IFのレギオス そのまたIF
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糸括り 凪
前書き
ノリと酒の力って偉大(詰まったのに三時間で書き終わった)
道端で不意に蹴り飛ばした石を見て、もう一度蹴ろうと思うことは少ない。
小さな頃は繋がりや意味など特に意識はしていなかった。学び舎から帰る途中、蹴り飛ばした石を意味もなく蹴って帰りもした。
草はらに紛れて無くせば負けで、小さく蹴るのも負け。家に着いたら小さな満足感を胸に意味もなく遠くに飛ばした。
知識を得、世界を知り、庇護は消え。自分で動かねばならなくなった。
何をするにも意味を求め、価値を探った。
その価値は己へのではなく、他への。
誰かが、ではなく自分が生きるため。社会で生きるとはその一員になることで、どこかに与える者がなければ受けるものもない。
それは金であり、安全であり、それ以外もまた同じ。
得るならば何かを与える役割を得ねばならず、運営に対するその役割の名前を歯車と、そう称した者もいた。
価値なき行いなど幼少時だけの特権で、世界の中心が自分だと本気で思えた頃の無邪気な驕り。
意味を求め……意味などないのだとかつての自分へ言い訳をし、前へと歩んでいく。
自分への言い訳など一切考えなかった頃に目を瞑り、忘れた価値観を無価値と断じて忘却の彼方へと追いやっていく。
忘れたのではなく傷つき摩耗したそれを、忘れたと言いはって。
蹴り飛ばした石を踏みつけて、変わらない一歩を前へと踏み出す。
忘れたから、ふとした拍子に思い出す。
摩耗したから、朧げで形がもうない。
感傷、
と。
残された傷跡だけを感じて原型を想像するのだ。
小さな頃、いったい己は何をしていただろうと思うことがここ数日増えた。
あの幼子は対外的にはやはり弟子という形になるのだろう。今まで誰かを教えたことなど無い身として探るのは己の体験であり、在りし日の記憶だ。
何をすればいいのかと、手がかりを探すために意識を過去に飛ばすことが多くなった。
ある程度以上の腕を持つ者は後身の育成に力を入れるものだ。だが、ただひたすらに自らの腕を磨くことを考えてきた故にその経験はない。そもそもあの歳から教えることを想定した本があるとも思えない。
ならばと過去の己の焼きまわしをと思うても、陽炎のようにゆらゆらとして実態が掴めない。知識だけで記憶として追従してこない。その知識も朧げだ。
聞きに行く、というのも手の一つなのだろう。久方ぶりに親の元へ。
だがあの父親が、自負心に潰れた武芸者が、その時の事を覚えているのか自信など欠片もない。
子から背を向けた男にかつての親子の営みを思い出せ、などと。
気が晴れると思って決めた事だが、世の中そう簡単に行くものではないらしい。
なるようにしかならないのだろう。ならばまあ、目の前の事を対処していくのが道理なのだろう。
少なくともそれは、地獄を望んでいた前よりは健全だと言える状況なのだから。
「もじゃひげあそぼー」
「母親から呼び方で何か言われなかったのかお前は」
「れいふぉんだよ。おかあさんから「おじさんはやめなさい」っていわれたんだ。だから、もじゃひげはおじさんじゃなくて、おじさんはもじゃひげで……もじゃひげはおじさんで……んみゅ?」
「大体わかったからいい。そうか、おじさんは駄目になったのか」
おじさんをやめろ、という事ではなく変な呼び方をするなという意味で言ったはずだったのだが無駄に終わったらしい。メイドの母親はもう一つの方の呼称を知らなかったのだろう。
今ここでその事を追求しても徒労に終わることはわかっている。後でメイファーに改めて言っておくべきだろう。
「好きに呼んでいいから頭を揺らすのをやめろ。この間の続きをするぞ」
「つづきってなに?」
「剄脈の同化だ。剄息の鍛錬はここ三日していたろうな」
前回、帰ってからもちゃんと剄を起こす呼吸をするようにレイフォンには言っておいた。剄脈を起こすには大体三日ほどかかるだろうと読んだので特に問題がなければある程度は普段から意識できる程度にはなっているはずだ。
だが、レイフォンは不思議そうな顔をする。
「けいそくってなに?」
「……おい待て、何もしてないのか。ちゃんと言ったはずだぞ」
「ぽかぽかするの、つまんないんだもん。や」
鏡を見ずとも眉間に深いシワが刻まれているのがわかる。
甘く見ていた。言われたことをちゃんとする。言えばちゃんとするだろう、などと余りにも楽観視が過ぎていたのを今さらに気づく。
この年頃の子供の意識を舐めていた。それが必要か否か、などではなく楽しいか楽しくないか。興味を惹かれるか惹かれないか。基準はそれだけなのだ。
前回言う事を聞いたのは母親からの言葉があったのと、目新しいことで興味が惹かれたから、なのだろう。
つまりこれからレイフォンに教えていくには興味を持つようにして教えていかねばならないのだ。
なるようになる、なんてわけがなかった。
そしてこれは恐らく、己の身にとって凄まじく難題といえるだろう。
「もじゃひげあそぼー」
レイフォンは手に持った小さな玩具を振りかざしていう。一つしかないそれでどう二人で遊ぶというのだろう。
荒野をかける際に使われるランドローラーと呼ばれる二輪駆動の乗り物をデフォルトした玩具だ。手で押し、それを芝生の上で動かしている。
「ぶーぶー。うぃーん。がー」
統一感のない擬音を発しながらレイフォンはそれを走らせる。
都市間交通には専用のバスがある。ランドローラーが用いられるのは緊急時、主に急速性が必要な場合。そして一番多いのは都市の外で汚染獣を迎撃する際だろう。故に汚染獣に気づかれぬよう小音仕様になっているのだがそれを知らぬのだろう。
「おい、遊ぶなら後にしろ」
「やー。つまんない」
「ワガママを言うな。母親に言うぞ」
その言葉にレイフォンは手を止める。何も言わないところを見ると効果的だったようだが不満げな表情を隠そうともしない。
もうひと押しすれば行けるのはわかる。だが続く言葉は言えなかった。
ここで押し切ったとしても変わらないだろう。無理矢理にさせた。その結果が残り次回以降変わりもしない。その場しのぎだ。次も同じやりとりを、など面倒だ。
苦労と徒労は違う。解決策の見えぬまま推し進めるならこれは単なる徒労の繰り返しになる。
将来のため。武芸者ならば。少しでも早いほうが。才能があるから。
そんな大義名分や理由は大人側の、社会としての視点。事実としてそうであっても子供は納得はしない。
何か、何か感心を作らねば子供の本意がずれる。
理由のために本意を投じ、過程のために結果を求める。そんな逆転がおこるやもしれぬ。
誰かを助けるために高めた腕。それ故のやむ得ぬ戦場。
それが、腕を振るうための――
「……」
何を。
一瞬の思案。目に入ったのはレイフォンの持つ玩具。
浮かぶ考え。やらぬよりはいいだろうと、小さく呟く。
「レストレーション」
復元された手袋を被せた手は動かさず、意識の中、伸ばした幾千幾万幾億の三本目の手を動かし糸を操る。
目に見えぬ微細な糸は意思の元で撚り合わされ、一つの形をなしていく。
大は小を兼ねる。数え切れぬ程の糸の集合体は緻密に重なり合い、目に見えるほどの大きさとなり姿を表す。
「すげー」
現れたのは原寸代よりもふた回りほど小さいランドローラーだ。もっとも鋼糸によるものである以上全くの別物で、色も一色。鈍い蒼の金属光沢を放っている。
原型の記憶は脳内にはロクになく、モデルがデフォルメされた玩具なので細部は甘いがまあ子供相手には問題ないだろう。
レイフォンは不満から一転、瞳を輝かせている。それに合わせるよう、腰を下ろして語りかける。
「鋼糸を習い極めれば……ああいや、凄く上手くなればこういう事も出来る。そしてそのためには活剄をもとにした剄の扱いが必要だ。剄を通して体の一部としなくてはならん。レイフォン、お前もこれ、出来るようになりたいだろう」
「うん!」
出会ってから最高の元気良さでレイフォンが頷く。現金な子供である。
「そうか。だがな、その為にはこの間の呼吸が必要だ。あれを頑張ればいずれ出来るようになる。やるか?」
「やるー!」
元気にレイフォンが言う。
もっとも、そのいずれは少なくとも数年後なのだが言う必要はない。剄息が地盤である以上頑張れば、は本当だがはそれだけでは無理でもある。だが良いのだ。要は興味さえ持たせられればいいのだ。細かい所は煙に巻いても良いのだ。嘘をついてるわけではないのだ問題はない。大人はこんなものである。
言ったことをロクに疑わず信じてくれる。そういった点では楽だと、今さらに気づく。嘘は言わずいかに騙すかなのだ。そういった技術は大人であればあるほど無駄にある。
「ねーもじゃひげ、これのっていい?」
レイフォンが鋼糸で出来たロードローラーを叩きながら言う。そして答えを聞くよりも早く跨る。
サイズはレイフォンに合うように大体の目測で作ったが合っていた。車体に抱きつくように登り、またがったレイフォンの足先が地面よりも少し浮いていたが中々に丁度いい大きさだ。鋼糸は酷く鋭利なものだが隙間なく編みこまれたそれは肌を傷つける心配もない。
またがってレイフォンはテンションが上がったのかバンバンバンバンと叩いたり、ハンドルを握ろうとして前につんのめったりする。
「これうごかないの?」
体を前後させて揺するレイフォンだが、車体は動かない。もともと見えるガワだけを鋼糸で形成したものだ。内部機構や車輪との連結部など再現できているはずもない。
だが、レイフォンにはそれが不満だったらしい。
「つまんない。ぼくのはうごくのに。もじゃひげのふりょ……そう、ふりょうひんっていうんだよ」
「まあ、偽物だからな。それはしかたな――」
「うまいっていったの、うそなんだ。もじゃひげへたくそなんでしょー。だからふりょうひんなんだ。へたくそー。へたっぴー。」
馬鹿にするような、見下すレイフォンの視線が向けられる。腰を下ろしているからこそ、物理的にも見下される。
「おかあさんのともだちがいってたよ。えらそうなのにへたなひとって「むのー」っていうんでしょ」
わかりやすい悪意ではなく、純粋な呆れだからこそ逆に感情を逆なでする。舌打ちしなかった己の自制心を褒めたかった。
もし目の前にいるのが幼子でなかったなら鋼糸で掴み遠くへ放り投げていただろう。煙草を抑えるための手が口元を隠しているのが有難い。
ここまで言われて黙っているのも癪に障るというものだ。
「ちょっと大人しくしてろ」
頭の中に車輪の図面を思い浮かべる。タイヤ、シャフト、トルク、連結部。駆動する際の機構。難しく考えることはない。木製のおもちゃやゴムが動力のちゃちなキット程度の構造でいいのだ。思い浮かべ、車輪部分を構成していた糸を解く。
レイフォンにも見えるように少しゆっくりと。見せつけるように糸を新たに組み上げていく。
「動かしてみろ」
レイフォンが体を揺すると少しだがタイヤが動き、車体が前に進む。芝生は緩やかな斜面だ。ゆっくりとだがそのまま前に進んでいく。
「おおおおー!」
レイフォンは歓声を上げる。だがそれを支える側としては意外と辛かった。見えぬ内側にある機構を安定させ動いてもバラけぬように支える。タイヤの動きや車輪に通される軸との連動などを構築し続けるというのは経験したことがない類の面倒な操作だった。
凝り性なのも原因の一つだ。機構が分からぬ部分はリアルタイムで気づかれぬよう補う部分を鋼糸で構成し続けていた。
一日剣を振れる達人でも弓を二時間も引けば筋肉痛になる。これは単純に使う筋肉が全く別だからだが、それに近かった。両手にある鋼糸を出す錬金鋼の手袋。割合で言えばその片手分は慣れぬ操作に支配されていた。
視界の先、バランスを崩したレイフォンが倒れる。そこまででいいだろうと鋼糸を解く。仰向けに倒れ空を見上げているレイフォンの頭の横に立ち見下ろす。
「もういいだろう。こういうことが出来るようになりたかったら前の続きをやるぞ。起きろ」
「はーい」
木の幹を背に、剄を起こす。それをただただ繰り返す。
前のように眠らぬよう意味のない話をし、時間を潰した。
問題なく動かせるよう、内部機構のちゃんとした物をいくつか作れるようにするのもいい鍛錬かもしれぬと、凝り性からか考えた。
そしてまた、考えた。
こんな面倒な子供を御す親というものは対したものだと。
次もまた関心を持たせるよう、この生意気か子供をどう言いくるめようかと。
残り時間いっぱい、その騙くらかしかたを考えた。
後書き
私が思っていた二歳児は、現実では四歳くらいだったらしいです。最近知りました。
なのであと二話くらいしたら多分数年時間が吹っ飛ばされるです。
都合の悪いことはさっさと流すに限る。
あと早くメイド出したいんじゃ。
IFの本編が進まずこっちに逃げるように更新。向こうもさっさと進めないと。
あー。
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