樹界の王
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10話 ネナシカズラ
ラウネシアに絡みつくシメコロシ植物の根は、やはり伸びていた。
切れた補給線を取り戻そうとするように、長大なラウネシアの外周中から下へ下へ迷うことなく進軍している。ボクは躊躇なくその伸びた根を切り取って、兵糧攻めを実行する。
大体の植物は、重力を感知する術を持っている。故に例えば苗を逆さまにしたとしても、根は即座に方向転換して下に向かう。反対に芽は重力に逆らうように方向転換し、上を目指し続ける。人が重力受容体を内耳に持つように、植物は平衡石と呼ばれる重力を感知する機構を保持しているためだ。故にこのシメコロシ植物たちは地面への接触を失っても、根を伸ばすべき方向をしっかりと理解している。放っておけば、すぐに地面に根を到達させて活気を取り戻してしまうだろう。当分は毎日この根を切り取っていくしかない。
次にラウネシアの身体から生える寄生植物の駆除にとりかかる。観察してみると、やはりネナシカズラにしか見えない。親戚か何かだろうか。日本にも普通に生えていて、菜園などに繁殖してしまうと駆除が難しく、その存在は強く嫌悪されている。
これの駆除は厄介だ。表面部分だけ引き抜いても、内部に残った残留体からすぐに復活を遂げる。ラウネシアの場合は高所にも寄生している為、完全な駆除は困難を極める。
試しに低いところに寄生しているネナシカズラをむしりとり、切断口をライターで炙ってみる。恐らく効果はないだろう。一応、その推移を見るだけだ。そう思っていたが、火をつけた途端に勢い良く炎があがった。反射的に仰け反りそうにながら、すぐにバックパックを押し付けて鎮火する。火はすぐに消えたが、予想外の反応に心臓が暴れるように脈打っていた。
迂闊だった。ネナシカズラに形も性質も似ている為、深い考えもなしに火で炙るという愚行を犯してしまった。ボクが知っている植物に似ていても、根本的に別の存在なのだと考えるべきだった。
ネナシカズラもどきの駆除を諦め、ラウネシアに結果を報告する。
「シメコロシ植物は毎日根を切断すればなんとか駆除できそうです。これだけの巨体ならば莫大な水分と太陽光を奪っていたはずなので、それなりに楽になると思います。樹体に直接寄生している植物は多分、完全に駆除することができません。一年生植物ならば、枯れた後に次の発芽時期に注意するしかなさそうです」
『この全身を締め付けられるような蔦が一部なくなるだけでも私は感謝しています。不快で仕方がありませんでした』
ラウネシアは笑みを浮かべる。感応能力が拾う感情には、爽快感が混じっていた。よほど不快に感じていたのだろう。
『感謝の印です。お食べください』
そして、ラウネシアは上を指さした。果実が二つ降ってくる。
ボクはそれをありがたく受け取って、そのまま齧った。甘い果汁はあっさりとしていて、暫くは飽きそうになかった。
ラウネシアとは予想以上の友好的な関係を築けている。感応能力が拾う彼女の感情は、大体が好感を伴っていた。
「では、ボクは少し離れます。食べ物を探さないと」
いつまでもラウネシアの果実だけに頼るわけにはいかない。ちゃんとした水源を見つけ、魚などの蛋白源を確保すべきだ。
ラウネシアから離れようとした時、それを呼び止める感情が背後から発せられた。
『お待ちください。森の中は危険です。亡蟲(ぼうちゅう)も出ます』
「ボウチュウ?」
聞きなれない単語に、思わず振り返る。
『この森と敵対する生物群です。大した知能は有しませんが、機敏に動く事が可能です。その機動力と繁殖力を以って、この森の原型種たる私に向かって度重なる侵攻を繰り返しています。森の中に浸透していることも珍しくありません』
森と対立する、生物群。
そして、もう一つ気になる言葉。この森の原型種。
「あの、ラウネシアはこの森の主のようなものなんですか?」
『肯定します。このラウネシアは森を指揮する立場にあり、現存する森の配置、移動、防衛計画は全て私が統帥しています』
その時、どん、と低い音が木霊した。
遠くから届く重低音。それが届いた瞬間、森の中がざわついた気がした。葉擦れの音が増大し、樹々が風もないのに強く揺れる。
『亡蟲の攻勢の合図です』
太鼓のような音が遠くから次々に響き渡る。それに呼応するようにラウネシアから怒りの感情が立ち昇った。
ボクは咄嗟に周囲を見た。木立の間には何も見えない。敵は、まだ接近していない。
『規模は少数。威力偵察の類型と判断します。私の下にいれば危険はありません。決して動かないでください』
何が何だか分からないうちに、争いが始まろうとしていた。
脳裏にこれまでに見てきた植物が走馬灯のように再生される。
まるで城壁のように真っ直ぐと群生するトゲトゲの植物。硬い木の実を任意に落とす事が出来る大木。ブービートラップのように張り巡らされた粘着質の雑草とギロチンのような植物。
全ては、この戦いの為に存在していたのだろう。
一個体の統制の下に、戦闘を遂行する軍団。組織的な戦争形態が、そこにあった。そして恐らくは、そこに非戦闘員の取り扱いに関する条約というものは存在しない。
ボクの身の安全はこのラウネシアの指揮に委ねられている。
死の香りが、鼻腔をついた。
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