学園に迷い込んでいた野良ネコに『フォルテ』って名前つけて餌あげてたの」
「てめぇ、なんで知ってんだ! だいたいそれは何匹もいたから生徒会のメンバーの名前適当につけてっただけじゃねぇか! だいたいお前の名前なんて一番小汚い奴につけたはずだぞ」
「なんですとー! それが可愛い後輩に対する仕打ちッスか!?」

 本音を見るなり、ワイワイと漫才のようなやり取りを始めたのはフォルテとダリル。最初から、比較的ダリルに懐いていたフォルテだが、今ではすっかり姉妹のようだ。訓練も共にしていることが多いらしく、今では二人専用のタッグ技まで開発したほどだ。

 ある意味、個性的ともいえる本音もこのメンバーの中ではそれほど違和感もないらしく簡単に受け入れられた。もとより周囲の目など気にした様子もない本音は、二人のやり取りも気にせずに自身のケーキに夢中で、今は剥したテープについたクリームを満面の笑みで舐めとっている。

「またそんなことして……。お止めなさい、本音」
「うふふ、別にいいじゃない。別に畏まった会じゃないんだし」
「そうですね、ここでは誰も気にしませんし」

 虚は、行儀の悪い妹に対して叱りつけるも周りから援護の声がかかる。
 楯無も紫苑も、子供のように嬉しそうにクリームを舐めている本音を止めるような真似はしたくなかった。そして、普段から行儀の悪い者も数名いるため特に気にしないというのも本当だった。紫苑はチラっとその二人に目をやるも特に名前を出すようなことはしない。

「はぁ……わかりました。ですが、この子のためにもなりませんので、あまり甘やかさないでくださいね」
「ふふ、わかってるわよ」
「えぇ、わかりました」

 とはいえ、紫苑と楯無も妹の普段の行いを心配する姉の気持ちを理解はしているので、度が過ぎれば注意はするつもりであった。
 だが、少なくとも今は目の前の幸せそうな少女を見ている中でそんな気は起きないようだ。

 その後、自然と話題は本音のクラスメートでもある織斑一夏とセシリア・オルコットの先日の一件についてとなる。
 要領を得ない本音の話ではあったが、幸いにもここには虚と楯無という付き合いの長い二人がいる。うまく本音の言葉を拾い上げ言い直すことでその場の全員が、何があったかを知ることができた。

 それによって紫苑らが知った事の顛末は以下のようなものだった。

 まず休憩時間にセシリアが一夏に声をかけ、自身が代表候補生であることを理由に彼の指導を申し出るも、断るどころか代表候補生の意味すら知らずにクラス中を呆れさせる。セシリア自身はそれを馬鹿にされたと感じたらしく、言い合いに発展しそうになるも担任である千冬がやってきたためその場は事なきを得る。

 しかし、その後クラス代表を決める段になり再び争いの火種はあがる。
 立候補する者がいない中、他薦でも構わないとの千冬の言葉にクラス中がなんと一夏を推薦したのだ。それに対してセシリアは異議を唱える。
 クラスで唯一の代表候補生であり、学年主席であったセシリアは当然自分が選ばれると思っていた。……それならば何故立候補しなかったのか、と疑問はあるが恐らく彼女のプライドが許さなかったのだろう。
 だが、その後に続いた言葉がよくなかった。一夏個人に対する言葉ではなく彼女は『島国』や『文化後進国』など日本を侮蔑する発言をしてしまった。
 そして、売り言葉に買い言葉、一夏もイギリスを罵倒する。『世界一不味い料理の国』と。
 
 生徒会の人間はその一連の流れを本音から聞いて呆れるばかりだった。
 そもそもセシリアの発言は矛盾している。ISの開発者の篠ノ之束は日本人であり、謂わば日本はIS発祥の地だ。そのISの代表候補生という立場にいる人間が日本を卑下する発言をするのはお門違いだ。
 そして、いくら侮蔑されたとはいえ自身が同じ立場で言葉を返すのであれば、一夏も同罪である。

 結局、クラス代表はその場で決まらず後日に模擬戦で決めることになったという訳だ。本来であれば稼働時間が数分しかない一夏が代表候補生で主席であるセシリアに勝つ可能性など微塵もないのだが、無知とは怖いものである。一夏はセシリアにハンデをつけるとまで言ってのけた。これにはさすがにクラスメイトも呆れ返り一夏を諌めると、彼も気まずそうに言葉を撤回していたのだが。

「はぁ……」

 その猪突猛進ぶりに紫苑は思わずため息を漏らす。
 相手の実力を正確に測れるかというのは実戦では生死を分ける。実戦経験がほとんどない紫苑ですら、そのことは身をもって知っていた。そう、亡国機業との邂逅によって。
 あのとき紫苑は、直前のやり取りと容易に組み伏せることが出来たことで相手を完全に見誤っていた。結果、彼はその身に風穴を開けることになる。

 ましてや、一夏は紫苑と違い世界的にその存在を知られてしまっている。亡国機業が目をつけないはずがない。いや、それどころか世界中が何らかの手段を用いて彼に接触する可能性がある。
 相手の力量どころか、自分の立場を認識していない一夏に対して、紫苑は少なからず危機感を覚えるのだった。そして、そう感じたのは紫苑だけではなかった。

「う~ん、想像以上に元気な子のようね。直接会ったわけじゃないから分からないけど、もし外部組織から狙われたら力不足のまま特攻しそうね」

 そう切り出したのは楯無。

「生徒会としては、1年1組の織斑一夏と篠ノ之箒両名を最重要の護衛対象とするわ。次点として各専用機所持者……これはもちろん生徒会メンバーも含まれるけど。まぁ、あなた達はできるだけ自分の身は自分で守ってね」
「あぁ、わかってる」
「了解ッス~」

 彼女の言葉に、ダリルやフォルテも続く。紫苑と虚は静かに頷いた。
 そして本音は……横に座っているフォルテのケーキを食べていた。

「あぁ!? ウ、ウチのケーキが……」
「残ってから食べちゃったよ~?」
「あんたもウチから奪うんスね!? さっきの言葉は撤回するッス! それに悪気が感じられないない分フィーより性質が悪いッスよ!?」

 フォルテの叫びが室内に響いたが、いつものことなので気にする者はいなかった。

 場の空気はフォルテのむせび泣きを境に雑談へと切り替わる。
 そんな中、紫苑は再び思考を織斑一夏へと向けていた。

(う~ん、できれば早めに接触したいけどきっかけが欲しいな。別のクラスの、ましてや悪い意味で目立ってる僕が理由もなしに会いに行ったらそれこそ目立ってしまう。僕はともかく、織斑君からしてみたら好ましいことではないし、警戒させてしまうかもしれない)

 だが、意外にもその機会はすぐに訪れることになる。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「はっ!」

 新学期が始まり早数日。紫苑は半ば日課となっている放課後の道場での素振りを行っていた。
 このところは先の約束通り、千冬も彼に付き合っていたのだが彼女も教師である以上いつでも一生徒にばかり付き合うというわけにはいかず、この日は一人となっていた。だが、わずかの時間とはいえ千冬の指導を再び受けることができたのは大きく、すっかり動きは休学前のものを取り戻している。

 そんな折、彼にとっては予想外の者が道場を訪れる。

「……! あなた……は」
「! 篠ノ之さん?」

 その予期せぬ来訪者は、篠ノ之束の妹、篠ノ之箒だった。
 予想外……というのはあくまで紫苑にとってである。もともと剣道の中学生チャンピオンであった箒がこの場にいることは何の違和感もない。むしろ周りからすればお嬢様然とした紫苑がここで剣を振るっていることのほうが不自然に感じることだろう。

「失礼しました、道場は一応、織斑先生の許可を得て使用していますので。申し遅れましたが1年4組の西園寺紫音です」
「知っている……います。篠ノ之箒だ、です……」

 自分の姿を見て固まっている紫苑は、勝手に道場を使っていることを咎めているのだ思い釈明しつつ自己紹介をする。しかし、一方の箒は素っ気なく返す。ぶっきら棒な物言いを修正して敬語に言い直そうとさえした。それはつまり、紫苑が年長であることを知っているのだろう。もっとも、これも既に一年生の間では周知となっているので不思議ではないのだが、箒の反応はそれだけでないように紫苑は感じていた。

 箒はただ一言だけ告げると紫苑のことを視界から外し、道場の隅で黙々と鍛錬の準備をする。彼女は既に剣道部に所属しているのだが、部長の許可を得て普段はこうして主に自主練をしており、残ったほとんどの時間はクラス代表を決める模擬戦を控えた一夏の鍛錬と指導に当てていた。今まで紫苑が彼女らと会わなかったのは千冬があえて時間をずらしていたからだろう。

 箒も一夏同様に近いうちに接触したい相手だった。むしろ、護衛対象としては束に頼まれている分紫苑にとっては一夏より上だ。場の空気は何故か良いものではないが、なんとか会話の糸口になればと彼女の姉である束のことを話題にしようとする。紫苑の後見人に束がなったことは幸か不幸か既に公になっているので、問題はないはずだった。

「あなたとは一度お話したかったんです。あなたのお姉さんにはお世話になっ……」
「知っていると言っている! それに……私にはあの人のことは関係ない!」

 しかし、その言葉は彼女にはタブーだったのだ。紫苑の言葉を遮って箒は声を荒げる。優秀すぎる姉に悩まされる妹。紫苑は既にそのケースに触れていたはずなのに、気持ちが先走ってしまっていた。いや、何よりあれだけ束が想い、常にその身を案じていたのを身近にいた紫苑は知っている。にも拘わらず、話題を出しただけでここまで嫌悪感を露わにするとは夢にも思わなかったのだ。それに加えて、明らかに自分に対してもその感情が向けられているのを感じた。

「……なぜそんなことを? 彼女はあなたのことを常に心配して……」
「余計なお世話なんですよ……そもそもあの人のせいで私たち一家は滅茶苦茶に……」

 束がISを発表したことが契機となり、篠ノ之家は一家離散の状態が続いている。箒自身も、束の妹ということで小学生のころから政府の重要人物保護プログラムにより各地を転々としてきた。束が失踪後は執拗な事情聴取と監視により、その精神をすり減らした。学園に入学したのも、強制されたからだ。その原因が束にあるとなれば、彼女のことを恨むようになっても仕方ないのかもしれないが……。

「……違いますね。あなたが束さんのことを避けているのはそんな理由じゃない……そうでしょ?」
「!? なにを言って……」
「あなたは束さんが……」
「黙れ!」

 紫苑は、箒が話す理由を理解はしても納得はしなかった。それはどこか、嘘に塗り固められた上辺だけのものに感じた。
 そんな中、一つの可能性に思い至りカマをかけたのだが、再び紫苑の言葉を遮り箒が叫ぶ。もはや、最初は努めようとしていた敬語など影もない。ましてや彼女は今紫苑に、手にしていた竹刀の先を向けて威嚇すらしている。

「……これ以上くだらないことに耳を貸すつもりはない。それ以上口を開くなら……」

 その先は口にはしなかったが、眼と手にした竹刀が物語る。力づくでも黙らせる、と。
 仮にも武の道を修め、同世代の極みに達した彼女が安易にその力を振るうことに、紫苑は若干の怒りと失望を覚えた。

 彼はこの一年間で、ISを通して力の使い方というものを考えさせられてきた。ISは近年ではスポーツとして見られることがあるが、紛れもない兵器である。それは身をもって経験している。
 その気になれば、容易に人も殺せるし専用機持ちが数人いれば国すら落とせる。だからこそ、力の使い道は何より注意しなければいけないし、それが出来ない人間にISを操縦する資格はない。

 剣に対して、幼いころから努力を続けて頂に立った箒に対して紫苑は尊敬の念を覚える。しかし、鍛えられた刀も鞘を失い、抜身のままでは周囲の人間を、そして自身すらも否応なく傷つける。それが紫苑には許せなかった。

「……私に失言があったのなら謝ります。ですが、その竹刀でどうするつもりですか?」
「く……う、うるさい」

 箒も、冷静になれば自身の行いが褒められたものでないことくらいは理解できる。しかし一度抜き放った刀は容易に納めることはできない。

「力を持つ者は、その使い方を考えなければいけません。ましてやあなたは……」
「黙れと言っている!」

 そして、行き場を失った感情は暴走する。手にした竹刀を振り上げ、そのまま何も考えずに振り下ろしてしまう。一般生徒が相手なら危険な一太刀、それほどまでに鋭く疾い一撃だった。
 しかし、紫苑は一般生徒ではない。いくら鋭くても、ただ振り下ろされただけの一撃を避けることなど造作もないことだった。紫苑は、鍛錬中も使用し今も手に持っている竹刀で箒の一撃を軽々といなして見せる。

「なっ……!?」
「感情の行き場がないのなら……いいでしょう。私がお受けします」

 あっけなく自分の一撃が避けられたことに驚愕する箒に対し、紫苑も竹刀を構える。
 すぐに箒もその意味を悟り、構え直す。

「はあぁぁ!?」

 動いたのは、やはり箒。
 先の一撃とは違う、自身の普段通りの力を込めたはずの一撃。だが、届かない。力は込めても想いのないその一撃は、紫苑にとってあまりに軽い。
 これも同様にいなしてその竹刀の切っ先を首元につきつける。お互い防具をつけていないため、紫苑はもとより寸止めで終わらせるつもりだった。本来なら、これで終了となるはずである。

 しかし、箒は止まらなかった。そのまま踏み込み再び竹刀を振るう。

(う、まずい)

 その無茶な攻撃に突きつけていた竹刀を当てないよう何とか逸らしたものの、自身は体勢が崩れる。そこから当てずに止めることが難しいと悟った紫苑は全力で竹刀を振りぬいた……箒の竹刀をめがけて。

 交差した竹刀は互いにへし折れ、力の強さの関係で箒が突き飛ばされる形になり、倒れる。
 だが、これでなんとか無傷で終わらせることができた……はずだった。

「ぐっ」
「し、篠ノ之さん……!」

 しかし、折れた竹刀の破片が顔を掠めたのか、倒れた箒の頬からは血が流れていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 織斑一夏はこの日も道場を訪れていた。
 セシリアとの模擬戦が決定して以降、箒に対してISの指導をお願いしたのだが何故か教えてくれるのは剣道や筋トレなど。未だにISを動かしていない。
 この日も千冬に頼まれていたクラスの雑用を終え、先に道場に向かっている箒の元へ向かい鍛錬を行うはずだった。

 しかし、目の前には箒と……もう一人、学園の生徒らしき人物いた。銀色の髪に見惚れるほどの容姿とスタイルを兼ね備えた美しい女性。この女性だらけに男一人という環境で、少なからず耐性が出来ていた一夏でさえその姿に目を奪われた。

 だが、その場の空気がすぐに一夏を現実に引き戻し、そして驚愕する。

(あの構えは……千冬姉の!?)

 その女性が、もう何度も見た彼が尊敬する人物、織斑千冬の構えと酷似していたのだ。そして、その竹刀は幼馴染である箒へと向けられていた。

 やがて、二人は交差する。

 勝負は一瞬。互いに竹刀は折れたものの、箒が打ち倒された。そして、その頬から血が流れている。
 それを見て一夏は頭が真っ白になる。

 見知らぬ人間が姉の構えで、姉の剣技を振るい、あまつさえそれが幼馴染を傷つけたのだ。

「箒!」

 一夏は倒れる幼馴染の名を叫び、道場へと駆け入った。それを為した女生徒を睨みながら。



 こうして紫苑は、図らずも一夏と接触する機会を得る。
 しかし、それは彼が望まぬ最悪の形によって。

 様々な思いと誤解が交錯する中、世界を揺るがす二人は出会う。


 
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