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ひとりぼっちのナタリー

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第三章


第三章

 それから俺達の付き合いがはじまった。ハイスクールの三年間がとても楽しかった。けれど卒業してから暫くして。俺とナタリーの間に隙間が生じることになった。
 最初は些細なことだった。大学に行った俺達は学部が違っていたから一緒にいる時間が減った。最初はこれだけだった。
 けれど今思えばあの時にどうにかしていたらよかった。距離が少しずつだけれど溝になっていく。そのことに気付きもしなかったからだ。
 俺もナタリーもそれぞれの学部でよろしくやるようになった。それが大学の間ずっと続いた。それが問題だった。
 たまに会っても一言か二言かわすだけ。そして何か関係がギクシャクとしてきた。
「御前最近忙しいの?」
 ある時俺はふと電話をかけた。何か寂しくてだ。
「ちょっとね」
 ナタリーはそれに返した。
「何かね」
「そうなのか」
 俺はその話を何気なく聞いた。けれどすぐにこう言ってしまった。
「御前さ」
「何!?」
「今家に誰もいないよな」
「何言い出すのよ」
「いや、だったらいいけれどよ」
 俺はそう返した。
「疑ってるの?」
「あっ、いや」
 その言葉にナタリーは急に不機嫌な声を返してきた。
「別によ。それは」
「だったらいいけれど」
 そう述べるナタリーの声はとても不機嫌そうだった。
「あのね」
「ああ」
 そのうえで俺に言ってきた。
「私のこと信じていないならね」
「おい」
 何かその言葉に俺もカチンときた。
「何が言いたいんだよ」
「わかるでしょ」
 売り言葉に買い言葉だった。ナタリーも返してきた。
「その言葉尻で」
「あのな」
 俺はムッとして言い返した。
「御前最近おかしいぞ」
「何処がよ」
 ナタリーの声がさらに怒ったものになっていた。それでも俺は止まらなかった。
「大学に行ってからよ。どうしたんだよ」
「別におかしくはないわよ」
「いや、おかしいよ」
 俺はさらに言った。
「何かよ、会う時間も少ないしよ」
「そっちの都合に合わせてるんじゃない」
 ナタリーはまた言ってきた。
「そっちだって忙しいんでしょ?だからよ」
「それは俺の台詞だ」
 俺はまた言い返した。
「俺だって気を使ってるんだぞ」
「じゃあ今の言葉は何よ」
 ナタリーはさらに怒りだした。
「その言葉はないんじゃない?」
「怒るな」
 俺はたまらずそう言ってやった。
「御前が悪いのによ」
「だから何で私が悪いのよ」
「自分でわからないのかよ」
「ええ、わからないわ」
 何か怒りがそれぞれさらにエスカレートしてきていた。俺はこの時冷静になるべきだった。ナタリーも。けれどこの時はどうしようもなかった。完全にヒートアップしていた。
「あんたが言ってきたんじゃない」
「認めないのかよ」
「認めるのはそっちじゃない」
「ああ、わかったよ」
 俺はもう切れていた。完全に頭に血が昇っていた。
「もういい。じゃあな」
「勝手にしたら」
 俺達は殆ど同時に電話を切った。後には激昂する俺がいた。向こうも同じだった筈だ。
「糞ったれ」
 俺はスラングを吐いた。そして壁を思いきり蹴飛ばしてからその場を後にした。
 それから俺達はさらに疎遠になった。何か顔を見合わせるのも気まずくなっていた。
 そのまま時間が過ぎた。気付けば妙な噂が流れていた。
「ねえ」
「何だよ」
 ある日同じ学部の娘が俺に声をかけてきた。
「ナタリーと別れたんだって?」
「!?」
 最初その言葉に目を丸くさせた。
「何だって!?」
「だから別れたんでしょ」
 彼女はまた俺に尋ねてきた。
「大喧嘩して」
「喧嘩!?」
 電話でのことだろうかと思った。何でそんなことが噂になってるのか俺には想像がつかなかった。
「それで別れたって聞いたわよ」
「誰から聞いたよ、それ」
「ええと」
 彼女はそれを言われて目を上に向けて考える顔を見せてきた。
「誰だったかしら」
「自分でわからないのかよ」
「噂だからね」
 彼女は答えてきた。
「誰から聞いたかは覚えてないけれど。本当?」
「いや、それは」
 俺は説明しようとした。だがその時だった。
 ナタリーが目に入った。彼女は俺の方をじっと見ていた。だが俺が見ていることに気付くとその場から駆け去った。もうそれで終わりだった。
 何も言えなかった。何をしても駄目だった。俺達の中はそれで終わってしまった。あれこれ言っても溝は深く成るばかりでどうしようもなかった。そして今この駅にいるわけだ。
「大学は?」
「もう編入手続きを済ませてあるよ」
「そう」
 俺達は夜の駅にいた。ホームにいるのは二人だけ。他には誰もいなかった。
「この街を出るのね」
「ああ」
 俺は答えた。
「もう二度と戻らないかもな」
「そう・・・・・・」
「そうだよ」
 俺はまた答えた。
「親父とお袋には適当な理由をつけているけれどね」
「そうだったの」
 ナタリーは俺のその言葉を聞いて俯いた。
「じゃあ知ってるのは私だけね」
「そうなるね」
「私達だけなのね」
「最後の秘密だよ」
 俺も俯いて言った。遠くから聴こえる車の音がやけに寂しかった。
「二人だけのね」
「ねえ」
 ナタリーは俺に声をかけてくれた。
「最後だけれど」
「うん」
「今度ね、会ったら」
「どうするんだい?」
「・・・・・・いえ」
 だがナタリーはそれを言うことができなかった。顔を背けてしまった。
「御免なさい。何でもないわ」
「・・・・・・そう」
「ただ」
 それでもこの言葉は俺にかけてくれた。
「シカゴでも。元気でね」
「ああ」
「それじゃあ」
 発車のベルが鳴る。するとナタリーの頬から涙が溢れ出てきた。
「もう・・・・・・これでね」
「うん・・・・・・これで」
 俺は最後にその頬に口付けをした。何か辛い味がした。それで本当にお別れだった。
 汽車に乗る俺に手を振ってくれる。もう戻ることのない思い出に。俺はその手を見ながら街を後にするのだった。壊れてしまった思い出にさよならを告げて。


ひとりぼっちのナタリー   完


               2006・12・13
 
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