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まぶらほ ~ガスマスクの男~

作者:月下美人
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第五話

 
前書き
長らくお待たせしました。 

 


 ――前略、高城家の皆様。いかがお過ごしでしょうか。


 皆様に見送られながら一人暮らしをするようになって丁度二年が経ちました。皆様の家で過ごしていた日々をつい昨日のように思い出せます。


 僕はようやくキシャーの悪魔こと宮間の魔の手から逃れることに成功しました。


 これで久々にゆっくり出来ると思った矢先、再びトラブルに巻き込まれました。


 今度はメイドたちの主にさせられそうです。しかも明日にはご主人様と呼ばれるようです。


 僕の人生は、なにか呪いでも罹っているのでしょうか?


 ……皆さんの顔が見たいです。


                           あなたたちの家族、式森和樹より。





 出来上がったパソコンのメールをさっと見直し、送信する。


 送信完了の画面を確認して、電源を落とした。


「はぁ……」


 気分が重たい。


 それもそのはず、なにせメールに書いた通り、このままいけば明日にはメイドたちを引き取らなければならないのだ。


「はぁ~……」


 どうしてもため息が出てしまう。


 そもそも俺は女性が苦手だ。普通に気兼ねなく接せるのは家族である高城家の人たちだけ。


 女性は苦手だが興味はある。一見矛盾しているように思えるが、同じ男子ならこの心理を理解してくれるだろう。


 対人恐怖症を直したいのは事実。前々から切に願っていたことだ。ここなら克服するに適した環境と言えるだろう。


 しかし、しかしだ。


 だからといってメイドの主になるのは、なにかおかしい気がする。


 そんなコミュ症に片足どころか両脚を突っ込んでる俺が何故五百人近くのメイドを引き取らなければいけないのだろうか。よくよく考えれば大概の話だ。


 しかし、きっぱりと断れないのもまた事実。なにか心にシコリでもあるかのように断れずにいる。


 それがなにか分からない。


 別にメイドの主として君臨するつもりはない。地位も財産も不要。


 その気になれば気付かれないように、ひっそり消えることはできる。しかし、できればそれは最後の手段にしたかった。


 お互いが納得できる形で終わらせたい。甘いとは思うが。


「ああ、駄目だ。完全にループしちゃってる」


 思考の先が見えない。同じところをグルグル回っているかのようだった。


 チラッと窓を見る。


 窓には鉄柵が嵌っており脱出は不可能。


 部屋から出ることはできるが、必ずお付のメイドが控えている。


 軽い軟禁状態だった。誓約日まで逃がさない魂胆なのだろう。


「どうすればいいんだろう……」


 うあー。


 ベッドにダイブしてごろごろと転がる。


 右へごろごろ。


 左へごろごろ。


 あまり人にお見せできない行動を取っていると不意にノックの音が鳴った。


 姿勢を正してベッドに腰掛ける。


 ――この静謐な気配は……リーラか。


「どうぞ」


「失礼します」


 静かに入室してきたのは、やはりリーラだった。


 恭しく一礼する。


「お部屋でおくつろぎのところ申し訳ありません。少々お時間のほど、よろしいでしょうか?」


「うん、構わないけど?」


「ありがとうございます。式森様に是非、城内の案内をと思いまして」


「おー、それは嬉しいね。ちょっと興味はあったんだ」


 部屋に籠ってきりじゃ気も滅入るだけだしね。


 俺の返事を聞いたリーラは柔らかく微笑んだ。


「左様でしたか。興味をお持ちいただけてわたくしと致しましても嬉しく存じます」


 では、参りましょう。リーラの言葉に頷いた俺は重い腰を上げた。





   †                    †                    †





 薄暗い廊下を歩く。廊下の中央には赤い絨毯が敷かれている。


 見渡す限り窓はなく、照明はあるが光量が落ちていた。


「このところ水銀旅団の襲撃が増えているため、不必要な照明は消しています。この城は自家発電ですから、電力に限りがあるのです」


「節約してるんだ」


「はい。ですので、式森様にご不便を被ることになるかもしれません」


 大変申し訳なさそうな顔で頭を下げるリーラ。


 慌てて頭を上げるように言った。


 曲がり角をいくつか曲がり階段を下りる。


 ここの廊下は壁面に窓があった。赤と青で彩ったステンドグラス風だ。


「へえ、ステンドグラス風なんて洒落てるね」


「ご主人様がすべて職人に用意させたものです。ご主人様のお気に入りでもあります」


「確かに綺麗だもんね」


 途中が踊り場になっている階段を下りる。


「ところでリーラはここにいて大丈夫なの? 水銀旅団とやらと交戦が近いんでしょ?」


「部隊は前線に向かっております。部下がしっかりしているのでご心配いりません。それに、式守様のお相手をするのも重要です」


「そこまで気を遣わなくてもいいのに」


「いいえ、そうは参りません。客人をもてなすのもメイドの務め。どうぞ、このリーラにお相手をさせてくださいませ」


 なんでこの娘はこんなに熱が入っているんだろうか。わざわざメイド長がすることもないと思うんだけど……。


 そう思いはしても口にはせず、ただ頷いた。


 リーラは嬉しそうに微笑んだ。


 階段を下りると正面ホールに案内された。入ったときにも思ったが、広くて豪奢で、如何にも金がかかっているといった風情だ。


「この城はご主人様が自ら図面を引かれて建設されたものです」


「へぇ、それはすごいね」


「石は南米産、木材はカナダから取り寄せましたが、職人はヨーロッパから呼び寄せました。内装は王室御用達の職人の手によるものです。丸二年かけて建設されました」


 それはなんというか、凄いことするね……。


「ご主人様は大したことないと仰っていました。老後の楽しみにと建設されたものです」


 老後の何を楽しみにしてるんだろうか。


 ホールを出て隅にある小さな扉を開ける。


 そこは階段になっており、どうやら地下に通じているようだった。


 リーラが先頭に立ち階段を下りていく。壁には燭台が埋め込まれており足を踏み外すことはないようだ。


 黙々と降りるとリーラが壁のスイッチを入れる。


 ワイン倉のようだった。ただ、南洋ということもあってやけに湿気がある。壁に沿って鉄製の扉が並んでいた。


「それで、ここは?」


「ここは地下室です。当初は食料庫として活用していました。捕虜を収容することもできますので水銀旅団を捕まえた暁には、ここに監禁するつもりです」


 中を覗いてみる。


 十畳ほどの空間。地下室のため窓はなく、足元はじめじめしている。確かにここなら監禁部屋としても活用できるだろう。体力より精神が先に参りそうだが。


 リーラがフックにかけられている鍵束を手に取った。手前の扉が開けられる。


「……え?」


 狭い部屋だった。照明がないため見難いが、壁から鎖がぶら下がっているのが目に入った。


 リーラがすぐに扉を閉めた。


「失礼しました」


 やや顔を赤らめている。


「間違った部屋をお見せしました」


「ねえ、いま鎖が見えたんだけど」


 鎖の先には鉄製の輪っかがつけられ、明らかに拘束具の一つだった。


「こちらをお見せするべきでした。申し訳ございません」


「いや、それよりあの部屋って……」


「――あの部屋は、その、ご主人様がメイドへのお仕置き部屋として考えられたものでして」


「お仕置き部屋!? 三角木馬とか鞭とか鉄球とかあったけど! 拷問部屋の間違いじゃないの!?」


「ご安心ください。一年前から使用していません」


「むしろ一年前まで使ってたの!?」


 驚きだ。お仕置き部屋ということは……そういう用途、なのだろうか。


 言い知れない感情が込み上げてきた。一番近い感情で言うと――不安?


 無意識のうちに、口を開いていた。


「……リーラも、その……あの部屋を?」


 リーラが振り返った。少しだけ目を大きくしている。


 それから、ふっと優しく微笑んだ。それは愛する子を安心させるため、母が浮かべるような慈愛の微笑みだった。


「いいえ。わたくしはあの部屋を使用したことはございません」


「そ、そう……」


 な、なんだろう。ちょっと安心しちゃったかも……。


「わたくしが肌を許した殿方はおりません。たとえご主人様といえどそこに例外はございません。わたくしの肌を見てもよいのは――」


 不意に言葉を切った。大きく呼吸を整えている。


「――いえ、失礼しました」


「そう?」


「はい。ただ一つだけ、覚えておいてください。私が肌を許すのは後にも先にも一人だけです」


 どういう意味だろう。恋人……ってことかな?


 それはそうだよね。こんな美人なんだもの。恋人の一人や二人いて当然だよね。むしろいない方が不自然かも。


 一人うんうん頷いていると、リーラは鍵を元の場所に戻し再び先導を始めた。






   †                    †                    †






 地下室を出たら、今度は階段を上る、上る、上る。


 上り詰めだった。エレベーターが欲しいと思ってしまう俺は現代っ子のあかしなのだろうか。


 上っているとテラスのような場所に出た。城の中程にあり、外に張り出している。


「いい景色だなぁ~」


 天気は良く、眼下に見えるジャングルと青い海が目にまぶしい。


 吹き抜ける風が気持ちよかった。


「こちらへ」


 リーラに促されて後に続く。


「ん? エーファ?」


 テラスの片隅には真っ黒な機関砲が接地されていた。かなり大きく、四本の銃身が空へ伸びている。


 その傍らには見覚えのある女の子がいた。エーファだ。


 俺たちの姿に気が付くと、さっと顔を伏せた。


「顔を上げろ」


 リーラが怒ったように言う。力なく俯けていた顔を上げた。


「はい……」


「……どうしたの?」


 なんだか元気がない様子だった。もともと内気な姿勢を見せていたが、今は目に見えて元気がない。残業明けのサラリーマンより疲弊した様子だった。


「彼女は昨日、この二センチFLAK三八の指揮を執っていました。勤務終了直前、正体不明機が接近を探知しました」


 ――あ、もう流れ読めたかも。


 リーラは腕組みをしながら厳しい目をエーファに向けている。


「警戒態勢が敷かれていたのは確かですが、確認を怠るなと通達もありました。近日中に式森様がこちらにいらしてくることを承知していたからです。ところが、エーファは接近していた不明機に対してやみくもに発砲したのです」


 ――うん、この際俺のスケジュールを把握していたのは脇に置いとくとして。


 やはりか。むしろエーファらしいかもと思わず納得してしまった。


「も、申し訳ございません……!」


 エーファが思いっきり頭を下げた。


「ちょっ――」


「知らぬこととはいえ、式森様の乗機を狙うとは大変な不祥事です。どうか、お許しください!」


「メイドたるもの、ご主人様に対する忠誠は絶対不可欠であり不可侵のもの。それを分かっているのか」


「……はい」


「なのに銃器を向けるとは、神をも恐れぬ暴虐。運よくこうしてお会いできたから良いものの、一つ間違えば大けがでは済まない事態を招いたんだぞ」


「面目ありません……」


「しかも、聞けば式森様をお部屋に案内する時、粗相があったというではないか」


「転んだだけだけどね」


 小さい声で突っ込んだがエーファは小さくなる一方だった。


「おっしゃる通りです。どのような罰でも受けます。どうかお許しを」


「と、申しておりますが」


 リーラがこちらに振り返る。


「いや、罰って言われてもね」


 墜落したのは確かだし、あの時は襲撃者を血祭りにあげてやると固く誓っていたのも事実。


 しかし、こんな気落ちして今にも泣きそうなエーファを前にすると、そんな誓いも簡単に崩れ去ってしまった。


 正直、見ているだけで気の毒だった。


「……まあ、いいんじゃない?」


「いけません式森様」


 リーラがたしなめるように言ってくる。真っ直ぐ俺の目を見つめながら諭すように語りかけてきた。


「信賞必罰は世の習い。それはメイドも同じです」


「でも俺は無事だしなぁ」


「次期当主として権威をお見せになるチャンスです。なんらかのお仕置きを」


「お、お仕置きって」


 顔が赤くなる。ガスマスクがあるから見られることはないが、そわそわした雰囲気が漏れ出てしまう。


 これもそれも、例のお仕置き部屋を見てしまったせいだ。十八歳以下お断り、良い子は見ちゃダメよの妄想が靄のように脳裏にこびり付く。


 って、なにエロス全開にしてるんだ! リーラはそういう意図で言ったんじゃないだろう!


 一般的なお仕置きを示唆しているに違いない。


 でも、お仕置きって言われてもどういうのがあるかわからない。


「お仕置きって言われてもどんなか知らないしなぁ。どういうお仕置きをするの?」


 ここは素直にリーラに尋ねよう。


 しかし、返ってきた答えは。


「それは、その、お仕置きです」


「はい?」


「……その……」


 即断即決、冷静沈着の彼女にしては珍しい反応だ。


「わたくしの口からはちょっと……」


「でも、どんなのか分からないし」


「……わたくしにそれを言えと、お命じになられますか?」


「うん?」


「ご命令であれば……」


 頬を朱に染めて恥じらうリーラ。彼女の反応を眺めて、ようやくお仕置きが何を意味するのか悟った。


「お、お仕置きってもしかして……」


「……式森様がご想像されているもので、相違ないかと」


 ――そういう意図なのかよっ!


 ボンッと音が聞こえそうなほど顔が真っ赤になる。ガスマスクから湯気が出ていないか心配だ。


「だめだめだめ! そんな、お仕置きとかでそんな……と、とにかくいけないことだと思うんだ! そういうのはもっとちゃんと、こう、お互いを好きになってから……」


 恥ずかしくて後半をごにょごにょと濁してしまった。


「しかし式森様、何らかの形で処罰を下して頂かないと他の者に示しがつきません。ご威光に関わることですし、なによりエーファのためになりません」


「うっ」


 言っていることは分かる、分かるんだが……。


 チラッとエーファを見る。


 うるうると瞳を潤わせながら上目遣いで見てきた。


「――や、やっぱりなし!」


「よろしいのですか?」


「よろしいよろしい大変よろしい! それに、エーファはメイドなんだから、ここは罰を与えるよりも仕事で挽回してもらった方がいいんじゃないかな? 効率も上がるし」


 咄嗟の言い訳だったが、我ながら良い言い訳だ。


 リーラは納得した様子を見せなかったが、一つ頷くとエーファに沙汰を下した。


「聞いたとおりだ。式森様はこのように寛大な心をお見せになった」


「はい、ありがとうございます……っ」


「お前の処分は保留にする。以後通常勤務に戻り、一層精進せよ」


「かしこまりました。二度と式森様のお手を煩わせることはいたしません」


「うむ」


 エーファは俺に大きく頭を下げると小走りで立ち去った。


 ふぅ、なんとか難は去ったか……。


「お見事な処断でした」


「あれでよかったの?」


「はい。エーファはキツイお仕置きを覚悟していましたが、耐えられるか不明でした。ここで寛大な処遇をされたことで、彼女は一層式森様に尽くすことでしょう」


 うん、そこまで考えてなかったよ。


「むろん、すべてのメイドに慈悲を与える必要はございません。ミスにはきつく当たり、むしろ積極的に閨を共にされるくらいは構いません」


「構います構います。俺が構います」


「式森様の威厳に関わります。その方がメイドたちもより従うでしょう」


 言っていることは理解できる。


 理解できるが。


「……威厳なんかより、個の意志を尊重したいよ。それに無理やりそういう事に及ぶのは人として、男として駄目だと思うんだ」


「そういうことは好みませんか?」


「好みませんね。それに、やっぱりそこに愛がないと虚しいと思うんだ」


「そうですか……愛があればよろしいのですね」


「うん?」


「いえ、なんでもありません」


 リーラは一人頷くと、また歩き出した。

 
 

 
後書き
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