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ウィークエンドアバンチュール

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第三章


第三章

「どっちに見えたのかしら」
「正直わかりにくいな」
 どっちがどっちなんて今の顔を見ては言えなかった。実際のところ天使にも見えるし悪魔にも見える。それでどうして答えられるのやらだった。
「火遊びに慣れてるだろ」
「さあ」
 笑ってぼやかせるところがそのまま慣れている証拠だった。向こうも言葉には出さないがそれで充分だった。お互いもうわかっている。
「どうなのかしらね」
「言うね、本当に」
「どちらにしろね」
 ここでまた言ってきた。
「もうすぐ終わりよ。何もかも」
「そうだよな」
 あらためて時計を見る。本当にもうすぐ朝だった。何もかもが終わる時間だった。
「今出れば外はどんな感じかしら」
「まだネオンはあるだろうな」
 俺は時計を見ながら答えた。まだ暗いからだ。これが明るくなるとネオンが急に消えて。朝になるってわけだ。何かその瞬間も何回か見ているうちに慣れたけれど奇麗なことは奇麗だ。
「それでどうするんだ?」
「あと少しだけれど」
 その時の顔に俺は思わずドキリとした。今までで一番そそられる悩ましげな顔に見えたからだ。ここだけ見たら天使に見える。
「デートしない?」
「デートか」
「ええ、どうかしら」
 そう俺に提案してきた。
「それで終わりってことで」
「そうだな。それもいいか」
 俺も何となくだがそれに賛成した。もう一回二人で楽しむのもいいが生憎服はもう着ている。ここからまたしてシャワーを浴びてまた服を着るのも面倒臭かった。だからそれは止めにした。それに俺はもう充分楽しんで満足もしていた。それならもうそれでよかった。
「じゃあ。もう出るか」
「ええ。二人で歩きましょう」
 ベッドを出た俺にこう声をかけてきた。
「朝までね」
「何か今のあんたは」
「どうしたの?」
「少しだけ天使に見えるぜ」
 そう言ってやった。
「少しだけだけれどな」
「それは褒めてるのかしら」
「まあ褒めてると思ってくれればいいさ」
 今度はこう答えた。
「それで満足してくれるんならな」
「わかったわ。それじゃあ」
 すると不意に小悪魔めいた笑みを俺に見せてきた。それからまた言う。
「そう思わせてもらうわ」
「ああ。とにかくもう出るんだな」
「ええ、そうしましょう」
 彼女もベッドを出た。これでもう決まりだった。
「朝まで二人でね」
「それで今夜はどうするんだい?」
「今夜は今夜よ」
 返事はこれだった。
「また。なるようになるわ」
「そういうものか」
「何でもそうよ」
 言葉が何か哲学めいてきた。
「何とでもなるのよ。特にこうしたことはね」
「最初から最後はデートって考えていたのかい?」
「別に」
 今度は思わせぶりな笑みもなく素直に答えてきた。
「そこまで考えてはいなかったわ」
「今度はそうなんだな」
「今度はね。それじゃあ」
 彼女もベッドを出てそれから部屋を出た。街はまだネオンが輝いているけれどそれももうすぐ終わりだ。そんな街の中を二人で歩いていた。
「この街さ」
「どうしたの?」
 今度は俺が言った。彼女が応えてきた。
「嫌いだけれど好きなんだよ」
「矛盾した言葉ね。けれどどうしてなの?」
「切なくなるんだよ」
 不意にだ。ここにいると急にそう感じる時がある。
「何となくさ。けれど」
「楽しくもなるのね」
「ああ、そういうことさ」
「それじゃあ今はどうかしら」
 今度はこう尋ねられた。
「今は。どっちなの?」
「どっちもだな」
 何かさっきの天使と悪魔がここでも出て来たように思えた。
「正直なところ」
「そうね。私もよ」
 どういった風の吹き回しか。彼女もこんなことを言い出してきた。
「楽しいけれど切ないわよね」
「俺とは逆なんだね」
「逆になるわ。だって」
 その切なさを顔に、そして目には哀しさを。何かうっすらと熱いものさえある。何か急に俺がただのエキストラになっちまったって感じだ。一夜限りのロミオとジュリエットの筈だったのに何時の間にか俺だけエキストラになっちまっていた。
「今は本当にね。終わりだから」
「せめて終わりは楽しくとかは?」
「なれないわ」
 その哀しい瞳で言ってきた。
「とてもね」
「そうなんだ。けれど今は」
 それでもその彼女に言う。
「もうすぐ終わりだよな」
「ええ、そうね」
 芝居か本気かわからない。けれど何かもう俺は彼女に囚われていた。その目を見ていると遊びなのかそうじゃないのかわからなくなってきた。
 そんなムードの中でネオンが最後の光を消していく中を歩いて。遂にそれが終わった。
 朝になった。これで俺達の遊びは終わった。朝日が見えるのと一緒にネオンが一斉に消える。それと一緒に彼女が俺に告げてきた。
「それじゃあ」
「ああ」
 その哀しげな瞳のままで別れを告げる彼女に応える。彼女は俺の横から離れてそのまま前に歩いて朝の街の中に消えていく。
 俺は追わなかった。それが最低限のルールだからだ。
 けれど振り向いてみた。誰もいない。今ここにいるのは俺だけだった。俺は一人になってふと呟いた。
「また誰かと遊ぶか」
 いつもこれの繰り返し。週末の浮気はこんなもの。最後は切ない。けれどその切なさもまたいいものだ。そう感じるようになってしまっている俺は今夜は本命の彼女のところに行こうと思った。浮気はまた今度。そんな勝手気ままな都会の恋というわけだ。たったそれだけのこと。


ウィークエンドアバンチュール  完


                   2008・1・9
 
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